横浜市保土ヶ谷区の田添正寿税理士から成年後見制度と税理士の役割と題する原稿をいただきました。本稿は、東京地方税理士会広報紙20001月号に掲載されております。


成年後見制度と税理士の役割

税理士  田添  正寿

199911月)

1.はじめに

民法の禁治産制度の改正として、成年後見制度に関する要綱試案が法務省から発表されたのは、平成11年1月末である。11月末現在、国会を通過していないが、法施行は平成12年4月を予定している。この制度は、重度の痴呆症や知的障害などで判断能力を失った人に、後見人をあてて保護する禁治産・準禁治産制度の抜本的見直しを内容とするものである。主な改正として、@本人が判断能力を失う前に後見人を選ぶことができる「任意後見制度」の導入A現行法では対象外の軽度の痴呆症者を保護する制度の創設 B「禁治産」の呼び方を「被後見人」に改める C 対象者の戸籍記載を廃止する、といったものである。

この制度成立の背景のひとつには、日本の高齢化問題がある。日本社会における高齢化率は、他国に類をみないほどの速さで進んでいる。その要因として、平均寿命が伸びたことにより65歳以上の高齢者が増加したこと、また、生まれる子供が少なくなる少子出産化傾向が強まったことが挙げられる。日本の将来推計人口によると、我が国の高齢化比率は、2000年には17%、2025年には25,8%となり、4人に1人が高齢者となると推測されている。

こういったことから、高齢者に対する社会的支援が必要となったのである。介護保険制度の成立もその一つであり、この成年後見制度の成立もまたその一つである。高齢者は、一般的に心身の機能が衰え、意思能力もある程度衰えてくるのが通常である。こうしたことから、社会的弱者である高齢者を巧みに利用した霊感商法や、詐欺的な商法が横行しており、多数の被害が出ていることは社会的な問題として周知のことであろう。また、高齢者の財産は、老後の生活に備えたものであり、こうした被害を受けた者の中には、今後の生活さえもできなくなってしまったという現状もある。したがって、高齢者の財産を守り、高齢者の生活権を守るという視点から、絶対的な法的援助が必要とされたのである。

2.成年後見制度の内容

この成年後見制度には、3つの基本理念が組み込まれている。一つは、「ノーマライゼーション」といわれるものである。これは、高齢者も若者も、障害者もそうでない者も、すべて人間として普通(ノーマル)の生活を送るため、ともに暮らし、ともに生きぬくような生活がノーマルであるといった考え方である。そして二つ目として、「自己決定の尊重」がある。従来の福祉サービスは行政が行う措置であったが、介護保険の導入に伴いこれらのサービスが措置から契約へ移行することとなり、利用者自らサービスを選択でき、権利を主張することが可能となる。つまり、判断能力の衰えた高齢者の自己決定を補完する機関が必要となったのである。この権利を主張する形態こそが、自己の意思による決定が尊重されるものである。そしてもう一つが、「自立支援」である。可能な限り高齢者の残存能力を活用し、自立した生活を営むことを支援するということである。以上3点を踏まえたうえで、この制度が成り立っている。

紙面の都合上、この制度の内容をすべてご紹介することはできないが、イギリスやドイツの後見人制度をもとに作られたこの制度の主な特長として、任意後見人制度があげられる。これは、痴呆症や何らかの事故により障害を負ったことで意思能力が衰え、自ら判断を下すことができなくなってしまう以前に、本人が後見人に依頼したい相手(任意後見人)と公正証書で、契約しておくものである。そして、痴呆症等が発生した段階で、親族、任意後見人等の申し立てにより、家庭裁判所が後見を開始する。家庭裁判所は、任意後見人の権利濫用を防止するため、後見監督人を指名して、チェックさせるのである。すなわち、後見人の役割としては、被後見人の財産管理、財産承継、生活管理及び身上監護がある。

3.税理士の役割

上記のように、後見人には身近な親族等がなることによって、被後見人の世話や財産管理をしていくことが望ましい。しかしながら、財産管理や財産承継といった分野は専門的な知識を必要とする場合も多く、専門家による方が望ましいとされている。現在、この制度が民法の改正であることから、弁護士、司法書士が中心となって取り組んでいる。実際に、いかに被後見人の財産管理等を行うかの研修が弁護士会・司法書士会ともに数多く行われている。私自身も、先日、成年後見事務に関する税務に関して、司法書士会の研修会にて講義をしてきたところである。当然に、財産管理、財産承継は税務問題が数多くからむため、この制度を運用していくにあたっては、税務のプロとしての役割は多く期待されている。諸外国の制度においても、ドイツにおいては世話人協会があり、カナダにおいても同様な組織がある。世話人協会には、後見人として、身上監護に関しては医師が、財産管理に関しては、法律家と税務関係者が登録しており、実際に活躍している。カナダの財産管理においても、法律家および会計人が従事している。こういった諸外国の実状に照らしても、この成年後見制度が適正に機能していくためには、税理士の役割は大きいといえるのではないだろうか。

4.他の法律との関わり

この成年後見制度を中心とした、高齢者等の保護に関して他の制度を熟知しておく必要もある。現在司法書士会で行われている研修においても、平成12年4月施行の介護保険法、平成11年10月に開始された地域福祉権利擁護事業、社会福祉事業法等多くの法律分野を取り上げている。特に介護保険法の成立により、後見人が被後見人に対して、どの介護サービスを選択するのが適切なのか、また、地域福祉権利擁護事業といった社会福祉協議会が中心となって行っている高齢者の方の財産管理制度と成年後見制度による財産管理と、どちらの方法が高齢者自身にとってより適切なのかといった事項も踏まえていく必要があるといえる。

5.成年後見制度の問題点

この制度が、平成12年4月以後に適正に運用されていくためには、各専門家が従事していく必要があることは前述したとおりである。各専門家が後見人となった場合、責任の重さや、他の親族との調整問題、財産管理等の煩雑さ等を考えたとき、被後見人から適正な報酬を確保できるのかといた問題がある。つまり、当然にお金のある人だけ、財産管理をすれば良いという問題ではない。貧しい高齢者の方について、誰が後見人となり財産管理等に従事するのか。そして誰がその方の報酬を払うのか、どの程度の報酬が適当なのか。こういった問題について、自治体がバックアップしていく必要があるのではないだろうか。弁護士、司法書士ともに業務の拡大につながると見ているむきもあるが、一方で責任等が大きいわりに採算が合わないといった意見も多くあり、どの程度の専門家が携わっていけるのか大きな問題を抱えている。また、この制度自体、一般的に国民にまだ周知されていないこともあり、制度としてどの程度の国民が利用していくのか、形骸化していくのではないかといった危惧さえある。そして、また、従来の禁治産制度が各個人の戸籍に掲載されていることから、取引の相手方が意思能力の有無を判断することができ、取引の安全性を保つことができたが、今回の制度は登記制度を採用しプライバシーの保護が図られている。このことにより、取引の安全性を図ることが可能なのかといった弊害も抱えているのである。この制度の運用のためには、このような様々な問題を解決していかなければならないのである。

6.おわりに

今回の民法改正にあたり、税理士としてこの分野に携わっている者は、まだまだわずかのようである。しかしながら、平成12年4月の法施行とともに、この制度が動き出す。弁護士、司法書士等が法律専門家として、後見人の役割を担っていく際に、税務問題も避けて通ることのできないものである。この制度は、estate  planning(家族の財産計画)の必要性がいわれている。従来、財産承継、財産管理は節税対策や納税資金対策として考えられがちであったが、今後は高齢者の権利擁護、個人の尊厳を実現していく手段として考えていかなければならない。つまり、任意後見契約成立から、本人のエステートプラン作成も行っていく必要があるのである。これは、法律家以上に税理士の活躍分野ではないだろうか。成年後見制度自体が法律家の分野というより、税理士の直結分野であるという認識をもたれることを期待したい。

参考文献

「高齢社会の成年後見法」   新井 

「成年後見制度」  日本司法書士連合会