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税制研究49号(2006年1月論稿)

わが国の「たばこ税」と「たばこ文化」に関する一考察


長谷川 博


1.はじめに
 政府税制調査会(首相の諮問機関)は2005年11月22日の総会で、2006年度税制改正の指針となる答申の素案を策定したが、総会終了後に会見した石弘光会長(中央大特任教授)は、与党内で目的税化構想が急浮上しているたばこ税の引き上げについて将来の課題として答申に盛り込まず、今回は見送ることにしていた。
 しかし、政府・与党は、「2006年(平成18年)度与党税制改正大綱」の発表前日の平成17年12月14日、たばこ税を1本当たり1円引き上げ、たばこ1箱で20円(2006年7月から)の値上げを決定した。
 たばこ税の引き上げには、自民党税制調査会(柳沢伯夫会長)は、同月8日、たばこ税率の引き上げを見送る方針を固めていたが、14日、断続的に開かれた政府・与党協議で決められた。
 たばこ税の増税は、児童手当の支給対象を現在の小学校3年生から6年生に拡大する財源として公明党が求めていること、また、小泉総理が来年度の新たな国債発行を抑制して30兆円に近づけるよう指示しているため、財務省は、当初使途を限定することに難色を示していたが、谷垣財務大臣も結局税率引き上げの理解を求めるようになった。
 この増税に伴い、児童手当を受けられる世帯の所得制限は、サラリーマンの標準世帯の場合、現在の年収780万円から860万円未満に、自営業者は596万円から780万円に緩和され、現在85%の支給率は約90%まで高まる見通しである。
 たばこの現行税率は、国・地方合わせて1本あたり7.892円、税収は約2,2兆円で、1本あたり1円の増税で約2,700億円の増税となる。(平成17年12月15日・16日新聞・TV報道参照)。
 たばこ税の増税は、与野党の国会議員約70人でつくる「禁煙推進議員連盟」(会長=綿貫民輔・国民新党代表)が、同年11月22日、たばこ1本あたり約10円の値上げを自民党税調などに要望し(実現すると1箱で約200円の値上げ、増税規模は約2兆円を超える)、また、生活習慣病対策などの観点から自民党厚生労働部会の議員連盟もその値上げを要望していることもあり、喫煙抑制につなげて医療費を抑制する狙いもあった。
 たばこ・喫煙をめぐる問題は、嫌煙権・喫煙権論、健康有害論や嗜好品としての有用性など多くの議論があり、また、米国を初めWHO(世界保健機関)の喫煙に対する規制が強まってきているが、現代高度産業社会の病理現象と関連する問題も包含している。本稿では、たばこ税と関係するたばこの歴史・文化についても考察し、今後のたばこ税のあり方の議論の参考に資することを視野に入れて論述してみたい。(以前からたばこ税も入れた、わが国のたばこに関する社会学的考察をしてみようと考えていたので、この機会に今日までの筆者の素描を論じてみる。)

2.たばこ税
(1)たばこ税の歴史
 1898年(明治31年)日清戦争後の財政的要請で「葉煙草専売法」が施行されが、葉たばこの密耕作や横流しが横行し、目標の税収を得ることができなかった。その後、欧米のたばこ資本(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ社)が国内のたばこ産業を支配するおそれが生じ、また、日露戦争の戦費を調達する必要にも迫られ、政府はたばこの製造専売にふみ切り、1904年(明治37年)7月「煙草専売法」が施行され、原料葉たばこの買い上げから製造販売まで国の管理(製造専売)で行われることになった。
 1937年(昭和12年)に始まった日中戦争は、やがて太平洋戦争へと拡大し、戦争中、物資は軍需用優先となり、資材の節約が励行された。たばこは、銘柄の削減と包装の簡易化がすすみ、印刷も一色刷りになった。一方、軍事費確保のため通常の税金のほかに戦時負担金が付加され、英語の使用禁止により名称の変更も行われた。そして、戦争の激化によりたばこも不足し、1944年(昭和19年)からは配給制になるとともに「イタドリ」などの代用葉が混入された。
 1949年(昭和24年)の「たばこ専売法」による専売制度のもとで日本専売公社がたばこの製造を独占し、その利益を専売納付金として国庫に納付していたが、1985年(昭和60年)に日本専売公社が民営化されて日本たばこ産業株式会社(JT)となった際、従来の専売納付金制度に代わり「たばこ消費税」が創設され、JTにたばこ消費税が課されるようになった。
 その後、1988年(昭和63年)の消費税導入に伴い「たばこ税」に名称変更された。国税分は、旧国鉄債務返済に充てる「たばこ特別税」(1998年(平成10年)創設)を含めて製造業者などが納付し、1954年(昭和29年)以来、専売公社に課されていた地方税分は、卸売業者が売り渡し先の小売店がある都道府県(「都道府県たばこ税」)や市町村(「市町村たばこ税」)へ納める仕組みとなっている。これに、「消費税」(国税4%・地方税1%)の負担が加わり、これらの税収合計は、2005年度で約2兆1,800億円(国税・地方税の比率は約半分)である。たばこ税の国税に占める割合は酒税の約半分(1.8%)である。

(2)たばこ税の性格
 たばこ税は、所得税のような納税義務者と税の負担者が同じくなる直接税とは異なり、納税義務者は、製造業者や卸売業者(輸入たばこは輸入者)等の事業者(現実にはJT)であり、消費者(喫煙者)が税を負担する間接税である。
 わが国には消費税制定前、物品税をはじめとして多数の個別消費税があったが、その大部分が消費税に吸収され、現在残っているのは、酒税、たばこ税および石油関係税である。これら三種の個別消費税が存続しているのは、これら課税物件の税収潜在力が特に大きいためとされ、あわせて、これらの消費を多少とも抑制するねらいがある。
 これら三種の物品に対しては消費税も課税されるが、消費税はこれら固有の税額込みの価格を課税標準として課されている。たばこ税など三種の租税の税率は、消費税導入後、従量税と従価税の併用方式から従量方式一本になった(たばこ税は、1000本あたりの金額で表示)。
消費者が負担するたばこ税の負担率は、現在、1箱270円の約63%であり、他の個別消費税のガソリン52%、ビール43%よりも高負担となっている。
 たばこ税は、その歴史から見て戦費調達の目的や酒税などの嗜好品に対する課税と同じ性格を有していたが、今回の増税では、児童手当の支給対象を拡大する財源となったので、特定の使途のための目的税としての性格を有するようになった。また、今後も前述したように、喫煙抑制につなげて医療費を抑制するための増税という狙いも残っており、目的税の性格が強くなったと解される。
 たばこ税は、増税への反発が比較的少ないため、これまでも旧国鉄債務の返済原資を賄うために増税(たばこ特別税の創設)されるなど、財務当局にとって使い勝手が良い「打ち出の小槌」の役割を担わされてきた。
 「本来のたばこ税のあり方を、まず中長期的にどのように考えていくべきかという議論が先にあって、また、児童手当は児童手当で少子化対策をどうするのかという議論が先にあって、その中で決まっていくべきもの」(日本総研・湯元健治 調査部長)であるが、児童手当とたばことは全く関連がなく、党利党略、数合わせの理念のない増税であるという批判がある(12月15日TBS報道参照)。
 また、喫煙に対する規制が強くなっている現在、喫煙者(たばこ税負担者)にとっては、肩身が狭いという意識も重なり立場が弱い者への増税という受け止め方が多数であり、声を大きく批判できないのが現状でもある。
 このような、たばこ税の性格を考えると、今後は、たばこ税負担者の立場も考慮した対応・対策が必要である。

3.嫌煙権・喫煙権をめぐる訴訟
 わが国の「嫌煙権」を求める市民運動は、1978年(昭和53年)2月の「嫌煙権確立をめざす人びとの会」(10数名で結成)が始まりとされる。同年4月には「嫌煙権確立をめざす法律家の会」も設立され、さらに5月には「嫌煙権確立を支持する国会議員の会」も発足している。これは、後記WHOの動きと関係しているといわれる。ここでは、わが国の嫌煙権たばこ訴訟について紹介する。
(1)嫌煙権訴訟(東京地裁昭和62年3月27日判決・判例時報1226号33頁)
「嫌煙権確立をめざす人びとの会」と「法律家の会」が1980年(昭和55年)4月7日(世界保健デー)に市民運動の一環として旧国鉄に対して全列車の客室のうち半数以上を禁煙車にすることと、過去にこうむった健康上の被害に対して旧国鉄・国・日本専売公社(日本たばこ産業株式会社)に損害賠償を求めた事件。(請求棄却、控訴せず)
<判決要旨>
「たばこの煙に晒されると健康を害し、何らかの病気にかかる危険が増加するとすれば、それは人格権に対する侵害である」とし、「人格権に対する侵害があることを根拠としてその侵害行為の差止め、又はその予防のために必要な措置をとることを請求するについては、その必要性と相手方に与える影響とを考慮すると、その請求者がその侵害を受けることがあり得るという抽象的な可能性だけでは足りず、現実にその侵害を受ける危険がある場合であることを要する。」とし、この一般論を踏まえて、「国鉄の運行する列車は人の移動する手段として唯一のものでもなく、必ずしも最有力のものでもない。また、禁煙列車や禁煙時間の選択により、たばこの煙に煩わされることなく移動ができる余地が著しく拡大した」ことを理由に、原告らが列車内のたばこの煙に晒される現実の危険は極めて低いとした。
 さらに、「我が国においては、従来喫煙に対しては社会的に寛容であり、喫煙者はかなり自由に喫煙を享受してきた実態がある。旅客の輸送を業とする国鉄としては非喫煙者のみならず、喫煙者を含む乗客全体を列車という限られた手段により、可能な限り快適な状態のもとに輸送することが、その業務の維持、発展のために必要であるから、国鉄が喫煙が受容されている社会的実態をも考慮に入れた輸送体制をとることは不都合ではない。」
 そして、「非喫煙者である乗客が被告国鉄の管理する列車に乗車し、たばこの煙に曝露されて刺激又は不快感を受けることがあっても、その害は、受忍限度の範囲を超えるものではない」と判示した。

(2)たばこ病訴訟(東京地裁平成15年10月21日判決・東京地裁ホームページ)
「喫煙で病気になった」として、肺がん患者ら6人(うち3人死亡)が日本たばこ産業(JT)や国などに6000万円の損害賠償を求め、さらに、患者側は、自動販売機での販売禁止、有害表示の強化、マナー広告を含めたコマーシャルの全面差し止めも求めた事件。(請求棄却、控訴棄却)
<判決要旨>
 「健康増進法で受動喫煙対策が重要であることが明確にされたものの,たばこそのものを,麻薬,覚せい剤,向精神薬といった薬物と同様に禁制品と扱うまでに至っていない。有害性に対する認識も,たばこの製造・販売を停止する必要があるという社会的合意が成立しているわけではない。喫煙は,わが国では江戸時代から行われていたものであり,明治時代になって,専売制度の下でたばこ製造・販売が行われ,重要な税収源でもあったものである。たばこは,アルコール飲料,茶とともに国民のし好品として社会に定着しているものである」
 「たばこの依存性については,前記で比較的詳しく触れたとおり,たばこに含まれるニコチンの作用による依存性があるものの,身体的依存の程度は微弱であり,精神的依存の程度も,禁制品やアルコールより格段に低い。依存性がたばこという商品の特性となっていることは認められるが,禁煙をすることができた者も相当数いるのであり,喫煙者が禁煙を決意するについてその判断の自由を奪い,あるいはこれを著しく困難にするような強力な依存性があるとは認められない。」
 「がんは,喫煙のほか,遺伝,食生活,加齢等,様々な要因によって発症する非特異疾患であり,肺がんは大気汚染,喫煙,加齢,食生活,職業曝露,呼吸器疾患の既往症,遺伝等が原因であると言われ,喉頭がんは喫煙,飲酒,口腔衛生,食物の誤嚥,胃食道酸逆流症,音声の酷使,職業曝露,ウィルス,加齢,遺伝,男性ホルモン等が原因と言われている。
また,肺気腫は,喫煙のほか,加齢,大気汚染,酵素の欠損,慢性気管支炎,人種,性,肺疾患の既往症等の様々な要因によって発症する非特異疾患である。そして,統計によれば,原告らの疾病が非特異疾患であり,日本の男性の喫煙率は欧米諸国と比べて高いが,日本の肺がん死亡率は欧米に比べて著しく低いし,フランス人男性の喫煙率は,日本人男性より約20パーセント低いにもかかわらず,フランス人男性の喉頭がん死亡率は日本人男性の約10倍となっているなど,喫煙以外の要因を示唆する結果が見られる。
したがって,本件では,疫学上のデータとして,喫煙者が非喫煙者に比べ,当該疾病に罹患する確率が相当程度高まっているとしても,その結果を,他要因の存否や,その寄与の割合等の検討なくして個別的な因果関係に結びつけることはできない。」

(3)被拘禁者の喫煙禁止(最高裁(大)判決昭和45年9月16日民集24巻10号1410頁)
<判決要旨>
 刑務所に収容の間、喫煙を禁止されたことに対して、拘禁者の喫煙を禁止する監獄法施行規則は憲法13条に違反するとして、国家賠償を請求した事件で、「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時・所において保障されるものではない」としている。

4.たばこ文化
(1)嗜好品としてのたばこ
 たばこは、15世紀末コロンブスがアメリカ大陸を発見したのを契機に、新大陸から旧大陸にもたらされたとされ、わが国に伝来してからも400年以上経っている。ヨーロッパに伝わったたばこは、最初、観賞用、薬草として栽培されたり、万能薬として医療にも用いたりされた。その後、人と人との出会いの場で社交の小道具として一般に広く嗜まれるようになった。たばこの歴史を見てみると、そこには、民族色や風土色、そして異国との交流など豊かで多様なたばこ文化が見出せる。
 たばこにも受難の歴史があり、時の為政者から弾圧・迫害されたりもしたが、酒やコーヒー・茶と同じく、憩いのひと時の楽しみや気分転換、さらには人との交流において潤滑油としての効果もあって、嗜好品として欠かせぬものになっていった。
 現代においては、喫煙と健康に関する医学的な観点からの問題が焦点となっているが、たばこのもつ文化的・社会学的観点が軽視されつつあることに疑問を呈する者もいる。
 「嗜好品」という言葉がわが国で初めて使われたのは、陸軍軍医であった森鴎外(林太郎)が、ドイツ留学中に書いた論文の中であるといわれる。わが国に古くからあった「嗜好」に「品」を加えたものらしい。ドイツ語のGenubmittel(愉しみ・享楽)、英語・フランス語ではstimulant(刺激)がこれに当たるといわれる。
 コーヒー、茶、たばこは、香辛料やココアのような味覚や嗅覚の刺激に加え、中枢神経(大脳新皮質)に軽い刺激を与え心地よい覚醒感や鎮静効果をもたらすとされる。たばこに含まれるニコチンは、興奮と鎮痛の二相性作用があり精神状態を平衡維持する効果があるので疲労感やストレスの緩和に役立つといわれる。
 一般的に嗜好品として認められるためには、ある程度の生産量と価格の手ごろさなどが前提になる。また、基本的には、社会規範として禁止したり反対に奨励したりすべきものではなく、大人としての個人の自由裁量に任されるべき性格のものともいわれている。そして、嗜好品の摂取にはマナーや作法がつきものとされ、多様な文化が形成される。

(2)たばこ(喫煙)弾圧の歴史
 @歴史的には、イギリスに「パイプたばこ」が普及し始めた16世紀後半のエリザベス朝時代のサー・ウォルター・ローリーが流行の先駆者として有名である。彼は、次のジェームズ1世(1603−25年)の「たばこ排撃論」の犠牲となった。国王であり英国国教会の首長でもあるジェームズは、喫煙はアメリカ先住民の未開人の汚らわしい風習であるからキリスト教徒の文明国であるイギリスはこれを断固阻止するというものであった。しかし、庶民から居酒屋(パブ)などでの喫煙を奪うことはできなかった。
 A専制君主によるたばこ(喫煙)弾圧の例として、オランダが北アメリカにもっていた植民地ニュー・アムステルダム(現ニューヨーク)で、植民地総督が、自治意識の強いオランダ人が集会を開いてはたばこを吹かしながら議論をすることに対して禁煙令を出したが、結局これを禁ずることができなかった。また、トルコ、ペルシア、ロシアでも弾圧の理由はいろいろあったが、専制君主個人の好き嫌いが反映していた。こうした弾圧や迫害にもかかわらず喫煙の風習は止むことがなく、徐々に君主は、たばこに課税して国家の財政に資する方が得策であると考えるようになった。
 Bヨーロッパの貴族の間で流行した「嗅ぎたばこ」は、1789年のフランス革命以来廃れたが、中国清朝では「鼻煙」として流行した。
 C「葉巻」は、19世紀初めのナポレオン戦争からヨーロッパに広がり、1840年代にロンドンでは、葉巻愛好家のための喫煙室が作法の一つとして流行した。
ビクトリア女王はたばこ嫌いであったが、1901年のエドワード7世は葉巻を好んだ。
 D「噛みたばこ」は、17世紀のイギリス海軍が艦上での喫煙を火災の原因として禁じたことから水兵の間で広まり、1665年にロンドンを襲ったペストの流行では予防薬として用いられたこともある。アメリカでは1830年代から広まったが、医師や聖職者らの反対があった。しかし、1861年の南北戦争前から、たばこは戦争という非常事態に臨む兵士の慰安品として認められるようになった。
 E「紙巻たばこ」は、比較的新しい喫煙法で、クリミア戦争(1853−56年)で普及が進んだといわれている。
 Fわが国では、1565年にフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸時、船員がたばこを吸っていたのを見たのが出会いであり、1612年(慶長17年)の厳しいたばこ法度、1615年(慶長20年)の全面禁止令、1615年から24年の元和年間の将軍秀忠による弾圧は有名である。しかし、喫煙を人々から奪うことはできず、三代将軍家光の寛永年間(1624−44年)からは、飢餓に備えたタバコ耕作の制限はあったが、八代将軍吉宗の享保年間(1716−36年)にはタバコ耕作を奨励して農村を富ませることを考えるまでになった。細く刻んだキセルたばこは、わが国独特のものであり、その作法やキセル、たばこ盆、携帯用たばこ入れなどの文化が形成された。
 G20世紀に入ると、多くの国々では第二次世界大戦(1939−45年)頃から手軽な「紙巻たばこ」(シガレット)に移行が進んだ。
 アメリカでは、1890年から1909年に未成年者シガレット販売禁止州法が制定され、1911年にはアメリカン・タバコ社が「シャーマン反トラスト法」の独占禁止法違反判決で解体され、またこの時期、「アメリカ反たばこ同盟」や「アメリカ非喫煙者保護同盟」が活動している。しかし、第一次世界大戦(1914−18年)にはたばこの需要が増し、1930年代にはシガレットは大幅に普及した。
 ドイツでは、1942年にヒットラーがナチズム喫煙規制政策をとり健康有害、公衆衛生教育など反喫煙キャンペーンを行ったことが伝えられている。
 H現代では、1950年代のアメリカで喫煙と健康の問題に関する報告書が出され、1964年にはアメリカ公衆衛生局レポートで喫煙が病気の原因であるという宣言がなされた。その後、フィルター・シガレットの人気が高まるが、反喫煙運動が勢いを増し、1970年代には、反たばこ運動の焦点は製品攻撃から喫煙者へと向かった。公共輸送機関では喫煙者は分離され、80年代に入ると、州・郡・市レベルまで喫煙関係条例が増えて行った。84年に公衆衛生局長が副流煙で非喫煙者が肺疾患になるという「非常に確かな」証拠があると明言し、アメリカ医学会も85年にたばこの宣伝の禁止を求める声明を出した。
 この間、たばこによる健康被害を訴える個人のたばこ会社に対する多くの提訴には1件の勝訴もなかったが、1992年以降のたばこ訴訟は、喫煙による被害者ばかりでなく受動喫煙者、反喫煙運動家、医療提供者等を原告、たばこ会社や小売業界、広告会社を被告とするようになった。1997年11月、州政府との訴訟で主要なたばこ会社5社が、総額2,460億ドル(約25兆円)を25年にわたり支払うという「和解」をせざるを得なくなった。(この結果、ニューヨーク市等では、多くの銘柄が1箱7ドル(約840円)になり、日本の3倍以上の値段になっている。)これらの動きは、高度産業社会の国々へ影響を及ぼし、WHOも1970年に喫煙規制政策の勧告を行った。

(3)「健康増進法」との関係
 わが国のたばこ喫煙に関する規制法は、1900年(明治33年)成立の「未成年者喫煙禁止法」がある。その背景には、富国強兵の社会風潮の中で、喫煙が未成年者の体位向上に有害という認識もあったが、徴兵制により20歳をもって成人とする社会通念ができ、飲酒規制と同じく青少年の風紀の維持にウエイトがあったといわれる。
 1978年(昭和53年)から嫌煙運動が強まったが、厚生省(現厚生労働省)は、WHOとアメリカの外圧といわれている喫煙と健康の問題を取り上げ、1997年(平成9年)版「厚生白書」では、「生活習慣病」という概念が導入され、その中に「喫煙習慣を考える」という項目が登場した。また、同省は2010年度までの長期的な「21世紀における国民健康づくり運動」(健康日本21)計画を策定・検討し、2000年(平成12年)3月に確定させた。
 「健康日本21」は、栄養・食生活、身体活動・運動など生活全般にわたって国民の意識を高め、健康づくりを推進しようとする運動で、たばこに関しては、「喫煙が及ぼす健康影響についての知識の普及」「未成年者の喫煙をなくす」「公共の場や職場での分煙の徹底」などが盛り込まれている。
 これに基づいて、同省は同年4月から各地方自治体に対して地方計画の策定を促してきたが、2002年(平成14年)春には、「健康増進法案」が国会に上程され、翌2003年(平成15年)5月から施行された。この法案の成立過程は、国民には必ずしも周知されたものとはいえず、大部分の人にとって寝耳に水だったと思われる(平成15年12月の与党税制改正大綱の中に「土地等の譲渡損失の損益通算廃止」が突然入ったが、さらに平成17年12月にも「同族会社の役員報酬の給与所得控除分の損金不算入」が突然入った。これらも、いわゆる「小泉サプライズ」といえよう。)。
 「健康増進法」は、それまでの「栄養改善法」に代わって制定されたものであり、大部分は食品の栄養に関する法律であるが、同法25条の「受動喫煙の防止」規定「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。」を過大評価し、事実上の喫煙禁止法というニュアンスをもって多くの人々に受け止められている。
 この法律の成立には、これまで受動喫煙を嫌う人々に対して喫煙者が無神経であったこと、また、たばこの健康害があらためて認識されたことが背景になっている。受動喫煙防止の趣旨は、いわゆる「分煙措置」の奨励であったはずである。
 「健康増進法」自体も喫煙禁止を命令しているわけではない。同法2条(国民の責務)は、「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない。」とし、また、同法3条(国及び地方公共団体の責務)では、「国及び地方公共団体は、教育活動及び広報活動を通じた健康の増進に関する正しい知識の普及、健康の増進に関する情報の収集、整理、分析及び提供並びに研究の推進並びに健康の増進に係る人材の養成及び資質の向上を図るとともに、健康増進事業実施者その他の関係者に対し、必要な技術的援助を与えることに努めなければならない。」とされ、いずれも努力規定となっている。
 しかし、地方自治体の中には、「生活環境条例」で路上喫煙に罰則を設けている例(例えば、千代田区)があるが、喫煙行為というマナーの問題に法規範を導入することの是非が問われなければならない。
前述したように、たばこ(喫煙)は個人的嗜好という要素ももつものであり、公法的な命令・規制によって問題を解決すべきものという性格ではなく、むしろ、法律(規制法や高額のたばこ税)によって全面的に解決しようとすることは、公権力が個人の行動領域に介入することになって、かえって危険ですらある。
 憲法13条の幸福追求権(および憲法25条の健康で文化的な生活権)から「嫌煙権」が主張され、他方、同じく「喫煙権」も判例でも幸福追求権の一部として考えられている側面を無視することはできない。さらに、公共機関とは異なり、民間企業では、喫煙を全面的に禁止か、または一切規制しないか等を決定する場合、「私的自治の原則」が働くということも重要である。
 健康増進法の趣旨に照らした喫煙対策としては、事業者(健康増進事業実施者)や関係者(同法4条、5条)が、職場内でどのようにして喫煙者と非喫煙者との共生を図っていくべきかが問われているわけであり、喫煙マナーを重視するも、日本の文化の特性を生かしてそれぞれが知恵を出し合った解決策が求められている。

5.むすびにかえて
 たばこの歴史を見てみると、今日のたばこ排撃論は、かつてのような宗教観にもとづくものであったり、風紀の乱れを説いたりするものであるよりは、「健康」に有害とする「医学的見地」にもとづくものが主流となっている(日本嗜好品アカデミー編「煙草おもしろ意外史」参照、以下同じ。)。
 今日の「健康」には、社会や国家が関わっており、近代から現代にかけての健康感は、進歩主義を基盤とする考え方に立っているとされ、その代表がWHOの健康の定義で、「健康とは、身体的、精神的、社会的に良好な状態」といわれている。すなわち、良好か否かは社会的基準に照らして決められるということである。それは、端的にいえば、健康の判断は、個人のその時々の気分や体調によるのではなく、保健機関や医療機関が示す数値であるということである。
 このような社会的基準化が進んだ背景には、高度産業社会の要請があり、統一的基準によって規格化して管理するようになった。そして、その一環として、労働環境や生活環境の整備が図られるようになった。今日、「健康」の名において公権力が個人の行動領域に介入する状況を迎えているが、そのことが正当化されるのは、その背後に高度産業社会からの要請があるからである。
 さらに、現在の「健康」は、身体的健康を重視する傾向があり、精神的健康は、数値化が困難で主観が入るため、社会的基準を設けにくいからともいわれている。現代社会では、心の病が体の病を惹き起こす心身症のような病気が多くなっているが、そういう事情はあまり考慮されていない。そのため、心と体を分けて考える心身二元論に陥り、人間をトータルに捉える観点を失いつつある。
 このような社会で、個人は、病気や死への不安から健康に関心が集まり、病人は「駄目な人間」として社会から取り残されていく傾向にある。かつての共同体社会や先祖や子孫とのつながりが強かった社会から、都市化し核家族化した社会ではなおさらである。
 WHOの健康の「良好な状態」という定義も、「異常なものの排除」をもって「良好な状態」を維持しようというのが、現代の健康観の特徴となっている(上杉正幸「健康不安の社会学」参照。)
 現代の健康感は、科学そして医学に依拠している。要素還元主義もとづきDNAレベルまで分解・還元する方法など機械論的生命感が主流となっている。「疫学」は、近代において伝染病の病原菌を解明するため、ある病気とその危険因子との間の相関関係を統計的に証明し、そこから本格的な病原菌の特定を行う調査のための予備調査のようなものといわれている。病気との因果関係は、本格的な病理学的調査研究を待たなければ、明らかにはできないものである。
 たばこ(喫煙)とがん発症の因果関係の場合でも、予備的調査である疫学調査だけで「疑わしきは罰する」という今日の状況は、人間文化の知恵が欠けていると考えられる。文化とは、歴史の過程で作られた生活行動様式であり、それぞれの気候・風土にさらされながら、一見不合理と思えるものも包摂しながら形成された人間の知恵の結晶であると考えられるからである。
 たばこ税においても、それぞれの国情や文化に照らした税制が構築されなければならないだろう。

(参考文献)
1.金子宏「租税法(第10版)」(弘文堂)
2.JT「たばこ税の仕組み」http://www.jti.co.jp/JTI/tobaccozei/graph_shikumi.html
3.日本嗜好品アカデミー編「煙草おもしろ意外史」(文春新書)
4.伊佐山芳郎「嫌煙権を考える」(岩波新書)
5.上杉正幸「健康不安の社会学」(世界思想社)
6.小谷野敦・斎藤貴男・栗原裕一郎「禁煙ファシズムと戦う」(ベスト新書)
7.健康増進法 http://www.ron.gr.jp/law/law/kenko_zo.htm
8.厚生労働省健康局長「受動喫煙防止対策について」 http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/judou.html

(はせがわ ひろし 青山学院大学大学院法学研究科講師・税理士)