私の友人である石川県松任市の中西良彦税理士から「アメリカの納税者保護官制度について」の原稿をいただきましたので紹介します。
わが国では、税務行政の事前救済手続制度が整備されておらず、久しく納税者の権利保護制度の導入が求められて来ておりますが、世紀までには先進諸国で導入されているような納税者保護の立法は無理なようです。
アメリカや韓国などでは納税者の権利保障制度として、さらに進んだ納税者保護官制度が導入されております。(2000年10月記)


アメリカの納税者擁護官制度について

                                税理士 中西良彦

T.はじめに

 筆者は、1994年に初めてアメリカの税務行政視察をする機会を得たが、日米の税務行政に関してそのあまりに大きな違いに衝撃を受けた。特に、調査の事前通知の実施、納税者の権利憲章の存在等である。その後、アメリカの税務行政システムについて興味を持って観察していたのだが、1997年ごろから議会において内国歳入庁(Internal Revenue ServiceIRS)の業務執行に関し問題点を指摘する動きが強まり、1998年にはIRSの大きな機構改革等を目的とする法律が成立することとなった。幸運にも、筆者は、19999月に再度アメリカ税務行政視察の機会を得ることができ、現地においてIRS幹部を含む税務関係の専門家諸氏の話を聞くことができた。

 本稿は、日本に比べて税務行政に関する手続法や、納税者権利憲章がはるかに整備されているアメリカにおいて、納税者擁護官制度が導入強化されねばならなかったのはなぜかという問題を考えると同時に、日本における同様の制度を考える上での示唆を得ようとするものである。

 

U.歴史的背景

 今回(1998)の改正の20年ほど前である1979年に、IRSによって、「納税者オンブズマン事務所」(Taxpayer Ombudsman Office)は設置された。

 その後、1996年に議会により「納税者擁護官事務所」(Taxpayer Advocate Office)が創設され、納税者オンブズマンは、納税者擁護官に改められた。納税者擁護官は、IRS長官に任命されるが、オンブズマンよりも高い報酬が受けられるので、IRSと紛争中の納税者の利益を独立して代表することが期待されていた。また、納税者擁護官は、議会に対する報告義務を有し、年次報告を提出してきている。

 納税者擁護官の独立性に関し、改造委員会のIRSに対する調査の中で、次のような疑問が提起された。納税者擁護官は、IRS長官に任命され、かつ、IRS内に事務所を有していた上、その地位は、任期を終えた後でもIRSでの経歴に有利にはたらくという意味で、IRSのキャリア職員にとっては魅力がある地位であった。また、地方の納税者擁護官は、各税務署長や、サービスセンター長の勤務評価の対象であったので、それも地方納税者擁護官の独立性を損なうことになっていた。さらに、地方における業務の客観性を損なっていたのは、納税者擁護官が、納税者救済命令(Taxpayer Assistance Order, TAO)を発する権限をIRSの直接監督下にある地方及び地域の苦情処理官に委任していたことであった。

V.IRS改造改革法(The IRS Restructuring and Reform Act of 1998)

1.   国家納税者擁護官(National Taxpayer Advocate)(内国歳入法典7803(c)(1)(B))

 従来の納税者擁護官は、国家納税者擁護官に改称された。国家納税者擁護官は、IRS長官とIRS監視委員会(Oversight Board)の助言を受けた後で、財務省長官が任命することになった。また、国家納税者擁護官は、IRS長官に対して直接報告を行う。

 国家納税者擁護官に指名されるものの資格要件は、次のとおりである。つまり、税法と同様にカスタマーサービスの素養を有すること、及び、個々の納税者の代理人を務めた経験を有することである。

 なお、国家納税者擁護官は、直前2年間IRS職員であってはならない。また、その職を辞めた後は、最低5年間は、IRSに勤務することができない。ただし、これらの期間の中には、納税者擁護官事務所の職員であった期間は、含まれない。

2.    国家納税者擁護官事務所の職務

(1)国家納税者擁護官事務所の職務の概要(法典7803(c)(1)(A))
@IRSとの間で生じた問題を納税者が解決するのを援助する。
A納税者がIRSに対応する上で生ずる問題点を明らかにする。
B可能な限り、上記Aで明らかにされた問題点を解消するためIRSの行政事務の転換を提言する。
C明らかにされた問題点を解決するような法改正の可能性を提示する。

(2)納税者救済命令の発令(法典7811(a))

 国家納税者擁護官は、納税者とIRSとの間の問題を解決するために、IRSによる税法の執行の結果、「納税者が著しい困難(significant hardship)」を被っている、又は被る恐れがある場合には、納税者救済命令(Taxpayer Assistance OrderTAO)を発する権限を有する。

 具体的には、IRSが裁量権を適正に行使しなかった場合、IRSが慣例として確立した手続に従わなかった場合、IRSによる法の執行が立法事実に反する場合などである。

 今回の改正により「納税者が著しい困難」の状況にあるかどうかに関しての特に重視すべき次の4つの判断基準が示された。
@直ちに納税者に対して不利な行動を起こすと言う威圧があるかどうか。
A納税者が説明義務を果たすための問題解決に30日以上の遅れが出ているかどうか。
B救済が受けられない場合、納税者が著しい金銭的な負担(専門の代理人に支払う費用を含む)を支払う必要があるかどうか。
C救済が受けられない場合、納税者が取り返しのつかない損害を被ったり、長期にわたる不利な影響を受けるかどうか。

 なお、納税者又は権限を移譲された代理人は、納税者救済命令の発行を申請することができることになっている。

(3)地方事務所の運営(法典7803(c)(2)(C))

 国家納税者擁護官は、納税者擁護官の地方事務所の受け持ち区域と地理的配置を検討することになっている。また、各地方納税者擁護官事務所の電話番号を公表して、納税者に周知する。なお、各地方納税者擁護官は、納税者擁護官事務所の中で昇進する道を選ぶことができる。

(4)納税者擁護官の人事(法典7803(c)(2)(D))

 国家納税者擁護官は、地方納税者擁護官を任命する権限を有する。また、各州には、最低1人の納税者擁護官がおかれなければならない。国家納税者擁護官によって、地方納税者擁護官及びその事務所の職員の評価(及び免職)は、行われる。

 各地方納税者擁護官は、国家納税者擁護官に直接報告し、かつ、国家納税者擁護官の代理をする。

(5)納税者擁護官事務所の独立性(法典7803(c)(4))

 地方納税者擁護官は、納税者に初めて会うときに、納税者擁護官が他のIRSの部署と独立して運営されていること、また、国家納税者擁護官を通じて議会に対して直接報告を行うことを知らせなければならない。地方納税者擁護官は、納税者と接触したことや、納税者からもたらされた情報について、独自の判断によりIRSに通知しないことができる。

 各地方納税者擁護官事務所は、IRSから独立した通信手段を持たなければならない。つまり、IRSとは別の電話番号、ファクス、郵便窓口、電子通信アクセスを持たなければならない。

(6)納税者への告知(法典6212(a))

 納税者に対しては、地方納税者擁護官事務所に連絡する権利があること、及び、適当な納税者擁護官事務所の場所と電話番号を告知しなければならない。

(7)議会への報告義務(法典7803(c)(2)(B)

 国家納税者擁護官は、下院歳入委員会及び、上院財務委員会に対し、年2回報告書を提出しなければならない。その報告書は、各委員会へ直接提出されねばならない。IRS長官、財務省長官、監視委員会、又は、財務省、若しくは、行政管理予算局のいかなる職員も事前にこの報告書に対し、論評を加えたり、閲覧をすることはできない。

 毎年630日までに提出される報告書においては、国家納税者擁護官事務所の目的に関して、統計的情報に加え、網羅的かつ実質的分析をしなければならない。

 毎年1130日までに提出される報告書においては、統計的情報に加え、以下の項目に関し、明らかにしなければならない。
@納税者サービスを改善させるための納税者擁護官事務所の提案とIRSの対応。
A納税者救済命令を発する権限を有するものからの勧告。
B納税者が直面したもっとも重要な問題点のうち上位20の要旨。
C上記@からBに関し取られた対応及びその結果の目録。
D問題点等のうち、対応が完了していないもの等の目録。
E問題点等のうち、対応が行われていないものの目録、及び、それに関し責任を負うべきIRS職員名。
F納税者救済命令のうち、IRSによって迅速に処理されなかったもの。
G納税者が直面した問題点を解決するためにとるべき行政上、及び、立法上の適切な対応に関する勧告。
H納税者又は、IRSが税法を遵守するために大きな負担を負わなければならないような税法の範囲、及び、それらを解決するための適切な勧告。
Iもっとも論議の対象となった論点10個、及び、その論議を解消させるための勧告。その他国家納税者擁護官からの助言。

 上記のうち、@からGは、従来の納税者擁護官の報告義務に含まれていたものである。

1998年改正法は、納税者の税法遵守にとってもっとも大きな負担となっている税法の範囲と10個の問題点を明らかにするように求めている。

(8)今回の改正について

 98年改造改革法により、国家納税者擁護官の権限は拡大された。特に重要な点としては、@地方納税者擁護官事務所に関する広報及び周知を求めたこと、A地方納税者擁護官が他のIRSの部署から独立し、かつ、独自の昇進の道を確立したこと、B納税者救済命令の権威の大きな拡大が挙げられる。これらの三要素があいまって効果をあげると考えられるが、特に納税者救済命令の発令基準が明らかにされたことが大きい。

 従来、その存在自体が余り知られていなかった地方納税者擁護官に関し、事務所の電話番号も電話帳でたやすく知ることができるようになった。これだけでも大きな影響を与えると考えられる。

 また、納税者擁護官の独立性が高まり、擁護官としての昇進の道が開けたことから、通常は、擁護官事務所勤務をあまり好まなかったIRS職員が、より広くその権限を行使するようになるとも期待される。

W.1999年度国家納税者擁護官議会報告書


(1)概要

 国家納税者擁護官の議会報告書は、その前書きの冒頭に「納税者擁護官使命宣言」として、「我々は、納税者がIRSとの間の問題を解決するのを助け、かつ、問題を未然に防ぐような改革を提言するものである。」と宣言している。

 現在の国家納税者擁護官は、19989月に就任したW・ヴァル・オウヴスン(WVal Oveson)氏である。同氏による1999210日の議会報告の一部を紹介することにする。

 従来は、「『政府の利益を守ること』言いかえると『政府の歳入を最大化すること』がIRSのモットーとされてきた」が、同氏は、これからのIRSの使命は、「政府の利益と納税者の利益のバランスを取ることである」と述べている。また「納税者擁護官は、IRSのもっとも隠された秘密であると言われてきたが、広報に努めてきた」とも述べている。

 納税者擁護官は、過去1年間に272,000件以上の問題を解決している。また、32,049件の困難な事案に関し救済を求められたが、納税者救済命令を申請した納税者のうち74%に対して満足のいく解決を図ることができた。

 納税者救済命令に関しては、1998年度が3件、1999年度は、5件が発令された。この件数をどう捉えるかであるが、この報告書では、次のように説明している。@納税者擁護官が納税者救済命令を発令できるということを知っていることが、IRS職員が納税者との問題解決を積極的にはからせる上で充分有益であること、A納税者の要請の中には、納税者擁護官が法的に権限を有していないことに対して行動することを求めているものもあること、B納税者擁護官局(Taxpayer Advocate Service)が、組織再編の過程にあり、また、納税者救済命令の権威の範囲についてまだ明確ではないことを理由としてあげている。

 また、同報告書によれば、「複雑な税法」が納税者にとっての最大の負担であると指摘している。また、前年の報告書で改善を勧告した点が38もあったにもかかわらず、議会及び大統領によって税法の改正が行われた点が1つしかなかったとも述べている。さらに、税法の複雑化の大きな原因は、議会による頻繁な税法改正であることも指摘している。

(2)納税者が直面した重大な問題点

 この議会報告書では、納税者が税務において直面した重大な問題点を20個リストアップし、それらに関するIRSの責任者名、関連する問題点、IRSの近代化との関連、外部利害関係者の意見を列挙し、改善のための勧告を提示している。

 具体的には、以下のような問題点が指摘されている。
@複雑でわかりにくい税法

 前年に続いてこの項目がアメリカ納税者の最大の負担とも言うべき問題点である。納税義務の有無、所得控除、勤労所得税額控除(Earned Income Tax CreditEITC)などの規定の複雑さと例外規定の存在が納税者の理解を困難にしている。この問題点に関して、国家納税者擁護官は、税法の簡素化を提言している。

AIRSからの通知のわかりにくさ

 IRSからの文書通知は、納税者にとって理解しにくいものであることが多い。各種お知らせは、意味がはっきりせず、タイムリーとは言えない。また、IRSからの通知やお知らせに関して、威圧されているように感じる納税者が増えている。例えば、IRSが納税者に不足資料の提出を求める通知書には、罰則や延滞税のことが不必要なほど書かれていて、IRSが本当に必要としているのは何かということが納税者には非常にわかりずらい点などが指摘されている。国家納税者擁護官のコメントは、納税者が威圧されていると感じないような通知の仕方をIRSがすること、法的に正当な通知を行うこと、英語を話さない納税者に対する対応の改善などである。

B勤労所得税額控除(EITC)の執行

   勤労所得税額控除に関する税法が、複雑であるのに対し、EITCは、税額がゼロでも還付金のもらえる税額控  除なので納税者や、申告書作成業者は、適用要件を満たしているか確信していなくてもこの控除の適用を受けよ  うとする傾向が強い。特に、小規模事業者に対してこの規定を説明する職員が必要であるという外部意見も報告  されている。国家納税者擁護官は、IRSに対し、この制度に関する納税者教育を徹底することを提言している。   さらに、納税者からの添付書類等を増やすことなしに、IRSEITCによる控除税額を計算できるような法律  改正をも提言している。

   なお、勤労所得税額控除というのは、低所得の納税者の所得税負担額を軽減するだけでなく、控除額が所得税額を超える場合には、還付というかたちで現金給付が行われる制度である。一種の租税を通じた福祉制度ということができる。1993年のクリントン政権による改正で適用範囲が拡大されたが、複雑な消失控除の形式を取っている上、適用要件が複雑なため、一般納税者には分かりにくい制度になっている。以上の3点が上位の3項目ということになり、前年と同様である。

以下、Cワンストップサービスの欠如、D罰則規定の執行、E無料相談電話へのつながりにくさ、F通知や  納税に関する情報の欠如他、合計20項目が指摘されている。いくつか取り上げてみることにする。

K番目に取り上げられているのは、調査の見直しである。1999年度において、23,447件に関する事案が納税者擁護官事務所に持ちこまれている。全体の10%弱である。納税者にとって調査の見直しが非常に重要な問題であると指摘している。

N番目は、自営業者及び小規模事業者の申告等にかかる負担の大きさの問題である。税金の源泉徴収、記帳、申告は、自営業者達にとっては大きな負担となっている。自営業者に対する教育及び税法遵守に関する指導が必要であり、小規模事業者は、問題が起きるのを未然に防ぐような援助を必要としているという指摘である。

O番目は、IRS職員が問題を自分たちの視点からだけ見て、納税者の視点から見ないことである。納税者は、  自分の問題の解決にやたらに時間がかかる理由が理解できないとの大きな不満を持っている。この問題に関して 、国家納税者擁護官は、後述する市民擁護委員会の設置が問題の解決に役に立つだろうと指摘している。

R番目は、電子申告が低所得者にとっては、コストのかかるものとなっていることである。98年改革法は、2007年までに少なくとも納税者の80%による電子申告の達成を目標としているが、電子申告代理人(Electric Return Originator, ERO)は、98年の82,000人から99年は、90,000人に増加している。EROの中には、前年よりも手数料を下げているものもいるし、一定の基準を満たす場合には、無料で申告を行っている者もいる。また、400,000人の納税者がIRSの設けた2,400ヶ所の無料申告援助会場で電子申告を行っている。納税者擁護官事務所もこの事業を援助している。国家納税者擁護官は、電子申告に関し、電子申告による早期還付の便益を一番受ける納税者、つまり低所得の納税者が無料で電子申告を行えるようにすることが必要であると指摘している。

X.市民擁護委員会(Citizen Advocacy Panels, CAPs

 クリントン大統領の提唱により、独立した市民からなる市民擁護委員会の設置がなされた。19986月創設の南フロリダ地区を始めとして、以下、ブルックリン地区、太平洋・北西地区、中西部地区の4つの委員会が設置された。

 擁護委員会の目的は、以下の通りである。
 (1)  IRSがカスタマーサービスを向上させる上での問題点の指摘や、地域のIRSの機構や運営を改善するための助言をする機会を一般市民に与える。
 (2)   問題点をIRSの適切な責任者にまで上げ、改善の結果を監視する。また、個々の納税者に対し問題を解決するのに助けとなる適切なIRSの部署を教える。

 また、各擁護委員会は、各地区において8人から15人のヴォランティアから構成される。委員会の構成員は、毎年100時間程度の会議に出席することになり、委員会には、1人以上の税務専門家を含めることとされている。

 候補者は、外部機関により審査及び審問され、上位20人が財務省に候補として推薦される。その中から財務省長官が、委員を選任することとなっている。

 市民擁護委員会は、設立後まだ1年を経ていないが、各委員会は、精力的に活動を行い、いくつもの有益な勧告をIRSに対して行っている。それらは、各委員会が直接市民との対話を行った結果もたらされたものである。さらに、ネット上に市民擁護委員会のウェブサイトを開設し、市民の声を直接聞いている。

 また、99年の法改正により市民擁護委員会は、IRSの組織に関する問題につながる場合において、個々の納税者が承認したときは、本来、IRSの守秘義務によって守られている個別の税務情報の開示をIRSに求めることができるようになった。

Y.納税者擁護局への移行

 20年前に納税者オンブズマンとして始まった制度が、幾度もの改正を経て国家納税者擁護官制度となった。さらに、国家納税者擁護官は、IRSから独立した組織である「納税者擁護局」(Taxpayer Advocate Service)を統括することになる。現在は、その移行期間であると、W.ヴァル・オウヴスン氏(現国家納税者擁護官)は述べている。

 また、同氏によると、納税者擁護局の目標は、熟練した職員の組織を発展させることにより、IRSに対しより納税者の立場に立った業務執行をさせ、また、より積極的に納税者の擁護を図り、さらに、納税者に影響を与えるような立法過程において大きな役割を果たすことである。

Z.日米の税務行政の違い

 手続法の整備が進んでいるアメリカでは、行政手続法(Administrative Procedure ActAPA)も1946年に制定されている。税務行政も日本のように行政手続法の例外とはされていない。また、IRSはコンタクト・レターによる納税者に対する調査の事前通知が義務づけられている。納税者が任意調査を拒否した場合は、調査理由などを記載した召喚状(summons)により調査が行われることになっている。

 このようにアメリカにおいては、税務行政手続の適正化が我が国よりはるかに進んでいる。また、納税者の権利憲章も1988年に制定後、2度の改定が行われ、TBORTaxpayer Bills of Right2000が今年制定されると3度目の改定となる。

 20年前に納税者オンブズマンとして出発した納税者擁護官も、国家納税者擁護官となり、さらに納税者擁護局として完全にIRSから独立しようとしている。

 一見すると日本よりはるかに税務行政手続規定の整備されているアメリカにおいて、何度も納税者権利憲章の改定が行われ、納税者擁護官制度の強化が行われ、さらに、市民参加形式の市民擁護委員会制度の導入が図られるといった一連の動きの背景は何であろうか。

 行政執行のあり方としては、アメリカにおいては、手続規定が整備されている分それだけ逆に法的要件を満たすと形式的に法律どおりに執行を行うという面が、特に徴収手続等に関してはあるようである。最初の納税者権利憲章制定のきっかけとなったロジェスキー事件も徴収差押えの問題であった。

 それに対し、納税者擁護官制度や市民擁護委員会制度の導入の目的は何であろうか。筆者は、99年にアメリカで税務行政視察をした際、何人もの現職の税務関係の専門家と話をする機会を得たが、誰も納税者擁護官について触れたものはいなかった。納税者擁護官制度は、あまり一般には知られていないとの印象を強く受けた。

 今回の改正で、納税者擁護官が納税者救済命令を発する権限が強化されたが、現実に発せられた納税者救済命令は、5件である。納税者救済命令は、一種の抜かずの宝刀的なもので、それを発する権限があること自体に意味があるようである。国家納税者擁護官による議会報告を見ると、税務行政実務においてIRSと納税者の間で起きる問題を取り上げ分析し、法改正にまで踏み込んだ提言をしている。取り上げられている問題点は、税務の申告、納付(還付)、調査、徴収と多岐にわたり、技術的、実務的問題をも網羅している。このことは、いかに手続法等を整備していても、複雑な税制のもとでは、基本的に利害の対立する税務当局と納税者の間には、数限りない問題が生ずるということでもあろう。

 W.ヴァル・オウヴスン氏の発言等から考えると、納税者擁護局の目的は、アメリカの納税者が税務に関しIRSからカスタマーとしての最良のサービスを受けられるよう、第三者的な立場から税務行政や、租税立法を改善することにあるようである。

 翻って、我が国では、依然、税務行政手続法の整備もされず、納税者権利憲章も制定されていない。また、相変らず、任意調査であるにもかかわらず、税務当局による無予告現況調査が繰返されている。彼我の差は、余りに大きいといわざるを得ない。また、いかに手続法や、権利を保障する憲章を制定しても、行政当局と納税者相互の理解の上に立った税務行政を進めないと、税務官庁という巨大な行政機構は、そのサービスの受益者である納税者の権利を侵害してしまう本質を持っているのだともいえるのだろう。

(追記)
 国税庁の平成13年度予算概算要求によると、各国税局と50税務署に「納税者保護官(仮称)」を新設することが明らかになった。納税者に国税不服審判所の存在や法令上の権利救済手続を示したり、納税者の苦情や意見に対して迅速な対応を行うことになるとのことである。(注)

 本稿執筆の時点で設置に至る詳しい経緯は明らかではないが、アメリカの納税者擁護官制度や、韓国の納税者オンブズマン制度の影響を受けているのかもしれない。アメリカの例を見ても分かるように、いくら納税者保護官制度を設けても、組織の独立性や権威を確立しない限り、本当の意味での納税者を擁護する制度にはなり得ないと考える。今後の推移に注目したい。

(注)週刊税務通信2639

(参考文献)

石村耕治『アメリカ連邦税財政法の構造』(法律文化社)1995

佐々木潤子「所得税法における課税最低限と最低生活費」、『法人税改革の論点』(谷沢書房)1998

塩崎潤『1998年アメリカ内国歳入庁(IRS)再編成改革法』(今日社)1999

Law, Explanation and Analysis IRS Restructuring and Reform Act of 1998 

CCH1998
1999
   U S, Maste Tax Guide 82nd edition CCH1999
2000
    Standard Federal Tax Reports 2000 CCH2000

FY1999 National Taxpayer Advocate’s Annual Report to Congress (注)

(注)インターネット上のTaxpayer Advocate Serviceのホームページからダウンロードしたもの。なお、同ホームページアドレスは次の通り(20009月現在)。http://www.irs.ustreas.gov/prod/ind_info/Advocate.htmlこのホームページからは、1997年度、1998年度の議会報告もダウンロードできる。


番目のアクセスありがとうございます Modified 23 Oct.2000