税制研究44号(2003年8月)掲載論文

政府税制調査会答申と税務行政の課題

長谷川  博   


目 次

1.はじめに

2.納税者番号制度の問題
(1)平成15年税調中間答申の納税者番号制度論
(2)政府税調の納税者番号制度議論の経緯
(3)納税者番号制度の問題点

3.納税者の権利保護制度の問題
(1)税調答申に見る納税者の権利保護制度の欠如
(2)導入されるべき納税者の権利保護制度
(3)前記(1)税調答申に対する批判


1.はじめに

 政府税制調査会(以下「税調」という。)の2003年(平成15年)6月の中間答申(少子・高齢社会における税制のあり方)において、税務行政のあり方に関するものとしては、骨子3項目(第一 少子高齢化と税制、第二 地方分権と税制、第三 その他の課題)の内、第三のその他の課題の2つ目に「納税環境整備」として納税者番号制度と公示制度・資料情報制度が取り上げられている。また、国際的な課税に係る税務行政に関するものとして、同じくその他の課題4つ目の「国際課税」も挙げることができる。

 本稿では、これまでの税調答申をベースに、わが国の税務当局(財務省、国税庁)の税務行政のあり方として、一つは納税者番号制度、二つには納税者権利保護制度に関する問題点を考察してみたい。

2.納税者番号制度の問題

(1) 平成15年税調中間答申の納税者番号制度論

二 納税環境整備

1.納税者番号制度

(1)納税者番号制度の検討の必要性

 納税者番号制度は、適正・公平な課税の実現に資することに加え、税務行政の効率化・高度化にも寄与することから、かねてより当調査会においても検討を重ねてきた。具体的には諸外国の経験も踏まえ、総合課税化や適正な資産課税のために、納税者番号制度の必要性を指摘してきた。近年においては、金融資産性所得を一体的に課税する新たな金融・証券税制を構築するためには、納税者番号制度が不可欠となっている。また、税務行政の効率化・高度化や納税協力(税制への信頼と納税過程における法令遵守)の向上といった観点、さらには経済取引の電子化・グローバル化を背景とした国際的な資金シフトに対応するためにも、改めて検討を行うべき時期にきている。

(2)今後の検討の進め方

 納税者番号制度については、近年、特に金融資産性所得に対する課税一体化の検討を含めた金融・証券税制の構築のため、その導入に向けた具体的な諸方策を検討する必要性が高まっている。他方、諸外国においても、制度導入当初においては番号の利用が義務づけられる取引等の種類が限定されているのが通例である。わが国において納税者番号制度を導入する場合には、こうした諸外国の例が参考となる。

 今後は、全国一連の番号の利用や個人情報保護のあり方の状況を踏まえ、導入に向けた具体的な諸方策について更に検討を進めるべきである。この際、民間及び行政のコスト負担が小さく、プライバシー保護を含めたシステムにおけるセキュリティが十分に確保されるよう適正な制度設計を行い、納税者番号制度に対する国民の理解を深めていくことが必要不可欠である。また、例えば簡素な申告手続を可能とすることを含め、番号を利用する納税者の利便性が高まるよう、制度のあり方や利用方法、あるいはその利用者や対象となる取引の範囲について検討することが必要である。(注1)

(2)政府税調の納税者番号制度議論の経緯

 納税者番号制度は、15年以上前から議論されており、かつては主に利子・株式等譲渡益の総合課税化との関連で検討されてきたが、近年は税務行政の機械化・効率化や所得・資産課税の適正化を目的として検討されてきた。

 最近に至っては、上記のように国民の理解が得られるような民間および行政のコスト負担、プライバシー保護とセキュリティの確保を課題として指摘して、納税者番号制度の導入時期が近いことを示している。

 これは、税調が、納税者番号制度の導入環境が整ったものと考えている証左でもある。すなわち、(ア)1999年(平成11年)8月に成立した「住民基本台帳法の一部を改正する法律」にもとづく住民基本台帳ネットとの連動により導入コストの削減ができると見ていること、(イ)2003年(平成15年)5月に改正した「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」(いわゆる個人情報保護法関連法)による個人情報保護対策が講じられたと見ていること、また、(ウ)2004年(平成16年)2月から開始する電子申告制度を充実させるため、および(エ)2003年(平成15年)からの贈与税の相続時精算課税制度の導入に伴う追跡手段として、さらには、(オ)将来の消費税増税に伴う事業者番号付与によるインボイス方式への移行を想定するなど、納税者番号制度の導入のための環境作りが整ってきていると見ていることを如実に示しているものである。

しかしながら、税調答申を見ると税務執行上の利便性・効率性や管理性に重きが置かれ、導入によって問題となる納税者のプライバシー権や行政手続上の納税者の権利保護については具体的に論じられていない。このことは大きな問題である。これまでの論議の経過を概観してみる(注2)

@1988年(昭和63年)12月、税調は有価証券譲渡益課税及び利子所得課税等の総合課税化の推進のため、「納税者番号制度」の導入論を提起した。1989年(平成元年)2月には、14省庁で「税務等行政分野における共通番号制度に関する関係省庁連絡検討会議」が設置された。検討されたテ−マは各省庁が管理する個人番号の一本化であり、それは国民総背番号制につながるものであった。1991年(平成3年)。平成3年10月には、納税者番号制度導入の必要性、導入時期のメド、採用する共通番号の種類、番号を管理・利用する際のコスト、プライバシー保護のための方策等が検討された。また、1992年(平成4年)9月に「利子・株式譲渡益課税検討小委員会」を設置し、現行制度の問題点の洗い出しを進め、総合課税への移行時期などの検討を始めた(注3)

A近年においては、1996年(平成8年)12月の「平成9年度の税制改正に関する答申」では、納税者番号制度については、その目的・効果に関し、平成7年度答申で、(ア)税務行政の機械化・効率化による課税の一層の適正化、(イ)総合課税の実施、(ウ)相続税等の資産課税への利用という3つの類型を示した。

 他方、それまでの答申において、納税者番号制度は国民生活に少なからぬ影響を及ぼすものであることから、官民のコスト、資金シフト等の経済取引への影響、プライバシーの問題等について、国民の受け止め方を十分に把握しながら、更に子細な検討を行う必要があると指摘してきた。

19996年(平成8年)の審議では、上記の指摘を踏まえ、国民の受止め方を把握するために、納税者番号制度に関するアンケート調査結果の聴取を行ったところ、国民の理解はいまだに十分ではないとの意見があった。

B1999年(平成9年)12月の「平成10年度の税制改正に関する答申」では、「納税者番号制度をめぐる新たな状況」として次のような表現に変わってきている。

「最近、納税者番号制度をめぐる環境には変化がみられる。日常生活において各種カードの普及に伴い、番号の利用が一般化しており、基礎年金番号の実施、住民票コードに関する法改正試案公表といった行政による全国一連の番号の整備が進んでいる。番号利用の普及等を背景に、アンケート調査等によれば、納税者番号制度に関する国民の理解も広がっているとみられる。また、金融システム改革に伴いクロスボーダーの資金シフトが容易となる中で、資料情報制度の充実が要請されている。さらに、グローバル化、情報化の下、電子商取引など取引内容は複雑化、広域化しており、これに対応した適正、公平な課税が要請されている。これらの要請に応えるためには、番号の利用による効率化が有効と考えられる。」

C税調は、1998年(平成10年)5月に基本問題小委員会を設置し、次の二つのワーキング・グループを設置した。

・基本枠組ワーキング・グループ(課税方式、納税者番号制度等)

・課税問題ワーキング・グループ(税率構造、課税ベース等)

1998年(平成10年)12月の「平成11年度の税制改正に関する答申」では、「納税者番号制度については、国際的な資金移動の活発化など経済取引のグローバル化の一層の進展や、今後の電子商取引の発達による経済取引の一層の多様化、複雑化等の経済社会情勢の急速な変化を踏まえれば、課税の適正化の観点から、その導入について、より具体的な検討を進める時期にきているのではないかと考える。また、基本枠組ワーキング・グループの中間とりまとめにおいても、各種カードの普及に伴う番号利用の一般化、行政による全国一連の番号の整備の状況等を踏まえながら、納税者番号制度の具体的なケースを想定して、その得失について検討を進める必要があるのではないかとの論点や、タックス・コンプライアンス(税制への信頼と納税過程における法令遵守)という納税者や源泉徴収義務者の立場に立った観点も必要ではないかとの論点などが示されている。」と指摘している。

D1999年(平成11年)12月の「平成12年度の税制改正に関する答申」では、前年同様の答申をしているが、特徴的な点は、「『住民基本台帳法の一部を改正する法律』が本年8月に成立し、住民票コードという番号を用いた住民基本台帳ネットワークシステムが今後3年以内に導入される運びとなった。国民を広くカバーする一連の番号としては、現在基礎年金番号があるが、新しく住民票コードも加わることとなる。こうした状況も踏まえ、必要とされる付番のあり方等について、引き続き、検討を進めていく必要がある。」と指摘していることである。

E2000年(平成12年)7月の「わが国税制の現状と課題−21世紀に向けた国民の参加と選択−」中間答申では、後記資料1を掲げかなり詳しく論じているが、次のように要約できる。

(ア)納税者番号制度の意義

・納税者番号制度は、適正・公平な課税の実現、税務行政の効率化・高度化、さらには、納税者の税制への信頼の向上にも資するもの。

(イ)納税者番号制度の検討の必要性

・近年、番号利用の一般化、行政における全国一連の番号の整備、国際化・電子化の進展など、納税者番号制度をめぐる諸状況の変化が見られる。

(ウ)タックス・コンプライアンスの向上

−納税者の立場からの論点−

・課税方式の議論との関連において、納税者番号制度の導入は、利子所得などを含めた総合課税化の前提条件となり、個人所得課税の課税方式の選択の幅を広げる。

(エ)納税者番号制度をめぐる諸状況の変化

・タックス・コンプライアンス(税制への信頼と納税過程における法令遵守)の向上に寄与することが、納税者番号制度の重要なメリットであり、資料情報制度などの納税を支える他の諸制度のあり方とも併せて検討を行っていくことが必要。

(オ)納税者番号制度をめぐる主な論点

・納税者番号制度の導入時のコストは、民間・行政の双方で相当な規模となり、特に、民間において相当程度のコストが新たに生じることが避けられない。また、資金シフトなどの経済取引への影響を踏まえると、制度の対象範囲はできる限り広くすることが求められ、その分、コストは大きなものになる。

・プライバシー保護の問題に関しては、民間における個人情報の不正売買などの危険性があり、今後の個人情報保護の基本法制の検討などの推移を見守っていく必要がある。不正アクセス防止の技術的方策などの検討も重要。

(カ)今後の検討の方向

・納税者番号制度は、国民生活全般に大きな影響を及ぼすものであり、その導入については、国民の理解と協力が不可欠。したがって、制度の意義、様々な論点について、今後、国民の間で更に議論が深まることを期待するとともに、全国一連の番号の整備をはじめとした諸状況の進展を踏まえながら、その導入について検討を進めていく必要がある。

 F2001年(平成13年)12月の「平成14年度の税制改正に関する答申」や2002年(平成14年)6月の「あるべき税制に向けた基本方針」を見ると、とくに後者にあっては、経済取引の国際化や情報化・電子化の急速な進展に見られるように、納税者番号制度を取り巻く環境は大きく変化しており、国民の意識についても変化の兆しがうかがわれる、としてその導入に向け具体的な成案を得るべく早急に検討を開始する、と結論付けている。

(3)納税者番号制度の問題点

 @番号の付与方式と住基ネットとの関係

(ア)2000年(平成12年)7月の「わが国税制の現状と課題−21世紀に向けた国民の参加と選択−」中間答申では、納税者番号制度をめぐる主な論点として、納税者番号制度の導入時のコスト問題とプライバシー保護の問題の2点のみを挙げている。

かつて論点の一つであった番号の付与方式の問題については、1999年(平成11年)12月の答申では、同年8月に成立した「住民基本台帳法の一部を改正する法律」の施行状況も踏まえ、必要とされる付番のあり方等について引き続き検討を進めていく必要があるとし、さらに、平成12年7月の中間答申では、今後の検討の方向として、全国一連の番号の整備をはじめとした諸状況の進展を踏まえながら、その導入について検討を進めていく必要があるとしている。このことから、税調は、納税者番号制度の付番方式を11桁の住民基本台帳番号を想定しているものと見ることができる。

改正住民基本台帳法(改正住基法)にもとづき、2002年(平成14年)8月5日から施行、スタートした住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)は、すべての国民に11桁の個人番号(住民票コード)を付与し、氏名、生年月日、性別、住所の4情報(およびこれらの変更情報)により本人確認を可能とする地方自治体のシステムである。スタート時点で、改正住基法の付則で規定された施行の前提である「個人情報保護法」が成立していないため、住基ネット参加を見合わせた自治体も数件ある(注4)

(イ)住基ネットは、国が推進する「電子政府・電子自治体」の基盤となるものである。2001年(平成13年)に策定された「e−Japan重点計画」により住民が行う行政機関への申請・届出等を2003年度までにインターネットでできるようにするとされた。

また、近年、国税庁は、国税総合管理(KSK)システム(注5)の開発を行い1995年(平成7年)1月から順次導入局署を拡大し、2001年(平成13年)11月に全国への導入を完了した。

さらに、財務省は2002年(平成14年)9月4日、2003年(平成15年)度までに所得税や消費税など国税の申告をインターネットでできるようにする(電子申告)など、行政手続の電子化に向けた行動計画(アクションプラン)を発表した。財務省の新たな行動計画によると、税務関係では、個人が所得税の確定申告を行う際、自宅などから国税庁のホームページに接続して書式を取り込み、必要事項を記入して送信、手続きが完了できるようにする。事業主などが各税務署で申告し、納税していた消費税についても、インターネットを活用して手続きを可能にする方針で、いずれも2004年(平成16年)1月までに実現したい考えである(注6)

国税の確定申告書は住民税の申告書とリンクしており、住基ネットの利用範囲に住民税が含まれれば、国税と一体となる公算が大きい。

(ウ)2002年(平成14年)12月に成立した「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律(行政手続オンライン化法)」では、行政手続(約52,000手続)について、書面によることに加えオンラインでも可能とされるようになった(注7)

(エ)現在、住基ネットの利用範囲は、改正住基法で4情報に限定されているが、法律を改正して納税者番号制度に広げることが予想される。このように見てくると、税調や政府の施策は、多くの国民が危惧する国民総背番号制度に近づいているといわなければならない。

A納税者番号制度の導入時のコスト問題

上述したように、住基ネットのスタートは納税者番号制度の実現可能性を高めたものといえる。改正住基法等の法律を改正すれば銀行での口座開設や株式売買などの民間での各種取引にも納税者番号が利用されることになる。

そして、納税者番号制度の導入コスト問題については、住基ネットの利便性が強調されると、住基ネットの住民票コードを利用することの方が、新たに納税者番号システムを導入することより低コストになることが目に見えてくる。

かつて税調は、納税者番号制度導入のコストを試算したことがあるが(注8)、最近は数値的な試算をしていない(注9)。これも住基ネットと連動した納税者番号制度が念頭にある証左である。

 B納税者のプライバシー保護の問題

(ア)近時の行政内部の情報漏洩事件だけを見ても、防衛庁の秘密データ漏洩、入札予定価額の漏洩、犯罪歴の漏洩、試験問題の漏洩、病歴の漏洩など情報の流出が数多く発生している。これは、公務員の守秘義務だけでは個人情報は保護されないことを物語っている。

 現在は税務署管内の個人・法人に番号を付けて(「整理番号」といわれる)管理しているが、納税者番号制度が導入されると、上述した住基ネットと連動しない場合でも、個人の税務に関する情報が税務当局に収集され、その利用に際し個人のプライバシーが流出・侵害される恐れが生ずる(注10)。とくに問題となるのは、税務目的で収集された納税者の情報が他の行政機関や金融機関等に流用される危険性があることである。

 納税者番号制度が住基ネットと連動すれば、どの行政機関でも納税者の個人情報を見ることができ、これに対する規制措置を講じたとしても、納税者の個人情報に対するプライバシー流出・侵害の危険性はさらに高まる。

 納税者のプライバシー権利の侵害については、付番号が共通になってくると、民間部門でもこれを利用したデータベースが構築されて行くことになって、個人情報の商品化(プライバシーの商品化)による大きな社会問題に発展する恐れも生じる。

 クレジットカード、運転免許証、パスポート、健康保険番号など各種番号が共通番号になって管理された場合を想定すると誰にでも個人のプライバシーの流出・侵害の危険性が認識されよう。

(イ)このような個人のプライバシーを保護するために各国では一定の対策を講じているが、プライバシー保護の問題が解決されているとはいえない。

諸外国における本人確認システムと個人情報の保護制度について概観してみる(注11)

(a)オーストラリアの納税者番号制度

 オーストラリアでは、プライバシーの保護を重視し、多目的に使う共通番号(国民背番号制度)の導入を放棄した。特定の行政目的に限定して利用する限定番号として、1988年の改正税法に基づき納税者番号(Tax File Number=TFN)制度を導入しているが、カードは存在していない。

 民間機関には原則としてデータ提供を行わないものとされており、税法等に基づく権限を有する民間機関以外の者がTFNの提示を要求することやTFNを利用することは禁止されている。さらに、これらの禁止に対する罰則が規定されている。苦情処理機関としては、独立した税務オンブズマン制度やプライバシーコミッショナー制度が設置されている。

(b)アメリカ、カナダの社会保障番号制度

 アメリカの社会保障番号(SSN)やカナダの社会保障番号(SIN)は、社会保障分野だけではなく、税務、選挙人登録、運転免許証、各種の助成金交付事務等幅広い行政分野で共通番号として利用されている。カードは、SSNは紙製、SINはプラスティック製となっている。

 アメリカのSSNは、1937年から実施されたが、SSNの乱用やプライバシー侵害が社会問題化している。

 民間機関へのデータ提供については、原則として本人の同意が必要であり、SSNの不正利用には罰則が規定されている。一方、民間機関がSSNの提示を求めること及びSSNを基にデータベースを構築すること等については特に規制されていない。

 アメリカでは1988年に、行政機関のデータマッチングの危険性に鑑み、コンピュータマッチング・プライバシー保護法が制定されたが、国民データバンクの創設の危険性が指摘されている。近時では、数十人の国税職員による数万件の不正覗き見事件が起き、これを規制する法律ができたが、SSNの乱用やプライバシー侵害の規制には限界があるという指摘がなされている。

 カナダでは、苦情処理機関として、プライバシーコミッショナー制度が設けられている。

c)スウェーデンの住民登録番号

 スウェーデンでは、共通番号として住民登録番号(Personal Identity Number=PIN)が1946年から導入され、1968年からコンピュータ化されたが、カードは存在していない。1991年からこの付番制度の所管は、税務当局へ移っている。

 スウェーデン、デンマーク等の北欧諸国、フランス、韓国、シンガポール等においては、住民登録制度等を基礎として本人確認制度を構築し、この番号を他の行政分野で活用する方式が採用されている。

 スウェーデンでは、外部へのデータ提供を目的としたスウェーデン人口住所ファイルを管理する機関(SPAR)が設けられており、SPARから民間機関等に対しても比較的緩やかにデータ提供が行われている。また、PINの提示を求めることについては特段の規制が行われていないが、PINを基に民間機関がデータベースを構築することについては、公的機関と同様の一定の手続等に係る規制が行われている。また、データの不正利用や違法なファイル設置について罰則やファイル没収等が規定されている。データの提供や利用についてはデータ検査院が監督している。

SPARのファイル情報には、氏名、住所、管理教区、本籍地、出生地、国籍、婚姻関係、認知関係、所得税、本人及び家族の所得、課税対象資産、居住用不動産、建物の類型、不動産の評価額などが記録されている。

 スウェーデンの場合、政府による個人情報の管理に対する国民の不安が比較的少ないという理由には、国民が政府を信用し、信用できなければ政府を変えることが容易にできる国情があるという指摘がある。

(d)ドイツ等

 ドイツでは、かつて背番号コード導入が問題となったが、憲法裁判所は、「個人を全人格的に管理することにつながる住民基本台帳番号制は人格権を侵害し憲法違反である」と判断したため、導入を撤回している。

 イギリスでは、国民の反対により、ブレア首相がスマートカード(国民総背番号制・国民皆登録証携帯制)を撤回している。

(ウ)個人情報保護法との関係

(a) 「個人情報保護に関する法律」(個人情報保護法)が、2003年(平成15年)5月23日に成立した。これまでわが国では、個人情報保護に関する法律として1988年(昭和63年)制定の「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(行政機関個人情報保護法)が存するだけであった。行政機関個人情報保護法は、対象となる情報が行政機関の電算機処理をした情報に限定されるなど個人の情報保護法としては不十分なものであった。

 個人情報保護法の成立は、1999年(平成11年)の改正住基法をめぐり住基ネットのプライバシー侵害を懸念する声が高まり、改正法附則1条等で民間部門の個人情報保護も含めた法整備を約束したことに起因する(注12)。個人情報保護法を受けて行政機関個人情報保護法も改正された。

 個人情報保護法の第1章から4章までは同法の基本的性格を有しており、5章以下は民間部門の個人情報保護の一般法としての性格を有している。さらに、行政機関個人情報保護法は、個人情報保護法の下に位置づけられる(注13)

 個人情報保護法は、プライバシー保護法制というよりは、個人識別情報を広く対象にしたデータ保護法としての性格を有している。しかし、同法3条は、基本理念として「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない。」と規定しており、憲法13条やプライバシー権として判例・学説で認められた「自己情報コントロール権」が基礎に存していると解することができる。

 (b) 納税者番号制度と個人情報保護の問題は、改正行政機関個人情報保護法が中心となるが、同法が納税者の権利保護法として十分な規定がなされているとはいえない。

 改正法は電算処理情報だけでなく手書の情報まで対象を拡大したこと(同法2条3項)や本人の情報訂正請求権を認めたこと(27条)、さらに、罰則規定を導入したこと(53条以下)など改善点はあるが、行政機関の個人情報保護について次のような問題点がある。

 ・個人情報保護法の民間の個人情報取扱事業者には、「偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない。」(個人情報保護法17条)とされるが、行政機関については、公務員の法令遵守義務を理由に規定されなかった。

 ・改正前の行政機関には認められていなかった個人情報の利用目的の変更について、改正法では個人情報取扱事業者の場合と同じく、行政機関にも「利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。」(行政機関個人情報保護法3条3項)として利用目的の変更ができるようになった。

 ・個人情報保護の救済法として、行政機関の処分に対する事後救済制度である不服申立て手続(同法42条)とは異なり、処分前の事前の救済制度として位置づけられる苦情処理制度については、改正前と同じ「 行政機関の長は、行政機関における個人情報の取扱いに関する苦情の適切かつ迅速な処理に努めなければならない。」(同法48条)という努力規定のままであり、苦情処理手続が第三者機関による救済手続きにはなっていない。これは、個人情報取扱事業者等に対する苦情処理手続にも当てはまる。

 ・外国の個人情報保護法やわが国の地方自治体の個人情報保護条例に比べ、「センシティブ情報」の収集制限規定(注14)がない。

・オンライン結合の制限についても規定されていないなど、ハッキング等セキュリティ保障上の問題がある。

3.納税者の権利保護制度の問題

(1)税調答申に見る納税者の権利保護制度の欠如

@近時の税調答申の中で、税務行政について詳しく論じているものは2000年(平成12年)7月の「わが国税制の現状と課題−21世紀に向けた国民の参加と選択−」中間答申であるhttp://www.mof.go.jp/singikai/zeicho/top.htm参照)。

本来、税務行政については、執行上の便益性の観点から論ずるだけではなく、執行の相手となる納税者の権利保護の観点から改善策が論じられなければならない。しかし、税調答申では税務行政における納税者の権利憲章を含む権利保護制度については論じられていない。上述した個人情報保護法制定に際しては、OECD原則(注15)など世界の潮流にならったが、同じく世界の潮流である納税者の権利憲章を含む納税者の権利保護制度(注16)については積極的に議論していない。税調答申を見ると、むしろ税務行政の運営にとって都合の良い立証責任の転換や資料情報協力要請制度の強化などの見直しだけが目に付く。これは大きな問題である。少し長くなるが2000年(平成12年)7月答申を見てみる。

4.税務行政
(1)税務行政の現状と課題
 適正・公平な課税を実現し、税制全体に対する国民の信頼を確保していくためには、制度面のみならず執行面における適切な対応も重要。税務執行は税制を実際の経済実態に当てはめるもので、円滑な執行なくして税制は機能しない。また、税制を検討する際には、現実に執行が行い得るかどうかという観点を踏まえることはもとより、できる限り納税者及び税務当局の事務負担が重くならないようにすることが求められる。
 近年の税務行政を取り巻く環境を見ると、納税者数が増加するとともに、経済取引の急速な国際化、電子化・情報化が進んでおり、このような中で、適正・公平な課税の確保が従来にも増して強く要請されている。そのような要請に的確に対応していくためには、所要の執行コストの確保を図っていくとともに、できるだけ効率的・効果的な税務執行に努めることが重要。
(2)納税申告の手続の電子化
 情報化・ペーパーレス化の急速な進展を踏まえ、現在、国民の利便の向上などの観点から、政府全体として申請・届出等手続の電子化に向けた取組みが行われている。税務行政の分野においても、平成15年度までに一部の税目について電子申告制度を導入することに向け、検討が行われている。
 電子申告制度は、納税者の利便性向上の観点や税務行政の効率化などの観点から導入しようとするもので、全体として、その導入による負担を上回る効果が得られることが必要。電子申告制度の導入に当たっては、対象税目、申告方法、納税者等の認証、申告を開始するための手続、セキュリティの確保、添付書類の取扱いなどの検討を進めていくことが適当。また、電子申告制度の導入についても、納税者の利便性向上の観点や事務の効率化の観点から、国と地方公共団体との税務運営上の協力を一層推進していく必要がある。
(3)税務行政を支える制度
 申告納税制度を中心とするわが国の税制の下では、納税者が記録及び記帳に基づいて自ら適正な申告を行うことが制度運営の根幹となる。
 税務行政は、このように基本的には納税者の記録及び記帳に支えられていますが、申告水準の維持向上を図り、適正・公平な課税を実現していくためには、税務訴訟における立証責任のあり方や資料情報制度のあり方などについても、税務行政を取り巻く環境の変化などを踏まえつつ検討していく必要がある。
 1) 立証責任
 税務訴訟における立証責任については、憲法上の納税義務を背景とした申告納税制度の下では、納税者が納税義務を適正に履行している旨を自ら証明する責務を負っているとの考え方がある。また、納税者の方が税務当局よりも所得に関する情報と証拠を十分に有していることや、課税処分は大量・反復的に行われるものであることを考慮し、主要諸外国のように、一般的に納税者に立証責任を課すこと又は納税者に必要経費や損金その他自己に有利な事実について立証責任を課すことを制度化してはどうかという意見がある。
 これについては、わが国のように税務訴訟を通常の裁判所が管轄しており、また、民事訴訟法や行政事件訴訟法においても立証責任について特別の規定がないという状況の下で、行政訴訟の中で税務訴訟にのみ立証責任に関する明文の規定を設けることが適当かどうかという問題がある。また、所得の存在が不明のときに納税者に不利益を負わせることには慎重でなければならない。
 さらに、近年の税務訴訟においては、例えば、納税者が更正時には存在しない資料などに基づき必要経費を主張するときは、納税者が必要経費に該当することを合理的に推認させるに足る程度の具体的立証を行わない限り、経費に該当しないとの事実上の推定が働くといった内容の裁判例が出ており、このような納税者に一定の立証を求める裁判例が判例として定着していくか否かについて見守っていくことも必要。
 こうした点を勘案すれば、税務訴訟における立証責任の問題については、諸外国の例や裁判例の今後の展開をも見ながら、そのあり方について検討していくことが適当。いずれにしても、現在のように税務当局が一般的に立証責任を負う下では、適正・公平な課税を実現するための環境整備の一環として、立証責任を果たせるだけの十分な資料を収集できるような環境が整備される必要がある。
 2) 資料情報制度
 税務当局が各種の手段で収集する資料は、納税者の申告が適正なものであるかどうかを確認するための重要な手がかりとなるものであり、資料情報制度は適正・公平な課税を実現する上で不可欠な役割を担っている。
 わが国の資料情報制度は、各税法において各種のものが規定されているが、近年では平成10年4月から施行された外為法の改正に併せ、一定額以上の国外送金等についての調書の提出制度が整備されている。
 当調査会としては、昭和58年11月の答申(「今後の税制のあり方についての答申」)において、資料情報制度に関し、一般的な資料収集目的のための協力制度及び官公署等の協力制度について指摘した。前者については、従来から関係者の任意の協力に基づいて行われてきた一般的な資料収集の根拠規定を設けるというもので、未だその制度化は図られていない。また、後者については、昭和59年に官公署等の協力制度が設けられたが、必ずしも実効性があがっていない。行政機関の保有する情報の公開に関する法律の施行など行政情報公開への対応が進展している中で、経済取引に関する資料などを秘匿する理由はなくなりつつあると考えられる。こうしたことを踏まえ、今後、この制度を強化することが適当である。
 さらに、国際化や高度情報化の進展に伴い、資料情報の収集がより困難になってきている面があるが、こうした新たな状況においても適正・公平な課税に必要な資料情報の収集が可能となるよう、制度の不断の見直しが重要。 資料情報制度は、税制そのものを構成する極めて重要な要素。したがって、今後の税制のあり方の検討と併せ、諸外国の諸制度をも勘案しつつ、国民の理解と協力を求めてその拡充を図ることが必要と考える。 (参考:2003年(平成15年)税調中間答申)

2.公示制度・資料情報制度
 公示制度については、個人のプライバシーへの配慮の観点から問題点が指摘され、制度の廃止を含めた検討が必要である。
 また、グローバル化、情報化などの経済社会の構造変化に対応した資料情報制度の拡充その他の制度整備も重要となる。こうした観点から、平成15年度税制改正においては、わが国の租税条約相手国の要請に基づき執行当局が情報を収集するための質問検査権を創設する措置が講じられた。(注17)
 今後とも、申告納税制度に対する納税者の信頼確保の観点及びグローバル化や情報化・電子化などの経済社会の構造変化に対応した適正・公平な課税の確保の観点から、これらの問題について具体的な検討を深めていく必要がある。
 さらに、平成15年度より、納税者利便の向上等を図る観点から、電子申告や電子納税の導入が予定されており、引き続き電子化の活用を図っていくことが適当である。

(2)導入されるべき納税者の権利保護制度

@納税者の権利憲章を含む国税通則法の改革の必要性

(ア)わが国の納税者の権利の現状(注18)
 わが国では、「納税者の義務」については、憲法30条で、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。」と規定され、所得税法、法人税法、消費税法、相続税法などの税法で具体的な納税の義務規定が定められている。

しかし、わが国の税法の中に納税者の一般的権利を明確に規定しているものは存しない。国税に関する法律の基本的事項及び基本的事項を定めた一般法である「国税通則法」1条(目的)の中にも、納税者の権利の字句は見当たらない。納税者の権利として強いて指摘すれば、税務署等の税務行政庁が下した更正処分等の課税処分に対して、不服を申立てる権利や裁判を受ける権利を挙げることができるだけである。

 例えば、個人事業者や法人が税務署から税務調査を受ける場合、事前に調査の通知を受ける権利やその理由を求める権利及び調査の適正な手続を受ける権利が保障されていない。また、納税者には、課税処分に際して、事前に弁明する権利もその処分理由を具体的に文書で開示される権利もない。

 納税者の権利が保障されていないために、例えば、相続税や所得税の調査において、税務職員が納税者の居住部分に上がり承諾なくタンス等を開けた事件(注19)や法人の調査において、代表者家族の入院先に連絡を求めたりするなどの事案も起きている。これは、脱税などの強制調査の事案ではなく、一般の任意調査において見られる。

 わが国の税法には、税務調査に関する規定が、1条文のみ裁量的に「調査について必要があるときは……調査できる」(所得税法234条、法人税法153条参照)というものがあるだけであり、その他の手続(調査の通知、理由開示、時間・場所、代理人の選任、弁明手続、苦情申立て手続など)は何ら法文化されていない。また、税務調査の違法性をめぐって多くの裁判例がでており、裁判例は、わが国の成文法主義の見地(法文があることを優先して解釈する考え方)から原告納税者に不利なものがほとんどである。

 わが国の納税者は、「納税義務者」という法律用語で表現されていることからも理解できるように、納税者の権利を正当に主張できる法律状況にないということができる。本来、納税者は税金の支払者(Taxpayer)として課税庁から丁重に扱われなければならない。

(イ)1990年にOECDの「納税者の権利と義務」報告書は、納税者の権利保護に係る基本原理として、(@)情報を得、援助を受け聴取される権利、(A)不服申立ての権利、(B)適正な税額以外を払わない権利、(C)正確性の権利、(D)プライバシーの保護、(E)機密保持と守秘義務の6つを指摘している(注20)。しかし、日本政府はこれに積極的に応じた法制度の見直し等を行っていないことは前述したとおりである。

(ウ) 諸外国では、次のように納税者の権利憲章を含む納税者保護制度の導入が拡大されてきている(注21)

 1975 フランス 税務調査における納税者憲章

 1977  西ドイツ 租税基本法改正
 1981 フランス 租税手続法典、納税者権利憲章

 1985  カナダ  納税者権利宣言

 1986  イギリス 納税者憲章

 1986  ニュージーランド 基本的宣言

 1987  フランス 納税者権利憲章改正
 1988 アメリカ 納税者権利章典(第1次)
 1989 オーストラリア 国税庁サービス方針

 1990  インド 納税者権利宣言

 1991  イギリス 納税者憲章改正

 1996  韓国 国税基本法改正
 1997 韓国 納税者権利憲章の制定・公布

 1997  オーストラリア 納税者憲章
 1998  アメリカ 納税者権利章典(第3次)
 1998  スペイン 納税者権利憲章

 2000   イタリア 納税者の権利憲章

(エ)わが国の納税者権利憲章制定に向けた動きとしては、次のように税理士会等の民間団体のほか政党・政治家による提言が見られる(注22)

 1978 全国商工団体連合会「納税者の権利宣言(第一次案)」

 1981  東京地方税理士会税理士制度「税務行政上の適正手続に関する要綱」
 1986 社団法人自由人権協会「納税者の権利宣言」

 1990  日本税理士会連合会税制審議 「税務行政手続のあり方について(第二次答申)」

 1990  東京地方税理士会税理士制度部「税務調査に関する憲章」
 1991 日本税理士会連合会「行政手続法制化の動きに伴う税務行政手続のあり方について」

 1992  日本共産党「納税者憲章(案)」
 1992 東京地方税理士会調査研究部「税務行政手続に関する要綱案」

1992  不公平な税制をただす会「納税者の権利憲章(案)」

1992  全国商工団体連合会「納税者の権利憲章への提言」

1992  全国建設労働組合総連合「納税者権利憲章(案)」

1993  税経新人会全国協議会「納税者権利憲章(案)」

1993  東京税理士会「税務行政の法的整備に関する要綱」

1994  納税者の権利憲章をつくる会(TCフォーラム)(注23)「納税者権利基本法要綱案」、「税務行政手続法要綱案」

1994  東京税理士会「国税通則法の整備拡充に関する要綱」

1995  東京地方税理士会「納税者の権利憲章」(日税連公開研究討論会)(後記資料2)(注24)

1998  山口哲夫参議院議員が参議院予算委員会で「納税者権利基本法の法制化」について大蔵大臣に質問。「納税者の権利憲章」に関する質問主意書提出(注25)

1999  斎藤つよし参議院議員が「税務行政における適正手続の法的整備」に関する質問主意書提出(注26)

2000  斎藤つよし参議院議員が「税務行政における適正手続の法的整備(U)」に関する質問主意書提出(注27)

2001  民主党の参議院選挙政策に「納税者権利憲章」制定を公約。河村たかし衆議院議員が中心となり「国税通則法の一部を改正する法律案」を議員立法案提出(注28)

2001  TCフォーラム「納税者権利保護規定が必要な理由」

2002  民主党、日本共産党、社民党の野党3党が同年7月12日「税務行政における国民・納税者の権利保護に資するための国税通則法の一部を改正する法律案」(後記資料3)を衆議院に提出(注29)

2002  斉藤つよし参議院議員が「納税者の権利保護法案」に関する質問主意書提出(注30)

(オ)TCフォーラムなどの活動もあり、2001年4月17日付民主党の参議院選挙政策「7つの改革・21の重点政策」の税制改革の中に「納税者権利憲章」制定が公約として入った。そして同425日に国税通則法を改正する法律案が民主党議員立法案として衆議院法制局でまとめられたことは画期的であった。

その後、TCフォーラムは野党4党へ働きかけ、民主党、日本共産党、社民党の野党3党は、2002年712日、「税務行政における国民・納税者の権利保護に資するための国税通則法の一部を改正する法律案」(後記資料3)を衆議院に提出したが廃案となっている(注29)

 この法案は、世界的レベルから見ると一歩後退しているといえなくもないが、改正案1条の目的に「国民の権利利益の保護」を挿入するとともに、4条の3では「国税庁長官は、前条に定める税務行政運営の基本理念にのっとり、税務行政の運営の基本となる方針を定め、これを公表しなければならない。」として納税者の権利憲章に代わる「税務行政運営の基本方針」の公布を要請している。

 なお、現在、TCフォーラムとしては、自民党税制調査会、政府税制調査会、経済団体などへ「納税者権利憲章」導入の必要性を陳情等説明している。

A税務争訟制度改革の必要性

現在、司法制度改革推進本部は、2004年(平成16年)11月30日までの設置期限の中で、11の検討会を設け、国民からパブリック・コメントや関係団体からヒアリングを求めるなど改革推進の施策を講じている。行政訴訟制度見直しについては、推進本部に設けられた行政訴訟検討会で審議中である。2002年8月のパブリック・コメント(意見募集)に引き続き2003年8月にもパブリック・コメントを求めている。また、裁判外の紛争解決手段(ADR)の拡充・活性化については、2002年6月に「ADRの拡充・活性化関係省庁等連絡会議」を設置し(関係構成員として国税不服審判所管理室長が入っている。)、同年9月には推進本部に設けられたADR検討会が税理士、司法書士などの専門家団体と消費者団体の9団体からヒアリングを行っている。

ここでは、税務争訟制度の見直しを中心に提言する(注31)

(ア)税理士の訴訟代理権の付与について

 租税に関する事項にかかる訴訟については、改正税理士法にもとづき2002(平成12年)4月から、税理士が裁判所において補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述することができるようになった(税理士法2条の2)。

 しかし、現状の税務訴訟システムは、被告国側が、指定代理人として税務当局の専任者(訟務官)を配置して訴訟遂行しており、また、裁判所によっては税務当局から調査官が選任されて裁判官を補佐している。これは、明らかに原告側に不利であり、当事者対等の力関係のバランスがとれていないという問題がある。

 そこで、特許事件で弁理士が訴訟代理権を有するように税理士にも一定の条件で訴訟代理権を付与する方策が検討されなければならない。なお、税理士制度をもつドイツでは税理士が財政裁判所において訴訟代理権を有していること、同じく税理士制度をもつ韓国でも、最近、税理士の訴訟代理権獲得のための法改正運動が行われていることも参考にされるべきである。

(イ)税務争訟における和解の必要性について

 これまでわが国の税務訴訟においては、課税関係に関する事件の裁判上の和解の事例はほとんどない。また、国税不服審判所においても、和解による解決手続きは認められていない。

 税務争訟における和解は、納税者にとって早期に権利が救済されるという機能を有するものであり、したがって、諸外国で認められている税務争訟上和解制度を参考にその導入が検討されなければならない。

(ウ)執行不停止原則の見直しについて

 税務争訟において、納税者は納得できない不当と思われる課税処分を争うにもかかわらず、納税の履行が停止できないという問題がある(行政事件訴訟法25条、行政不服審査法34条)。現在は、判決までは強制執行が事実上停止されているが、諸外国に見られる一定の執行停止制度の導入が必要である。

 納税者には、争っても税金を払うなら訴訟をやりたくないとして泣き寝入りする者もあり、また、執行を受けると金融機関等の取引が困難になる等の理由から事業の継続性について不安が生まれ訴訟を躊躇する者も見られる。

(エ)国税不服審判所の機構・運営改革の必要性について

 税務に関する裁判外の紛争解決手段として、国税不服審判所制度がある。

 国税不服審判所での審査請求事件に関連して、事案を原処分庁(税務署)に差し戻すことにより早期に紛争が解決できる事件もあることが指摘されている。また、諸外国に見られるように紛争の早期解決という観点から、争訟上の和解制度導入の必要性も指摘されている。

 さらに、国税不服審判所機構の改革としては、国税不服審判所の位置づけの見直しと審判官の構成のあり方が問われている。

国税不服審判所は現在、国税庁の下にある機関となっており、中立・公正な第三者機関とはなっていない。これを、地方税の不服事案もあわせて審査できる「税務審判所」として国税庁(および当該自治体)から独立した機関(国家行政組織法でいう委員会レベル)として構築する方策も検討されもよい。

 審判官の構成としては、韓国等で見られるような税理士等の民間人から登用する非常任審判官制度が検討されるべきである。

 加えるに、審判官がほとんど原処分庁と同じレベルの行政組織から任用されているという問題がある。このような機構に対して、納税者・国民からは公正な審理機関としての信頼を得ることは難しい。ドイツや米国で見られるような特別の行政裁判所(ドイツは財政裁判所、米国は租税裁判所)に機構を改革して、裁判官に税理士等の民間人を登用することも検討されてもよい。

(オ)税金の使途を監視する納税者訴訟権の導入について

納税者には、税金の使途について憲法および法令に適合しないと思われる場合に、会計検査院に対して不服申立てができる権利が導入されるべきである。また、地方自治体に対して認められている住民訴訟が、国レベルでも納税者訴訟権として導入されることによって税金の使途が監視できるように検討されるべきである。

B納税者の苦情処理制度改革の必要性

わが国には、行政一般について国民から苦情を受け付け、これを一定の組織権限を持って処理する制度が存していない。行政相談所制度は、苦情を処理するためにはその権限が乏しく、このままでは国民の不満を増長する(あるいは泣き寝入りする)だけであるという批判がある。

 苦情処理に対しては、行政から独立した第三者機関が苦情を受け付け、簡易迅速に処理し、苦情に理由があれば、当該行政機関に対して勧告するなどの権限をもって当たる機能がなければ有効なものとはいえない。

 苦情処理機関の所属が議会にあるイギリス、首相のもとにある韓国など形態はいろいろあるが、当該行政機関から独立し、第三者機関としてふさわしい裁定者(オンブズマン)制度の導入が検討されるべきであろう。これは、訴訟社会の弊害にも対応できる利点もある。

 税務行政に対する苦情処理について、2001年6月に国税庁の内規により導入された「納税者支援調整官制度」は、従来の税務相談での処理を一歩前進させたものといえるが、1999年に韓国が導入した「納税者保護担当官制度」と比較すると、日本の場合にはその処理権限が乏しく、その制度の有効性が疑問視されている(注32)

 行政分野一般を対象とする苦情処理制度(一般オンブズマン)の導入から特定の行政分野に対応する苦情処理制度(特定オンブズマン)の導入まで、高度情報化時代に対応した国民の不満を処理する制度の導入は世界の趨勢でもあり、わが国でも早急な検討が望まれる(注33)。諸外国では、苦情処理制度のあり方によっては、訴訟の件数が減るという効果も認められている。

(3)前記(1)税調答申に対する批判

 @立証責任の転換の問題

 税調は、税務訴訟における立証責任を納税者に転換する必要性を説きながら、「現在のように税務当局が一般的に立証責任を負う下では、適正・公平な課税を実現するための環境整備の一環として、立証責任を果たせるだけの十分な資料を収集できるような環境が整備される必要がある。」と述べている。

 税調が指摘する納税者に立証責任を負わせる考えは、かつて見られた、行政行為の適法性の推定や公定力を理由に行政処分の取消を求める納税者に立証責任(証明責任)があるとする見解に沿うものといえよう。

 今日では、行政訴訟においても民事訴訟と同じく立証責任分配の原則が妥当するものとされ、法律要件分類説に従って立証責任が分配されるという見解が一般的であり(注34)、処分の根拠となる課税要件事実について課税庁が立証責任を負担するというのが多数説である。税務訴訟の訴訟物は、処分理由の適法性・違法性の存否であり、立証責任は処分する課税庁が負うものであると解されている(注35)

 税調は、立証責任の転換が図られなければ、立証責任を果たせるだけの十分な資料を収集できるような環境が整備される必要があるとして、納税者番号制度も想定した資料収集の権限強化を目論んでいるものであり、納税者の権利保護の観点から看過できないものである。重要なことは、前述した納税者の権利保護制度の確立を図ることである。

 A資料情報協力要請の問題

 税調は、「昭和58年11月の答申(「今後の税制のあり方についての答申」)において、資料情報制度に関し、一般的な資料収集目的のための協力制度及び官公署等の協力制度について指摘した。前者については、従来から関係者の任意の協力に基づいて行われてきた一般的な資料収集の根拠規定を設けるというもので、未だその制度化は図られていない。また、後者については、昭和59年に官公署等の協力制度が設けられたが、必ずしも実効性があがっていない。行政機関の保有する情報の公開に関する法律の施行など行政情報公開への対応が進展している中で、経済取引に関する資料などを秘匿する理由はなくなりつつあると考えられる。こうしたことを踏まえ、今後、この制度を強化することが適当である。」と説いている。

 これは、正に前述した共通番号による納税者番号制度の導入を図りながら、資料・情報収集の権限強化を目論むものである。

 上述した立証責任の問題にも関係するのが、1984年(昭和59年)の税制改正における「納税環境の整備」に関する改正である。この時の改正で白色申告者の記帳義務・記録保存義務(所得税法231条の2)が規定され、また、国税通則法116条(原告が行うべき証拠の申出)の規定が改正され、納税者の主張が時機に後れた攻撃防御方法として却下されうるものとされた。さらに、この時の改正で国税庁、国税局又は税務署の当該職員による官公署等への協力要請制度が導入された(所得税法235条2項、法人税法156条の2、相続税法60条の2)。

 税調の考えは、納税者の権利保護制度の構築もないまま、いわば税務当局に今以上の権限を付与しようとするものである。

 前述した納税者の権利保護制度の確立なくして、税務行政当局の権限を強化することは世界の潮流に逆行するものである。(注36)

 
(注1)平成15年6月「少子・高齢社会における税制のあり方」http://www.mof.go.jp/singikai/zeicho/tosin/150617.htm参照。
(注2)政府税制調査会の答申は書物になっているが、近年においてはインターネットでも入手できるようになっている。
(注3)東京地方税理士会(調査研究部)1996年11月提言「納税者番号制度について(第三次意見書)」 http://www.h-hasegawa.net/hase4.htm 参照。
(注4)改正住民基本台帳の問題については、拙論「改正住民基本台帳法の問題点」 http://www.h-hasegawa.net/kaisei-kihondaityohou.html および拙論「住民基本台帳ネットとプライバシーhttp://www.h-hasegawa.net/jyuki-net.htm参照。
(注5)KSKシステムは、地域や税目を超えた情報の一元的な管理により、税務行政の根幹となる各種事務処理の高度化・効率化を図るために導入したコンピュータシステムである。また、KSKシステムは、政府が進めている電子政府の実現の一環である電子申告や電子納税等の税務行政のIT化に不可欠な情報通信基盤でもある。なお http://www.nta.go.jp/category/outline/japanese/text/02/11-14.htm 参照。
(注6)財務省のアクションプランについては、 http://www.mof.go.jp/jouhou/sonota/so140904a.htm 参照。
(注7)http://www.soumu.go.jp/c-gyousei/daityo/index.html参照。
(注8)1992年(平成4年)税調小委員会報告の中で、納税者番号制度のコストが試算されている。個人に対する番号付与コストとしては、初期費用として一千数百億円以上、経常費用として毎年数百億円以上が見込まれ、法人に対する番号コストも個人の場合より少ないものの相当程度の費用が必要とされている。http://www.h-hasegawa.net/hase4.htm参照。
(注9)http://www.mof.go.jp/singikai/zeicho/tosin/zeichof/z028.htm参照。
(注10)過去の例からして、内部の情報を外に漏らす公務員は少なくないので、税務署の情報だけが堅く守られていて安全ということはない(浅井逸走・浅野宗玄著「Q&A住基ネットとプライバシー問題」123頁。本書は、住基ネットや納税者番号制度のメリットを強調している)。
(注11)前掲・拙論「改正住民基本台帳法の問題点」 http://www.h-hasegawa.net/kaisei-kihondaityohou.html参照。
(注12)民間部門の個人情報保護法制化の要因として、1995年に個人データ処理に係るEU指令が出され、加盟国は第三国が十分なレベルの保護措置を確保している場合に限って当該第三国に個人データを移転することができる、とされたことも挙げられる。なお、宇賀克也外編「対話で学ぶ行政法」(有斐閣)139頁参照。EU指令についてhttp://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/doc/intnl/Direct-1995-EU.htm参照
(注13)個人情報保護法第6条「政府は、国の行政機関について、その保有する個人情報の性質、当該個人情報を保有する目的等を勘案し、その保有する個人情報の適正な取扱いが確保されるよう法制上の措置その他必要な措置を講ずるものとする。」なお、前掲「対話で学ぶ行政法」(有斐閣)140頁参照。
(注14)EU指令8条1項「加盟国は、人種、民族、政治的見解、宗教、思想、信条、労働組合への加盟に関する情報を漏洩する個人データの処理、もしくは健康又は性生活に関するデータの処理を禁止するものとする。」、イギリスのデータ保護法、アメリカのプライバシー法、東京都個人情報保護条例、神奈川県個人情報保護条例など。
(注15)OECDは、加盟各国のプライバシー保護制度が国際的な情報の流通に支障を及ぼすことを防止するため、1980年に「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのOECD理事会勧告」を採択した。この中で、プライバシーの保護と情報の自由な流通の確保という競合する価値を調和させることを目的として、いわゆる「OECD8原則」を盛り込んだガイドラインを示し、加盟各国の国内法制度に反映させることを求めた。これに対し、日本では前述したように1988年(昭和63年)に「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(改正前行政機関個人情報保護法)を制定した。
(注16)OECDは、1988年に加盟各国にアンケート調査を行い、1990年に「納税者の権利と義務」と題する報告書を発行したが、その中で、各国において納税者の権利が明確に規定され、その権利が課税当局において尊重されなければならない、と指摘している(湖東京至訳「納税者の権利と義務」全国商工団体連合会7頁参照)。
(注17)2003年4月国税庁「租税条約に基づく相手国との情報交換手続きについて(事務運営指針)」http://www.nta.go.jp/category/tutatu/jimu/sonota/1675/001.htm参照。
(注18)納税者の権利について最初にまとめられた書籍として、北野弘久「納税者の権利」(岩波新書)参照。
(注19)違法な税務調査に対して国に対して損害賠償請求を認めた事例として、京都地裁平成7年3月27日判決(タインズZ208−7484)、同控訴審大阪高裁平成10年3月19日(タインズZ231−8116)参照。
(注20)湖東、前掲「納税者の権利と義務」12頁から14頁参照。
(注21)石村耕治「先進諸国の納税者権利憲章」(中央経済社刊)、宇賀克也監修・東京地方税理士会編「税務行政手続改革の課題−税務行政手続の公正・透明化に向けて−」(第一法規刊1996年)、拙稿「『納税者の権利』制度導入の必要性−韓国における納税者の権利保障制度と比較して−」(「消費者情報」(財)関西消費者協会1999年10月号)http://www.h-hasegawa.net/syouhisyakyokai.html掲載。なお、世界の納税者憲章出版委員会・湖東京至編「世界の納税者権利憲章」(中小商工業研究所刊2002年)では、最近の主要9カ国の納税者の権利保護制度について、現地取材による報告(筆者は「韓国」を担当)をしている。
(注22)1995年までは、前掲・宇賀克也監修東京地方税理士会編「税務行政手続改革の課題−税務行政手続の公正・透明化に向けて−」参照。同書は、平成7年度日税連公開研究討論会報告資料をまとめたものである。
(注23)TCフォーラムは、税理士を中心とする個人会員のほか税理士の任意団体や各種協同組合、労働組合、消費者団体、商工団体などが団体加盟している。
(注24)前掲・宇賀克也監修東京地方税理士会編「税務行政手続改革の課題−税務行政手続の公正・透明化に向けて−」参照。なお、http://www.h-hasegawa.net/hase4.htm掲載。
(注25)http://www.h-hasegawa.net/seifukenkai html参照。
(注26)http://www.h-hasegawa.net/sitsumon2.html参照。
(注27) http://www.h-hasegawa.net/situmon3.htm参照。
(注28)http://www.h-hasegawa.net/tsusoku-dpj.htm参照。
(注29)http://www.h-hasegawa.net/jkenri-kensyo.htm参照。
(注30)http://www.h-hasegawa.net/seifukenkai4.htm参照。
(注31)東京地方税理士会WTO・規制緩和対策委員会意見書http://www.h-hasegawa.net/chihoukai-WTO.htm参照。
(注32)前掲・世界の納税者憲章出版委員会・湖東京至編「世界の納税者権利憲章」の韓国の章参照。なお、http://www.h-hasegawa.net/nouzeisya-sientyosei.htm参照。
(注33)http://www.h-hasegawa.net/hase8.htm参照。
(注34)中尾巧「税務訴訟入門」(商事法務研究会)48頁参照。
(注35)北野弘久「税法学原論(第5版)」(青林書院)484頁。
(注36)2003年(平成15年)度税制改正により租税条約実施特例法の一部が改正され、相手国から情報提供の要請があった場合の質問検査権が創設されたことは、国内法での納税者の権利保護法整備の必要性が一層高まっているといえよう。なお

(注17)参照。


(資料1)

(資料@)納税者番号制度の仕組み

(資料1)納税者番号制度の仕組み


(資料A) 主要国における納税者番号制度の概要(未定稿)
(資料B) 個人付番方式の比較

 

「 基 礎 年 金 番 号 」

「 住 民 票 コ ー ド 」

根拠規定

国民年金法施行規則(厚生省令

・住民基本台帳法

付番機関

・社会保険庁

・市町村(都道府県又は全国センターにおいても管理)

付番対象者

・公的年金加入者等(外国人も含む)

・居住者(外国人を除く)

保有情報

・番号+氏名、生年月日、性別、住所、公的年金加入情報
(注)住所の変更は、本人の届出による

・コード+氏名、住所、性別、生年月日 等

他の行政機関に提供される情報

・なし

・コード+氏名、住所、性別、生年月日、付随情報(変更年月日・理由)

番号カード

・なし

・本人の申請により発行
(注)住民基本台帳カードの様式その他必要な事項は自治省令において規定

目的

・公的年金の制度運営の一層の適正化
未加入者問題への対応供給調整の適正化 行政サービスの向上(年金相談・年金裁定)

・住民基本台帳事務の簡素化・効率化
  (転入・転出事務等)

国の行政機関等への情報提供
 (法令上明確に規定された分野に利用を限定)

プライバシー保護規定

・個人情報保護法

法律による厳格な保護措置

附則修正:

「この法律の施行に当たっては、政府は、個人情報保護に万全を期するため、速やかに、所要の措置を講ずるものとする。」旨の規定が加えられた

民間での利用

加入者本人に他に利用されないよう注意喚起

・民間による利用を禁止

検討・実施状況

8年

4月

 システム・テスト

 住所情報等収集

 広報

10月

 付番対象者確認

12月

 番号通知

9年

1月

 実施

8年

3月

 

研究会最終報告

7月

10月 自治大臣懇談会

9年

6月

住民基本台帳法の一部改正試案公表

10年

3月

住民基本台帳法一部改正法案国会提出

11年

6月

同法案、衆議院通過(附則一部修正)

8月

参議院において可決・成立 → 公布


(資料C)【納税者番号として検討する場合の個人付番方式の比較】


 

年金番号方式(基礎年金番号)

住民基本台帳方式(住民票コード)




 国民に受益を伴う行政分野で利用されているので、税務の分野での利用も比較的円滑に受け入れられるのではないか。

 基礎年金番号の民間利用について規制はなく、納税者と相手方(金融機関等)との自己証明・本人確認の場面においても活用可能である。

(←

 他方、民間における個人情報保護の問題について検討が必要。)

 外国人を除く居住者すべてが対象であり、住所異動を正確に把握できる。

 住民票コードについて法律上の根拠がある(住民基本台帳法で規定)。





 年金非対象者等については自主申請とならざるを得ないことから全国民に自動的に付番することができず、二重付番、付番漏れが生じ得る(注)。

(←

 公的年金制度に加入していない者についても、自主的に番号を取得することを促す仕組みを作ることなどによって番号制度の枠組みに取り込めるのではないか。)

 

 基礎年金番号について法律上の根拠がない(厚生省令で規定)。

 住民票コードの民間利用が禁止されているため、納税者と相手方(金融機関等)との自己証明・本人確認の場面では活用できない。

 住民票コードについては、今後の整備、定着・活用の状況等に十分留意する必要があるのではないか。

 

(←

 身近な市町村の住民票の記載事項であるため、受け入れやすいのではないか。)


(資料2)

納税者の権利憲章について

東京地方税理士会(調査研究部)1996年11月提言


はじめに

わが国の国税通則法や税法は、納税者の権利に関する具体的な規定を有していないということが判例、学説等においても指摘されてきている。とりわけ税務調査手続に関する規定や更正処分等を行う事前の手続規定を欠いていることは、納税者の権利利益の保護にとって様々な問題を提起している。

また、わが国も加盟しているOECD(経済協力開発機構)の税務委員会が1990年4月に発表した「納税者の権利と義務」のレポートを見るとわが国における納税者の権利保護の状況は加盟22国の中イタリーを除くG7国(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、イタリア、日本)と比較して遅れをとっていることが伺える。

OECDのレポートでも指摘されているように、国民の租税負担が大幅に増加するに伴い、税収の確保のための対応策として納税者に対するサービスの改善が行われ、G7国を中心に納税者の権利を保障するための「納税者憲章」や「納税者の権利宣言」が策定されてきている。

このような状況の中で平成5年(1993年)に制定された「行政手続法」が税務行政手続の大部分についてその適用を除外してしまったことは、税務行政手続の「公正性の確保と透明性の向上」を図り、もって納税者の権利利益の保護に資するという方向に対して、後退してしまったものという批判がなされなければならない。

東京地方税理士会は、かねてより税務行政の適正手続の保障に関する研究を行い、「税務行政手続に関する要綱案」を含む意見書を発表してきた。また、平成7年の日本税理士会連合会主催の公開研究討論会においては、「納税者の権利保障制度」についての論文を含む「税務行政改革の課題−税務行政手続の公正透明化に向けて」と題する研究発表を行っている。

納税者の権利保障制度は、税務行政の適正手続保障の法的整備の問題だけではなく、租税立法過程での納税者の意見聴取のあり方、税金の使途についての納税者の監視のあり方、税務情報の保護およびプライバシーの問題、税務行政に対する苦情処理手続の問題さらには税務行政庁の処分に対する権利救済手続の問題等幅広く納税者の権利について検討されなければならない。

以上のような観点から、東京地方税理士会調査研究部は、わが国の納税者の権利に関する現状を考慮し、OECDの「納税者の権利保護の基本原理」を参考にしながら「納税者の権利憲章要綱案」をまとめ、これを提示することとした。

先進諸国に見られる納税者権利憲章の採択方法としては次の3つの方法がある。

(1)政府の政策方針または課税庁の政策宣言として憲章を制定しそれに従って税法の中にある手続規定を整備する方法(カナダ、イギリス型)。

(2)まず租税手続法を制定しそれに基づき一般国民・納税者向けの簡易かつ非専門的な文体の宣言文を作成し憲章として公表する方法(フランス型)。

(3)まず納税者基本法として「納税者権利保障法」ないし「納税者権利章典法」などを制定しそれを税法の手続編ないし通則編に挿入して改正するとともにその趣旨を一般国民・納税者向けの簡易かつ非専門的な文体で書かれた宣言文を作成して公表する方法(アメリカの諸州型)。

わが国の場合には、成文法主義を採っていることから、例えば土地基本法が制定されそれに基づき税法をはじめ多くの法律に影響を与えたように、まず「納税者権利基本法」を制定して、納税者の権利に係る租税立法過程から税務行政手続および税金の使途に至るまでの基本的事項を定める方法が適切であると考えられる。

その基本的内容については次のような「納税者の権利憲章要綱案」が参考にされなければならない 

納税者の権利憲章要綱案

前文

納税者の権利とは、(1)租税実体法の定めを超えて租税を課されない権利、(2)租税手続に関する法律の定める手続的保障を受ける権利、(3)その他憲法に定める国民の権利の保障を受ける権利をいう。

近年の国民の租税負担の大幅な増加とこれに伴う税収確保は、諸外国のみならずわが国においても重要な課題となっており、国際的にも租税国家としてのわが国において、納税者の権利が確立されるとともに、また、納税者は適正な納税義務の実現を図るために協力しなければならない。

納税者の権利は、租税立法過程、税務行政過程および税金の使途に至るまで尊重されなければならず、そのため政府は、速やかに納税者の権利保障制度を確立するための方策を講じなければならない。 納税者の権利保障制度を確立するためには、次に述べるような納税者の基本的権利が定められなければならない。

1.税務に関する情報を受ける権利

納税者は、租税制度および税額計算方法に関する情報を受ける権利があり、税務行政庁は、すべての通達等の税務情報を公開しなければならない。

(理由)租税制度および税額計算に関する最新の情報は、適正な納税義務の実現を図るために必要であり、そのために税務行政庁は、すべての通達等の税務情報を公開するとともにこれを平易な文体で納税者に知らしめなければならない。

2.自ら申告し納税する権利

納税者は、法律で定めるところにより、自らの所得を計算し納付すべき税額を決定する権利を有する。

(理由)国税についての税額の確定手続は、原則として申告納税方式が採用されなければならない。申告納税制度は、納税者が自己の所得を計算し納付すべき税額を決定するものであり、このことにより、納税者・国民が国の財政に積極的に参加するとともに適正な納税義務の実現を図ることを促進することができる。

3.適正な税額以外を支払わない権利

納税者は、法律の定める範囲以内において、その税額を適正かつ最小限に納める権利を有する。このためには、税務行政庁は、納税者に十分な資料を提供するとともに必要な援助をしなければならない。

(理由)憲法第84条の「租税法律主義」は、法律の定めを超えて租税を課されることのない権利を含むものである。また、適正かつ最小限の税額を納付するためには、税務行政庁の十分な資料の提供がなければならない。

4.公正・公平かつ丁重に扱われる権利

納税者は、租税立法および税務行政手続において公正・公平に対処されるとともに、税務行政庁との対応においては、丁重に処遇される権利を有する。

(理由)納税者は、租税法において公正・公平に取り扱われることはもちろん、税務行政庁から税務情報を求められたり、質問・検査を受けるときにはいつでも礼儀と尊敬の念をもって対応される権利を有する。

5.適正手続を保障される権利

納税者は、税務行政庁の調査に際し事前に通知を受け、その調査の必要性・範囲の開示その他適正な手続を受ける権利を有する。また、納税者は、税務行政処分等に際して、事前に弁明する権利およびその処分理由を具体的に文書で開示される権利を有する。

(理由)納税者に一定の義務を課する質問検査権の行使は権力的行為であり納税者の権利保護が問題となる重要な場面でもある。従って手続の公正性と透明性を図るためには質問検査権の行使の要件が具体的に定められなければならない。また、納税者に財政的な義務を課する更正処分等の行政処分に際しては、手続の公正性・透明性はもとより、手続の慎重さを期するためにも事前に弁明し、その処分理由を文書をもって具体的に開示される権利がなければならない。

6.オンブズマンに対して苦情を申立てる権利

納税者は、税務行政庁の対応について苦情がある場合には、税務行政庁から独立したオンブズマン(苦情申立処理機関)に対して、苦情を申し立てる権利およびその改善を求める権利を有する。

(理由)税務行政に関して、通知等の遅れや不注意による誤り、無礼な言行ないし税務行政庁の裁量の適否等について、納税者からの苦情(不満)を適正な手続により処理できる中立的な機関が必要である。納税者の税務行政に対する信頼を高めるためには、このような苦情を適切に処理することであり、税務に関するオンブズマン制度は、行政として諸外国においても採用されている。

7.独立性を有する機関に不服申立ができる権利

納税者は税務行政庁の処分に対して国税庁から独立した不服審判所に対して不服を申し立てる権利を有する。

(理由)現在のわが国の国税不服審判所は、国税庁長官の通達の解釈と異なる裁決を下すことが困難である。納税者から信頼される公正な救済機関として、不服審判所は国税庁から独立した機関として位置づけられなければ、権利救済機関としての役割が十分なものということができない。

8.租税立法に参加できる権利

納税者は租税立法に関する情報の開示を受けるとともに十分に意見を述べる機会が与えられる権利を有する。

(理由)適正な納税義務の実現および税収の確保を図るためには、多くの納税者が納得する税制でなければならない。租税立法に関し多くの納税者の合意を得るためには、税制に関する情報を開示するとともに、納税者が十分に意見を述べる機会が与えられる納税者参加制度が構築されなければならない。

9.税金の使途を監視する権利

納税者は、税金の使途について憲法および法令に適合しないと思われる場合には、会計検査院等に対して不服申立て又は苦情を申立てる権利を有する。また、納税者は税金の使途を監視するために納税者訴訟権を有する。

(理由)税金が国民のために適正に使われなければならないことは、憲法第83条以下に定めるとおりであるが、税金が違法ないし不正に使われたと思料される場合に、納税者が会計検査院または国が設置するオンブズマン等に不服ないし苦情を申し立てる制度が、納税者の権利として認められなければならない。この権利は司法の上でも納税者訴訟権として確立されなければならない。

10.秘密保持およびプライバシーの保護を受ける権利

納税者は自己の税務情報に関し法律の定める目的以外にその情報を利用されない権利を有するとともに税務行政庁はその秘密を保持しなければならない。また、納税者は自己の税務情報にアクセスしその訂正を求める権利を有する。

(理由)先進国では、自己に関する情報は、自らコントロールするという権利が情報プライバシー権として認められるようになり、個人情報の自己管理権として確立されてきている。高度情報化社会においては、税務行政庁には納税者の情報が容易に収集されるようになる。税務行政庁において、納税者の情報は、その利用が厳しく制限されるとともに、納税者には自己の情報にアクセスし、その情報の訂正を求める権利が付与されなければならない。

(資料3)

税務行政における国民の権利利益の保護に資するための

国税通則法の一部を改正する法律案」(抄)

 国税通則法(改正後の姿)
  第一章 通則 

 第一節 総則
(目的)第一条 この法律は、国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備し、かつ、国税に関する法律関係を明確にするとともに、税務行政の運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の納税義務の適正かつ円滑な履行及び国民の権利利益の保護に資することを目的とする。

(第二条〜第四条 略)
 第一節の二 税務行政の基本理念等
(税務行政運営の基本理念)
第四条の二 税務行政の運営は、国民の納税義務の適正かつ円滑な履行が確保されるよう、公正を旨として行われなければならない。
2 国税当局は、その職務の執行に当たっては、国民のプライバシーを尊重しなければならない。
3 国税当局は、税務行政に関する国民の理解を得るため、必要な情報の提供を行うとともに、税務行政に関する国民の意見、苦情等に誠実に対処しなければならない。
4 国税庁、国税局、税務署及び税関並びに国税不服審判所の当該職員は、その職務の執行に当たっては、国民の権利利益の保護に常に配慮するとともに、国民が納税に関して行った手続は、誠実に行われたものとして、これを尊重することを旨としなければならない。
(税務行政運営の基本方針)
第四条の三 国税庁長官は、前条に定める税務行政運営の基本理念にのっとり、税務行政の運営の基本となる方針を定め、これを公表しなければならない。

(納税の主体たる国民に対する文書の作成及び普及)
第四条の四 国税当局は、第四条の二に規定する事項及び納税の主体たる国民の権利利益の確保のために必要な事項の概要に関する文書を作成し、普及しなければならない。
2 前項の文書は、納税の主体たる国民の立場に立って、平易な表現を用いたものでなければならない。

(中略)
  第二章 国税の納付及び徴収
 (第一節〜第三節 略)

 第四節 質問又は検査の事前通知等
(税額の確定に係る調査等のための質問又は検査の事前通知等)
第三十三条の二 国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員は、納付すべき税額の確定に係る調査等のための所得税法第二百三十四条第一項その他の政令で定める国税に関する法律の規定による質問又は検査(以下この条及び次条においてそれぞれ単に「質問」又は「検査」という。)をしようとする場合には、質問又は検査をする日の十四日前までに、その相手方に対し、次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。ただし、検査をしようとする物件が隠滅される等調査の目的を達成することが著しく困難になると認めるに足りる相当な理由がある場合は、この限りでない。
 一 相手方の氏名(法人については、名称)

及び住所又は居所
 二 当該職員の氏名及び所属する官署
 三 調査を必要とする理由
 四 質問又は検査の根拠となる法令の条項
 五 質問をする事項又は検査をする物件
 六 質問又は検査をする日時及び場所
 七 次項に規定する変更の申出に関する事


2 前項の通知を受けた者は、当該通知をした国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員に対して、質問又は検査をする日時又は場所の変更を申し出ることができる。
3 国税庁、国税局、税務署又は税関の当該職員は、第一項ただし書に規定する場合において、質問又は検査をしようとするときは、その相手方に対し、同項第一号から第五号まで及び第八号に掲げる事項を記載した書面を交付しなければならない。

(税額の確定に係る調査の結果に関する情報の提供)
第三十三条の三 国税庁長官、国税局長、税務署長又は税関長は、当該職員が質問又は検査を行った場合には、当該質問又は検査の相手方に対し、当該質問又は検査に係る調査の結果に関する情報を提供するものとする。
(以下、略)

(はせがわ ひろし  朝日大学大学院法学研究科客員教授(税理士))