ベトナム
Vietnam


はじめに  

 今回訪問した3カ国のうち、ベトナムは中国に次いで、現在脚光を浴びている。

 市場型経済に転換するドイモイ(刷新)政策が成功し、識字率88%と先進国の水準にある優秀な人的資源も魅力である。最初の訪問先、ホーチミン経済大学の学生諸君の希望に燃えた瞳は、日本の明治維新の志士を彷彿させた。3万8千人の大学生の代表、教授、副学長との意見交流会での「21世紀はベトナムの時代です」との言葉は、印象的であった。

 次に訪問したベトナム商工会議所(VCCI)、ベトナム計画投資省(MPI)は、外国資本の投資計画の認可権限を持っている機関であるが、若い官僚の熱心な国家の経済、投資計画のレクチャーに圧倒された。順調に成長を続けるベトナム経済だが、現実にはインフラ整備の遅れや法律の未整備など問題点が多い。

 訪問した日系企業はウィフコ(WINE FOOD Co.)で、インスタントラーメンの具に使う乾燥野菜などを取り扱っていた。一昨年訪問した中国の深土川三洋電機有限公司、天津ハナコ・メディカルなどに比べると格段の差異を感じたが、今後は侮り難い経済大国となる可能性を秘めており、中国に追いつき追い越せの気概を有していると思った。

 翌日はホーチミン市を大急ぎで半日観光した。トング・ニヤト宮殿(The Reunification Palace)、戦争犯罪博物館(The Museum of Crimes of Aggression War in Vietnam)、ホーチミン記念館(The Ho Chi Minh Museum)を見学したが、いずれもベトナム戦争の傷跡であり、赤レンガ造りの優美な聖母マリア教会をバスから礼拝し、やっと心の痛みを癒した次第である。

 とにかく洪水のような自転車とオートバイの流れで、開発ラッシュの活気と喧噪に包まれた暑い街は、夜遅くまで留まるところを知らなかった。

(文責:副団長 鈴木 保)

 

T 自然と社会

 

1 地理

 面積33.1万平方キロメートル(日本の面積より九州分だけ少ない)。北部は中国と接する山岳・高原地帯であり、南部は広大なメコンデルタ。日本から約3,600Km。飛行機で約6時間。時差は2時間。(日本の正午がベトナムでは午前10時。)気候は温帯の北部、熱帯の南部、高原の中部と別れ、動植物は非常に多様。

2 人口

 7,250万人(94年)男性3,538万人、女性3,712万人。人口増加、農村から都市への人口流入の問題がある。

3 通貨

 ドン(硬貨はない)。1ドル=約11,000ドン。米ドルも流通している。

4 教育

 小学校5年、中学校4年が義務教育、中退も多い。国民の識字率88%と高い。大学数109。

5 宗教

 仏教55%、カトリック教7.4%、カオダイ教2.5%、ホアハオ教2.5%。中国とインドの両文明の接点であり、仏教・儒教の文化が中心。

6 歴史

 1940(昭和15)〜45年  日本占領時代

 1945(昭和20)〜54年  第一次インドシナ戦争の時代

 1955(昭和30)〜60年  国造りの時代

 1961(昭和36)〜75年  ベトナム戦争の時代

 1976(昭和51)〜85年  社会主義の実現を目指した時代

 1986(昭和61)〜     ドイモイの導入から定着へ

7 資源

 天然資源は豊富である。北部と中部には巨大な鉱石と鉱物の層があり、3,000キロにわたる海岸線の沖合には巨大な海底油田層と天然ガス層が存在している。肥沃な土壌に恵まれ、農業の潜在力も巨大である。

8 雇用

 向学心に富み、勤勉で忍耐強い国民性は日本人とよく似ている。失業率は実際には20%程度と言われており、買い手市場であるが、外国語ができたり、経理事務等の能力を持っている人は少ない。一般職の月給約50〜70米ドル、通訳・秘書約200〜300米ドル、技術者・管理職約300〜400米ドル。

 

U 政治

 

1 国家組織

 社会主義共和国(ベトナム共産党の指導)。党政治局が国家計画、経済計画、国家予算その他の基本的事項の目標を提示し、国会(小選挙区395内女性133)で審議、立法化され、政府が執行する。ベトナム共産党書記長(ド・ムオイ)、内閣首相(ボー・バン・キエト)。

2 政情

 共産党一党独裁の下で、治安は安定している。ドイモイ政策を積極的に進め対外開放の姿勢を示す。カンボジア和平達成以降は中国との関係も改善している。旧ソ連・東欧の崩壊後、西欧諸国との国際交流が活発。米国との国交正常化。95年7月にASEANに正式加盟。

 

V 経済

 

1 経済政策

 1986年ドイモイ(刷新)政策により市場経済導入。

(1)計画経済から市場経済体制への移行

  物価・為替レート・金利の市場価格制、対外貿易の自由化、株式市場の設立

(2)国営企業の経営自主権の拡大、民営化

  経営計画・市場への参入・価格・生産・人事・賃金の決定の自由化

  独立採算制、補助金の廃止、民営化、解散

(3)所有制度の改革

  私的・個人所有など多様化の是認、外国企業の完全出資・合弁企業の設立、

  売買、請負、賃貸、株式会社化、土地の長期貸与や使用権での利用

(4)対外経済関係の開放政策

  外資の積極的導入、アジア太平洋諸国を中心とする西側諸国の貿易拡大

(5)農業改革

  農地の長期使用権、農産物の生産と販売の自由

2 経済指標(1995年)

 経済成長率  9.5%(農業5%、工業15%、サービス業12%)

 インフレ率  12.7%

 貿易収支   △23億米ドル

 GDP    202億米ドル

 歳入36億米ドル・歳出43億米ドル(94年)

 貿易額は20%増。輪出品は米の世界第3位を始め、原油、石炭、錫、水産品、縫製品がある。 輸入は石油、自動車、セメント、肥料等である。

3 問題点

 @国営企業の経営の悪化、A所得格差の拡大、Bインフラ整備の遅れ、C法律の未整備、D環境保護、E教育環境の改善、F人口の増加等が指摘されている。

(以上文責:東京会 高見沢啓助)

 

W 税制

 

 ベトナムにおいては既にわが国の所得税、法人税、消費税、関税に相当する税制が一応立法化されている。

1 利益税

 利益税はわが国の法人税に相当する税であり、事業活動から生じた純利益に対し課税される。国内企業の場合の税率は、重工業25%、軽工業35%、サービス・金融業45%と業種によって異なっているのが特徴である。

 課税年度、会計上の事業年度は原則として歴年である。それ以外の期間を採用するためには財政部の承認が必要である。

 課税所得は事業収入から所定の原価、費用を控除したものである。控除項目は限定列挙され、すべて証憑書類による裏付けが必要である。支払利息も制限がある。

2 外資系企業への租税優遇制度

 外国投資法で、外国投資事業の所得に対する利益税の税率を、10%から25%までと規定している。利益税はわが国の法人税に相当する税であり、国内企業の場合は25%から45%までの税率であるから、外資企業に対しかなりの優遇をしていることになる。

 外国(合弁)企業に対する標準税率は25%であり、優遇税率は20%、15%、10%に別れている。どの税率が適用されるかは、投資プロジエクトをベトナム計画投資省(MPI)に申請しその認可を受ける際に、利益税の税率も同時に決定される仕組みになっている。

(1)[20%適用業種]以下の条件を2つ以上満たす事業。

 *従業員500人以上 *先端技術を使用 *製品の80%以上を輸出

 *資本金1,000万ドル以上

(2)[15%適用業種]以下の事業

 *インフラストラクチャーの建設 *天然資源の開発 *山間部等条件の厳しい地域への投資 *重工業 *事業終了時に政府に無条件に引き渡す事業

(3)[10%適用業種]以下の事業

 *山間部等条件の厳しい地域のインフラストラクチャーの建設

 *植林 *特に重要とみなされる事業

(注)税率の優遇以外に、利益が発生した年度から1年から4年間の免税、その後2年から4年   間の減免制度がある。

3 申告・納税

 外資系企業は、計画投資省(MPI)から投資許可が下りた後、所轄の人民委員会の税務当局に登録し、所得の申告・税の手続きをすることになる。

 税務当局は税の申告の受付けをし、税額の決定、賦課、徴収を行う。外資系企業は、毎期公認の監査人の監査証明を添付した財務諸表を税務当局に提出しなければならない。税務当局はその財務諸表を基に課税額の算定を行うのである。

4 個人所得税

 所得税は給与、賃金、利益税の対象とならない事業・役務の対価として受けとる定期所得と、使用料、手数料収入などの不定期所得も対象になる。定期所得と不定期所得は適用される税率が違い、外国人に対する税率も別になっている。

 定期所得に対してベトナム人は10〜60%、外国人は10〜50%の税率が適用される。ベトナム人は120万ドンまでが非課税であり、外国人は500万ドンまでが非課税というように、かなりの差がある。

 定期所得の個人所得税は、前年度の申告額を基礎として、一月毎に予納され、年度末に年間所得を計算し申告書を提出する。不定期所得は所得が発生した都度、申告・納税する必要がある。 外国人駐在員はベトナムを源泉とする所得に課税されるのであるが、最近、税務当局によりベトナム国内で受けとる給与だけでなく、本国で受けとる格差補填金や、留守宅手当も課税所得に含めるべきであるという指摘が行われ、大きな問題になっている。1996年11月5日の日経夕刊によれば、日本企業で過去に溯って数億円の税を支払った例もあるようである。

5 その他の税金

(1)送金税

 外国の企業、個人が得た利益を外国に送金する場合に送金税が課税される。送金の都度源泉徴収して納税する。税率は次のように資本金により異なっており、計画投資省が発行する投資許可証に明記されている。

 出資金額1千万ドル超の者     5%

     500万〜1千万ドルの者  7%

     500万ドル以下の者  10%

(2)売上税

 売上税は企業の売上高に対し課税され、業種により次のように税率が異なっている。

 製造業     0〜20%

 商業・小売業  1〜25%

 レストラン   4〜10%

 サービス業   0〜40%

 建設業     3〜5%

 輸出関税の対象になる製品、特別消費税の対象になる製品、農業税の対象になる農産物には課税されない。

(3)特別消費税

 特別消費税は主として奢侈品に課税される。小売価格に、煙草32〜70%、アルコール25〜90%、ビール75%の税率を乗じて課税される。

(4)関税制度

 基本的にすべての輸出入に課税され、関税収入は1994年で政府の税収人の34%を占めている。通常税率は1%から200%の範囲であり、1995年の自動車の輸入60%、カラーテレビの輸入15%。輸出入関税は毎年のように改正が行われている。生産に要する原材料等には優遇税率が適用される。

6 会計制度

 ベトナム独自の会計基準は現在のところ確立されていない。外国企業が投資の認可を受ける際に通用する会計制度、帳簿組織、勘定科目、会計報告の様式等を届け出ることになっている。一般に公正妥当な会計基準であれば、各国の会計基準は認可されている。

(注1)ベトナムの税法は毎年改正が行われ、その翻訳はすぐには行われないので、最新の情報を入手するのが困難である。本書では1995年度の資料を基にしてある。

(注2)1996年10月2日の日経朝刊によれば、外資の優遇措置は一部過疎地への投資などを除いて廃止する方針をベトナム政府が決めたことを伝えている。

(以上文責:東京会 井上徹二)

 

V 投資

 

1 一般的事項

 6月から7月にかけて首都ハノイで、第8回ベトナム共産党大会が開催された。今大会ではドイモイ(刷新政策)路線の継続を確認した。このことは投資家にとっては安心材料である。

 そのドイモイ10年の成果としては、@中国との友好関係回復、AASEAN加盟、B越米関係を正常化、C91〜95年のGDPは、年率6%増の目標に対して8.2%増を達成したこと等である。

 今後2020年までの目標としては、@2000年まで、年平均9〜10%の経済成長を目指す、A2020年までに工業国となるよう努力する、B非国営分野が増加するが、国営企業が主導的役割を果たす、としている。

2 日本企業の投資動向

 日本の対ベトナム援助は世界一である。ベトナム最大の輸出品である原油の大半を買っており、その他水産物、繊維製品の買い付けも多く、ベトナム輸出品の最大の輸出先である。

 対日感情は非常に良い。数年前ドイモイの始まる頃、あるベトナム人が日本を訪問した時の印象を、「日本は自分達が教えられた最終段階の社会主義国(物が豊富で国がきれい。自由な国)の様だ」と言っていたことがある。

 訪問した日系企業、WINE FOOD Co.(ウィフコ)は三菱商事、宝酒造など6社が出資して95年6月に操業を開始した。主な扱い品は乾燥野菜であり、すべて日本へ輸出している。日本ではインスタントラーメン、みそ汁等に使っている。

 ロッテと日商岩井はベトナムでハンバーガーなどのファストフード店「ロッテリア」を展開する。97年5月にホーチミン市に第一号店を開き、5年後には50店に増やす予定(1996年9月7日、日経)。

 自動車アンテナの大手、原田工業はベトナムに工場を建設する。12月に全額出資子会社を設立、約6億円を投じ、97年秋に稼働させる予定(1996年9月12日、日経)。

3 日本企業以外の国の投資動向及び経済交流

 日本以外の国の投資動向等は次のとおり。

(1)アジア各国

 シンガポールとは貿易量が第一位。台湾はベトナムへの投資が第一位。韓国は繊維、鉄鋼、石油、建設など各分野で積極的である。但し、韓国系の工場は労働条件をめぐり、ストライキが多い。香港、シンガポール、台湾は未認可で駐在員事務所を開設するなどで摘発されるケースがある。

(2)中国

 最近の越中関係は良好とのことである。ただし両国国境での密貿易が盛ん。ベトナムより米、農産物が中国へ、中国より繊維、化学製品がベトナムに入っており、ホーチミン市でも中国製品が多数売られている。

4 外国投資奨励策

(1)外国投資法

 1986年12月の第6回共産党大会で採択されたドイモイ政策に基づき、1987年末、外国投資法が新たに制定され、91年2月に一部が改定された。

(2)計画投資省(略称、MPI)

 投資案件審査の権限強化を目的として、95年11月に設立された。

(3)重点投資奨励業種(投資法第3条)

 @経済的波及効果の大きい大型プロジエクト、外貨節約に寄与する輸入代替型の製造業、外貨獲得に寄与する輸出指向型の製造業

 A雇用促進に寄与する分野

 Bベトナム国内の原材料を活用した労働集約型産業

 Cインフラ建設

 D観光、サービス業等外貨獲得に繋がる分野、チェーンレストラン

(4)投資形態(投資法第4条)

 @合弁会社の設立(外貨出資比率最低30%)

 A100%外貨企業

 B契約に基づく事業協力(外貨の移動は伴わない)

(5)投資優遇策

 一定の要件を満たした投資について、法人税(利益税)の減免等の税制上の優遇の適用がされる。詳しくは上記の税制の項を参照。

5 ベトナム企業の概要

(1)3種類の企業形態

@国営企業

 独立採算性だが、経営が甘く、赤字でも幹部が責任をとらない。会計制度もあいまい。半分は赤字のようだ。赤字は例えば輸入ライセンスを特別に与えて補填させるなどしている。土地などの資産は持っている。人事権は上部の管轄する省ににぎられている。最近、国営企業の民営化が叫ばれているが、一部に反対もある様で、民営化はあまり進んでいない。

A地方の市や省が管理・所有する企業

 上記@と同じ問題がある。

B民間企業

 最近増えてはいるが、まだ力はない。

(2)企業のトップと従業員

@経営陣は北部出身者が多い。ソ連東欧で5〜7年勉強したエリートが、現在の市場経済にうまく適応できない場合がある。

Aホーチミン市の企業の場合、従業員は南ベトナム人。上司の命令は聞くが、下の意見が上に上っていかないケースもある。しかし最近は意欲的で、能力のある南ベトナム人が企業のトップになるケースが見られるようになった。

6 その後の情勢の変化

 発展途上国にはつきものの法律や諸制度の改変、ベトナムもその例外ではないようだ。投資をするには最新の情報収集が必要である。

 訪問後の新聞報道からその動きを追ってみた。

(1)米企業投資ベトナムで中止・延期続出(1996年10月21日日経)

 米企業最大案件だったリゾート開発が資金問題で白紙になる可能性がでているほか、オキシデンタル・ケミカルやクライスラーも事業の中止や延期を相次いで決めた。いずれも米国勢の投資額上位3位までの案件であり、米企業の今後の対越投資に悪影響を及ぼしそうだ。

 理由は@政府の認可乱発による市場環境の悪化、A投資手続きの長期化、不透明な制度などが挙げられる。

(2)外資選別を強化(1996年11月9日日経)

 ベトナム国会は8日、外国投資法改正案を採択した。投資の選別を強め、森林関連、山岳地帯、農業・水産、先端技術を活用する業種、多くの労働者を活用する業種、輸出指向型、インフラ建設、輸出加工区等への投資を重点分野と定めた。

 個別の具体的税率や免税期間は、政令によって決められる。

 これまでは、ハノイ、ホーチミン市など都市部に投資が偏重していたが、これを地方にも振り向け、工業用地などに先端企業を呼び込み、投資規模の拡大を図る狙いだ。

(以上文責:東京会 三浦 繁)

参考文献

 白石昌也他監修「ベトナムビジネスのルール」日経BP出版センター

 窪田光純「躍動する国ベトナム」同文館

 ジェトロ「ビジネスガイド ベトナム」日本貿易振興会

 監査法人トーマツ編「海外税務ハンドプック」税務研究会出版局

 ベトナム商工会議所「ベトナムへの投資案内」ベトナム商工会議所特許部