住民基本台帳ネットとプライバシー問題

1.はじめに
 野党4党は7月12日、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)の8月5日からの施行を凍結する住民基本台帳法改正案を衆院に提出した。稼働の前提条件である個人情報保護法案が整備されていないことから凍結を求めている。
8年位前、アメリカ人がアメリカにおけるプライバシーの実情について書いている「Privacy for Sale」(ジャパンタイムズ)というタイトルの本を読んだ。そのとき日本でも将来そうなるのか、という不安を覚えた。それが少しずつ近づいてきているように感じられ、そのインフラとしての「住基ネット」に危機感を抱いていた。これについては、改正法が可決された3年前、「改正住民基本台帳法の問題点」で詳しく住基ネットの問題点を考察している。

 住基ネットの施行が近づいて、住基ネット(国民総背番号制)の危険性に対する認識が地方自治体をはじめとして浸透してきている。
 防衛庁リスト問題が提起した行政による人権侵害や行政に管理された情報の流用拡大を規制できない問題、情報の民間利用(悪用)に対する法的整備がないこと等、提起されている「個人情報保護法案」のもつ欠陥とあわせ、住其ネットの8月からの施行には延期が必要であるというものである。

2.実施時期の法的問題
 改正住民基本台帳法の附則では、公布の日から起算して3年以内に政令で定める日(8月5日)から実施するとし、また、本改正法に対し、プライバシー保護の観点から、施行の前提として与党3党は3年以内に民間部門を含む包括的個人情報保護法を制定することで合意しており、これも附則に定められているはずである。個人情報保護法が成立しない現在、改正住民基本台帳ネットは延期されるのが法理であろう。個人情報保護法案が提出されているだけでは法的効力はない。

3.住基ネットとプライバシーの問題
 (朝日新聞7/14私の視点・特集住基ネットを考えるから)
(1)国がシステムを決め総務庁所管の(財)「地方自治情報センター」と全国の3300の市町村のコンピュータをすべて連結するという「中央集権型」の均質的システムでは、どこか1箇所でセキュリティーが破られれば、すべての個人情報が漏れる可能性がある。
(2)個人情報保護法があってもハッカーは常にネットの抜け穴を狙っている。
(3)住基ネットの安全運用のためには、役人の人間が不正使用できないような内部監査や情報管理者の相互チェックの義務など重層的な悪用対策が講じられなければならない。
(4)住基ネットで問題があるとすれば、これを運用・利用する人の問題である。ネットワーク社会の基本は決められたことをいかに愚直に守るかだ。変更に際しては議論すること。
(5)住基ネットは全国民を巻き込む情報システムだから、運転免許証など従来の目的別システムに比べて個人情報を扱う人が格段に増え、それだけ漏洩など不正使用の危険も増す。
(6)国民の不安を解消するには、個人情報保護法をきちっと作るしかない。今後、自治体行政のデジタル化が進めば、医療や福祉の面で飛躍的に力を発揮するだろう。
(7)住民票コードは「国民総背番号」そのものであり、住基ネット構想には診療歴や公共施設の利用歴など新聞1面分の情報が入るIC仕様であり、身元確認(ID)に使わせる仕組みも盛り込まれている。
(8)番号コードの悪用や乱用に対してプライバシーを保護するには容易ではない。情報ストカーは他人のプライバシーを覗きたいとするに違いない。米国では社会保障番号(SSN)の行政および民間の幅広い利用の結果、「なりすまし(身元盗用)犯罪」が多発して大きな社会問題となっている。

4.むすびにかえて
 現在提案されている個人情報保護法には、いろんな欠陥があることは先の防衛庁情報公開請求者リスト問題などでも明らかになった。国民のプライバシー保護の制度的保証がない。プライバシー権は侵害されてからでは回復が困難である。泣き寝入りすることがないような裁判外の第三者機関による救済制度(プライバシーオンブズマンなど)も構想されていない。
 住基ネットをめぐる問題は、この法律が強行採決される前に広く国民に議論されていなかったことこそが問題であり、しっかりした個人情報保護法(プライバシー保護法)の成立が見られるまでその実施は延期されるべきである。
(税理士 長谷川 博)

追記:住民基本台帳ネット問題(掲示板から)http://www.h-hasegawa.net/board22.htm