全国青年税理士連盟での研修会講演内容を会報に寄稿しましたので紹介します。
末尾に最近、民主党が作成した納税者権利憲章を含む「国税通則法改正案」を紹介していますので参照してください。わが国での納税者権利憲章の導入が近づいてきています。

2001年5月

「納税者権利保護」確立目指して30

今、国税通則法改正の議員立法へ

長谷川 博

日本の納税者に権利はない

近年の租税負担の増加や、また制度の複雑化などによって、権利保護は極めて重要な政策課題となっている。だが現在の日本の税制の中に、残念ながら納税者の一般的権利の保護を目的とした法律や、あるいは納税者権利憲章といったものは、いまだ制定されていない。これは主要先進諸国の中でもっとも立ち後れた状況といえる。

国税に関する一般法である「国税通則法」第1条(目的)の中にも納税者の権利保護については見当たらない。かつて通則法について、改正の動きがあったことはあったが、あまり大きな話題にならなかった。そんな動きがあったことすら一般の人には知られておらず、新聞もまったくといっていいほど、報道していない。

現行法で納税者の権利としてあげることができるとすれば、税務署が下した更正処分などの課税処分に対して異議申し立てしたり、裁判をおこす権利というつまり事後救済、処分を受けた後の不服申し立ての権利である。だがこれは当たり前のことで、われわれはそこではなくて、処分する前の事前救済手続きこそが、本来の納税者の権利だと考えている。そうでなくてはならないはずである。欧米では、まず最初に納税者の権利があり、そのあとに法律、制度がついてくるのだから。

そこで「TCフォーラム『納税者の権利憲章』をつくる会」(TCはタックスぺイヤーズ・チャーター〔納税者憲章〕の略)が中心となって国税通則法の改正を働きかけている。私もその運動にたずさわってきた一人だが、法案を提起するにあたっては、まず議員に働きかけないといけない。そのとき与党にアプローチするよりは野党にしたほうが現実的であろうと考え、全部の野党に実際に立法・立案を働きかけている。

現在のメインは民主党で、あとは社民党と共産党。この3党には実際に決起集会などにも参加してもらっている。

2000630日には代表の北野弘久日大教授や池上惇京大名誉教授などが呼び掛け人となり、衆議院議員会館会議室において「納税者の権利を確立するための市民のつどい」が開催され、国税通則法改正の推進を訴えてきた。民主党3人、社民党1人、共産党3人および代理出席4人といった国会議員や学者、税理士、市民団体のメンバーなど計120人近い出席があった。

またそれにさきがけTCフォーラムは、同年523日には民主党税制調査会に出席して、この改正問題を「国税通則法の一部改正する法律案の試案」として説明。法律改正を議員立法(参議院先議案)として提案するため、山口哲夫前参議院議員や大渕絹子参議院議員らに参議院法制局と擦り合わせのために協力してもらった。

概要としては、基本理念としてまずは公正をかかげ、税務行政に関する国民の理解を得るために、国税当局は必要な情報提供と苦情等への誠実な対処をしなければならないものとした。また、事前通知なしの調査をなくすため、国税庁等の職員は、税額の確定の調査のための質問、検査をする場合は、その事前手続きとして、14日前までに、その相手方に書面で通知しなければならないことなどを、盛り込んでいる。

今後はこの改正案を、権利保護の問題に積極的に関わっている、民主党の河村たかし議員試案として法案の成立を目指していくことになっている。

ただ、民主党の党内事情もあり、劇的変化がすぐにやってくるとは考えられないが、地道な努力により、国会議員の意識もだいぶ変わってきているように見えるので、期待はしている。

活動の中心のTCフォーラムのもともとの母体は、「不公平税制をただす会」といって、当時の旧社会党系を中心とした組織で、そこから枝分かれしたものである。ここに参加している税理士は全国青年税理士連盟に所属している会員がほとんどだ。いまここまでお話しした納税者の権利の問題は、実は30年も前からいわれ続けている問題である。

景気の悪化でトラブル続出

日本のこういった権利保護が規定されない状況下で、さまざまなトラブルが発生している。税務署調査官が質問検査権を理由に、納税者の許可を得ずに、机やタンスを開けてまわったり、直接納税に関係のない書類まで書き写していくといったことが、かなり行われている。あくまで任意調査のはずだから、納税者の同意なく勝手に机を開けたりすることは憲法違反だし、プライバシーの侵害にもなる。現在税務調査の90%以上は任意調査。以前映画『マルサの女』がヒットしたが、あれはあくまで査察の話だ。質問検査権は任意調査である以上、無制限などでは決してない。

ここ数年とくに苦情が多くなっていることの背景には、景気が悪くなり、税の徴収がきつくなったということがある。今年7月から導入される「納税者保護官」制度(仮称)は、従前の相談官から分離しただけで、課税庁から独立していない。税務署内のノルマもきつくなったと思われる。従って納税者の苦情を適切に処理するためには、米国や韓国などにみられるように「納税者憲章」がその前提に導入されなければならない。権利保護の制定が急務だ。

政府見解と国税通則法改正の機運

 国税通則法改正に関しては、これまで斉藤勁参議院議員の質問主意書で政府の見解が明らかになっている。

 税務行政の適正手続に関する質問主意書(1999年12月14日)に対する政府の答弁書(2000年114日)参照)に示されている。

すなわち、政府見解を要約すると、所得税については、所得税法法234条、同法236条、判例の見解及び税務運営方針で必要な事項が定められ、独自の体系が整備されている。したがって、諸外国の納税者の権利保護に関する法令に規定されているような納税者の権利については、日本国憲法第84条に定められているいわゆる租税法律主義の下、各税法において具体的な規定が設けられているものがあること及び各税法の具体的規定等の趣旨に則した適正な税務行政により、基本的にその保護が図られているので、質問のような理由に基づいて国税通則法の改正を行うことは考えていないということである。

 これについて、その後の質問主意書(2000年5月29日)と政府答弁書(同年6月20日)(参照)があるのでURLを参照していただきたい。

  なお、TCフォーラムなどの努力もあり、本年4月17日付民主党の参議院選挙政策「7つの改革・21の重点政策」の税制改革の中に「納税者権利憲章」制定が公約として入ったこと、そして4月25日に国税通則法を改正する法律案(別紙)が先の参議院法制局案より一歩前進して民主党議員立法案として衆議院法制局でまとめられたことは画期的である。

(別紙) 「税務行政における国民の権利利益の保護に資するための国税通則法の一部を改正する法律案」
国税通則法(改正後の姿)
  第一章 通則


 第一節 総則
(目的)第一条 この法律は、国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備し、かつ、国税に関する法律関係を明確にするとともに、税務行政の公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の納税義務の適正かつ円滑な履行及び国民の権利利益の保護に資することを目的とする。

(第二条〜第四条 略)

 第一節の二 税務行政の基本理念等


(税務行政運営の基本理念)
第四条の二 税務行政の運営は、国民の納税義務の適正かつ円滑な履行が確保されるよう、公正を旨として行われなければならない。
2 国税当局は、その職務の執行に当たっては、国民のプライバシーを尊重しなければならない。
3 国税当局は、税務行政に関する国民の理解を得るため、必要な情報の提供を行うとともに、税務行政に関する国民の意見、苦情等に誠実に対処しなければならない。
4 国税庁、国税局、税務署及び税関並びに国税不服審判所の当該職員は、その職務の執行に当たっては、国民の権利利益の保護に常に配慮するとともに、国民が納税に関して行った手続は、誠実に行われたものとして、これを尊重することを旨としなければならない。

税務行政運営の基本方針)
第四条の三 国税庁長官は、前条に定める税務行政運営の基本理念にのっとり、税務行政の運営の基本となる方針を定め、これを公表しなければならない。

(納税の主体たる国民に対する文書の作成及び普及)
第四条の四 国税当局は、第四条の二に規定する事項及び納税の主体たる国民の権利利益の確保のために必要な事項の概要に関する文書を作成し、普及しなければならない。
2 前項の文書は、納税の主体たる国民の立場に立って、平易な表現を用いたものでなければならない。

(中略)
  第二章 国税の納付及び徴収
 (第一節〜第三節 略)

 第四節 質問又は検査の事前通知等

(税額の確定に係る調査等のための質問又は検査の事前通知等)
第三十三条の二 国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員は、納付すべき税額の確定に係る調査等のための所得税法第二百三十四条第一項その他の政令で定める国税に関する法律の規定による質問又は検査(以下この条及び次条においてそれぞれ単に「質問」又は「検査」という。)をしようとする場合には、質問又は検査をする日の十四日前までに、その相手方に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。ただし、検査をしようとする物件が隠滅される等調査の目的を達成することが著しく困難になると認めるに足りる相当な理由がある場合は、この限りでない。
 一 相手方の氏名(法人については、名称)及び住所又は居所
 二 当該職員の氏名及び所属する官署
 三 調査を必要とする理由
 四 質問又は検査の根拠となる法令の条項
 五 質問をする事項又は検査をする物件
 六 質問又は検査をする日時及び場所
 七 次項に規定する変更の申出に関する事項
2 前項の通知を受けた者は、当該通知をした国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員に対して、質問又は検査をする日時又は場所の変更を申し出ることができる。
3 国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員は、第一項ただし書に規定する場合において、質問又は検査をしようとするときは、その相手方に対し、同項第一号から第五号まで及び第八号に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない。

(税額の確定に係る調査の結果に関する情報の提供)
第三十三条の三 国税庁長官、国税局長、税務署長又は税関長は、当該職員が質問又は検査を行った場合には、当該質問又は検査の相手方に対し、当該質問又は検査に係る調査の結果に関する情報を提供するものとする。

(以下、略)