オンブズマン制度について

1.はじめに

 東京地方税理士会調査研究部では、税務行政手続の研究の一環として、1990年頃から、税務に関するオンブズマン制度の研究を進めている。

 税務に関するオンブズマン制度とは、税務行政手続きに関し、不服申立て手続で救済されない税務行政庁に対する苦情申立てを扱う制度である。税務に関するオンブズマン制度の必要性については、すでに本会調査研究部の1992年(平成4年)の「行政手続法制定の動きと税務行政手続のあり方について(第二次意見書)」の意見書の中で提言されている。

 本会調査研究部は、上記意見書に引き続き、本会の会報において税務に関するオンブズマン制度についての研究発表を行っている。

 オンブズマン制度の研究は、税務に関するオンブズマン制度だけではなく、行政全般にわたるオンブズマン制度の問題を対象とするものである。また、先進民主主義国家ではすでにさまざまなオンブズマン制度が導入されており、オンブズマン一般の研究を通して税務に関するオンブズマン制度の研究を深めることは、わが国の税務行政手続の中において税務オンブズマンの意義及び必要性が明確にされることになると考えられる。

 なぜなら、1993年に制定され1994年10月に施行された「行政手続法」の「公正、透明で信頼される行政の確立」という目的は、一人「行政手続法」だけのものではなく、「オンブブマン制度」の目的でもあり、さらには、「行政情報公開法」の目的でもあるからである。そして、これらの制度の確立は、社会経済の発展及び国際化に伴い、世界の国々の共通課題として位置付けられている。

 これらの研究は、行政と係わりの多いわれわれ税理士にとって避けて通ることができない問題であり、これらの研究に主体的に取り組むことは、税理士の重要な社会的役割の一つであると考えられる。とりわけ、税務オンブズマンに関し、1995年5月に東京地方税理士会と東京税理士会が共催(近畿税理士会協賛)して、イギリスの税務オンブズマン(アジュディケーター=苦情処理裁定者)のエリザベス・フィルキン女史を招聘し、「イギリスの税務苦情処理制度」についての講演会を東京と大阪で開催したことは、わが国のこの分野の研究発展に大きな布石を敷いたものとして評価されなければならない。
 なお、税務に関するオンブズマン制度とは、納税義務に関する税務行政庁の処分に対する不服申立手続(異議申立、審査請求)とは異なり、税務行政手続に関して、不服申立手続の対象とならない税務行政庁に対する苦情申立を処理する制度をいうものであり、その苦情処理は税務行政庁から独立した行政機関が行うものである。

したがって、この制度は、民間人が「市民オンブズマン」として税務行政や税金の使途の監視を行うものとは異なる。

2.わが国のオンブズマン(苦情処理)制度の現状と課題

 わが国のオンブズマン(苦情処理)制度の現状と課題を考察する前に、オンブズマン制度の意義、法的性格と導入の背景及びその形態(類型)を把握しておくことが重要である。

(1)オンブズマン制度の意義、法的性格と導入の背景及びその形態(類型)

@オンブズマン制度の意義

 オンブズマン(Ombudsman)とは、スウェーデン語で紛争の被害者に代わってその権利、利益を護る代理人のことをオンブズマンと呼んだことに由来する。

 オンブズマン制度の意義について、諸説をまとめて定義すると、「オンブズマン制度とは、違法ないし不正な行政活動(行政過誤)に対する国民の苦情申立ての行政救済として、行政審判や裁判等の正式な救済手続以外の手続により、その主宰するオンブズマン(苦情処理裁定者)が中立の立場で、簡易・迅速にしかも低廉の費用で国民の権利利益を護ると共に、行政を監視し、行政の改善の提言を行う機能を有するものである。」ということができる(園部逸夫「オンブズマン法」弘文堂参照 )。

 この場合の行政救済手続は、行政審判手続及び裁判手続と区別して、行政苦情処理手続と呼ばれる。また、行政過誤(Maladministration)とは、「偏見、怠慢、不注意、遅滞、不適格、不適当、悪用、卑劣、恣意的」等(園部、前掲書参照)をいう。

Aオンブズマン制度の法的性格

オンブズマン制度の法的性格としては、一般的に、三権分立制との観点から次のように考えられている。

a)オンブブマンは、行政庁の処分に対する取消権を有しない。従って、裁判所の権能を侵害しない。

b)オンブズマンの権限は、調査と認定(行政に対する勧告)である。

c)オンブズマンは、行政府及び司法府に対する組織上の直接的な統制権はない。

d)オンブズマンは、立法府の国政調査権の補完的機能を有する(議会に対する年次報告書の提出)

 また、オンブズマンは、(@)行政から一定の独立性を有すると共に、高い権威をもち、(A)簡易・迅速な手続により国民の権利、利益の保護・救済を図ることを目的とする(行政救済機能)と共に、(B)行政に対して改善を求め、提言をする機能(行政改善機能)を有する等の特色がある。

Bオンブズマン制度導入の背景

 本来は、国会の行政に対する監視専門機関として導入された(スウェーデン)が、導入された多くの国では、既存の救済制度(行政審判所、裁判所)で救済されない国民の苦情に対応する制度として、さらに、行政を監視する制度として導入されている(イギリス、フランス、オーストラリア等)。

 また、重要なことは、行政を人間的なものにするため(イギリス、フランス等)や行政の公正性と透明性を図るため(イギリス、フランス、韓国等)に導入されていることである。さらには、政治家の意識の高さから選挙公約として導入された(イギリス、川崎市等)例も多いことに留意しなければならない。

 わが国では、まだ国レベルでのオンブズマン制度は存しないが、地方公共団体レベルでは、1990年(平成2年)に川崎市がわが国最初の「市民オンブズマン制度」を導入している。川崎市の導入の経緯は、助役によるリクルート事件が直接の引き金となって市政に対する市民の不信感が生まれ、オンブズマン制度導入の機運が盛り上がり、1989(平成元年)年11月の市長選挙でオンブズマン制度を公約した候補が当選したことにより、導入されたものである。

Cオンブズマン制度の形態(類型)

(a)一般オンブズマンと特殊オンブズマン

 一般オンブズマンとは、苦情の対象が特定の行政分野に限ることなく行政救済を行なうものをいい、特殊オンブズマンとは、苦情の対象が特定の行政分野に限定されるものをいう。

 前者には、スウェーデンの「議会オンブズマン」イギリスの「議会コミッショナー(委員会)」フランスの「メディアトゥール(調停官)」オーストラリアの「オンブズマン」韓国の「国民苦情処理委員会」カナダ(ケベック州)の「護民官」、アメリカ(ハワイ州)の「オンブズマン」、日本(川崎市)の「市民オンブズマン」等があり、後者には、スウェーデンの「公正取引オンブブマン」、「消費者オンブズマン」、イギリスの「税務オンブズマン(アジュディケーター)」オーストラリアの「情報公開オンブズマン」カナダの「プライバシー委員会」、「情報委員会」、アメリカの「税務オンブズマン」等がある。

(b)議会型オンブズマンと行政型オンブズマン

 オンブズマンを議会の下(議会が責任を負う)に置くか、行政府の下(行政府が責任を負う)に置くかにより類型化される。

 前者には、スウェーデンの「議会オンブズマン」、イギリスの「議会コミッショナー(委員会)」があり、後者には、フランスの「メディアトゥール(調停官)」、オーストラリアの「オンブズマン」、韓国の「国民苦情処理委員会」等がある。

(2)行政相談委員制度

 @行政相談(委員)制度の概要

「行政相談委員」は、行政上の措置として1961年に導入され(導入時期及び導入の経緯には、第二次大戦後に諸外国で急速にオンブズマン制度が発達したこと等の影響が見られる。)、1966年に「行政相談委員法」により法律上の制度となり、これに基づき、民間有識者の中から、「社会的信望があり、行政運営の改善について理解と熱意を有する者」として、総務庁長官から委嘱され、苦情を受け付け、必要な助言や関係機関への通知等を行い、必要に応じ地方支分部局と一体となって問題の解決にあたっている(()全国行政相談委員連絡協議会「諸外国と我が国のオンブズマン制度」新日本法規P19以下参照)。

 行政相談委員は、全国の各市町村に約5000人配置され、自宅や公民館等で行政相談所を開設し簡易に苦情が申し出られるようになっているが、これらの活動は無報酬で行われている。

行政相談の受付件数は、発足以来年々増加し、1993年に総務庁が受付た苦情約23万件のうち、約17万件、72%を行政相談委員が受け付けている。

A行政相談(委員)制度の課題

 行政相談(委員)制度は、オンブズマン制度の一部分の機能を有するものであるが、これについて、行政相談委員制度の課題ないし問題点として考察する。

(a)まず、行政苦情を処理する制度をすべてオンブズマン制度としてとらえることは、本来のオンブズマンの意義を不明確にするばかりでなく、オンブズマン制度の目的をあいまいにする恐れがあるといわなければならない。前述した、オンブズマン制度の意義及び法的性格は歴史的、学問的に考察されてきているものであり、制度の目的はその機能により達成されるものであるから、オンブズマンの機能を有しないものをオンブズマンとして認識することはオンブズマン制度を否定することになるといわなければならない。

 最初にこのような当然のことを述べる理由は、わが国の総務庁が、1993年3月に「国際オンブズマン協会」に加入し、同年6月に総務庁、(社)全国行政相談連合協議会、(財)行政管理研究センターの主催で、総務庁発足10周年記念事業の一環として「オンブズマン・行政相談・行政手続−公正、透明で信頼される行政を目指して−」と題して国際シンポジウムを開催したが、そこでの日本側発言者が、行政相談委員制度をもってわが国で十分に機能している「日本型のオンブズマン」であるとして、諸外国のオンブズマン制度のようなものを別に導入する必要はないというような考え方を示しているからである(()全国行政相談委員連絡協議会、前掲書P31以下参照)。

 この「日本型オンブズマン」については、上記国際シンポジウムの内容をまとめた「諸外国と我が国のオンブズマン制度」((社)全国行政相談委員連合協議会編)の中で、次のように述べられている。

「諸外国におけるオンブズマンと同様、簡易・迅速な国民の権利・利益の救済と、行政に対する国民の信頼の確保のために重要かつ効果的な機能を遂行している行政相談制度は、日本型オンブズマンと呼ぶことが可能である。」(同上書P25)。

 これに対しては、外国のオンブズマンの代表から要旨「日本の行政相談制度がそれなりに機能していることは評価するが、オンブズマン制度の根幹である独立性・中立性から見ると疑問がある」、「単純に話を聞いてそして小さな変化だけしか求めないとしたらむしろ不満が蔓延してしまうという逆効果がでてしまうという問題がある」という指摘がなされている(同上書P131以下参照)。

 行政相談(委員)制度をオンブズマンと呼ぶことに賛成できないことは、次に見る問題点があるからである。

(b)この場合のオンブズマンはいわゆる行政型のオンブズマンを想定しているが、一番重要なことは、オンブズマン制度の行政救済機能及び行政改善機能を保障するためにはそれが独立性・中立性をもつ機関として国民の信頼を得るものでなければならないということである。

 わが国の場合、行政型の一般オンブズマンを想定する場合には、内閣総理大臣(首相)の下に、独立した第三者機関として、行政庁の出身者ではないオンブズマンを構築しなければならない。さらに、オンブズマンの選任は内閣が行い国会の承認を受けることにしてその権威を高めることが必要である。これは、オンブズマンに民主主義的機能を与えることになり、法律の改正や行政改革の提言者として、国民からの高い信頼を得ることができるからである。

 現在の行政相談(委員)制度は、総務庁の中にあるものであり、独立性が確保されているということはできず、また、その権威性が高くないので、例えば「行政苦情救済推進会議」を法律をもって総務庁から独立させ、首相の下に独立した機関として改組(このオンブズマンの名称は、例えば「国民苦情処理委員会」)して、現行の行政相談委員をオンブズマンの下に置くことができれば、真の意味での「日本型オンブズマン」が成立しうると考えられる。このことなくして、わが国が、国際的にオンブズマン制度を有するものということはできない。

(c)さらに、オンブズマンの機能としてその権限の問題がある。すなわち、調査権限と勧告権限を有していなければ行政救済機能も又行政改善機能も十分なものとして機能しないということである。この点においても、現在の行政相談(委員)制度は、関係行政機関にアクセスして質問等ができる調査権限を有しているものとはいえず、また、総務庁が行う「あっせん」は、関係行政機関の自主的な苦情の解決を期待するものであり、勧告よりその権威が高くないといわなければならない。オンブズマンは、行政を監視する機能をもつものであり、必要があれば、オンブズマン自ら行政監察権を行使し、場合によっては、現在の総務庁の行政監察局に委託してその権限を行使することができるものとすることが考えられる。

(3)1986年(昭和61年)総務庁オンブズマン制度研究会報告

@わが国のオンブズマン制度論議の経緯

 わが国におけるオンブズマン制度の研究は、昭和35年(1960)頃から公法学者等によって進められたといわれる。しかしながら、昭和50(1975)頃までは、まだ広く国民に知れわたった制度ではなく一部の研究者の領域の中に存するものであった。

 オンブズマン制度が国民の関心を抱かれる制度として登場したのは、昭和51(1976)のロッキード事件等の一連の航空機疑惑問題が起こり、これを契機としてオンブズマン制度の必要性が国政の場で論議されたことに始まる。

 政府においても、故大平首相の私的諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が、昭和54(1979)95日に、日本的なオンブズマン制度の導入化に向けての長期的検討の必要性を提言し、旧行政管理庁の中にオンブズマン制度研究会が設けられ、昭和55214日から調査研究を開始した。

 その後、第二次臨時行政調査会(第二次臨調)が、昭和56(1981)710日、行政改革に関する第一次答申の中の第三 今後の検討方針で、行政と国民とのかかわり方の基本前提として、行政への信頼性を高めることが重要であり、行政情報の公開および管理、監察監査機能(オンブズマンを含む。)等について制度的な検討を進める必要がある。との指摘を行い、昭和58(1983)314日の最終答申行政改革に関する第五次答申では、第八章 行政情報公開、行政手続等の中で、オンブズマン制度の導入の検討の提言がなされている(園部、前掲書P39以下)。

 第二次臨調の答申を受けて、政府は、昭和58(1983)524日、臨時行政調査会の最終答申後における行政改革の具体化方策について(新行革大綱)を閣議決定し、その中でオンブズマン制度については、わが国の実情に適合したオンブズマン等監視救済制度のあり方について引き続き検討を進めるとしている。

 第二次臨調の最終報告を待っていた「オンブズマン制度研究会」の作業が昭和586月から再開され、昭和59(1984)7月から行政管理庁が総務庁に改組されるなどを経て、昭和61(1986)620日、同研究会の最終報告書がまとめられた。

 総務庁「オンブズマン制度研究会」の最終報告は、基本的には同研究会が昭和56(1981)7月に発表した中間報告の構想を踏襲したものであるといわれる。

Aオンブズマン制度研究会のオンブズマン制度の構想

 【最終報告「具体的改革の提言」】

 わが国において、既存苦情救済制度を活性化するとともに、基本的には、既存諸制度に加えてオンブズマン的機能を有する仕組みを導入し、既存制度との連携を図りつつ、将来に向けて万全の体制を確立することが望ましい。

※新しい仕組み(仮称:オンブズマン委員会)

 概要

(設置及び任命)

行政府に3人から5人程度をもって構成するオンブズマン委員会を置く。任命は、内閣総理大臣が国会の同意を得て行う。

(スタッフ)

オンブズマンの指示を受けて調査等に当たるスタッフを設ける。この場合、総務庁(行政相談、行政監察)との関係に十分配慮する。

(任務)

(@)国民からの行政に対する苦情の申立て等に基づき、行政の実情を調査し、意見表明を行い、又、必要に応じ、関係行政機関に是正措置を勧告する。

(A)必要に応じ、行政監察の実施を要請する。

(B)必要に応じ、意見及び勧告を内閣を通じて国会に報告する。

(取扱対象)

国の行政機関、特殊法人の業務、国の委任又は補助に係る業務とし、裁量行為や事実行為を含む。(いわゆる行政指導をもその対象とする)

(苦情の処理)

自ら国民の苦情を受け付けるほか、全国的なネットワークを有する総務庁の行政相談機能を通じて、苦情を受け付ける。

B行政苦情救済推進会議

 オンブズマン制度研究会最終報告を受けて、総務庁では、行政監察局長を中心にオンブズマン制度検討会を設けて、オンブズマン制度の具体的な対応策の検討を開始した。

 また、昭和61年(1986年)12月30日に決定された昭和62年行革大綱の中でも、「オンブズマン等行政監視・救済制度については、引き続き、各省庁の苦情相談制度の運用に当たって相互間の連携強化、民意の反映等を図るなど、既存諸機能の活性化を推進するとともに、わが国の実情に適合したそのあり方について、行政苦情の事例、行政監視・救済に係る既存諸機能等との関連性に留意しつつ、結論を得るべく更に具体的な検討を進める。」との閣議決定がなされている。

 そして、昭和62年(1987年)12月から、「行政苦情救済推進会議」が発足し、オンブズマン制度研究会の座長であった林修三元内閣法制局長官を同会議の座長としてメンバー5人から成る「行政苦情救済推進会議」が運営されることになった。座長以下のメンバーは次のとおりである。

(座長)  林  修三(元内閣法制局長官)

(座長代理)佐藤 功(東海大学法学部長、元東京大学教授)

      市原昌三郎(一橋大学名誉教授)

      川島 廣守(セントラル野球連盟会長)

      菅田 敏(NHK解説委員)

Cオンブズマン制度研究会報告の課題

 上述(A)したように、オンブズマン制度研究会の最終報告では、新しい仕組みとして仮称オンブズマン委員会の構想が提言されたが、これこそいわゆる「日本型オンブズマン」のモデルともいうべきものである(園部、前掲書P49参照)。

 この報告の構想に対しては、「オンブズマン委員会の組織と権限は、フランスのメディアトゥールに似ている」(同上書P58参照)という評価もあり、この構想をさらに具体的に進める必要性があると考えられるにもかかわらず、総務庁は、「行政苦情救済推進会議」の導入という行政上の措置を講じた上記(2)の行政相談制度をもって「日本型オンブズマン」という考え方を採用し、真の意味でのオンブズマン制度導入の具体的制度化を怠っているといえる。

 上述(@)したように、具体的なオンブズマン制度導入の検討がなされて16(1979年から1995年まで)が経過しており、また、1994622日の国際オンブズマンシンポジウムにおける前臨時行政改革推進審議会(第3次行革審)会長の故鈴木永二氏の特別講演の中でも、わが国におけるオンブズマン制度の導入の必要性が提唱されているにもかかわらず(前掲「諸外国と我が国のオンブズマン制度」P118以下参照)、具体的な進展が見られないことは、国会(議員)、民間団体、マスコミ等の批判精神が問われているといわなければならない。

前記(2)の行政相談(委員)制度の課題の箇所で考察したように、真の意味でのオンブズマン制度の導入には総務庁の管轄を超えるものがあり、1994年に法律化された行政改革委員会によるオンブズマン制度導入の提唱を期待するとともに、これを求める民間団体等の働きかけが重要であると考える。

他方、議会型オンブズマン制度を模索する動きもあることも留意する必要がある(朝日新聞(1996年6月12日)によれば、オンブズマン制度創設などの論議を進めてきた参議院の行財政機構・行政監察調査会は、1年目の論議の中間報告をまとめたが、国会(参議院)に議会オンブズマンを置くという意見が多いとされる。)。

3.川崎市市民オンブズマン

 次ぎに、現在、わが国の地方公共団体において導入されているオンブズマン制度について、「川崎市市民オンブズマン」を取り上げて考察する。

 なお、現在、地方公共団体で一般オンブズマン制度を導入しているところは次のとおりである。

 川崎市 「川崎市市民オンブズマン」(平成2年)

 埼玉県鴻巣市 「鴻巣市オンブズマン」(平成5年)

また、オンブズマン制度類似の制度を導入しているところは次のとおりである。

 新潟市 「新潟市行政評価委員会」(平成5年)

 長崎県諌早市 「諌早市市政参与委員」(平成4年)

さらに、特殊オンブズマン制度としては、東京都中野区の「中野区福祉サービス苦情調整委員」制度(平成2年)がある。

(1)川崎市市民オンブズマン制度導入の背景

 川崎市は、1984(昭和59)10月に情報公開制度、1986(昭和61)1月に個人情報保護法を施行するなど市民の市政に対する信頼関係の改善に努めてきたが、198610月と19878月の2度にわたりオンブズマン制度導入を求める陳情が出された。

 一方、革新市政の下で助役が巻き込まれたリクルート事件など一連の不祥事が発生し、行政監視・職員倫理の確立について市民の関心が強まり、198911月の市長選挙においてもオンブズマン制度導入が一つの争点とされ、現在の高橋市長の当選後の同年12月に川崎市市民オンブズマン制度研究委員会が設けられ、また、19902月には、市民オンブズマン制度の実現に向けてと題する市民フォーラムが開かれ市民参加の討議がなされ、同年57日には、同委員会から市民と市政との信頼関係の確立のためにと題する川崎市市民オンブズマン制度に関する提言(委員長篠原 一成蹊大学教授)が公表された。

 この提言は、オンブズマン制度導入の基本的な考え方及び市民オンブズマン制度導入の提言から成るが、わが国の国レベルでのオンブズマン制度導入に際しても参考となるべき考え方が示されている(川崎市市民オンブズマン制度研究委員会「市民と市政との信頼関係の確立のために川崎市市民オンブズマン制度に関する提言」(平成2年5月7日)参照)。

(2)制度導入の必要性

 制度導入の必要性について、提言は要旨次の3点を指摘している。

@行政苦情への対応

 川崎市が基礎的地方公共団体として21世紀の情報化高齢化国際化社会に適切に対応していくためには、市民の苦情を市民の立場に立って簡易迅速に処理し、市民の便宜に資することが必要である。

A行政監視の強化

 大規模化・複雑化・専門化したその機構とそれが実施する行政活動を中立的立場から調査し、監視するシステムとしてはオンブズマン制度が有効である。

B現行制度の補完としての役割

 既存の制度・手続では適切に対処することが困難な苦情に的確に対応することを目的として導入される。

(3)オンブズマン制度と市民相談制度との関係

 提言の中では、オンブズマンの地方自治法上の位置づけに関し、オンブズマンの設置方法として、「現行の市民相談室等の類似制度を強化する形で設置する」という方法もあるが、これは、補助機関であり職権行使の独立性の確保が不十分となるおそれがあるので、地方自治法第138条の43項に基づく付属機関として、オンブズマンを設置し、その運用面において実質的に職権行使の独立性を尊重していくことが適切であると判断された。

 オンブズマン制度と行政内部の市民相談制度との関係について、ヒアリングでは、行政当事者の立場で行っている市民相談と、第三者的立場で自ら強力な調査権限をもって調査し、結論を出すオンブズマンとは全く別のものであるとの考え方が示された。なお、地方自治体の市民相談制度は、地方自治法等の法的根拠があるものではなく、戦後アメリカの「Public Relationsの概念を取り入れることによって、広報広聴として発展してきたものであるといわれる。

(4)制度の概要

@目的

 「市民主権の理念に基づき、市民の市政に関する苦情を簡易迅速に処理し、市政を監視し非違の是正等の措置を講ずるよう勧告するとともに、制度の改善を求めるための意見を表明することにより、市民の権利利益の保護を図り、もって開かれた市政の一層の進展と市政に対する市民の信頼の確保に資することを目的として、本市に川崎市市民オンブズマン(以下「市民オンブズマン」という。)を置く。」(川崎市市民オンブズマン条例第1)

A任命等

(a)市民オンブズマンは、人格が高潔で社会的信望が厚く、地方行政に関し優れた見識を有する者のうちから、市長が議会の同意を得て委嘱する。(同条例第7条参照)

 市長自身も執行機関としてオンブズマンの管轄範囲に含まれることから、市長に対する職務上・身分上の独立性と中立性を確保するため、議会の同意を得ることを要件として市長の恣意的任用を防止したとされている。

 市民オンブズマンの定数は3人とされ、初代市民オンブズマンは次のとおりである。

(@)元東京高等裁判所長官で弁護士財団法人法曹協会理事長の杉山克彦氏(代表市民オンブズマン)

(A)中央大学教授(教育学)で元川崎市教育委員会委員長の管野芳彦氏

(B)弁護士で横浜家庭裁判所川崎支部調停委員の大西千枝子氏

(b)任期は、3年とし1期に限り再任することができるとされる。

 提言では、安定した職務行使の確保と政治的中立性を図るため、任期6年で再任は認めないとされたが、条例では、議会との均衡、チェック機能確保等のため任期3年、1期に限り再任可能ということになったといわれる。

(c)オンブズマン事務局の位置付けについては、オンブズマンが市長の付属機関として位置づけられており、また、地方自治法上の制約(同法第202条の33)もあり、事務局は、市長部局の1つとして設置されることになった。

 事務局の独立性と市行政との連携の2側面については、市議会でも議論があったが、市政と一定の距離を保ち専門的技術的にオンブズマンの調査を補佐するために、市長任命による地方自治法第174条の規定に基づく専門調査員を置くことになったとされる。

 現在、大学院博士課程の院生を中心に非常勤特別職の職員として、6人の専門調査員が置かれている。

B管轄

 市民オンブズマンの管轄は、議会に関する事項等の例外を除き、市の機関の業務執行に関する事項及び当該業務に関する職員の行為とされる。(同条例第2条参照)

C苦情申立ての方法

 書面や口頭による苦情の申立てのほか、自己の発意に基づき、職権により亊案を取り上げ調査することもできる。

D調査権限

 調査のため必要があるときは、関係する市の機関に対し説明を求め、その保有する関係書類にアクセスし、また、関係人に対し質問することができる。

 さらに、必要があるときは、専門機関に対し、調査等を依頼することができる。

E勧告及び意見表明

 苦情の調査の結果、必要があるときは、関係する市の機関に対し是正等の措置を講ずるよう勧告することができ、また、制度の改善を求めるための意見を表明することができる。

F年次報告書

 市民オンブズマンは、毎年その活動状況について市長及び議会に報告するとともに、市民に公表する。

(5)苦情申立ての受付及び処理状況

@第1年次報告書(平成211月から平成310)

 受付221件、調査終了168(76.0%)で、苦情申立ての趣旨に沿って解決されたもの57(33.9%)、行政の不備がないもの88(52.4%)である。

A第2年次報告書(平成311月から平成410)

 受付142件、調査終了151(前年度繰越分40件含む)で、苦情申立て人の趣旨に沿って解決されたもの55(36.4%)、行政の不備がないもの81(53.6%)である。

B第3年次報告書(平成411月から平成510)

 受付157件、調査終了135(前年度繰越分24件含む)で、苦情申立て人の趣旨に沿って解決されたもの58(42.6%)、行政の不備がないもの73(54.1%)である。

C第4年次報告書(平成511月から平成610)

 受付136件、調査終了145(前年度繰越分を含む)で、苦情申立て人の趣旨に沿って解決されたもの64(44.1%)、行政の不備がないもの74(51.0%)である。

D第5年次報告書(平成611月から平成710)

受付140件、調査終了125(前年度繰越分を含む)で、苦情申立て人の趣旨に沿って解決されたもの37(29.6%)、行政の不備がないもの71(56.8%)である

以上、年次報告書参照。

(6)苦情の内容

 苦情の内容として共通するものは、職員の説明や対応の不当不親切を指摘し、反省、謝罪を求めるものが多いといわれている。なお、苦情の種別ないし事例について、詳しくは各年次報告書を参照されたい。

(7)市民オンブズマン制度の効果

 代表市民オンブズマンの杉山克彦氏によれば、「制度創設から4(注、1994年の論文)足らずで効果の有無を論ずるのは早計であるが、市の職員の目、耳を市民の方に向ける効果はあったといえるとされる(杉山克彦「川崎市市民オンブズマン制度の実情」ジュリスト1054P35参照)。

 そして、同氏は、「スタート当時、オンブズマンの調査に対する市職員の反応は、なぜこんなことが問題にされるのか理解できない、という雰囲気があった。……ところが、最近、そういう雰囲気が少なくともオンブズマンに対してはみられず、こちらの意見に対してすばやい対応が取られるようになった。市民の苦情で動くオンブズマンの意見を無視すると、市長に対する是正勧告を出され、新聞に書き立てられては困る、といったことがあるかもしれない。それが職員の緊張感となって現れているとすれば、それはそれでこの制度の狙いであり、効果といって良いであろう。」と述べている。

 さらに、同氏は、「一方、この効果の将来にわたっての進展を考える上で忘れてならないことは、苦情が採用されず行政に非違がないとの結論がでた場合、不服申立てがないことから、苦情申立て人の側から、オンブズマンは行政寄りであるとか、無用であるとかの批判が出易く、対応によっては、制度の命取りになりかねないことである。……

裁判のように、上訴によって決着がつくのとは違った制度であるだけに、また、選挙によって信を得たオンブズマンではないだけに、平均的市民の理解と支持を得るためにどうすればよいかを、常時、制度的にチェックする必要があろう。」(同上書P35)と述べていることは注目される。

4.オンブズマン制度の有効性

 これまで、わが国におけるオンブズマン(苦情処理)制度の現状を国レベル及び地方公共団体のレベルで考察してきたが、国レベルでのオンブズマン制度の有効性をまとめてみたい。

(1)国民の権利救済制度の限界

 現在、わが国の国民の行政に対する権利救済制度を挙げると次ぎのように分類される。

@国会−請願権(憲法第16条、国会法第79条から82条及び102)

A行政府−行政手続法、行政不服審査制度、行政委員会制度等

B裁判所−行政事件訴訟法、国家賠償法、民事訴訟法

 しかし、その救済には、次ぎのような限界があることが挙げられる。

@国会

 議員が個人的に、アトランダムに行政に介入することには、例えば、贈収賄罪( 職罪)等の問題が生じ易い。また、請願は、行政を拘束せず、国民の権利救済の制度的保証がない。

A行政府

 行政手続法の適用を受けない行政手続の分野があることや、行政調査手続に関する規定がないなど行政手続法の不備の問題がある。また、行政不服審査制度には、訴えの利益、訴えの対象が限定されており、さらに、裁量権に対する訴えは制限されている。

 加えるに、行政審判所の独立性の問題も存している。

B裁判所

 訴えの利益等司法権の限界の問題があり、また、救済には時間がかかることや、さらには、費用がかかるという難点がある。

(2)オンブズマン制度の有効性

 オンブズマン制度の有効性として考えられるものを抽出してみると次のものが挙げられる。

@上述した国民の権利救済の限界に対応できる。

A行政の複雑性、技術性、専門性及び国際性への対応ができる。

B行政サービスの欠如、公正性・透明性の欠如、人間性の欠如への対応ができる。

C適合しなくなった制度、法令及び法の不備等による権利侵害の救済とその改善への対 応ができる。

D情報化社会における知る権利の保障、プライバシー権の保障への対応ができる。

E訴訟社会の弊害に対応できる。

Fマスコミの批判とその弊害に対応できる。

Gオンブズマンの人選と意識がその有効性を左右する。

19968月作成 文責 長谷川 博)


(追記)本文作成後、民主党より議会型オンブズマン制度として、「行政監視評価委員会(日本型GAO)」の設置の提案がなされている。

番目のアクセスありがとうございます Last Modified 6th March 1997