オーストラリアの税務オンブズマン制度について

1998年日本税理士会連合会オーストラリア税制視察報告から

 

視察団員長谷川博

1.はじめに

日本税理士会連合会オーストラリア税制視察団は、視察の一環として1998917日、オーストラリア連邦税務オンブズマン(連邦オンブズマンの中にあるSpecial Tax Adviserで税務オンブズマンと呼ばれる。)代行のジョン・チャールズ氏から「オーストラリアの税務オンブズマン制度」についてレクチャーを受ける機会を得た。

視察団のメンバーの中には、199310月にイギリスの税務オンブズマン(The Adjudicatorと呼ばれるが、税務苦情処理裁定者と訳することができ、一般的には税務オンブズマンと称される。)であるエリザベス・フィルキン女史に面談してレクチャーを受けたり、さらには19955月に東京地方税理士会及び東京税理士会が共同して同女史を日本に招聘して講演会を開催することに係わった者が存していたこともあり、今回のオーストラリアの税務オンブズマン制度に係る視察についても大きな関心を寄せていた。

税務オンブズマンとは、税務に関する納税者からの苦情申立てを受付け、執行機関から独立した立場でその苦情を処理する機関をいい、法律問題の不服申立てを扱う不服審判所とは別の機関である。税務オンブズマン制度の独立性について見ると、例えば、アメリカの税務オンブズマン制度は、1988年に従来からある苦情処理官制度に加えて内国歳入法(同法第7811条)により導入されたが、イギリスの税務オンブズマンとは異なり独立性が保証されていない。

オーストラリアの税務オンブズマン制度は、1995年の改正税法で導入されたが、1976年に連邦オンブズマン法が制定されておりすでに税務に関する苦情も扱っていたものをスペシャライズしたもである。

これは、イギリスで1967年に議会オンブズマンが導入され、1993年に税務オンブズマン制度が導入されたことと近似していると考えられる。

イギリスやオーストラリアの税務オンブズマン制度導入の契機としては、「納税者憲章」の策定と大きく係わっていることを無視することができない。

本稿では、ジョン・チャールズ氏のレクチャーの内容を交えて、連邦オンブズマンを概観しながらオーストラリアの税務オンブズマン制度について論述してみたい。

なお、わが国でオーストラリアの税務オンブズマン制度について紹介したものは、未だ存しないと思われるが、本稿がわが国の税務に関する苦情申立・処理手続制度のあり方の研究に際し参考になれば幸いである。

 

2.連邦オンブズマンについて

(1)沿革

オーストラリアは立憲君主制の国家(元首は英国女王)であり、議院内閣制を採っている。連邦オンブズマンは1976年のオンブズマン法にもとづき設立された(1977年から活動開始した)が、その背景には、1962年のニュージーランドの議会オンブズマン法(1975年改正オンブズマン法)や1967年のイギリスの議会オンブズマン法の影響がある。

オンブズマン制度は、既存の救済制度(裁判所、行政審判所)では救済されない国民の苦情に対応する制度として、さらに、行政を監視する制度として導入されている。


(2)役割(任務および権限)

オンブズマンは、総督によって任命・罷免されるが首相内閣省に属し、議会および省庁から独立した機関であり、その任期は7年で再任は可能、65歳が停年である。

オンブズマンは、1人の連邦オンブズマンと3人の副オンブズマンで構成され、本部は首都キャンベラにあり、ほとんどの州に事務所をもちそのスタッフは現在85名である。

オンブズマンは、苦情申立てにもとづき、または職権にもとづき行政機関や特定の機関(競争原理にさらされていない国営企業・特殊法人など)若しくはそれらの公務員が行った行政行為に瑕疵があったか否かの調査を行い、行政上の行為に何らかの欠陥が見られた場合にはそれを是正する勧告権がある。

オンブズマンの管轄に当たらないものとしては、大臣の行為、裁判官の行為、オーストラリア首都特別地域および北部特別地域の行政長官の行為等がある。

オンブズマンの役割は、苦情を解決するために費用と時間がかからない効率の良い解決策を検討することであり、このことにより、不必要な裁判所への申立てや不必要に様々な当事者を巻き込むことを防ぐ重要な手段となることである。

調査権限としては、苦情申立ての相手先の行政機関に出向き、面談や関係書類のコピーをして情報を収集し、また政府官僚を宣誓させた上で面接することもできる。さらに、苦情先の官庁がオンブズマンの勧告に対処しない場合には、首相および議会にその旨を報告できる。


(3)苦情申立ての方法

オンブズマンに対する苦情申立ては、オンブズマン事務所へ書面、電話又はFAX等の手段で行われるが、受け取る苦情の約70%は電話やFAXによるものである。

苦情申立てができる期間は、申立て原因を知った日から1年とされ、また、苦情申立てに正当な理由がない場合には、オンブズマンは裁量で却下することができる。


(4)苦情の内容(申立て対象機関)

苦情の件数について、

1977年から1997年までの20年間の統計数値を見ると、この間合計300,000件を超す苦情の申立てがあり、オンブズマンは、職権調査を含めおよそ490,000件を扱っている。

苦情申立ての内容として、申立て対象の関係機関としては、1994年までは比較的テレコムオーストラリアに対するものが多く、毎年2,000から3,000近くの苦情があり、これは国土面積が日本の22倍という広大な面積を網羅している電信電話に関する苦情(オペレーターに関する苦情)ということでオーストラリアならではのものである。

それ以外の苦情申立ての多い機関としては、税務署に対するものが毎年2,000件近くあり、また、社会保険省に対するものも多く、1990年からは3,000件を超え、1996年−1997年度では9,000件を超えており、ここ数年では申立て件数が一番多い。

その他に多い苦情申立ての関係機関は、移民・民族関係省があるが、ここ数年では、雇用・教育省や子供支援局(Child Support Agency)に対するものが年間3,000件近くに及んでいる。

19954月から税務オンブズマン(Special Tax Adviser)がスタートしてからは、税務署に対する苦情申立ても増加しており、税金の回収と執行、調査の態度及び法の適用に関する苦情が多い。


(5)苦情の処理方法

苦情の処理方法として、受理したほとんどの苦情は、正式(フォーマル)な調査手続を要しないで非公式(インフォーマル)な形で解決されている。

苦情に対しては、まずその苦情が生じた地域のローカル事務所の担当者に連絡を取り実際にどのような状況であるかを調査する。それで解決に至らず他にも問題がある場合には、その関連省庁のトップに連絡をし情報を収集することになる。

調査の過程で例外的に、新たな事実、証拠、情報などが出てくる場合があり、調査の方向性が間違っていたという場合もあるが、調査の結果、行政側に非がある場合には勧告を行い是正措置を求める。

その是正措置の例として、まず、行政機関の方から意思決定を下した者に対し、それがどのような理由から下されたものかの説明を求め、意思決定におけるコミニュケーションの遅れの問題などについて改善を求める。また、苦情申立人が、職員によって不当な扱いを受けた場合、お詫びをするように求める。さらには、最初に下された決定の再考を求めるとか、保留を求める場合もある。他方、申立人側にコストがかかった場合、金銭的な保障がなされる場合もあり、負債が全くなくなるということもある。ケースによっては、行政機関の手続や規定さらには法律までも変えるということもある。

個々の苦情に関して是正されるというだけでなく、組織全体的な改善についても勧告することができる。これは政府の行政の質を高めることに役立つものであるが、例えば、同じ問題に関して同じような苦情が何度も持ち上がるということは、その行政機関そのもの全体に何か問題があることは明らかであり、その行政機関のあり方を改善するように勧告することもある。

また、このような政府機関のトップと定期的な会合を持ち、このような問題が浮上しているので改善して欲しいという勧告を行うこともあり、さらには、クライアント側の職業専門家が政府機関との会合でどのような問題が持ち上がっているかという経験も聞くことがある。

 

3.税務オンブズマンについて

(1)

ATO(税務署)に対する苦情

19979月にATO内部に苦情処理課ができた(この背景には、1997年に導入された納税者憲章がある。)ので、オンブズマンに対する苦情申立てに際し、まずATOに苦情の申立てをするように勧めることになった。

しかし、ATO内部では正しい解決策が見つからず、申立人の問題が依然として解決されない場合、再びオンブズマンがその問題を取り上げてATOが下した決定を見直すということになる。問題によっては、例えば、税務署の担当者の行動に問題があった場合やその問題そのものが複雑で税務署の組織全体に係わるような場合は、ATO内部の苦情処理係を通さずに直接オンブズマンが処理することになる。

また、直接に苦情がきていない部署や長官ないし各セクションのトップへの調査は、オンブズマン独自の意思決定・裁量で行うことができるので、オンブズマンは、ATOの職員に対してオンブズマンの機能、役割、権限などを集中的に教育する必要がある。

過去に、個々の税務署の職員との対応でいろんな問題があり、オンブズマンの機能がどういうものであるかを十分に知らなかったり、また、ATOの側でプライバシーの保護という理由で情報を提供しなかったり、さらに、個人的に攻撃されるのではないかということで非常に恐れているということで問題となった。

個人の担当官にいくら交渉しても、一度決めたことを覆す権限を持っていないとか、ATO内部での組織の問題もあり、困難な問題があった。


(2)税務オンブズマンの誕生

1993年に議会に設置された税務に関する特別合同委員会は、税務に関する苦情はもう少し高い取り扱いをすべきであるという決定を下した。その結果、1995年、税務専門のオンブズマンというコンセプトが創られ、連邦オンブズマンの中に誕生した。

特別の予算が計上され、税務の専門家がオンブズマン事務所内で勤務するようになり、非常に質の高い対応ができるようになった。

このようなシステムが構築された理由は、これにより主要な申立人、納税者、税務署との間により良い関係ができること、また、政策上の問題、税務署全体の組織的な問題に対してより良い解決がなされるためである。さらには、税務に関して商業的側面(採算性を考慮して)から苦情が解決できるようになった。


(3)苦情の件数

ここ2年間の会計年度の苦情について見ると、およそ1年あたり合計22,000から25,000件の苦情を扱っており、その内、約10%近くの2,000件が税務に関するものである。

昨年度(1996年−1997年)は、約2,000件の税務に関する苦情のうち、その3分の1にあたる約670件の苦情に関して深く調査を行った。その結果、申立人に対して34%がかなり有利、20%がまあまあの有利、残り45%については不利な形で解決されている。

苦情の解決に要する時間は、昨年度は平均25日であり、ほとんどの苦情は大体1日で解決される。しかし、なかには最高2年かかったケースもある。


(4)苦情の内容

一番多い苦情は、

ATOが行った意思決定事項に不満があるもの、法律の適用に対して不満があるというものである。二番目に多いのが、未納税金の回収、担当者がその回収を強制的に行う際に発生する苦情である。これに関して、未納税金の納付にかかる追徴金に対しては、廃止の要望が非常に多くある。三番目には、税務調査に関しての苦情である。それから、ATOが行う行為の遅れに対するもの、また、税法の様々な規定に一貫性が欠けていること、すなわち、同じ業界で同じような人でも規則の適用の仕方が違っているという一貫性の無さに対する苦情である。


(5)改善策

昨年度オンブズマンが取り組んで、ATOの対応に影響を与えたものは、一つは、ATOの未収税金の回収プロセスについてである。改善策としては、破産宣告をさせる前に、申立人の収益、経費などを分析してその徴収額を見直す方向に向かっていること。二つは、納税者が申告に際し使うタックスパックというガイドブックの見直しについてである。1996年にこのガイドブックにミスが多いという指摘を受け苦情が多く出たため、大幅な見直しを行った。三つは、ATOの職員の職権濫用についてである。職権を濫用して自分と関係のある所へ調査を行うということがあり、新たな倫理規範を設け今までより広範囲に行動を管理することになった。

このようなオンブズマンの努力が実を結んで、ATO内の企業文化というか組織的文化に変化が見られるようになった。ATOは長年、警察のような取り締まり機関という受け取り方がされていたが、納税者の立場に立った行政サービスを行うものへと代わって行くようになった。


(6)情報公開とプライバシーの保護について

オーストラリアは、

1982年に連邦政府に関する情報自由法(Freedom of Information Act)が制定され、誰もが政府の機関に対して指定する書類のコピーを要求する権利が認められている。もしも税務署がその開示を要求された書類の全て又は一部でも開示を拒否した場合には、税務オンブズマン事務所又は行政不服審判所(Administrative Appeals Tribunal)に苦情申立ができ、その決定を見直すことができる。

オンブズマンにくる苦情で多いのは、情報の開示を要求したがその情報がなかなか届かず遅れが生じているというものである。情報公開法に基づき開示できない情報もあり、例えば、第三者に関する情報、プライバシーに関する情報などがある。

一方、オーストラリアには1989年にプライバシー法が制定されており、政府機関による個人情報に関する情報プライバシー原則違反、納税者番号情報受領者による個人納税者番号情報に関するガイドライン違反、個人納税者番号公開の無断請求及び信用報告機関又はクレジット供与者による個人情報に関する信用報告違反などの個人プライバシーの侵害にあたる行為又は取扱いが規定されている。

一般的にプライバシーに関する苦情は、プライバシー法に基づくプライバシーコミッショナーが扱うが、例えば、税務職員が法的根拠なくある人の情報を第三者に提供したという場合には、税務オンブズマンがその調査を厳格に行うことになる。

 

(参考資料)

1.連邦オンブズマンの

20年(twenty years of the Commonwealth Ombudsman 19771997

2.連邦オンブズマン(Public report on activities for 199596

3.連邦オンブズマン年次報告書(199697

4.園部逸夫「オンブズマン法」弘文堂(1992年)

5.堀部政男編「情報公開・プライバシーの比較法」日本評論社(1996年)

6.イギリスの税務オンブズマン(Adjudicator)年次報告書1995年、1996

7.宇賀克也監修東京地方税理士会編「税務行政手続改革の課題」第一法規(1997年)

8.長谷川博「税務に関するオンブズマン制度」大谷正義先生古希記念論文集「国家と自由の法理」所 収啓文社(1996年)

 

199812月長谷川博記)