税理士(町田市会議員)片山 光代さんからの寄稿論文を紹介します
【日本税理士会連合会発行「税理士界」4月15日号<論壇>より】

国及び地方自治体に企業会計原則の導入による行財政の改革を



税理士(町田市会議員) 片山 光代

1. はじめに

わが国の政府や地方自治体の会計、すなわち公会計は、われわれになじみ深い企業会計とは基本的に異なっている。現代の企業会計が一般に複式簿記と発生主義の原則に則り、時代の要請に応じて発展してきたのに対して、公会計は依然として単式簿記であり、出納整理期間を設けるなどして欠陥を補う工夫はしているものの、資金の収支を基本にした現金主義の段階に止まっている。

もちろんこれは、利益の追求を目的とする一般企業と、住民へのサービス提供を目的とする政府・自治体との基本的な違いからくるものであろう。少なくとも公会計に企業会計の原則を導入しようとする試みに対して、公会計に携わる人たちが主張してきたのは、両者の目的の違いであった。

しかし、行財政改革が国の至上命題となり、その一方で国や地方の財政のいっそうの透明性が求められている今、私たち会計業務に携わる者として、公会計への企業会計原則の導入を真剣に議論すべき段階に来ているのではないかと思う。

2. 市議としての視察

行財政改革といえばニュージーランドが引き合いに出される。地方議会の行政視察先としても大人気だが、目的意識の乏しい視察に対しては、当然ながら市民の目も厳しい。

東京都町田市の市議として、所属会派「市民派クラブ」の九六年度の視察先としてニュージーランドを主張したのは私である。私の目的はニュージーランドの公会計制度、とくに地方自治体のそれを実地に確かめることであった。

同国は、80年代後半から始まった行財政改革の一環として、公会計に企業会計を率先して取り入れた。会計という、あまり一般受けしない専門分野のことなので、華々しい議論の対象とはなっていないが、同国の行財政改革成功の裏には、この公会計制度改革が重要な役割を果たしている。

新しい公会計制度の下で、ニュージーランド政府がどのような財務諸表を作成し、開示しているのか、その裏付けとなる法律は何かなど、国レベルのことなら、インターネットで同国大蔵省のホームページからかなりの資料が入手できる。私もニュージーランド政府の1996年6月期(会計年度は7月〜6月)の財務諸表をはじめ、A4版で約400ページに及ぶ資料をインターネットから入手した。

しかし地方自治体となるとそう簡単には行かない。そこで大蔵省ホームページの連絡責任者に電子メールで照会したところ、同国第三の都市マヌカウ市を紹介してくれた。

今年2月に実現した視察では、オークランド、クライストチャーチの他、私の希望でマヌカウも視察先に加えてもらった。マヌカウ市の担当者には予め質問事項を送り、またクライストチャーチでも時間の制約の中でマヌカウと同じ質問書を渡し、後日電子メールで返事を貰った。

以下、今回の視察から得た情報をご報告する。

3. 自治体の財務諸表

マヌカウもクライストチャーチも、年度初めに「年度計画書」、年度終了後に「年度報告書」を作成している。

年度報告書には、財務諸表(市単体のほか関連事業を連結したもの)及び市の主要事業ごとの明細が開示されている。

財務諸表は、@財務成績報告書、A財務状況報告書、Bエクイティ計算書、C資金収支計算書、D会計方針説明書、E注釈、から構成される。@とAは、それぞれ損益計算書、貸借対照表に相当するが、公会計の性格から言って「損益」という表現はやはり不適当なのであろう。またBのエクイティ(持分)は自己資本に相当するものである。地方自治体の収入の大半は固定資産税だが、マヌカウ市の財務諸表のある個所に、このエクイティについて「(固定資産税)納税者持分」という表現が使われているのが印象的だった。資産や負債は、市のものというよりも納税者のもの、ということなのだろう。

公会計に企業会計原則を導入するに際して最も苦労したのは、管理職も含めた市職員の教育と、開始貸借対照表に計上する固定資産の評価であった。固定資産は一般運営資産、制限資産(公園や美術品等、減価償却対象外)、社会基盤用資産に分類されるが、道路や上下水道施設など社会基盤用資産は専門の鑑定士を使うなどして、再取得価格を基準に評価作業を行った。

市の「年度報告書」の主要事業明細も重要である。道路、上下水、公共施設など事業ごとの採算が、間接部門経費の割り掛けも含めて発生主義で捉えられ、民間との比較が容易にできる仕組みになっているだけでなく、定性的な側面であるサービスの質についても目標と実績をできるだけ客観的に対比できるよう工夫されている。

4. 新制度の評価

発生主義に基づく公会計制度導入で何が変わったかとの質問に対して、どちらの市でも異口同音に返ってきたのは、「アカウンタビリティの向上」という言葉である。単に数字の信頼性が高まっただけでなく、責任を持って市民・納税者に説明できるとの意味である。

新制度の評価はマヌカウ市財務部長の次の言葉に要約される。「発生主義会計は完全に定着しました。現金主義は遠い昔の思い出に過ぎません」