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税務行政の適正手続に関する質問主意書と政府の答弁書

 

 税務行政における適正手続の法的整備に関する斎藤つよし参議院議員(神奈川県選挙区)の質問主意書とこれに対する政府の答弁書を紹介し、政府見解に対する私のコメントをしてみます。

 (なお、斎藤参議院議員には、東京地方税理士政治連盟による「税理士による斎藤つよし後援会」があります。)

 

(質問主意書)

質問第14号

 

税務行政における適正手続の法的整備に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

 

  平成11年12月14日

 

齋藤 勁

 

           殿

 

 

税務行政における適正手続の法的整備に関する質問主意書

 

  わが国においては税務行政についての適正手続が法的に整備されていない。すなわち、わが国の税法には、税務調査に関する規定が、1条文のみ裁量的に「調査について必要があるときは……調査できる」(所得税法第234条、法人税法第153条参照)とあるだけであり、その他の手続(調査の通知、理由開示、時間・場所、代理人の選任、弁明手続、苦情申立て手続など)は何ら法文化されていない。また、税務調査の違法性をめぐって多くの裁判例がでているが、裁判例は、わが国の成文法主義の見地から原告納税者に不利なものがほとんどである。 平成6年に施行された「行政手続法」においても、税務行政手続については、同法及び国税通則法の規定により広範囲にわたり適用除外となっている。

  しかし、同法案を審議した第三次行政改革審議会の答申の意見では、適用除外された行政手続の分野(税務行政を含む。)について、「それぞれの個別法で行政運営の公正性の確保と透明性の向上を図る観点から必要に応じて規定の見直し等を行った上で、行政手続法の適用除外措置を講ずることが適当」であると指摘されており、また、行政手続法の立法審議過程においても、総務庁長官の答弁において、第三次行革審の趣旨を踏まえた個別法における見直しが必要であることが述べられている。

 私は、次のような理由から、国税通則法を改正すべきと考える。

・申告納税制度を維持発展するためには、納税者の協力が必要であり、特に国税通則法を改正して税務調査に関する適正な手続規定を整備することは、納税者の税務行政に対する信頼を得るものとなる。

・税務行政における適正手続が未整備であることは、税務行政に必要以上の裁量を期待する結果となり、効率的な行政運営を阻害する。国税通則法を改正して税務行政の適正手続規定を導入することは、効率的な税務行政の遂行に資することになる。

1988年のOECDの納税者の権利に関する報告書等、納税者の権利を保護する観点から税務行政における適正手続を確立しようとする方向は世界的な潮流となっている。アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、カナダ等の諸国では、1980年代から納税者の権利保護に関する法制度が急速に整備されてきている。アジアにおいても、1996年に韓国の「国税基本法」が改正され、翌年には「納税者権利憲章」が公布された。わが国の経済社会が急速に国際化している現状において、納税者の権利を含む税務行政手続の法的整備はまさに急務である。

以下の点について、政府の見解を示されたい。

 

  OECDが掲げる納税者の権利保護の基本原理や諸外国の税務行政の適正手続に関する法制度を参考にすれば、少なくとも次のような内容をもった国税通則法の見直しがなされなけばならない。

・納税者は基本的に誠実であり、納税者が提出した申告書は真実であると推定すること(納税者の誠実性の推定)。

・税務調査を行う場合には、調査実施の一四日までに書面により通知するものとすること(税務調査の事前通知)。

・税務調査に際し、税理士等を代理人とすることができる旨を税務調査通知書等で教示すること(税務調査における代理人選任権の教示)。

・税務調査を行う場合には、調査対象税目、調査を必要とする理由等を書面により開示すること(税務調査の理由の開示)。

・原則として個人の住居において調査を行うことを禁止する。また、税務調査においては納税者等のプライバシーを保護すること(税務調査におけるプライバシーの保護)。

・税務調査が終了した場合において処分を行わないときは、速やかに書面によって調査終了を通知すること。また、税務調査に際して行政指導を行う場合には書面によって行うこと(調査終了の通知)。

・同一税目で同一期間に関する再調査を行うことは原則としてできないものとすること(重複調査の禁止)。

・手続規定に違反して行われた税務調査に基づく処分は無効とすること(違法調査の無効)。

 

以上のような改正について、政府の見解を示されたい。

右質問する。

 

(政府の答弁書)

内閣参質146第14

  平成12114

内閣総理大臣臨時代理 国務大臣 青木 幹雄

 

 参議院議長 斎 藤 十 朗 殿

 

参議院議員斎藤勁君提出

 税務行政における適正手続の法的整備に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

参議院議員斎藤勁君提出税務行政における適正手続の法的整備に関する質問に対する答弁書

 

1について

 わが国における税務行政に係る手続に関しては、各国税に共通な事項である更正の請求、更正又は決定、納付、不服申立て等の手続については国税通則法等において、各国税に固有な事項である確定申告書の提出、青色申告書に係る更正、質問検査等の手続については所得税法、法人税法等において、それぞれ必要な規定が設けられ、独自の体系が整備されている。

 ご質問の税務調査については、例えば、所得税法第234条に質問検査権の行使の要件及び相手方、質問検査権の内容等に関する規定が設けられているが、最高裁判所の判例によれば、同条の規定は、「質問検査権を行使しうべき場合につき、具体的かつ客観的な必要性のあることを要件としており、質問検査の範囲、程度、時期、場所等、権限ある収税官吏の合理的な選択に委ねられていると解される。実施の細目についても、質問検査の必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度内という制限を課して客観的にその範囲を画定している」と解されている(昭和58714日最高裁判所判決)。

また、同法第236条には、税務調査の際の身分証明書の携帯等に関する規定が設けられている。さらに、国税庁において税務行政を遂行する上での基本原則を税務職員に示した税務運営方針(昭和5141日)等においても、一般の税務調査の際には事前通知の励行に努めること等とされており、これらにより税務調査は適正に実施されている。

 なお、国税に関する法律に基づく処分等については、行政手続法及び国税通則法により行政手続法の規定の一部を適用しないこととされているが、これらの処分等についても、国税通則法その他の国税に関する法律(以下「各税法」という。)等において必要な規定が設けられ、独自の手続体系が整備されており、行政運営の公正及び透明性は確保されている。

 税務行政については、右に述べたとおり、各税法の規定等により必要な手続が整備されており、これに基づき、納税者の理解と協力を得つつ、効率的に遂行されていると考える。また、諸外国の納税者の権利保護に関する法令に規定されているような納税者の権利については、日本国憲法第84条に定められているいわゆる租税法律主義の下、各税法において具体的な規定が設けられているものがあること及び各税法の具体的規定等の趣旨に則した適正な税務行政により、基本的にその保護が図られている。

 したがって、ご質問のような理由に基づいて国税通則法の改正を行うことは考えていない。

 

2について

 ご質問の見直し項目は、必ずしも経済協力機構(OECD)の報告書(納税者の権利及び義務)や諸外国の納税者の権利保護に関する法令等に共通して掲げられているものではないと承知している。例えば、アメリカ合衆国の「納税者の権利章典」及び「納税者としてのあなたの権利」においては、納税者の誠実性の推定、通常の税務調査の事前通知、個人の住所等における調査の禁止及び違法な調査に基づく処分の無効に関する項目は掲げられていないと承知している。国により課税方式、税務調査の方法、挙証責任の所在、不服申立制度等に違いがあることを考慮すれば、諸外国の納税者の権利保護に関する法令等に掲げられている項目のすべてをわが国の制度に採り入れることが必要となるわけではない。

 わが国の税務調査については、調査の目的を達成することができなくなるような場合を除いて事前通知を行うこと、必要に応じて概括的な調査理由の開示を行うこと、プライバシーの侵害となるような行き過ぎた調査が行われないよう十分に配意すること、実地調査の結果何らの非違も認められない納税者に対して書面により調査結果の通知を行うこと、再調査は新たな資料情報によって先の調査で把握した所得金額が過少であることが判明した場合等に行うこと等、所得税法第234条を始めとする各税法の規定等の趣旨に則して、納税者の権利に配慮した適正な運用が行われている。

 また、ご指摘のような内容の国税通則法の改正については、納税申告書の記載が真実であると推測することはその記載の真実性及び正確性を確認するための調査が必要とされる現状に合致しないこと、税務調査の事前通知を行うことによって帳簿書類が隠匿される等のおそれがあること、調査前に具体的な調査理由を開示することは困難であること、税務調査の際の行政指導を書面で行う場合には書面の作成に相当の時間を要し調査期間が長くなること等の問題があると考える。

 したがって、ご指摘のような内容の国税通則法の改正を行うことは考えていない。

 

 

(コメント)

2000119

斎藤勁参議院議員の「税務行政における適正手続の法的整備に関する質問」に対する政府の答弁書に対するコメント(批判)長谷川 博

 

1.まず、政府見解を要約すると、所得税については、所得税法法234条、同法236条、判例の見解及び税務運営方針で必要な事項が定められ、独自の体系が整備されている。したがって、諸外国の納税者の権利保護に関する法令に規定されているような納税者の権利については、日本国憲法第84条に定められているいわゆる租税法律主義の下、各税法において具体的な規定が設けられているものがあること及び各税法の具体的規定等の趣旨に則した適正な税務行政により、基本的にその保護が図られているので、質問のような理由に基づいて国税通則法の改正を行うことは考えていないということである。

 しかし、税務調査手続に関し、調査の事前通知、調査理由の開示、調査の場所・時間、代理人選任の教示などの手続規定が具備されていない現状に対し、客観的かつ具体的に「必要な規定が設けられ、独自の体系が整備されている」というためには、政府見解は説得力に欠け、我田引水的な説明であると言わざるを得ない。(法の規定の不備を運用でカバーしているという見解であろうが、これで納税者の権利保護が図られているというには無理がある。これでは国際的には通用しないであろう。)

 なお、いままでの政府見解とは異なり、今回は1976年(昭和51年)の国税庁の内部示達である「税務運営方針」を持ち出したところは興味深いものがある。

 

2.次に、政府見解の事実誤認個所について指摘すると、「例えば、アメリカ合衆国の「納税者の権利章典」及び「納税者としてのあなたの権利」においては、納税者の誠実性の推定、通常の税務調査の事前通知、個人の住所等における調査の禁止及び違法な調査に基づく処分の無効に関する項目は掲げられていないと承知している」と断じているが、以下の事実からその事実誤認性を検証する。

 アメリカの1988年の改正法「包括的納税者権利保障法」で導入され及び同法の規定で交付することとなった「納税者としてのあなたの権利」をみてみると、政府見解がいう項目は、独立した項目としては表現されていないが、以下のように、その内容には含まれている。

(なお、1998年改訂後については、内容は基本的には変わっていない。)

 

@納税者の誠実性については、「申告に関し質問を受けた場合」の項目の中で、「私たち(注、内国歳入庁)は、ほとんどの納税者の納税申告書を申告したとおり認めます。私たちが、あなたの申告書について質問したり、調査対象として選出しても、それは、あなたを不誠実であるとみてもことではありません。・・」と記載されており、他の国のような「誠実性の推定」という項目はなくても、内容は同様なものである。

 

A税務調査の事前通知(コンタクト・レター)については、「書面による調査と照会」の項目の中で、「私たちは、多くの調査と照会をもっぱら郵便でおこないます。私たちは、さらに詳しい説明を要求する手紙、あるいは、私たちが申告の変更を必要と考えている理由を記した手紙を送付することもあります。・・・」

また、「面談による調査」の項目の中では、「私たちが個人面談を通して調査を行うことを通知した場合、もしくはあなたが面談を要求した場合、あなたは調査があなたとIRS(注、内国歳入庁)の両方に都合が良い適当な場所と時間で行われるよう要請する権利があります。私たちが提案した時間もしくは場所の都合が悪いときは、調査官はより適当な時間もしくは場所を選択するように努力します。・・・」と記載されており、事前通知を前提にした調査手続になっている。なお、コンタクトレターは、従来から慣例化しているものである。

さらに、調査の場所について、例えば、個人の住所が不都合である場合には、それ以外の適当な場所を選択できるということも含まれている。(なお、内国歳入法7605条、7606条では合理的な時間と場所について規定されている。)

 

B違法な調査の無効性については、裁判所等で事後救済手続を経なければならないが、これまでの国家賠償とは別に、この改正法でIRSの行為だけを対象にした個別の損害賠償制度が導入されており、また、日本とは異なり、アメリカでは訴訟により徴収執行が停止する制度(日本では行政法上の公定力から、国税通則法105条、行政事件訴訟法25条で処分執行不停止が原則となっている。)も保証されていること、さらに、最近では、税務訴訟の立証責任が当局側に転換されるなど、違法な調査の無効性は日本より数段主張しやすく、また認められやすいものとなっている。

 

加えるに、最近のIRS改革法では、一層の納税者の権利の拡充を図っており、あわせて「苦情処理委員会制度」も導入されている。