国税通則法の一部を改正する法律(案)
1.はじめに
本年(1999年)6月30日、衆議院議員会館会議室において、国税通則法の一部を改正する法律(案)を推進するための「納税者の権利を確立するための市民のつどい」が開催されました。
この法律案は、税務行政手続を規定する国税通則法の中に納税者の権利を保護するための規定を盛り込むべきであるという考えから、法律改正を議員立法(参議院先議案)として提案すべく参議院法制局との擦りあわせを経て立案されたものです。
本改正案の源泉は、数年前からTC(Taxpayer's Charter)フォーラム「納税者の権利憲章」をつくる会が中心となって働きかけたこと、そして、山口哲夫前参議院議員や大淵絹子参議院議員らが参議院法制局との擦り合わせのため積極的な努力がなされたことにあります。
今回の市民のつどいは、TCフォーラム代表の北野弘久日大教授、池上惇京大名誉教授などが呼びかけ人となり、国会議員、学者、税理士、市民団体のメンバーなど120人近い多数の参加がありました。国会議員では、本人出席が民主党3人(衆1人、参2人)、社民党参議院議員1人、共産党3人(衆1人、参2人)および代理出席4人という状況でした。今後は、与党自民党をはじめ全ての政党の国会議員から幅広い賛同を得て本改正案の強力な推進を図るべきことが呼びかけ人から表明されました。
ここでは、本改正法律案の提案理由およびその概要並びに法律案の全文、諸外国における納税者権利保護法等の年表、さらに、わが国でこれまで発表された納税者憲章等の年表を資料として紹介し、最後に、筆者のコメントを参考までに書き記します。
2.本改正案の提案理由およびその概要
(提案理由)
近年における租税負担の増加や租税制度の複雑化等に伴い、納税者の権利保護が重要な政策課題となっております。しかし、わが国においては、納税者の権利保護を目的とした法律や納税者憲章が未だ制定されず、主要先進諸国の中でも最も立ち遅れた現状にあります。さらに、わが国の祖税法においては、事後手続については規定されているものの、肝心の申告、調査、課税処分の事前手続さらにはそれらを執行する税務行政運営についての基本理念等が全く規定されていないため、課税庁である国税庁と納税者との間とのトラブルの多くがこの事前手続と税務行政執行職員の意識のあり方に起因して生じています。
したがって、これらの問題を是正するため、税務行政の運営について、基本理念を明らかにし、および基本方針を策定するとともに、国税に関する法律の規定による質問又は検査の事前通知制度の創設を図ることが必要不可欠であると考えます。
(その概要)
第一に、税務行政運営の基本理念として、公正を旨として行われなければならないこととし、税務行政に関する国民の理解を得るため、国税当局は必要な情報提供を行うとともに、税務行政に関する国民の意見、苦情等に誠実に対処しなければならないものとしております。さらに、国税庁等の職員は、職務の執行に当たり、国民の権利利益の保護に常に配慮するとともに、国民が納税に関して行った手続は、誠実に行われたものとして、これを尊重することを旨とする規定を設けております。
第二に、国税庁長官は、税務行政運営の基本理念にのっとり、税務行政の運営の基本方針を定め、公表しなければならないこととしております。
第三に、国税庁等の職員は、税額の確定に係る調査のための質問又は検査をする場合の事前手続として14日前までに、その相手方に書面により通知しなければならないとするとともに、その調査結果について相手方に情報提供するよう務めなければならないとしております。
3.国税通則法の一部を改正する法律(案)
国税通則法の一部を改正する法律(案)
国税通則法(昭和37年法律第66号)の一部を次のように改正する。
目次中「第3節 賦課課税方式による国税に係る税額等の確定手続(第31条〜第33条)」を「第3節 賦課課税方式による国税に係る税額等の確定手続(第31条〜第33条) 第4節 質問又は検査の事前通知等(第33条の2・第33条の3)」に改める。
第1条の次に次の2条を加える。
(税務行政運営の基本理念)
第1条の2 税務行政の運営は、国民の納税義務の適正かつ円滑な履行が確保されるよう、公正を旨として行われなければならない。
2国税当局は、税務行政に関する国民の理解を得るため、必要な情報の提供を行うとともに、税務行政に関する国民の意見、苦情等に誠実に対処しなければならない。
3国税庁、国税局、税務署及び関税の当該職員は、その職務の執行に当たっては、国民の権利利益の保護に常に配慮するとともに、国民が納税に関して行った手続は、誠実に行われたものとして、これを尊重することを旨としなければならない。
(税務行政運営の基本方針)
第1条の3 国税庁長官は、前条に定める税務行政運営の基本理念にのっとり、税務行政の運営の基本となる方針を定め、これを公表しなければならない。
第2章に次の1節を加える。
第4節 質問又は検査の事前通知等
(税額の確定に係る調査のための質問又は検査の事前通知等)
第33条の2 国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員は、納付すべき税額の確定に係る調査のための所得税法第234条第1項その他の政令で定める国税に関する法律の規定による質問又は検査(以下この条及び次条においてそれぞれ単に「質問」又は「検査」という。)をしようとする場合には、質問又は検査をする日の14日前までに、その相手方に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。ただし、検査をしようとする物件が隠滅される等調査の目的を達成することが著しく困難になると認めるに足りる相当な理由がある場合は、この限りでない。
1相手方の氏名(法人については、名称)及び住所又は居所
2当該職員の氏名及び所属する官署
3調査を必要とする理由
4質問又は検査の根拠となる法令の条項
5質問をする事項又は検査をする物件
6質問又は検査をする日時及び場所
7次項に規定する変更の申出に関する事項
8その他大蔵省令で定める事項
2前項の通知を受けた者は、当該通知をした国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員に対して、質問又は検査をする日時又は場所の変更を申し出ることができる。
3国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員は、第1号ただし書に規定する場合において、質問又は検査をしようとするときは、その相手方に対し、同項第1号から第5号まで及び第8号に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない。
(税額の確定に係る調査の結果に関する情報の提供)
第33条の3 国税庁長官、国税局長、税務署長又は税関長は、当該職員が質問又は検査を行った場合には、当該質問又は検査の相手方に対し、当該質問又は検査に係る調査の結果に関する情報を提供するように務めなければならない。
附則
1この法律は、公布の日から起算して3月を超えない範囲以内において政令で定める日から施行する。
2この法律による改正後の国税通則法第33条の2の規定は、この法律の施行の日から起算して20日経過した日以後に行われる同条第1項に規定する質問又は検査について適用する。
理由
税務行政運営について、基本理念を明らかにし、及び基本方針を策定することとともに、国税に関する規定による質問又は検査の事前通知制度を創設する等の措置を講ずる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
納付すべき税額の確定に係る調査のための政令で定める国税に関する法律の規定による質問又は検査の例
4.諸外国における納税者権利保護法等の年表
1975年 |
フランス |
税務調査における納税者憲章 |
1977年 |
西ドイツ |
租税基本法改正 |
1981年 |
フランス |
租税手続法典、納税者権利憲章 |
1985年 |
カナダ |
納税者権利宣言 |
1986年 |
イギリス |
納税者憲章 |
1986年 |
ニュージーランド |
基本的宣言 |
1987年 |
フランス |
納税者権利憲章改正 |
1988年 |
アメリカ |
納税者権利章典(第1次) |
1989年 |
オーストラリア |
国税庁サービス方針 |
1990年 |
インド |
納税者権利宣言 |
1991年 |
イギリス |
納税者憲章改正 |
1996年 |
韓国 |
国税基本法改正 |
1997年 |
韓国 |
納税者権利憲章の制定・公布 |
1997年 |
オーストラリア |
納税者憲章 |
1998年 |
アメリカ |
納税者権利章典(第3次) |
1998年 |
スペイン |
納税者権利憲章 |
5.わが国で発表された納税者憲章等の年表
1977年 |
納税者の権利宣言(第1次案) |
全国商工団体連合会 |
1981年 |
税務行政上の適正手続に関する要綱 |
東京地方税理士会制度部 |
1986年 |
納税者の権利宣言 |
自由人権協会 |
1987年 |
納税者の権利宣言(第2次案) |
全国商工団体連合会 |
1990年 |
税務調査に関する憲章 |
東京地方税理士会制度部 |
1991年 |
納税者の権利宣言(第3次案) |
全国商工団体連合会 |
1992年 |
納税者憲章(草案) |
日本共産党 |
1992年 |
税務行政手続に関する要綱案 |
東京地方税理士会調査研究部 |
1992年 |
納税者権利憲章(案) |
不公平な税制をただす会 |
1992年 |
納税者の権利憲章への提言 |
全国商工団体連合会 |
1992年 |
納税者権利憲章(案) |
全国建設労働組合総連合 |
1993年 |
納税者権利憲章(案) |
税経新人会全国協議会 |
1994年 |
納税者権利基本法要綱案 |
納税者の権利憲章をつくる会 |
1994年 |
税務行政手続法要綱案 |
同上(TCフォーラム) |
1996年 |
税務行政手続の法的整備に関する要綱案 |
東京地方税理士会調査研究部 |
1996年 |
納税者の権利憲章要綱案 |
同上 |
6.筆者のコメント
税務行政手続上の納税者の権利保障制度の研究は、筆者のライフワークの一つであり、10数年来、東京地方税理士会調査研究部や同制度部での税務行政手続の改革案に関する意見書等の作成・発表にも係わってきました。今般、「国税通則法の一部を改正する法律案」についても多少なりとも係わることができ、うれしく思うとともに、ここまで努力されたTCフォーラムの関係者並びに関係国会議員の方々に敬意を表する次第です。
わが国の税務行政の手続に関する規定は、不備、不統一であったり、法令に明定化されていない事項が多く、このため、納税者の基本的人権の保護が問題となる事例が生じております。
税理士会においても、納税者の基本的人権の保障を明確化し、申告納税制度を発展させるために、「国税通則法」の中に税務行政手続に関する具体的規定を設けるべく国税当局や国会議員に対して要望しておりました。
第1次臨時行政調査会答申から30年近く経って、1993年に、「行政手続法」が制定されましたが、この行政手続法は、国税当局の抵抗もあって、国税通則法を改正して税務行政手続に関しその大部分の適用を除外してしまいました。また、行政調査の分野は、個別の法律に手続的規制を委ねることとして、行政手続法の本法で適用除外とされております。
しかし、行政手続法第1章第1条に示された法律の目的である「行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資する」という規定は、税務行政手続において適用除外されているものではなく、新たに、税務行政手続の公正・透明化を図るための国税通則法の見直しが求められておりました。
このことは、行政手続法案の衆・参議院内閣委員会議録にも示されているように、除外された税務行政手続の分野については臨時行政改革推進審議会(第3次行革審)の答申が指摘したように「それぞれの個別法で必要に応じて規定の見直しを行なう」必要がある旨の政府答弁に照らしても明らかです。
一方、韓国では1996年に、国税基本法の一部が改正され納税者の権利に関する明文規定が導入されましたが、その改正提案理由によると、税務公務員が税務調査または事業者登録証を交付する際に、納税者に対し「納税者権利憲章」を交付するとともに、納税者が税務調査を受ける場合に、代理人の援助を受ける権利の保障や調査終了通知を義務づけるなど、納税者の権益の向上を図るためとあります。そして、1997年には、先進国で採用されているような納税者権利憲章が制定・公布されております。
今般の「国税通則法の一部を改正する法律案」は、韓国の国税基本法の一部改正案を参考に、税務行政運営の基本理念を明らかにするとともに、納税者権利憲章に代わる税務行政運営の基本方針の策定を義務づけ、また、税務調査における事前通知等の規定を織り込むことになったものといえます。
税務行政運営の基本方針の策定の義務づけは、国税庁がかって1976年に「税務運営方針」を制定していることもあり、これを、諸外国の納税者権利憲章に見られる「公正」、「情報の提供」、「誠実の推定」という税務行政運営の基本理念に添って見直すことが想定されております。税務行政手続の事前手続の法的整備としては、今般の「国税通則法の一部を改正する法律案」は数箇条を明文化したものにすぎないものと見ることができますが、本案が国会に提案されるということは、わが国の税務行政の適正手続化・民主化に大きく貢献するものとして高く評価したいと思います。
「国税通則法の一部を改正する法律案」が、多くの納税者の賛同を得るとともに、一日でも早く国会で審議され、法案が成立することによって、わが国においても、国際的基準に達する納税者の権利保障制度が確立されることを強く望んでおります。