イギリスの歳入庁アジュディケーター(Adjudicater)について
 1995年5月17日に、東京地方税理士会(藤村 茂会長)と東京税理士会(関本和幸会長)が共同してイギリスの歳入庁アジュディケーター(税務苦情処理オンブズマン)のエリザベス・フィルキン女史を招聘し、東京税理士会館において「イギリスの税務苦情処理手続について」の講演会が開催されました。
 フィルキン女史の招聘は、東京地方税理士会調査研究部が企画し、東京税理士会の協力のもとで実現したものですが、私、長谷川がコーディネーターとして係わることができました。
 ここでは、アジュディケーターオフィスの1995年度年次報告書の概要を紹介いたします。


アジュディケーター(苦情処理裁定者)オフィス年次報告書/1995年の概要

序文/「サービスにおける規範を確立するということ」/アジュディケーター/エリザベス・フィルキン

 第2回の年次報告書(19944月から19953月年度)を発行しますが、苦情申立件数は第1回の報告では11か月間(初年度19935月から19943月の間)で、1,615件であったが、今年度は2,215件に増加した。これは、アジュディケーターの存在が次第に知られるようになったことに基因すると思われます。

 アジュディケーターに来るまでに、苦情申立が歳入庁で処理される方法について改善が認められた。したがって、私が支持した事件のパーセンテージは減少したが、それでもなお50%以上という高い支持率のままです。 人間が行うことである以上、歳入庁も例外ではなく、物事が時に誤った方向に行くことは避けられないが、その間違いを直ちに正し、その経験を将来の規範を確立することに役立てることが重要です。

1.アジュディケーターの職務

(1)私たちの目的と従うべき原則

・アジュディケーターは、人々が歳入庁に不当に扱われたと感じる際に公平な審判役を務めます。

 私たちの目的は、歳入庁が提供するサービスの質を向上させるための方法を提案することです。

 従うべき原則は、公平に、迅速に、利用し易くというものです。

(2)公共サービスの価値基準

・人々は、アジュディケーターオフィスに対して、非常に高い行為規範を求める権利があります。

 ノーラン委員会(Nolan Committee)は、公共サービスの基準として7つの一般原則(無私、高潔、客観性、責任、公開、誠実、指導力)を挙げており、私たちもこの原則に忠実に順守しようとしています。

2.この1年をふり返って

(1)苦情申立の分析

・援助事案と調査事件の両方における苦情申立の主な原因は、歳入庁による誤りでした。

 19953月までの1年間に、前年の60%増にあたる2,581件の苦情申立を受理したが、徐々に納税者が私たちに対して苦情申立ができる権利があることに気付いた結果であると考えます。

※援助事案(Assistance Cases)は納税者が税務署長に苦情を申し立てないで、直接アジュディケーターに持ち込むケースであるが、私たちは歳入庁内部の制度を通じての手助けをする努力をします。しかし、この1年で10%の人が歳入庁の返答に納得できず、私たちの元に戻ってきました。

 昨年度の総件数1,307件の59%増にあたる2,077件の援助事案を扱いました。多くの援助事案は、2種類以上の収入がある年金受給者からの者で、典型的なのは、別々の収入源を扱う各税務署間の連絡が不十分で間違った源泉徴収コードを作り問題となったものです。

※調査事件(Investigation Cases)はアジュディケーターが調査する事件であるが、405件の事件で正規の調査を開始し(これは、昨年度の64%増です。)381件を最終段階まで扱いました。主な事柄は、歳入庁による誤りについてと、歳入庁が行使した(あるいは行使しなかった)裁量権の方法についてでした。源泉徴収税の還付についての苦情申立は、正規に調査を開始した事件の15%を占めました。

(2)苦情申立の解決

・私たちが支持した事件の80件で、歳入庁により総額36,000ポンド(6,153,800)の賠償金が支払われました。

 最終段階まで扱った381件の調査事件のうち、51%(完全にあるいは部分的に)支持しました。アジュディケーターの書面による勧告により完結した事件は55%で、歳入庁と苦情申立人の間で調停を行い同意による和解が成立した事件は38%でした。

 税務署レベルでの苦情申立処理の資の向上により、融通の利かなさが問題になっていた事件が減少しました。

※物事を正す

 歳入庁が支払った最も高額な賠償額は、7,016ポンド(1,199,300 )であり、これは歳入庁に誤った助言を与えられた結果、苦情申立人に生じた付加的費用に対して支払われました。その他、歳入庁は多くの事件で、公務上の誤りによる譲歩特権(official error concession)として知られる要綱に従い税の徴収を断念しました。

 いくつかの事件で、アジュディケーターは税務署長に対し苦情申立人に謝罪するよう勧告しました。

(3)関税・消費税庁と社会保険料局

・アジュディケーターは、19954月以降関税消費税庁あるいは社会保険料局について発生した問題に対する苦情申立も検討します。

 私たちは、これらの苦情申立てに関するパンフレットを作成しました。

(4)開かれた政府

・私たちは、受理した3件の政府情報の求めのうち、2件を支持しました。

 本年度私たちは、歳入庁の「政府の情報にアクセスすることに関する政府の手続要綱(開かれた政府)Government's Code of Practice on Access to Governmental Information(“Open Government")〉の適用に対する苦情申立を検討し始めました。

 支持した1件は、税務署長がアジュディケーターに提出した苦情申立人についての報告書のコピーを求めたものであり、もう1つは、苦情申立人についての税務署内での文書のコピーを求めたものです。

 手続要綱により人々には、書類ではなく、多種の情報を得る権利があります。歳入庁が当初、除外するつもりであった多くの事項が、いまでは刊行物に含まれるようになっています。

(5)スタッフの強化

・多様な経歴を持つ33名のスタッフがいます。

現在歳入庁及び関税・消費税庁並びに社会保険料局からの配置換えによるスタッフと、公務員以外から募ったスタッフとして、法廷弁護士、事務弁護士、公認会計士、その他の助言的職業の人がおります。

3.経験から学ぶ

(1)歳入庁

 私たちは、歳入庁が苦情申立をどのように解決するかについて勧告すると共に、将来類似した問題をどのように回避しうるかについても提案してきました。

※苦情申立の処理

 昨年度の年次報告書では、歳入庁内での苦情処理が客観的ではないと評しましたが、今年度はいくつかの改善が見られました。進んで問題を解決しようという強い意思が私たちに伝わってきました。しかし、苦情申立が不十分に取扱われた事例もありました。

※遅滞

 いくつかの事件では遅滞が人々に出費を招いたため、歳入庁に賠償金を支払うよう勧告しました。また、納税者が歳入庁の対応に激怒し歳入庁との間に険悪な関係を生むことになった事件もありました。

※歳入庁の調査

 歳入庁にとって、実際の調査において会計が正確で全ての収入が申告されていると確信することは容易な仕事ではありません。納税者の対応にも問題がある事例もあり、調査官が威圧的な態度を取った事例もあります。

 歳入庁が調査期間中、不当な点を見つけなかった事件では、歳入庁に納得させるために専門家に支払った費用が加わりかなりの出費を強いられた納税者もいました。

 私たちは、歳入庁は調査事件が迅速にそして納税者にとって最低限の費用で行われることを保証するよう更に務めるべきだと考えます。

※賠償(補償)

 昨年度、私たちは、歳入庁が「誤りに関する手続要綱(Code of Practice on Mistakes)]について、非常に限定的な見解を示したと述べました。

 この要綱は、歳入庁の重大又は継続的な間違いに対して納税者に生じたいかなる付加的費用も弁償するとされています。

 歳入庁は要綱の重大な要件の該当性を限定的に解していますが、人々が費用の面というよりも多大な時間、迷惑、不安をかけられたというような特別な事件において賠償に関する適用を拡大したことを喜びました。私たちは、修正された手続要綱が公布されることを待ち望んでいます。

※公務上の誤り

 歳入庁の「公務上の誤り」に関する規則(歳入庁制定法外譲歩特権(Inland Revenue's Extra-Statutory Concession))は、歳入庁が納税者によって与えられた情報を適切に時宜を得た利用をなさないで生じた税金の未払いを放棄することを認めています。

この原則は適切なものと考えますが、適用方法で

の問題があると考えます。

その一つは、放棄され得る税額に関して、納税者の総収入レベルによって放棄する額が変化するというものであり、これは、救済が資産審査で決まるということで、非常に不公平であると思われます。歳入庁の誤りが、いかに酷いものであっても、この特権の下ではほとんど得るものがないか、あるいは何の救済も受けられないことがあります。

 二つは、救済に関し、疑わしきは納税者の利益にと歳入庁内の職員に対する指導書に記されているにかかわらず、これに基づいた事例は、ほとんど見当りませんでした。

※歳入庁が納税者の立場に一層立つべきだということ

 歳入庁は、納税者がいかに歳入庁が権力を持つ存在だと感じていることかを常に意識し、納税者の立場に一層立つように努めるべきであると私たちは考えています。

  しかし、いくつか歳入庁の調査において、情報の要求に応じることで納税者にかかる費用についての意識が欠けていることにも気付きました。これは、納税者が負担する費用を最低限に保つとする納税者憲章に背くものです。

※情報に関する規定と納税者への助言

 歳入庁は情報に関する規定と納税者への助言についての手続要綱を公布しましたが、多数の事件で苦情申立人は、助言が不正確で、それに従ったことで財政的な損害を被ったと主張しています。

 歳入庁は、重要な口頭による助言を記録することを一層努力すべきであり、また、誤りを導くような口頭による助言に対する苦情申立には、納税者に疑いの利益を与えるべきです。

※納付期限の過ぎた税金を徴収すること

 (筆者注、内容省略)

※書状

 昨年度の年次報告書で、歳入庁の納税者宛ての書状が十分ではない事例を多数見たと述べました。それは、しばしば素っ気なく、また非人間的で、時代遅れで官僚的スタイルで専門用語に溢れていました。

 そのような書状を引き続き見てきましたが、改善もなされました。私たちは、優れた謝罪の書状を多数見ました。

・遅滞は、財産評価局事件における主要な課題として浮上しました。

 VOAは歳入庁の特別部局ですが、政府と公共機関に土地と建物の査定サービスを提供します。

 今年度VOAに対する65件の苦情申立を受けましたが、30件において正規の調査を行い、残る35件は、援助事案として扱いました。11件の調査事件で和解を成立させ、苦情申立人中の72%において彼らに有利な決定をしました。

※遅滞

 VOAの長期的な遅滞事件を数多く見ました。例えば、公営住宅を評価する際に遅滞があったことで、不必要な賃借料が課されましたが、その遅滞が誤りに関する手続要綱には該当しないと結論付けました。しかし、VOAが苦情申立処理に長期間を費やしたことは苦情申立人にストレスや不安を増長させたので、この2度目の遅滞に関する申立人の出費に対し補償金の支払を勧告しました。

※なぜある特定の決定がなされたかに関する適切な説明がない

 VOAが苦情申立人あるいは私たちに対して、どのように彼らが決定を下したかについて適切な説明をなさなかったと感じる事件がありました。

※不十分な記録

 ある事件で苦情申立人は1年近くの間に14回も電話をかけました、VOAが苦情申立の書状に応じたとき、申立人が長期の遅滞であると述べました。VOAは申立人からの電話の記録を全く取っていなかったために対応した担当官は実際に起こったことを認識していませんでした。

※不十分な書状

 私たちは、非常に非人間的で、官僚的で無神経な書状を何通か見ました。

(3)サービスでの工夫

・歳入庁と財産評価局は、私たちの懸念に対処するために、数多くの手段を講じました。 歳入庁(VOAを含む)は、今年度私たちが出した勧告をすべて受け入れました。彼らは私たちのなした批判に対処するために講じた以下の多くの工夫を伝えてきました。

-苦情申立を処理する方法に関する職員への実際的なハンドブックを発行すること。

-苦情申立の処理と書状の書き方に関する講習会やセミナーの開催について。

-還付申告の書式を含むパンフレットを変更すること。

-未払い税金の徴収手続を迅速に進めるため、支払不能法(Insolvency Act)の規定をさらに活用すること。

-調査期間中に偏見を持たないことの重要性に関し、調査担当職員向けの指導書を発行すること。

-公正さについて責任を持つということを公表すること。

-財産評価局のサービスに対して、アジュディケーターに苦情申ができる財産評価局憲章の基準となる声明を公表すること。

(4)納税者の代理人

・私たちは、納税者の申立が代理人による助けを得られなかった事件に出会いました。

 大抵は、代理人による大変優れたサービスが見られます。しかし、明らかに不十分な処置が取られた憂慮すべき事例を引き続き検討しました。

 勧告の中で、代理人の適格性や精励さを決定する役目はアジュディケーターにはないと述べました。また、代理人によってなされた誤りを正すことは、歳入庁の責任ではないと思います。

4.人々に意見を聞く

(1)苦情申立人

・私たちは、苦情申立人の年次調査を行います。

 今年度の調査は、昨年度よりも多いアンケートに基づいています。アンケートは、援助事案の66%、調査事件の73%が返送されました。

 苦情申立人にとっては、私たちが公正で偏見のないこと、そして苦情申立を徹底的に調査することが何より優先すべきことでした。援助事案については、76%、調査事件については63%の満足率が得られました。喜ばしいことに、不利な決定を下したかなり多くの人々も満足させることができました。66%の人が私たちの最終決定が、公正で合理的であると考えました。これは、苦情申立てを支持したパーセンテージが減少したにもかかわらず、、昨年度より増加しています。

(2)歳入庁と財産評価局

 初めて歳入庁の税務署長と局長そして財産評価局の局長に対して詳細な調査を行いました。全体としては、全ての回答者が私たちの援助事案の手はずに満足し、80%が調査事件において私たちが提供したフィードバックの質と公正さに満足しました。77%が私たちが時折、公正であるというよりは、納税者の側に傾いていると考えました(苦情申立人の33%が、私たちが全くその反対をなしたと考えました)

5.私たちの仕事を知らしめる

 私たちは、この1年間に私的公的両方の機関によるセミナーや会議での講演を何度も引き受けました。歳入庁と財産評価局が催した会議で話しをしました。

 11月には、OECD加盟国におけるサービスの質における工夫−公共機関における苦情申立と救済のメカニズムと題した論文をパリで発表しました。

 また、5月には、日本の東京税理士会と東京地方税理士会に招かれて、アジュディケーター制度の運営について2つの税理士会での会議といくつかの専門家の会議において公式スピーカーを努めました。

 私たちのサービスを宣伝するために、これまでのパンフレットの他に、ポスターを直ちに製作する予定です。

全ての下院議員に書状を送り、多方面の人々をオフィスに招きました。また、新聞やラジオ、テレビの番組からインタビューを受けました。

(2)他の機関との関係

 例えば、私的公的両方の機関のオンブズマン、企業のグループ、会計士、法律家、消費者のグループと接してきました。議会オンブズマンのウイリアム・リード氏と何度も会合を開きました。ウールフ卿の正義へのアクセス(19956月発行)の中で、裁判所制度以外で紛争が解決されることを支持しているところを読み、喜ばしく思いました。

(3)少数民族への周知徹底

(筆者注、内容省略)

6.情報を公に

(1)解決された事件の概要

 (筆者注、抽出された26の事件の概要を紹介しているが省略する。)

(2)事件の統計

 (筆者注、事件の統計として数値を持って表されているが省略する。)

(3)その他

 (筆者注、その他当年度の予算実績と次年度の予算や次年度の目標が記されているが省略する。)
以上が、アジュディケーターの第2回の年次報告者の概要ですが、この報告書の全文訳は東京地方税理士会調査研究部から冊子になって紹介されています。

  (1996年8月作成  文責 調査研究部参事 長谷川 博)


(追記)
アジュディケーター(苦情処理裁定者)オフィス年次報告書/1996年の年次報告書の全文訳は、1997年3月に東京地方税理士会調査研究部から冊子になって紹介されております。  (1997年6月記)


番目のアクセスありがとうございます Last Modified 3rd March 1997