拙稿「税務訴訟における和解-納税者の権利救済機能としての訴訟上の和解-」(月刊「税理」2002年3月号ぎょうせい)を掲載します。現在「司法制度改革推進本部」で審議されている行政訴訟の改革にあたって本稿が少しでも寄与できれば幸いです。

税務訴訟における和解の意義とその課題

 −納税者の権利救済機能としての訴訟上の和解−

税理士 長谷川博


1.はじめに
 これまでわが国の税務訴訟において、和解(裁判上の和解)の事例は極めて少なく(国税不服審判所においても正式な和解という手続きは認められていない。)、また、その研究もほとんどなされていないように思われる。
筆者は、弁護士とともに関わった法人税更正処分等取消訴訟事件で、原告が和解を提案し裁判所が職権で和解を勧告した事例(結果は、被告国側が合意せず原告敗訴)を経験したことから、税務訴訟における和解の必要性を痛感しているものである。
 本稿では、民事訴訟上の和解の意義を概説し、税務訴訟における和解に関する学説、そして経験した事例の概要を紹介し、諸外国に見られる税務争訟における和解の状況を参照しながら、わが国の税務訴訟の和解の意義とその課題に言及してみたい。
 本稿が今後、わが国における税務訴訟における和解の活用に少しでも寄与できれば幸いである。

2.民事訴訟における和解の意義
(1)訴訟上の和解の意義
 裁判所は、訴訟がいかなる程度にあるかを問わず、和解を試みることができる(民訴法89条)。訴訟上の和解とは、訴訟を終了させるために訴訟物である権利関係について互いに主張を譲歩して行う合意であって、これを裁判官に陳述し調書に記載されることにより訴訟終了の効果を生ずるものである(同法267条)。
 訴訟上の和解の意義について、民事事件の紛争は、本来自主的に解決すべきものであるから、訴訟の段階に至っても判決によって強制的に解決するよりは、当事者の合意により自主的に解決することのほうが望ましく、その長所として、判決が上訴を前提とした一時的な解決方法であるがこれと異なること、実情に即した妥当な解決を図ることができること、判決では敗訴者が意地になり任意の履行が難しい場合があるが和解によれば履行の可能性が高いことなどが挙げられ(注1)、また、早期の紛争解決が期待できるなどのメリットがある。
 現在の訴訟実務では、和解の長所や紛争の早期解決という観点から和解に積極的な裁判官が多数となっているようである。

(2)訴訟上の和解の方法
 訴訟上の和解は、係属する事件の当事者双方が和解の当事者となり、当該訴訟における訴訟物である権利関係について行われるのが通常であるが、当事者の和解に必要かつ相当な場合には、訴訟当事者以外の第三者を和解に加入させたり、訴訟物でない他の法律関係を和解の対象にして加えることができる。反対に、一部判決ができる場合には訴訟物の一部について、請求が併合されている場合はその一部の請求について、和解することができるとされる(注2)。
 実際の和解の技術として、裁判官が当事者に個別に面接するという個別面接方式がこれまで実務を支配していたが、最近は当事者が対席した状態で和解をすすめる対席和解方式をとる裁判官もあらわれているようである(注3)。
 訴訟上の和解は、特別の授権(民訴法55条2項2号)があれば代理人で可能であるが、実情に即した和解案を作成したり、当事者の真意を確認するために、本人または法定代理人の出席を求めることができる(民訴規32条1項)。

3.税務訴訟上の和解に関する学説・裁判例
 税務訴訟は、一般的に更正処分の取消しを求めるものであり、行政事件訴訟法にもとづく抗告訴訟である(行訴法3条)が、実際の訴訟運営については民事訴訟の例によるとされている(同法7条)。したがって、民事訴訟上の和解も準用される。
(1)しかし、学説では、行政処分の法律適合性が訴訟物とされている訴訟(例えば、更正処分取消訴訟)に関して、被告行政庁には和解の前提となる実体法上の処分権がないから、被告行政庁は訴訟上の和解をすることは許されないという見解(注4)や租税法の強行法規性および合法性の原則から法律の根拠なしには納税義務内容や徴税の時期・方法等について課税庁と納税者の間で和解を行うことは許されないとする見解(注5)が有力である。

(2)これに対して、一律に訴訟上の和解を否定するのは正当ではなく、2つの類型に分けて理解すべきであるという見解(注6)があらわれている。すなわち、その類型1は、行政処分の法律適合性について被告行政庁の裁量が認められている場合(例として、青色承認取消処分が訴訟物となっている場合)や行政処分の一部が誤っていることが訴訟段階で確認された限度で、被告行政庁が原告の主張を認めて行政処分を取消すこととし、一方、原告はそれ以上の主張をしないという互譲がなされる場合(例として、所得税更正処分の所得金額の認定を争う取消訴訟で、更正にかかる所得金額のうち一定額以上の課税が誤っていることが確認された場合に、その確認された限度で、被告課税庁が原告納税者の主張を認めて更正処分を取り消し、一方、原告納税者はそれ以上の請求、例えば損害賠償請求を放棄するという場合で、実質的には請求の一部認容といえるもの)で、被告課税庁として税法上の課税権(ないし取消権)の範囲で処理しているものであり、税法に違反して課税権を放棄しているのではないから、訴訟上の和解は許されると解される。この場合、和解の趣旨に従って別途行政処分の取消し手続きを履践することになる。
 その類型2は、実体法規に基づかない行政処分の全部又は一部の取消しが問題になる場合である。例えば、実際に所得税更正処分のとおり納税義務が発生しているのに妥協的に全部又は一部を免除することを内容とする訴訟上の和解は、実体法(例では、財政法8条)に違反することになるので無効であり、訴訟上の和解は許されないと解すべきであるという見解である。

(3)裁判例では、一般の行政訴訟において、当事者が訴訟物およびこれに関連する公法上の法律関係を処分し得る権能を有する限り、裁判上の和解をすることは可能であるとされている(注7)。しかし、税務訴訟においては、訴訟上の和解の件数は少なく、実例としてはほとんどが徴収をめぐる争いについてである(注8)。

4.経験した裁判所の和解勧告の事例
(1) 事件の概要(横浜地裁平成13年10月10日判決平成11年(行ウ)第60号)(注9)
 原告X社は、内航船晴山丸を売却し、平成7年10月2日にキプロス共和国において設立した子会社M(キプロス法人)の名義で、平成8年3月に外航船マサシママルを取得し、租税特別措置法の買換え特例(65条の7)を適用して申告した。
 X社は、M子会社はキプロス国に実態がないペーパーカンパニーであるので、キプロス船籍マサシママルは実質的にT社の所有であると認識し、マサシママルにかかる収益及び費用を合算した法人税申告をしてきた。
 X社は、M社がペーパーカンパニーであるとする理由について、運賃コストのカットを図るために低賃金の外国人船員を乗船させたいところ、日本籍船舶はその乗船を認めないとする特殊事情があった。
 その後、Y税務署より、平成9年9月7日(平成8年3月31日期申告分)に買換え資産がM社の所有であってX社の所有ではないとして、買換え特例適用が否認され、そしてマサシママルに関する減価償却費や借入金利息等の費用が否認された。また、平成12年5月31日(平成9年3月期から平成11年3月期までの申告分)にも更正処分を受けたが、この処分は前処分に引き続き、マサシママルに関する減価償却費や借入金利息等の費用のみを否認したもので、両処分とも運航契約者J事務所からの定期傭船収益は否認されないまま課税の対象となっていた。
 これに対しX社は、不服申立てを行い、さらに裁判所で争い、平成13年10月10日に平成9年の更正処分に係る判決が横浜地方裁判所から申し渡された。(なお、平成12年の更正処分に対しては、この時点で国税不服審判所の審理途中である。)
 訴訟の過程で原告X社は、和解案を申し入れた。これに対し、裁判所が職権で和解を勧告し、原告・被告の話し合いを持ったが合意に至らず、原告敗訴となった。
 原告が提案した和解案は、買換えの適用はできないとしても、費用収益対応の原則から、X社の運航収益にかかるM社への運航委託費用等の計上は認められるはずである。そうでないと、収益のみの課税になってX社は納税が不能となり倒産に至るという不合理な結果を招来するというものである。
 原告はマサシママルの帰属に関し、経済的観測説に立った実質所得者課税の原則を主張し、他方、被告原処分庁は、法律的帰属説に立っていた。しかし、税務訴訟の勝訴率は低いという事実もあることから敗訴した場合の事業の継続の問題も考え、また、買換え特例ができないとしても収益の課税には理解ができないという確証があったので、最終の口頭弁論終結時に本件は裁判上の和解で解決するのが相当な事案であるとの観点から、和解の申し入れを行い、そして、裁判所が裁判上の和解の勧告を行ったものである。
判決では、マサシママルはM社の所有であると認定され買換え特例の適用は否認されたが、判決の理由書の中で、運航契約者JN事務所との定期傭船契約の当事者はキプロス法人M社である可能性が指摘され、さらに、マサシママルにかかる収益及び費用の帰属もM社であり、これに関する所得の帰属の誤りは、本来、更正の請求により是正されるべきであるという趣旨のことが述べられている。さらに、この点は、X社とM社との関係を明確にする必要があるが、そのための具体的主張がない本訴ではこれ以上仮定的に言及できないとも述べられている。
なお、本件事案は、控訴を取下げ、また、平成12年の更正処分に対する審査請求も取下げることにより、本件判決の理由書にもとづき、更正の請求書と嘆願書を原処分庁に提出し、その判断を仰いでいる状況にある。

(2)和解案の趣旨(概要)
 ア 原告は、最終の口頭弁論終結時、本件は裁判上の和解で解決するのが相当な事案であるとの観点から、和解の場を設定してもらった。しかし、被告の理解が得られるところでなく、解決を見ないまま今日に至っている。
 税務訴訟は、課税当局の事実認定の等の是非を問うものであるが、課税当局は、紛争を発生させ継続することは本来、目的とするものではないはずである。
 本件においては、本訴で問題となっている処分のみが単独で存在するものでなく、M社設立以降の原告の毎年の税務申告にも影響を与えるものである。本訴で判断が下されても、それ以降の原告の申告に対する課税当局の処分が全て争いの対象となるのである。
 実際に、本訴で問題となっている処分以降の原告の毎年の税務申告に対する課税当局の処分に対し、行政不服手続きが提起されている。これが、本訴以降も紛争として残り、また税務訴訟として裁判所の判断をあおがなければならないという事態は、原告としては避けたいし、被告、裁判所においても同様と考えるものと思われる。
 紛争の根は同じであるのだから、法律の専門家同士が話し合えば解決できる事案でないかと思われる。個人的感情が絡み合った紛争ではないのであるから、単に税務処理上の問題として、また納税の問題として割り切った発想の下に、必ずや解決できる問題であると思われる。
 そういう視点に立って、裁判所において、紛争解決の中心的役割を担う職責に応じ、職権による和解を勧告していただければと考え上申するものである。
 イ 問題の視点について以下述べる。
 原告がすでに準備書面で主張したところであるが、以下、要点を整理する。
@ 被告は本件裁判の対象たる処分の後に、平成12年5月31日付で原告に対し法人税3期分の更正処分を行っている。
 その処分は、マサシママルはM社が所有するという被告の主張に沿って、原告の計上するマサシママルの減価償却額や借入金利息などの原価・経費の計上を否認するものである。その結果、原告には費用収益対応の原則に反する不合理な課税負担が生じている。
原告はこの処分に対して国税不服審判所に審査請求を行い、マサシママルの所有及び経費計上のあり方について本件裁判で主張していることと同様の主張を行っている。被請求人(Y)も本件被告の主張と同じ主張を行い、現在国税不服審判所も本件裁判所の判断待ちという状況である。
 原告が本件マサシママルを実質的に所有することや被告の更正処分が法人税法第22条4項の公正妥当な会計処理の法理に反することなどはすでに主張してきたところであるが、本件の論点を整理すると次のとおりである。
A 本件論点と課税の公平
@原告にマサシママルの実質所有を認め、租税措置法の買換え特例を適用するかどうか。買換えが認められれば、原告納税者の主張どおりなので原告に課税上の問題は起こらない。
A仮に原告にマサシママルの実質的所有を認めず、買換え特例が適用されないとすると、原告には定期傭船収入だけが帰属し、そのコストである減価償却費や借入金利息などの費用が認められないという不合理な結果となって、原告は納税が不可能となり倒産する。
B仮に原告にマサシママルの実質的所有が認められず、買換え特例が適用さないとしても、原告には法人税法第22条4項の法理からも費用収益対応の原則が認めらなければならないのだから、被告は本件更正処分を取消して、原告にマサシマシッピングに対するマサシマ丸の傭船料を認め、その費用計上を原告に認めることができる。
C前記Bは事実認定の問題であるから、被告原処分庁の判断で行うことができ、原告は、買換え特例に基づく圧縮された金額に対する課税が生ずるが、定期傭船収入に対するマサシマシッピングに対する費用の計上を行うことができる。
 ウ 課税の公平という観点から本件論点を考慮しなければならず、その意味でも原告納税者は、上記論点@の正当性を主張してきているが、仮に@が認められない場合、A以下の処理を行うことが、本来の、また正常な税務行政なのである。申告主義の中の形式にこだわらず、実質に視点を移し、正常な形に戻し、紛争を一挙に解決するような裁判所の発動を望むものである。

5.諸外国の税務争訟上の和解の実情
 先にみたとおり、わが国では税務訴訟上の和解は皆無ともいえる状況にあるが、諸外国ではどのような位置付けとなっているか、以下にその実情を概観してみる。
(1)ドイツ
 ドイツの財政裁判所においては、原告・被告両当事者の調停の場としての役割を果たしているようである。すなわち、ドイツでも租税法律主義の要請から和解のような合意形成がどこまで許されるのかという理論的問題があるが、少なくとも権利救済過程の実務においては、双方の合意による訴訟の決着が大勢を占めているといわれる(注10)。

(2)フランス
 フランスの税務訴訟を担当する行政裁判所では、税務訴訟の和解件数等の詳しい統計数値は公表していないようであるが(注11)、税務調査後に納税者の意見を聴聞する制度や更正の通知書が送付されてから税務署と和解ができる法的制度(直接税および取引高税県委員会・コミッションに対する調停制度)があり、合意ができなければ行政裁判所で争うことになる(注12)。

(3)イギリス
 イギリスでは、弁護士費用が高額ということもあり、税務訴訟が少ないとされるが、わが国の不服申し立て制度にあたる委員会(直接税)や付加価値税審判所(間接税)があり、委員会等が裁定を下す前に、歳入庁(関税庁)と納税者の間で合意による紛争解決方法が比較的多く採用されている(注13)。

(4)カナダ
 カナダでは、歳入庁の税金査定通知書に不服がある場合、税務署の争訟部門による異議審査制度があり、ここでの協議により納税者の主張が比較的高率で認容されている(注14)。また、租税裁判所での和解は、所得税事案及び付加価値税事案で約30%近くの割合で行われている(注15)。

(5)アメリカ
 アメリカの税額更正決定通知書(30日レター)に対する不服審査は、税務署の不服審査部が行うが、審査担当官は納税者と和解で解決することができる(注16)。納税者が30日レターに返答しない場合には、税務署から再度通知書(90日レター)が送られ、これに対しては、租税裁判所(税金を納付しなくてもよい)で争うか、連邦地方裁判所(いったん税金を納付する)又は連邦請求裁判所(いったん税金を納付)で納付額の還付を求める訴訟を提起するかの選択をすることになる。
 通常は租税裁判所で争われるが、租税裁判所が事案を受理した後でも課税庁は、事案を税務署の再審理部で和解の可能性を探ることが多いとされ、受理した事案の80%程度が裁判前に和解で解決しているといわれる(注17)。
 また、最近内国歳入庁では、1998年の内国歳入庁の機構改革法にもとづき、不服申立て審理における和解(調停)手続(Fast Track Mediation Public Procedures)の促進化を図っていることは(注18)、納税者の権利を保護するとともに、紛争の早期解決による徴税コストの軽減という経済性を考慮したものと考えられる。

(6)韓国
 韓国では、課税処分後の事後救済手続きとして、処分庁に対する異議申立ておよび国税庁に対する審査請求または国税審判所に対する審判請求(選択的前置主義)がある。また、日本と異なり監査院(会計検査院)に対して直接審査請求を行う方法が存している点はユニークである。これらの行政審判手続を経て裁判手続きに入るという不服申立て前置主義が採られている。
 行政訴訟である税務訴訟は、1998年3月から導入された行政裁判所(ソウルだけにあり、ソウル以外では地方裁判所が第1審となる。)が第1審として位置づけられた(それまでは、行政訴訟の第1審は高等裁判所であった。)(注19)。
 税務訴訟については訴訟上の和解は用いられないとされている(注20)が、これは、日本と同じく租税法律主義の強行法規性や合法性の原則から訴訟上の和解を制限しているものと考えられる。
 しかし、韓国では、税務訴訟の納税者勝訴率は、1997年が27.9%、1998年が20.2%、1999年が12.8%であり、比較的高い率で納税者の主張が認められており、また、前段階の異議申立ての認容率は、この3年度で約40%、国税庁に対する審査請求および国税不服審判所に対する認容率も、3年度で約20〜30%となっている。
 注目すべきことは、最近になって税務訴訟の提訴件数が減少しており、これは、行政審判での権利救済が進んできているということである(注21)。
 そして、さらに注目されなければならないことは、1996年から導入され、1999年8月に国税基本法に規定された「課税前適否審査制度」の役割である。この制度は、課税処分前の事前救済手続きであり、納税者は、事後救済手続きの行政審判手続きとは別に民間の審査委員(税務士、弁護士)を含む審査委員会に対してその課税内容の適否を求めることができる。この制度は、1996年12月に日本の国税通則法に当たる国税基本法を改正し納税者の権利を保護する規定を新設し,1997年7月から国税庁長が「納税者権利憲章」を制定・告示したことにより納税者の権利を保護する新しい章を開いたことから始まるものである。
 すなわち、納税者権利憲章の実効性を保証するという意味で、1999年9月から税務署内部に「納税者保護担当官」制度が導入され、税務に関するオンブズマン制度というべき役割を担うようになるとともに、課税前適否審査の窓口にもなっている(注22)。
 韓国では、税務訴訟に至るまでに納税者の権利が救済される制度が拡充しており、したがって、税務訴訟上の和解に取って代わる解決策を図ることができるというのが実情である。

6.税務訴訟上の和解の意義とその課題
(1)税務訴訟の租税理論的側面からの課題 
訴訟上の和解の意義は、早期に紛争を解決することにある。当事者が対等であれば、紛争は本来自主的に解決すべきものであるから、訴訟の段階に至っても判決によって強制的に解決するよりは、当事者の合意により自主的に解決することのほうが望ましいものである。また、行政事件訴訟に民事訴訟法の和解が準用されないという法的根拠は存しない。
 税務訴訟の和解を否定する学説の理論構成をみると、「被告行政庁には和解の前提となる実体法上の処分権がない」という見解や「租税法の強行法規性および合法性の原則から法律の根拠なしには納税義務内容や徴税の時期・方法等について課税庁と納税者の間で和解を行うことは許されない」とする見解であるが、これに対しては、税務訴訟における納税者対国という当事者の対等性や和解による早期紛争解決機能という観点から問題を提起せざるを得ない。
 課税処分の対象である事実認定を争う訴訟において、当事者は、訴訟物およびこれに関連する公法上の法律関係を処分し得る権能を有するものであり、裁判上の和解をすることは可能であると考えられる。
 税務訴訟の和解の可能性を一部認める学説が、被告課税庁として税法上の課税権(ないし取消権)の範囲で処理しているものであり、税法に違反して課税権を放棄しているのではないから、訴訟上の和解は許されると解していることに照らしても、課税関係の訴訟であっても訴訟上の和解は受け入れられるものと考えられる。

(2)納税者の権利救済としての和解の意義と課題
 諸外国の税務訴訟上の和解の実情をみると、そこには納税者の権利救済という役割があることは看過できない。
 わが国における納税者の権利救済手続きをみると、課税処分前の事前救済手続きにおいて、十分に納税者と課税庁が協議できる制度的保障がなされていない。税務調査において納税者の主張と課税庁の主張が異なる場合、一定の時間を置いて更正処分を行うことがみられるが、諸外国の制度と照らし、弁明や聴聞制度が存しないことは問題である。
 一旦処分が行われると、執行不停止が原則であるから、納税者には差押など不利益が生じてくることになる。事後救済手続きとして、不服申立てや訴訟に至る場合、差押さえ等があると企業にとっては、金融機関等債権者との取引に不利益が生じてくることは否めない。このことは、本稿で紹介した事例にもみられるとおりである。
 また、納税者が権利救済制度として、審査請求による行政審判や訴訟による裁判を求める場合、紛争の早期解決を望んでいるものであるが、大部分においては、解決までに時間がかかり、また費用もかかることは事実である。さらには、納税者の主張が受け入れられる割合がきわめて低いという問題もある。
 このような中で、行政審判や訴訟手続きにおいて、早期の和解が勧告されることは納税者の救済手続きとしてきわめて有効な手段である。この点、諸外国の場合には、紛争の早期解決という観点から和解制度が運用されているという実情は参考にされなければならない。
 最後に、諸外国では、納税者の権利保障制度が導入されているということに注目しなければならないだろう。訴訟上の和解制度の活用のためにも、我が国でも納税者の権利保障制度の導入が望まれる(注23)。


(注1) 草野芳郎「基本法コンメンタール新民事訴訟法1」(日本評論社)183頁。
(注2) 草野芳郎・前掲184頁。
(注3) 草野芳郎・前掲185頁。
(注4) 雄川一郎「行政争訟法」(有斐閣)215頁。
(注5) 金子宏「祖税法第7版補正版」(弘文堂)32頁、82頁。
(注6) 山田二郎・石倉文雄「税務争訟の実務(改訂版)」(新日本法規)496頁、497頁。
(注7) 長崎地判昭36・2・3行例集12−12−2505頁。
(注8)平成11年度版「国税庁統計年報書」(大蔵財務協会)252頁では、和解事件は、課税関係では皆無であり徴収関係のみ2件となっている。また、平成11年4月から同12年3月までの税務訴訟の終結件数276件に対し、国側敗訴件数は11件(3.9%)であり、原告勝訴率はきわめて低い。なお、三木義一編「世界の税金裁判」(清文社)5頁参照。
(注9)筆者は、本件事件について審査請求から代理人として携わり、その後依頼者とともに弁護士の選任を行い、さらに、補佐人申請を行ったが被告国側の反対があったので、あえて裁判所の許可を求めずペンディングのまま弁護士とともに訴訟に関わった。なお、本件に関しては、判例要旨紹介の「速報税理」(H13年12月1日号8頁)および筆者へのインタビュー「補佐人体験談と出廷陳述権」(速報税理・H13年12月11日号36頁以下)で紹介されている。
(注10)三木義一「ドイツにおける税務訴訟の現実とその背景」(前掲「世界の税金裁判」所収33頁)。
(注11)湖東京至「フランスにおける租税救済制度」(前掲「世界の税金裁判」所収103頁)。
(注12)湖東京至・前掲92頁以下、102頁。
(注13)伊川正樹「イギリスにおける租税救済制度」(前掲「世界の税金裁判」所収144頁、147頁、157頁)。
(注14)黒川功「カナダにおける租税救済制度」(前掲「世界の税金裁判」所収209頁)。
(注15)黒川功・前掲215頁。なお、拙論「カナダの税務行政上の適正手続」(1991年・全国青年税理士連盟視察報告書「アメリカ・カナダにおける納税者の権利保護制度と現状」所収168頁)。
(注16)大塚正民「アメリカにおける税務訴訟」(前掲「世界の税金裁判」所収227頁。
(注17)石村耕治「アメリカにおける非弁護士の税務訴訟代理資格制度」(税務弘報2001.5)13頁。
(注18)See, Donald & Robert, Mediation under Announcement 95-2:
IRS Proposes Dramatic Extension of Alternative Dispute Resolution (The Tax Executive) Jan.- Feb.1995(資料提供、石村耕治)。なお、See,http://www.irs.gov/ind_info/ppeals/pub-proc.html, http://www.irs.gov/tx_regs/rra-3465.html

(注19)李信愛「韓国における租税救済制度」(前掲「世界の税金裁判」所収262頁)。
(注20)李信愛・前掲278頁。
(注21)李信愛・前掲275頁。
(注22)納税者保護担当官の1999年9月から12月までの処理件数は、総受付数12,032件(「課税前適否審査」請求を含む)のうち10,574件を処理し、処理率86%を示しており、韓国の納税者保護官制度の評価は良い。(また、1999年1年間の苦情申立ての処理件数は、10,274件のうち9,561件が処理され、この内、納税者の主張が認められて是正した件数は7,823件、棄却されたのは1,783件ということである。)また、課税前適否審査請求の処理状況は、1999年度で5,245件処理し、採決比率は54.9%となっている(李信愛・前掲265頁参照)。
 なお、拙稿「新設された納税者支援調整官制度について」参照。
 (http://www.h-hasegawa.net/nouzeisya-sientyousei.htm)
(注23)拙稿「国税通則法改正の機運」(http://www.h-hasegawa.net/tsusoku-dpj.htm)