東京地方税理士会(調査研究部)1996年11月提言

納税者の権利憲章について
はじめに

 わが国の国税通則法や税法は、納税者の権利に関する具体的な規定を有していないということが判例、学説等においても指摘されてきている。とりわけ税務調査手続に関する規定や更正処分等を行う事前の手続規定を欠いていることは、納税者の権利利益の保護にとって様々な問題を提起している。

 また、わが国も加盟しているOECD(経済協力開発機構)の税務委員会が1990年4月に発表した「納税者の権利と義務」のレポートを見るとわが国における納税者の権利保護の状況は加盟22国の中イタリーを除くG7国(アメリカイギリス、フランス、ドイツ、カナダ、イタリア、日本)と比較して遅れをとっていることが伺える。

 OECDのレポートでも指摘されているように、国民の租税負担が大幅に増加するに伴い、税収の確保のための対応策として納税者に対するサービスの改善が行われ、G7国を中心に納税者の権利を保障するための「納税者憲章」や「納税者の権利宣言」が策定されてきている。

 このような状況の中で平成5年(1993年)に制定された「行政手続法」が税務行政手続の大部分についてその適用を除外してしまったことは、税務行政手続の「公正性の確保と透明性の向上」を図り、もって納税者の権利利益の保護に資するという方向に対して、後退してしまったものという批判がなされなければならない。

 東京地方税理士会は、かねてより税務行政の適正手続の保障に関する研究を行い、「税務行政手続に関する要綱案」を含む意見書を発表してきた。また、平成7年の日本税理士会連合会主催の公開研究討論会においては、「納税者の権利保障制度」についての論文を含む「税務行政改革の課題−税務行政手続の公正透明化に向けて」と題する研究発表を行っている。

 納税者の権利保障制度は、税務行政の適正手続保障の法的整備の問題だけではなく、租税立法過程での納税者の意見聴取のあり方、税金の使途についての納税者の監視のあり方、税務情報の保護およびプライバシーの問題、税務行政に対する苦情処理手続の問題さらには税務行政庁の処分に対する権利救済手続の問題等幅広く納税者の権利について検討されなければならない。

 以上のような観点から、東京地方税理士会調査研究部は、わが国の納税者の権利に関する現状を考慮し、OECDの「納税者の権利保護の基本原理」を参考にしながら「納税者の権利憲章要綱案」をまとめ、これを提示することとした。

 先進諸国に見られる納税者権利憲章の採択方法としては次の3つの方法がある。  (1)政府の政策方針または課税庁の政策宣言として憲章を制定しそれに従って税法の中にある手続規定を整備する方法(カナダ、イギリス型)。  (2)まず租税手続法を制定しそれに基づき一般国民・納税者向けの簡易かつ非専門的な文体の宣言文を作成し憲章として公表する方法(フランス型)。  (3)まず納税者基本法として「納税者権利保障法」ないし「納税者権利章典法」などを制定しそれを税法の手続編ないし通則編に挿入して改正するとともにその趣旨を一般国民・納税者向けの簡易かつ非専門的な文体で書かれた宣言文を作成して公表する方法(アメリカの諸州型)。

 わが国の場合には、成文法主義を採っていることから、例えば土地基本法が制定されそれに基づき税法をはじめ多くの法律に影響を与えたように、まず「納税者権利基本法」を制定して、納税者の権利に係る租税立法過程から税務行政手続および税金の使途に至るまでの基本的事項を定める方法が適切であると考えられる。

 その基本的内容については次のような「納税者の権利憲章要綱案」が参考にされなければならない


納税者の権利憲章要綱案

前文

 納税者の権利とは、(1)租税実体法の定めを超えて租税を課されない権利、(2)租税手続に関する法律の定める手続的保障を受ける権利、(3)その他憲法に定める国民の権利の保障を受ける権利をいう。

 近年の国民の租税負担の大幅な増加とこれに伴う税収確保は、諸外国のみならずわが国においても重要な課題となっており、国際的にも租税国家としてのわが国において、納税者の権利が確立されるとともに、また、納税者は適正な納税義務の実現を図るために協力しなければならない。

 納税者の権利は、租税立法過程、税務行政過程および税金の使途に至るまで尊重されなければならず、そのため政府は、速やかに納税者の権利保障制度を確立するための方策を講じなければならない。 納税者の権利保障制度を確立するためには、次に述べるような納税者の基本的権利が定められなければならない。


1.税務に関する情報を受ける権利

 納税者は、租税制度および税額計算方法に関する情報を受ける権利があり、税務行政庁は、すべての通達等の税務情報を公開しなければならない。

(理由)租税制度および税額計算に関する最新の情報は、適正な納税義務の実現を図るために必要であり、そのために税務行政庁は、すべての通達等の税務情報を公開するとともにこれを平易な文体で納税者に知らしめなければならない。

2.自ら申告し納税する権利

 納税者は、法律で定めるところにより、自らの所得を計算し納付すべき税額を決定する権利を有する。

(理由)国税についての税額の確定手続は、原則として申告納税方式が採用されなければならない。申告納税制度は、納税者が自己の所得を計算し納付すべき税額を決定するものであり、このことにより、納税者・国民が国の財政に積極的に参加するとともに適正な納税義務の実現を図ることを促進することができる。

3.適正な税額以外を支払わない権利

 納税者は、法律の定める範囲以内において、その税額を適正かつ最小限に納める権利を有する。

 このためには、税務行政庁は、納税者に十分な資料を提供するとともに必要な援助をしなければならない。

(理由)憲法第84条の「租税法律主義」は、法律の定めを超えて租税を課されることのない権利を含むものである。また、適正かつ最小限の税額を納付するためには、税務行政庁の十分な資料の提供がなければならない。

4.公正・公平かつ丁重に扱われる権利

 納税者は、租税立法および税務行政手続において公正・公平に対処されるとともに、税務行政庁との対応においては、丁重に処遇される権利を有する。

(理由)納税者は、租税法において公正・公平に取り扱われることはもちろん、税務行政庁から税務情報を求められたり、質問・検査を受けるときにはいつでも礼儀と尊敬の念をもって対応される権利を有する。

5.適正手続を保障される権利

 納税者は、税務行政庁の調査に際し事前に通知を受け、その調査の必要性・範囲の開示その他適正な手続を受ける権利を有する。 また、納税者は、税務行政処分等に際して、事前に弁明する権利およびその処分理由を具体的に文書で開示される権利を有する。

(理由)納税者に一定の義務を課する質問検査権の行使は権力的行為であり納税者の権利保護が問題となる重要な場面でもある。従って手続の公正性と透明性を図るためには質問検査権の行使の要件が具体的に定められなければならない。 また、納税者に財政的な義務を課する更正処分等の行政処分に際しては、手続の公正性・透明性はもとより、手続の慎重さを期するためにも事前に弁明し、その処分理由を文書をもって具体的に開示される権利がなければならない。

6.オンブズマンに対して苦情を申立てる権利

 納税者は、税務行政庁の対応について苦情がある場合には、税務行政庁から独立したオンブズマン(苦情申立処理機関)に対して、苦情を申し立てる権利およびその改善を求める権利を有する。

(理由)税務行政に関して、通知等の遅れや不注意による誤り、無礼な言行ないし税務行政庁の裁量の適否等について、納税者からの苦情(不満)を適正な手続により処理できる中立的な機関が必要である。納税者の税務行政に対する信頼を高めるためには、このような苦情を適切に処理することであり、税務に関するオンブズマン制度は、行政として諸外国においても採用されている。

7.独立性を有する機関に不服申立ができる権利

 納税者は税務行政庁の処分に対して国税庁から独立した不服審判所に対して不服を申し立てる権利を有する。

(理由)現在のわが国の国税不服審判所は、国税庁長官の通達の解釈と異なる裁決を下すことが困難である。納税者から信頼される公正な救済機関として、不服審判所は国税庁から独立した機関として位置づけられなければ、権利救済機関としての役割が十分なものということができない。

8.租税立法に参加できる権利

 納税者は租税立法に関する情報の開示を受けるとともに十分に意見を述べる機会が与えられる権利を有する。

(理由)適正な納税義務の実現および税収の確保を図るためには、多くの納税者が納得する税制でなければならない。租税立法に関し多くの納税者の合意を得るためには、税制に関する情報を開示するとともに、納税者が十分に意見を述べる機会が与えられる納税者参加制度が構築されなければならない。

9.税金の使途を環視する権利

 納税者は、税金の使途について憲法および法令に適合しないと思われる場合には、会計検査院等に対して不服申立て又は苦情を申立てる権利を有する。
 また納税者は税金の使途を監視するために納税者訴訟権を有する。

(理由)税金が国民のために適正に使われなければならないことは、憲法第83条以下に定めるとおりであるが、税金が違法ないし不正に使われたと思料される場合に、納税者が会計検査院または国が設置するオンブズマン等に不服ないし苦情を申し立てる制度が、納税者の権利として認められなければならない。この権利は司法の上でも納税者訴訟権として確立されなければならない。

10.秘密保持およびプライバシーの保護を受ける権利

 納税者は自己の税務情報に関し法律の定める目的以外にその情報を利用されない権利を有するとともに税務行政庁はその秘密を保持しなければならない。
 また納税者は自己の税務情報にアクセスしその訂正を求める権利を有する。

(理由)先進国では、自己に関する情報は、自らコントロールするという権利が情報プライバシー権として認められるようになり、個人情報の自己管理権として確立されてきている。 高度情報化社会においては、税務行政庁には納税者の情報が容易に収集されるようになる。税務行政庁において、納税者の情報は、その利用が厳しく制限されるとともに、納税者には自己の情報にアクセスし、その情報の訂正を求める権利が付与されなければならない。


番目のアクセスありがとうございます Last Modified 3rd March 1997