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「納税者の権利」制度導入の必要性

−韓国における納税者の権利保障制度と比較して−

「消費者情報」(財)関西消費者協会99年10月号依頼原稿

1999年9月6日

長谷川博

1.わが国の現状と「納税者の権利」の必要性

(1)納税者の権利の現状

 わが国では、「納税者の義務」については、憲法第30条で、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。」と規定され、所得税法、法人税法、消費税法、相続税法などの税法で具体的な納税の義務規定が定められています。

 しかし、わが国の税法の中に納税者の一般的権利を明確に規定しているものは、残念ながら見当たりません。国税に関する法律の基本的事項及び基本的事項を定めた一般法である「国税通則法」第1条(目的)の中にも、納税者の権利の字句は見当たりません。納税者の権利として強いて挙げるとすれば、税務署等の税務行政庁が下した更正処分等の課税処分に対して、不服を申立てる権利があることや裁判を受ける権利があることを挙げることができます。

 例えば、個人事業者や法人が税務署から税務調査を受ける場合、事前に調査の通知を受ける権利やその理由を求める権利及び調査の適正な手続を受ける権利が保障されていません。また、納税者には、課税処分に際して、事前に弁明する権利もその処分理由を具体的に文書で開示される権利もありません。

 納税者の権利が保障されていないために、例えば、相続税の調査において、税務職員が納税者の居住部分に上がり承諾なくタンス等を開けた事件や法人の調査において、代表者家族の入院先に連絡を求めたりするなどの事案も起きております。これは、脱税などの強制調査の事案ではなく、一般の任意調査においてみられるものです。

 わが国の税法には、税務調査に関する規定が、1条文のみ裁量的に「調査について必要があるときは……調査できる」(所得税法第234条、法人税法第153条参照)というものがあるだけであり、その他の手続(調査の通知、理由開示、時間・場所、代理人の選任、弁明手続、苦情申立て手続など)は何ら法文化されていません。また、税務調査の違法性をめぐって多くの裁判例がでておりますが、裁判例は、わが国の成文法主義の見地(法文があることを優先して解釈する考え方)から原告納税者に不利なものがほとんどです。

 わが国の納税者は、「納税義務者」という法律用語で表現されていることからも理解できるように、納税者の権利を正当に主張できる法律状況にないということができます。本来、納税者は税金の支払者(Taxpayer)として課税庁から丁重に扱われる必要があります。

(2)納税者の権利の必要性

 1988年にOECD(経済協力開発機構)は、加盟国の課税当局の調査権や裁量権、納税者権利保障制度の有無、そして事前通知の問題など納税者の権利に関するアンケート調査を行っています。その報告書を見てみると、なぜ納税者の権利が必要であり重要であるのかが明確になるものと思われるので引用します。

「最近の30年間において課税当局をとりまく状況は根本的に変化している。各国民の税負担は大幅に増加しており、課税当局にとって行政責任はより重くなり、国民にとって納税義務はより重くなっている。
最近の税制改正はこのような問題の解決を試みている。
税を賦課し、徴収するために必要な手続も重要な変更を余儀なくされている。今日、税務申告、納税者に関するデータ処理、調査の実施などはコンピュータに依存し納税者側もしだいにコンピュータ化された方法によって記帳を行ってこうした変化は税務当局の効率化を高めたが、同時に単に納税義務についてだけではなく、より大きな問題点を投げかけている。

納税者と税務当局との関係も明らかに変化し多くの国が納税者に対するサービスを改善しようとしている。
現在の課税制度の円滑な実施が納税者の協力を必要としているからであり、同時に納税者に対する税務当局の果たす役割についてもその変化が求められているからである。こうした協力関係は、納税者と税務当局が相互に信頼し合い、納税者の権利がはっきりと規定され、保護されることによって一段と確立されることになる
……いくつかの国が最近、納税者の権利を保護する法律や規則をより強くし、逆に課税当局に与えた権力を小さくするように検討しているのは、このような状況に基づくためである。」

 この報告書でも指摘されているように、国民の税負担が増加する中で、現在の課税制度を円滑に実施するためには、納税者の協力が必要であり、こうした協力関係を確立するためには、納税者と税務当局がお互いを信頼する必要があります。このために、OECDの各国においては納税者の権利が明確に規定され、その権利が課税当局において尊重されることがきわめて重要であるものと認識されてきています。

2.納税者の権利に係る

OECDの基本原理

 1988年のOECDの報告書では、納税者の権利保護の基本原理として次の6項目を指摘していますが、主要国では、これ以外の権利についても規定しています。

情報を得、援助を受け、聴取される権利

納税者は、租税制度の状況と税額計算方法に関して、最新の情報を知る権利があり、不服申立て権を含むすべての権利について教示される権利を持っている。

不服申立ての権利適正な税額以外を払わない権利正確性の権利

納税者は、その申告に基づいて算出される税額が、正確性が高いものであることを保障される権利を持っている。新しい規則を準備する場合、課税庁は納税者の代表者と協議を行う必要がある。

プライバシーの保護

すべての納税者は、課税当局がプライバシーに対して、不必要な干渉をしないように要請する権利を有している。適正な税額の算定に不必要な資料提出要求や、居宅での不当な調査は行われるべきではない。

機密保持と守秘義務

課税当局が収集した納税者の事業に関する情報について、秘密が保持され、税法に明定された目的以外に使用されないという権利を有する。とくに、コンピュータ化されたデータバンクと出所の異なった資料を合わせて利用される懸念を納税者は持っており、したがって、資料にアクセスできる納税者の権利によって、データバンクは常に監視を受けなければならない。その他、銀行の守秘義務と職業専門家の守秘義務がある。

3.諸外国の納税者の権利保護法制定の年表

 ここでは、先進諸国において制定されている納税者の権利保護法について、年表で紹介します。

1976年

フランス

税務調査における納税者憲章

1977年

西ドイツ

租税基本法改正

1981年

フランス

租税手続法典、納税者権利憲章

1985年

カナダ

納税者権利宣言

1986年

イギリス

納税者憲章

1986年

ニュージーランド

基本的宣言

1987年

フランス

納税者権利憲章改正

1988年

アメリカ

納税者権利章典(第1次)

1989年

オーストラリア

国税庁サービス方針

1990年

インド

納税者権利宣言

1991年

イギリス

納税者憲章改正

1996年

韓国

国税基本法改正

1997年

韓国

納税者権利憲章の制定・公布

1997年

オーストラリア

納税者憲章

1998年

アメリカ

納税者権利章典(第3次)

1998年

スペイン

納税者権利憲章


4.韓国の納税者の権利保障制度

 韓国において、近年、納税者の権利についての関心が高まっていましたが、1996年6月に、国税基本法を改正して納税者の権利に関する明文規定を導入する政府提案がなされ、一部修正の上法案が可決され1997年1月1日から施行されましたので紹介します。

 提案理由によると、税務公務員が、税務調査または事業者登録証を交付する際に、納税者に対し「納税者権利憲章」を交付するとともに、納税者が税務調査を受ける場合に、代理人の援助を受ける権利の保障や調査終了通知を義務づけるなど、納税者の権益の向上を図るためとされております。

改正国税基本法(抄)

第7章の2 納税者の権利

 第81条の2(納税者の権利憲章の制定及びその交付)

@財務部長官は、第81条の3乃至第81条の9が規定した事項その他納税者の権利保護に関する事項を含む納税者権利憲章を制定し告示しなければならない。

A税務公務員は、次の各号の一に該当する場合には、第1項の規定による納税者権利憲章の内容が収録された文章を納税者に交付しなければならない。

(省略)

 第81条の3(重複調査の禁止)

(省略)

 第81条の4(税務調査に代理人の援助を受ける権利)

(省略)

 第81条の5(納税者の誠実性の推定等)

 税務公務員は、納税者が税法で定められた申告などの納税協力義務を履行しなかったり、納税者に対し具体的な脱税通報がある場合など大統領令で定められる場合を除き、納税者が誠実であること又納税者が提出した申告書が真実であるものと推定する。

 第81条の6(税務調査の事前通知及び延期申請)

(省略)

 第81条の7(税務調査についての結果通知)

(省略)

 第81条の8(秘密保持)

(省略)

 第81条の9(情報の提供)

 税務公務員は、納税者が納税者の権利の内容又はその行使に必要な情報を要求する場合、迅速に提供するように努めなければならない。

 また、1997年7月1日には、改正国税基本法に基づく「納税者権利憲章」が公布されておりますのでその内容を紹介します。

納税者権利憲章

 納税者としてあなたの権利は、憲法と法律の定めにより尊重され、保障されます。このため国家公務員は、納税者が正しい納税義務を信義に基づいて誠実に履行するように、必要な情報と便益を最大限提供しなければならず、納税者の権利が保護され実現できるように最善を尽くして協力する義務があります。

・あなたは、記帳・申告等納税協力義務を履行しなかった場合か、具体的な租税脱漏の疑い等がない限り、誠実な納税者であり、あなたが提供した納税資料は、真実なものと推定されます。

・あなたは、法令に定める場合を除いては、税務調査の事前通知と調査結果の通知を受ける権利があり、やむを得ない事由がある場合には、調査の延期を申請する権利があります。

・あなたは、税務調査時、租税専門家の助力を受ける権利があり、法令に定める特別な事由がない限り重複調査を受けない権利があります。

・あなたは、自身の課税情報に対する秘密の保護を受ける権利があります。

・あなたは、権利行使に必要な情報を、迅速に提供を受ける権利があります。

・あなたは、違法又は不当な処分を受けた場合や必要な処分を受けられなくて権利又は利益を侵害された場合には、適切かつ迅速な救済を受ける権利があります。

・あなたは、国家公務員からいつでも公正な待遇を受ける権利があります。

 このような韓国の納税者権利憲章制定の背景としては、WTO(世界貿易機関)体制及びOECD(経済協力開発機構)加盟後の国際化に対応した国際基準の導入の必要性や税制の環境変化へ対応するために、納税者の権利を国際的レベルにすべく、政府が主導的に納税者権利憲章を制定したものといわれています。

5.わが国での納税者権利保護法制定の動き

 最近において、わが国でも納税者の権利保護法の制定を図るべく、参議院の法制局との議論を擦りあわせた上で「国税通則法の一部を改正する法律案」が、一部の国会議員や学者及び税理士等を中心として提案され、議員立法化の動きが出てきています。

 この法案の提案理由と法案の概要について紹介します。

(提案理由)

 近年における租税負担の増加や租税制度の複雑化等に伴い、納税者の権利保護が重要な政策課題となっております。しかし、わが国においては、納税者の権利保護を目的とした法律や納税者憲章が未だ制定されず、主要先進諸国の中でも最も立ち遅れた現状にあります。さらに、わが国の祖税法においては、事後手続については規定されているものの、肝心の申告、調査、課税処分の事前手続さらにはそれらを執行する税務行政運営についての基本理念等が全く規定されていないため、課税庁である国税庁と納税者との間とのトラブルの多くがこの事前手続と税務行政執行職員の意識のあり方に起因して生じています。

 したがって、これらの問題を是正するため、税務行政の運営について、基本理念を明らかにし、および基本方針を策定するとともに、国税に関する法律の規定による質問又は検査の事前通知制度の創設を図ることが必要不可欠であると考えます。

(その概要)

 第一に、税務行政運営の基本理念として、公正を旨として行われなければならないこととし、税務行政に関する国民の理解を得るため、国税当局は必要な情報提供を行うとともに、税務行政に関する国民の意見、苦情等に誠実に対処しなければならないものとしております。さらに、国税庁等の職員は、職務の執行に当たり、国民の権利利益の保護に常に配慮するとともに、国民が納税に関して行った手続は、誠実に行われたものとして、これを尊重することを旨とする規定を設けております。

 第二に、国税庁長官は、税務行政運営の基本理念にのっとり、税務行政の運営の基本方針を定め、公表しなければならないこととしております。 
第三に、国税庁等の職員は、税額の確定に係る調査のための質問又は検査をする場合の事前手続として14日前までに、その相手方に書面により通知しなければならないとするとともに、その調査結果について相手方に情報提供するよう務めなければならないとしております。

 このような改正案が国会に提案されるということは、わが国の税務行政の適正手続化・民主化に大きく貢献するものとして高く評価したいと思います。

 「国税通則法の一部を改正する法律案」が、多くの納税者の賛同を得て、一日でも早く国会で審議され、法案が成立することによって、わが国においても、国際的基準に達する納税者の権利保障制度が確立されることを強く望んでおります。

(参考資料)宇賀克也監修・東京地方税理士会編「税務行政手続改革の課題−税務行政手続の公正・透明化に向けて−」(第一法規)1996年
長谷川博のホームページ「納税者の権利」
長谷川博「国税通則法の一部を改正する法律案」