一、まえがき

 東京地方税理士会では、税制改正意見書をまとめるに当たり、本会の各支部や会員からその意見を徴し、これに前年度の本会意見書及び日本税理士会連合会の建議書等を参考にしながら検討を加えて、平成 10年度の税制改正意見書をまとめた。取り上げた改正意見項目は、 122項目という多数の項目になっている。

 税に関する職業専門家の団体である税理士会として、税制に関する基本的な考え方を明らかにするとともに、税制、税務行政全般に関する事項について、税の実務の現場からの改善意見を集約し、税理士法第 49条の 10に基づき建議を行うことは、重要な社会的使命の一つである。

二、税制の基本的な考え方について

1. 課税の公平原則について

 税制に対する国民の信頼を得るうえで、最も重要な基本理念は税負担の公平であり、納税者の立場に立って実質的な公平を確保することが、最優先に求められなければならない。

 わが国では、シャウプ税制改革以降今日まで、長年にわたり国民の負担能力に応じて課税する応能負担の原則を課税の公平原則の中心としてきた。

公平については、垂直的公平と水平的公平を区分し、そのバランスを保つべきであるとする考え方もあるが、応能負担の原則によれば、縦の公平である垂直的公平と、同所得同負担という意味での水平的公平も図られることとなる。

 この課税原則の採用が重要な一因となって、わが国の国民の資産格差は、主要先進国の中では比較的少なく、世界有数の高水準の所得を得る中で、富は比較的平準化されていると言われてきた。このことは、租税による富の再分配が有効に機能してきたことを示している。もっとも、近年、所得格差と資産格差が拡大しつつあることも指摘されている。

 富の再分配の方法としては、種々の方法があるが、租税を通じての再分配は、次のような理由により最も適切な方法であると考えられる。

 第一は市場経済への干渉の度合が少ないことから、他の方法と比較して摩擦が少ないこと。第二は、特定の職業に従事する者だけでなく、社会の全ての構成員に再分配効果を及ぼすことができること。第三に低所得者層や資産を所有していない者に対して、租税を課さないことにより、自動的に社会保障給付の代替ができることである。

 日本国憲法は財産権を保障する( 29条)一方、福祉国家の理念のもとに生存権を保障している( 25条)。生存権の保障のためには、各種の社会保障政策が必要であり、そのためには富の再分配が不可欠である。

 応能負担の原則は、国民の経済的負担能力すなわち担税力に応じて公平に課税しようとするものである。担税力の基準としては、所得、資産、消費の三つをあげることができる。

 所得は、資産形成や消費行為の源泉となるものであるから、担税力として最も優れており、個人所得課税は、累進税率の適用や、基礎控除やその他の人的諸控除の制度によって、担税力に応じた公平な税負担と最低生活水準の保障を図ることが可能であるから、富の再分配や社会保障の充実の要請に最もよく合致している。

 資産も担税力として優れており、相続税、贈与税等の資産課税は、富の再分配機能、所得課税の補完税としての機能という重要な役割をもっている。

 一方、消費税は、所得を背景とした消費そのものに担税力を見い出し課される租税であるが、例えば消費税課税前の消費性向が 100パーセントに近い低所得者層の場合には価格に上乗せされる追加課税に対する担税力が非常に弱いので、消費は担税力の尺度としては最も劣っていると言わざるを得ない。

 ところで、数次にわたる所得税の最高税率の引き下げと、税率の刻みの減少による累進税率の緩和が図られている。勤労所得を中心とする中堅所得層の税負担の軽減は望ましいが、減税の効果は高額所得者程大きいので、応能負担の原則を貫くためには、税率の刻みの減少や最高税率の引き下げについては慎重な対応が必要である。

 米国ではレーガン及びブッシュ両大統領の時代に、法人税の租税特別措置の整理による税収を財源とするとして、法人所得税、個人所得税とも、最高税率を大幅に引き下げるとともに、税率のフラット化を行ったが、結果は膨大な財政赤字を抱えることになり、また、貧富の差が拡大する一方で、社会的不公正を招いたことに注目すべきである。

 消費税の課税については直間比率是正論があるが、直間比率は、税負担の公平を求めて構築された税体系の結果として導き出されるものであり、はじめに目標とすべき具体的な数値があるというわけではない。

 安定財源確保の要請と個人所得課税における所得捕捉の困難性を理由として、消費課税のウエイトを高めるべきという主張があるが、消費課税は逆進性という公平原則に反する重要な問題を内在しているので、税負担の公平を大きく歪めないためには、低税率に留める必要がある。

 以上のように、税負担の実質的な公平を確保するためには、応能負担の原則に基づき、所得課税中心の租税体系の維持を図る必要があり、資産課税及び消費課税については、補完的な税制として構築することが必要である。

 法人課税については、わが国の税制は、基本的には法人擬制説を前提としている。したがって、法人所得は最終的にはその構成者である個人に帰属するので、法人税には累進税率が親しまず、かつ、法人と個人ないし法人間の「配当」についての二重課税の調整が不可欠であるとする。また、同族会社については、配当を恣意的に抑制する傾向があるとの認識から、その対応として、留保所得に特別税率を適用している。

 政府税制調査会法人課税小委員会報告(平成 8年 11月)も中小会社に対する軽減税率については、「累進税率は基本的には法人課税にはなじまない」として、「基本税率との格差の縮小を検討すること」「仮に基本税率の引き下げがなされても軽減税率の引き下げは適当でない」としている。

 また、課税ベースについて、その拡大が多角的に幅広く検討されている中で、法人間の受取配当等の益金不算入制度については、「基本的に維持することが適当である」としている。

 さらに、同族会社に対する留保金課税についても、「現行のまま存続する」としている。

 しかし、法人は、その出資者とは別の独自の存在であり、独自の社会単位、課税単位を構成すべきものと考えられる。したがって、比例税率にこだわることなく、一定の所得金額までの軽減税率は維持すべきであり、また、受取配当等の益金不算入制度や同族会社の留保金課税のような制度については廃止する必要がある。

 なお、産業空洞化や海外からの投資減退の防止を理由に、法人税の基本税率の大幅な引き下げを求める声があるが、消費税等他の税目の増税につながる法人税の基本税率の大幅引き下げは控えるべきで、引き下げをするなら、課税ベースの拡大による増収の範囲内にとどめ、いわゆる税収中立を維持すべきである。

2. 「中立」「簡素」と公平原則について

 昭和 63年の税制改革以降、税制の基本理念として、「公平」「中立」「簡素」が掲げられている。

 税制における中立性の維持は公平の見地からも要請される。現行の産業政策的な租税特別措置は、本来の課税ベースを狭め、特定の業界や階層の既得権化する傾向にあるので、政策目的を達成したものは直ちに廃止し、極力整理合理化すべきである。

 また、土地政策や各種産業政策は、これに伴う諸制度の改革によってなすべきであり、税制に大きく依存すべきではない。

 バブル崩壊以後土地税制の全般的見直しが繰り返し主張されている。景気てこ入れという短期的な視点から、地価税の廃止ないし凍結、土地譲渡税の引き下げ等を訴えている。土地の流動化、地価の下げ止まりを期待して土地税制の緩和を求めているわけであるが、土地税制の問題は、このように当面の景気対策と結びつけるのではなく、公平原則から、どうあるべきかを長期的観点に立って検討すべきである。

 税制の簡素化は、税負担の公平に配慮してなされなければならない。したがって、税制の簡素化が公平原則に反する場合には、慎重に対処する必要がある。例えば、所得税・住民税・相続税における累進税率適用の段階区分の数や刻み方は、負担の公平に十分配慮して決めなくてはならない。

 また、現行税制の複雑さ、不明確さの大部分は、租税特別措置法を中心とした例外、特例措置により増幅されているので、これらを整理合理化して税制を簡素化することが税負担の公平を図ることにもなり、強いては、国民に理解しやすい租税制度の確立にもつながる。

 さらに、消費税に例をとれば、税率が上がると食料品その他生活必需品に対する非課税措置や複数税率の採用等、極めて複雑な制度にしなければ無所得層・低所得層に対するきめ細かな配慮ができず、必然的に簡素化に逆行する税制とならざるを得ない。

3. 申告納税制度と税務行政手続及び納税者の権利について

 申告納税制度は、憲法に定められた国民主権の原理に沿うものである。すなわち、申告納税制度は、租税法律主義に基づいて、納税者自らが租税債務を確定する機能を認めた制度であり、納税者の自覚を通じて、国政に対する関心を高める民主的租税制度として尊重され、さらに維持発展させなければならない。

 申告納税制度に基づく場合はもとより、税を賦課し、徴収するためには、納税者は誠実で正直であることを要求され、また行政庁は、納税者が誠実で正直であるという前提に立って丁重な対応をすることにより、はじめて税務行政の執行が有効に機能する。

 したがって、納税者が、税務行政は公正、透明、民主的に行われていると確信し、行政庁と納税者の間に良好な関係が維持されていることが最も重要である。そのためには、税務行政に対する納税者の信頼の確保と、公正、透明で民主的な税務行政の運営を図るために、税務行政上の適正な手続規定を確立する必要がある。

 イギリス、フランス、アメリカ等の国においては、租税負担率の上昇に伴い、この負担率を維持し、さらに国民に高負担を求めるためには、納税者の協力が不可欠との考えの下に、納税者憲章や納税者の権利宣言を制定するとともに、納税者の権利を明確に規定し、それを保護するための手続規定を整備して、行政庁と納税者の協力関係を深めようとしている。

 わが国においても、「行政運営の公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資する」という行政手続法の趣旨に沿って、税務行政手続の整備を図る必要があり、このことによって、納税者側においては、無用な不信感や負担感が払拭され、納税者の協力度合が高まり、行政庁の側においても、税務行政の執行がより円滑になり、申告納税制度が一層有効に機能することとなる。

4. 税制、行財政及び社会福祉制度の方向性について

 税制は、国民の理解と協力があってこそ十分に機能するものである。そのためには、国民が納得できるよう、租税特別措置の全面的な見直し、利子・配当所得及び各種譲渡所得の総合課税化等により、課税ベースの拡大と税負担の公平を図る必要がある。

 また、納税者の権利を保障し、協力度合を高めるために、税務行政上の適正な手続規定を確立する必要がある。

 行財政に関しては、現在の財政構造の改革を積極的に推進するとともに、国及び地方の行政改革を早急に断行して、行政の簡素化・効率化を徹底して行い、税負担と社会保障負担を合わせた国民負担率の上昇をできる限り抑制しなければならない。

 少子化・高齢化社会への対応については、わが国がどの程度の福祉社会を実現しようとしているのか、その場合の財政需要と国民負担率の問題、国民負担率における税負担と社会保障負担の割合、社会保障負担における個人と雇用者の負担割合等公的サービスの水準に関して、中長期的データを国民に明確に示して、納税者の観点から議論を進めるべきである。

 このような議論をしていく過程で、政府は、今後の所得・資産・消費の税制のあり方について、選択可能ないくつかの改革案を国民に提示し、国民の合意により選択された税制を実施すべきである。

三、平成10年度の税制改正において検討すべき点について

1. 国税通則法について

 国税についての基本的な事項及び共通的な手続事項を定めている国税通則法のうち、特に、国税の不服申立てに関する事後救済手続の規定は、一定の整備がなされているが、税務調査及び更正処分等に関する事前手続の規定がほとんどないので、納税者の権利の保護の側面から、課税処分前のいわゆる事前救済手続の整備が必要である。

 また、重加算税の賦課決定は、その税率が高く納税者に及ぼす影響が大きいのでその理由付記が必要である。

 なお、税務に関する苦情処理機関(いわゆるオンブズマン制度)の設置も検討する必要がある。

2. 国税共通関係について

 情報公開とプライバシー保護についての議論の進展に鑑み、申告書の公示制度は廃止すべきである。

 また、租税法律主義の観点から、同族会社の行為計算の否認の規定は、早急に廃止すべきである。

3. 所得税について

 所得税制については、応能負担の原則により、所得の総合課税による超過累進税率の適用が実質税負担の公平に適しているとされている。

 このことから、土地建物等の譲渡所得のほか、有価証券譲渡益及び利子所得についても総合課税方式を原則とすべきである。

 また、税制の簡素化の観点から、複雑多岐にわたる各種所得控除については、基礎控除額を引き上げる等整理統合し、見直しを図る必要がある。

 さらに、所得税における必要経費概念について、親族に支払う対価及び給与所得控除のあり方を含め根本的に見直すべきである。

4. 法人税について

 中小企業の活性化を図るために、軽減税率適用所得金額の引き上げや同族会社の留保金課税の廃止、欠損金繰戻しによる還付制度及び法人税の延納制度の復活等が必要である。

 なお、赤字法人課税については、企業再生等の観点から、安易に課税強化すべきでない。

 また、税制の簡素化、課税の公平の見地から、例えば、新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入規定、使途秘匿金の支出のある場合の課税の特例等の見直しが必要である。

 なお、企業の海外進出による空洞化対策の一つとして、法人税の表面税率(事業税の損金算入調整後)の引き下げが叫ばれているが、空洞化は必ずしも、税率の問題に起因しているものではない。

 現在、課税ベースを拡大しつつ税率を引き下げる検討がされているが、法人税の基本税率の引き下げについては、現行税制を歪めている租税特別措置法の全面見直しを含め、課税ベースの拡大による増収の範囲内に留め、いわゆる税収中立を維持すべきである。法人税の税率の引き下げによる税収不足を、消費税の税率の引き上げによる増収によって対処すべきではない。

5. 相続税、贈与税について

 現行の租税体系は、相続財産を取得者個人の所得の範疇に含めて、所得税では非課税扱いとし、一方で富の過度の集中化・偏在化を防ぎ、富の再配分機能を保つために相続税を課している。現代の核家族形態における諸子均分相続の基本構造から鑑みて、生活基盤である居住用・事業用財産については、円滑に相続が行われるよう税制上特別の配慮が求められる。

 また、近年、国庫の相続税収入の増加指数は、所得税・法人税等他の租税収入に比べ、飛び抜けて増加している(相続税 866%、法人税 332%、所得税 355%、租税全体 378% 昭和 50年度対平成 7年度)。このような傾向は、相続税の潜脱行為ひいては浪費・懈怠等社会的不安要素を招来しかねない。

 相続税制は、人の生涯を通じた公正で活力のある租税体系を構築する一環として捉え、相続人の個別事情や地域間格差の是正を図りながら相続税が大衆課税とならないような措置が講ぜられなければならない。

 さらに、相続税の課税価格の内に占める不動産、事業用資産及び特定同族会社の株式・出資の割合が高いという相続税の特殊性を考慮し、納付方法選択の自由(金銭、物納・延納)を大幅に認めることも検討をする必要がある。

6. 消費税について

 平成 9年 4月からの税率の引き上げは、「課税の公平」の観点からでなく「財源論」の立場の改正である。消費税は、逆進性及び担税力など租税体系全体に与える影響が大きく、また、課税の公平に逆行するので低税率に留める必要がある。よって、税率の引き上げにあたっては、高齢化社会に対する福祉ビジョンや行財政改革等の具体策を明らかにした上で、国民のコンセンサスを得る必要がある。

 中小事業者の特例制度については、事務負担の軽減及び消費税の転嫁の困難性を考慮し、簡易課税制度の適用金額を改正前の 4億円に戻すとともに、免税制度の維持及び一定額の限界控除制度は必要である。また、「帳簿及び請求書等の保存」は、改正前の「帳簿又は請求書等の保存」に戻し、帳簿方式を維持すべきである。

 また、各種の届出書・申告書の提出及び申告については実務上の諸々の問題が生じている。この申告等事務に係る諸問題については、これまでの実務の経験に照らし早急に改善する必要がある。

7. 地方税について

 固定資産税評価額は、固定資産税、不動産取得税、特別土地保有税ないし国税である登録免許税に影響を及ぼすものである。したがって、その評価基準を明確かつ適正にするとともに、公表すべきである。

 また、土地の固定資産税評価額は土地基本法により地価公示価額の 7割により評価されているが土地に係る税目は、国民の幅広い所得層が負担する税であることから、急激な負担増にならないように、課税標準又は税率の引き下げをする必要がある。

 なお、事務の簡素化、合理化のために、所得控除の種類・金額及び要件、廃業の場合の個人事業税の申告期限及び事業規模の判断基準を、国税の取扱いと同一とするとともに、利子割額の控除等を廃止し、予定申告書の提出を要しないこととすべきである。

8. 税務行政について

 税務行政については、税務行政庁の円滑な行政運営と納税者の権利保護のために、税務行政手続の法整備を確立すべきである。

 KSKシステムの導入に伴い、税務行政上の情報の収集・管理及び利用をチェックするために、プライバシーの保護制度及び情報公開制度を創設する必要がある。

 納税者番号制度は、「共通番号制度」として導入すべきでない。また、税務限定番号制度としての納税者番号制度についても、導入基盤となるべき諸制度が整備されていない現段階ではその導入は時期尚早である。

四、早急に改正を必要とする項目について

 平成 10年度税制改正意見書を取りまとめたがこの中で早急に改正を必要とするものについて、次のとおりその項目を挙げる。

(国税通則法関係)

  (1)「 1」税務行政手続の法制化について

  (2)「 2」郵送に係る税務関係書類の提出時期について

  (3)「 3」国税の更正又は決定の理由付記について

  (4)「 4」更正請求期間の延長について

  (5)「 7」重加算税賦課の理由付記について

(国税共通関係)

  (6)「 3」同族会社の行為計算否認規定の廃止について

(所得税関係)

  (7)「 1」土地建物等の譲渡所得の分離課税制度の見直しについて

  (8)「 6」生命保険料控除等及び配偶者特別控除の廃止基礎控除の引き上げについて

  (9)「 19」不動産所得に係る損益通算の特例の廃止について

(法人税関係)

  (10)「 5」使途秘匿金の支出がある場合の課税の特例について

  (11)「 6」新規取得土地等に係る負債利子の課税の特例について

  (12)「 10」欠損金の繰戻しによる還付制度の復活について

  (13)「 12」同族会社の留保金課税の廃止について

(相続税・贈与税関係)

  (14)「 3」中小企業者の事業承継の特例措置について

  (15)「 8」物納手続について

  (16)「 10」更正等により課税価格が増加した場合の配偶者控除額の制限について

(消費税関係)

  (17)「 10」インボイス方式と帳簿及び請求書等の保存について

  (18)「 11」課税標準について

  (19)「 15」各種届出書の提出期限について

(地方税関係)

  (20)「 6」法人の利子割額の廃止について

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