新設された「納税者支援調整官」について
                  −「納税者保護官」としての役割を期待できるか−

                                      税理士 長谷川 博
1. はじめに
 平成13年6月29日付「納税者支援調整官の事務運営について(事務運営指針)」が国税庁長官から国税局長宛てに発遺され、新たに「納税者支援調整官」が国税局及び31箇所の税務署(札幌南、仙台北、盛岡、川越、川口、春日部、長野、松戸、麻布、豊島、板橋、葛飾、立川、横浜南、川崎北、金沢、岐阜北、静岡、豊橋、小牧、堺、豊能、枚方、東大阪、西宮、奈良、岡山東、福山、松山、福岡、鹿児島)に導入された。
 本稿では、新設された納税者調整官制度の概要を紹介し、韓国の同じような制度である「納税者保護担当官」制度と比較してみたい。

2. 納税者支援調整官の任務と職務
 納税者支援調整官は、申告納税制度が円滑に機能するよう、適正かつ公平な課税の実現に努め、納税者の理解と信頼を得るという税務行政運営の基本的な考え方を踏まえ、納税者から寄せられた苦情及び困りごとについて、納税者の立場に立って迅速かつ的確に対応し、もって税務行政に対する納税者の理解と信頼を確保することが任務とされている。(傍線筆者)
 納税者支援調整官の職務は、財務省組織規則の規定にもとづくが、苦情を受け付け、その処理に必要な事務を行うものとされている。
 すなわち、従来は税務署等の税務相談室や総務課が事実上苦情の処理を扱っていたが、今回正式な苦情処理部署を設置したと見ることができる。
 従来の苦情処理についてみると、東京国税局から情報開示請求で入手した「苦情事案の税目別受理及び処理状況」によれば、税務相談室の統計であるが受理合計が平成11年度で376件(10年度358件)、内主張を認めたものは0件(10年度1件)とされており、その実態はこれまで納税者の苦情がほとんど受け入れていなかったということができる。
 なお、この場合の苦情処理とは一般的に、税額等の法律的な争いを解決する不服申立て(異議申立てや審査請求)とは異なり、国税の徴収や税務調査等の過程で生ずる納税者の税務署職員の対応に対する不満等を申立て、その是正等を求めることであるということができる。

3. 苦情処理の事務手続
(1)苦情の申し出と処理手続
@ 納税者からの苦情の内容を懇切かつ丁寧に聴取する。
A 聴取内容にもとづき、速やかに担当者及びその上司(担当者等)から事情を確認するなど事実関係を調査する。
B Aの調査結果を当該納税者へ迅速かつ正確に説明する。
C Bの説明によっても当該苦情の処理が完結しない場合には、当該納税者と担当者等との面会の機会をもち、これに立会い、円滑な解決に努める。
D Cの手順によっても当該苦情の処理が完結しない場合には、税務署の幹部による対応と調整する。
E 上記事務処理に関し、局の納税者支援調整官及び税務署の総務課長と綿密な調整を行う。
F 納税者支援調整官が派遣されていない税務署の苦情処理については、@の聴取を行った上で迅速かつ的確に所管税務署の総務課長又は局納税者支援調整官に引継ぎ、その旨を当該納税者に連絡する。

(2)苦情の処理・解決手続
 税務署の納税者支援調整官は、納税者からの苦情の申し出がなされた日から原則として3日以内に当該苦情を処理するよう努める。3日以内の処理が困難な場合には、当面の処理方針を決定し、当該納税者に対し速やかに連絡する。
 その納税者支援調整官は、苦情処理の経緯及びてん末について、処理の進展の都度整理しその内容を局納税者支援調整官を経由して国税局総務部総務課長に報告する。
 また、納税者支援調整官が派遣されていない税務署の総務課長は、納税者支援調整官の果たすべき役割に十分に留意して所管する苦情の適切な解決に努める。
 局の納税者支援調整官は、特に必要があると認められるときは、国税局総務部長に意見を具申することができる。
 さらに、納税者支援調整官は、苦情の処理にあたり事務運営の改善等を検討する必要があると認めるときは、国税局派遣監督評価官室にその旨を連絡する。

4. 税務苦情処理制度の問題点
 前述したように、今回「納税者支援調整官」の導入により日本で制度上初めて税務苦情処理制度ができたということができるが、従来の苦情処理状況と照らし、この制度が実質的に有効に機能するためには、大きく分けて次のような問題がクリアされなければならない。
 ア 苦情申立て処理制度が、納税者に容易に利用でき、納税者を保護するシステムになっているか。
 イ 苦情を処理する専門部署として「納税者支援調整官」の権限は十分であるか。
 この点を、次に、1999年に同じ様な制度を導入した韓国の「納税者保護担当官」制度と比較してみる。

5. 韓国の「納税者保護担当官」制度の概要
(1)制度導入の背景
 韓国では、1994年に行政一般に対する苦情処理機関として首相の下に「国民苦衷処理委員会」(韓国版オンブズマン)を設置している。これは日本にはない制度である。
 その経緯は、1949年以降大統領令により、許認可及び苦情申立に関する業務処理基準が定められ、その後政府合同民願室、行政相談委員会へと発展した。しかし、これらの制度は、その機能や権限についての法的基盤が弱い等の理由でその効果を十分に発揮しなかった。そのため行政の公正性と透明性の向上、国民の権利保護を目的とし、大統領令による行政改革の一環として首相の下に国民苦衷処理委員会が設けられたものである(概略はhttp://www.cyberoz.net/city/hirohase/korean.htm参照)。
 税務に関する苦情処理は、日本の場合と似て税務署等に「民願室」が設けられており、ここで税務相談とともに処理がなされていた。
 1996年12月に日本の国税通則法に当たる国税基本法を改正し納税者の権利を保護する規定を新設し,国税庁長が「納税者権利憲章」を制定・告示したことで1997年7月から納税者の権利を保護する新しい章を開いた
http://www.cyberoz.net/city/hirohase/zenseizei.html)。
 納税者権利憲章の実効性を保証するという意味で、1999年9月から税務署内部に「納税者保護担当官」制度が導入され、税務に関するオンブズマン制度というべき役割を担うようになった(http://www.cyberoz.net/city/hirohase/TCforum01.6.2.htm参照)ということが重要である。

(2)任務
 その任務は、税金の賦課徴収又は税務調査の過程で、納税者の権益が侵害された場合や権益が侵害されるおそれがある場合に、納税者が納税者保護担当官にその事情を訴えその救済を求めることにある。
 最近では、滞納者がすでに課税された税金について見直しが行われ、納税者が正しいと判断された場合は、取り消し等もなされる場合があるということであり、税務署の中の野党という評価がなされている(李信愛「韓国における租税救済制度」三木義一編「世界の税金裁判」清文社259頁)。
 納税者保護担当官は、全国の税務署(99)に配置されその数は107名(補佐する職員が2〜6名)となっている。
 その選任は、業務処理能力や親和性などを基準に最終的に国税庁長により選ばれる。

(3)権限
 税務署長から独立して納税者側に立って仕事ができる権威が与えられ、納税者保護活動が円滑に遂行できるように納税者保護担当官には、調査中止命令権、課税処分中止命令権、職権是正命令権等即時発動可能な権限が付与されている。
 納税者権利憲章違反の恐れとして重複調査の禁止や税務代理人の助力を受ける権利を擁護するための調査中止命令、不当な課税処分を予想した課税処分中止命令、違法・不当な課税処分が確認された場合の是正命令など画期的な制度となっている。
 なお、詳しくは、http://www.cyberoz.net/city/hirohase/kankoku-hogokan.html参照されたい。

(4)処理状況と効果
 1999年9月から12月までの処理件数は、総受付数12,032件(後記「課税前適否審査」請求を含む)のうち10,574件を処理し、処理率86%を示しており、韓国の納税者保護官制度の評価は良いようである。(また、1999年1年間の苦情申立ての処理件数は、10,274件のうち9、561件が処理され、この内、納税者の主張が認められて是正した件数は7、823件、棄却されたのは1、783件ということである。)(前記李信愛税務士からの資料)
 納税者保護官に訴えて苦情が解決されると、納税者としては、不服審判所や裁判所へ提訴しなくても済むという争訟費用の節減効果も期待されている。
 なお、韓国では、日本にはない「課税前適否審査制度」が国税基本法で規定(1999年改正)されており、税務調査を終え税務調査結果通知書の賦課決定額に不服がある場合、日本のように異議申立てや審査請求という事後救済制度によることなく、税務署の課税処分前に納税者が納税者保護担当官を窓口に救済を求める事前救済制度が1996年から導入されていることも特筆すべきである(詳しくは、前掲李信愛「韓国における租税救済制度」264頁参照)。

6. 結びにかえて
 前述したように、税務苦情処理制度の問題点として、2つの要点を挙げた。
 韓国の「納税者保護担当官」制度と比較して、新設された日本の「納税者支援調整官」制度には、納税者を救済するための基本的な欠陥があるといわなければならない。
 それは、両制度とも税務行政(税務署)からは完全には独立していないが、韓国では税務署長から独立して納税者側に立つことが明らかであり、また、その権限には調査中止や課税処分の中止の命令権という納税者を救済するための担保措置が講じられていることである。
 因みに、米国の税務署内の納税者保護官制度(税務オンブズマン)には、韓国の納税者保護担当官のような権限があり、また、英国の税務オンブズマン(アジュディケーター)は、税務行政庁から独立して調停し勧告する権限が与えられている。
このように、問題を解決するには命令権や勧告権が保証されなければならない。
 日本の場合には、行政一般のオンブズマン制度がないこともあるが、重要なことは、日本の税務行政当局には、依然として「納税者の権利」や「納税者の保護」という認識がない(もちろん法文もない)ということを指摘しなければならない。それは「納税者支援調整官」の名称が、予想された「納税者保護(調整)官」になり得なかったことからも窺うことができる。ここにも納税者の権利憲章が制定されなければならない理由がある。

(2001年10月30日記)