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本論文は、「速報税理」(1998115日号)に掲載されたものです。

 

青色申告の更正処分理由差替え容認の是非

(1997年11月)

税理士  長谷川

 

はじめに

 

 税務署長のなした更正処分の理由の差替えが容認されるか否かについては、従来から議論が分かれている。税務訴訟の審理の対象を総額主義的に見るか、争点主義的に見るかにより結論が違って捉えられているが、最近の裁判例の動向や行政手続法の制定後における処分の理由付記にかかる手続的権利保障の観点もまじえ、次のような設問を提示し、あらためてこの問題を検討することにした。

 

設問

1.税務訴訟の段階において、税務署長は、青色申告の更正処分に付記した理由を自由に差替えることが許されるか。

2.白色申告の場合に、税務署長は、審査請求の段階で主張しなかった課税標準に影響を及ぼす事実の追加・変更を、税務訴訟の段階において行うことが認められるか。

 

論点

1.税務訴訟の審理の対象(行政処分の取消訴訟の訴訟物)を総額主義的に見るか、争点主義的に見るかによってアプローチが異なり、結論が違ってくる。

2.青色申告の場合と白色申告の場合に処分理由の差替えの可否に違いがあるか否か。

3.行政手続法が制定された現在、納税者の手続的権利保障はどのように考えるべきか。

 

検討

税務訴訟の審理の対象(総額主義と争点主義)

(1)総額主義は、審理の対象を課税処分によって確定された税額(租税債務の内容)の適否であるとし、従って、審理の範囲は、課税処分によって確定された税額が総額において租税実体法によって客観的に定まっている税額を超えているか否かを判断する必要な事実全部に及ぶものとされる。

 換言すれば、取消訴訟の訴訟物を行政処分の違法性一般とし、訴訟では処分の適法違法に関するあらゆる主張や抗弁が提出でき、新たな理由の追加主張も認められると解されている。

 また、総額主義をとると、判決の既判力は納税者の所得額について生じ、判決後に他の所得が発見されても新に更正処分をすることができなくなると解されている。

(2)争点主義は、審理の対象を課税処分の理由との関係における税額の適否であるとし、従って、審理の範囲は、課税処分時の認定処分理由の存否に限定され、理由の差替えは原則として認められないとされる。争点主義によれば、税務署長が処分時に認定した処分理由に誤りがあれば、仮に他に所得があり、課税処分以上の所得があることがわかっていても、課税処分は違法として取り消しを免れないことになる。

 また、争点主義によると、処分理由に誤りがあって更正処分が取り消されても、税務署長は別の理由で再び同額の更正処分をなしうるものと解されている。

 

判例の見解

(1)判例は、白色申告の場合について、総額主義に立脚し税務訴訟での審理の対象は課税総額の適否であり、課税額が適正である限りは処分理由が変わっても処分は維持されるべきであるから、処分理由の差替えも許されると解している(最判昭和42・9・12最判集民88387頁、同昭和50・6・12訟務月報2171547頁)。実務的には、白色申告の場合に審査請求についても、取消訴訟についても、理由の差替えが認められている。

(2)青色申告の場合については、裁判例の中には理由の差替えを認めるものと認めないものがあるが、ここで2つの事案を比較して考察してみる。

 @ 1の事案は、最高裁の判例であるが、論拠は必ずしも明確ではないが、「更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく」、本件の場合には「追加主張の提出を許しても、更正処分を争うのに上告人に格別の不利益を与えるものではない」(最判昭和56・7・14民集355901頁)として理由の差替えを認めている。

 この事案での追加された更正の理由をみてみると、同一物件の譲渡益に関して、税務署が取得価額の中には損金算入が認められないものが含まれているという理由で取得価額の減額更正をしたが、訴訟の段階で取得価額は納税者の主張の通りであるとしても申告した譲渡価額が過少であり、新たな譲渡価額を提示して更正処分は適法であるという趣旨の本件追加主張をしたものである。

 A 次に、例2の事案として最近の裁判例(東京地判平成8・11・29平成6年(行ウ)第300号法人税更正処分等取消請求事件)をみてみる。

 2の事案は、更正処分の理由が過大役員報酬の損金不算入規定(法人税法341項)を適用して役員報酬を否認したものであったが、本件訴訟において、同族会社の行為又は計算の否認規定(同法1321項)の適用を主張して役員報酬を否認したものである。

 この判決は、「課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における課税行政庁の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ当該課税処分は適法と解すべきであること、白色申告に対する更正の場合でも、それについての異議決定や裁決には理由付記が要求されているにもかかわらず(国税通則法844項、5項、1011項)、一般的に訴訟における理由の差替えが許されていることとの均衡などからみて、青色申告に対する更正の取消訴訟においても、更正処分庁は、被処分者に格別の不利益を与える場合でない限り、更正通知書の付記理由と異なる主張を訴訟において主張することが許されるものというべきである。」また、「更正処分の理由と本件訴訟における更正の根拠との間には、事実的争点について共通性があり、……右理由の差替えによって原告会社の防御に格別の不利益を与えるものではないと認められる。」と解している。

 上記2つの事案とも、要約すると、課税要件事実の基本的部分が共通であること及び納税者の防御に格別の不利益を与えないという論拠で更正の理由の差替えを是認しているものと考えられる。

 争点主義立場に立つ論者からも、原処分の理由とされた基本的課税要件事実の同一性が失われない範囲では、理由の差替えが認められ、当事者に不利益を与えることはないであろう(金子宏「祖税法」4版602頁、)、また、課税要件事実のうちの基本的事実が同一であって、納税者の防御に不利益を与えない範囲では理由の差替えが認められる(松沢智「租税争訟法」62頁)とされている。

 

再検討(新たな視点)

(1) 上記例1の判決に対して、「かりに同一対象物件の譲渡益に関するものだとしても、取得価格と販売価格とではその論証にかなりの違いがあると考えられるから、本件がはたして理由の変更を容易に許容できる事案であったかどうかは、疑わしい。」(原田尚彦「租税判例百選(第三版)」204頁)とする批判的見解もある。本件事案では、課税要件事実の基本的部分(課税物件)が共通しているとしても、譲渡価額と取得価額とは異なった概念であり、当初取得価額で争われていたものが後日に譲渡価額で争われることになれば、納税者にとっては新たな防御方法を講ずる必要が生じることになり、また、その事実を立証する責任がどちら側にあるかによっては、納税者が不利益になる場合もありうると考えられる。

(2)上記例2の判決に対しては、過大役員報酬の損金不算入の問題と同族会社の行為又は計算の否認とは適用の条文の趣旨が異なっており、審理の対象が処分理由との関係における税額の適否であるとする争点主義の立場からは、かりに課税要件事実の基本的な部分が共通しているとしても、条文の適用が異なっており、納税者にとって不利益をもたらす理由の差替えであるという批判が可能である。

 なぜなら、同族会社の行為計算否認規定(法人税法132条)の適用に関しては、昭和40年の法人税の全文改正によって、所得計算の通則規定として同法22条が設けられ、その2項で無償譲渡又は役務の無償提供による収益が益金の額に算入されることが明確にされ、また、過大役員報酬の損金不算入や寄付金の損金不算入(同法34条から36条)が規定されていることに照らし、また、これらの規定は同族会社にも適用されるから、現在では同族会社の行為計算否認規定の適用範囲は極めて制限されていると解されている(金子前掲284頁参照)からである。

 2の判決に対しては、一つは、学生である取締役の報酬の損金不算入の事案として、法人税法34条の過大な役員報酬に関する判断をすることで対処できたものであると考えられ(学生である取締役の報酬に関する裁判例として東京高判昭和53・11・30訟務月報2541145頁参照)、二つには、更正の理由の差替えを認めて、納税者にとって立証責任の点で不利益となると解される同族会社の行為計算否認規定を適用する必要があったか否か大きな疑問がある。

(3)青色申告の更正処分に対して理由の付記が要求されている理由には、納税者の手続的権利保障の側面が大きいとされる。すなわち、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制し(処分適正化機能)、処分の理由を示すことによって争点を明確にする(争点明確化機能)という手続的保障を図っている(金子前掲601頁参照)といわれている。このような手続的保障を重視する立場からは、現行法上、更正処分がなされる事前手続において、納税者に弁明の機会も保障されていないことを考慮すれば(行政手続法12条では、不利益処分の基準について規定し、同法13条では不利益処分の事前手続として聴聞又は弁明の機会が保障され、同法14条で不利益処分の理由を提示することが求められているが、税務に関する不利益処分に対しては、行政手続法の適用が除外されている(国税通則法74条の2)。)、処分の理由の差替えを否定することにより納税者の手続的権利が保障されなければならないといえよう。

 なお、税務行政手続に関して行政手続法の適用を除外した理由は、税務行政手続は独自の法分野として国税通則法等で行政手続法の趣旨に沿った見直しを図るべきものということであったが、目下、この見直しが行われていないことは大きな問題といえよう。

 白色申告の場合も含めて、不利益処分にかかる事前手続の法整備が求められているといわなければならない。

                                                                                 以上