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 このたび、日本税理士会連合会元会長(及び東京地方税理士会元会長)の故織本秀實先生のご子息である織本林太郎税理士の協力を得て、元会長が1983年(昭和58年)に書かれた「真の自由職業への前進」という論稿を掲載することになりました。

 本論稿は、当時も今も同じく自由職業人たる税理士が基本理念とすべき考えが示されていて参考になるものと思われます。

資料昭和58年5月20日発行「東京地方税理士会会報」掲載


真の自由職業への前進

会長 織本秀實


会員各位ご高承のとおり、私は、現在日本税理士会連合会会長の職にあり、連合会会務やこれに伴う公務等のために、親しくお眼にかかり私の会務運営に関する基本的な考え方、税理士業務・税理士業界の将来におけるあるべき姿等についてお話する機会が得られず誠に残念なことと日頃痛感いたしておるところであります。

本年4月より私としては第5期の会長職をお受けすることとなり、初心に帰って会務運営に当り、税理士業務・税理士業界の一層の発展に力を注ぎたいと考えております。

このときにあたって私の所信の一端を皆様にお伝えし、今迄以上のご協力・ご支援を頂き、相携えて税理士会の発展と、税理士の社会的経済的地位の向上を期したいと考えておりますので、ご一読下さるようお願いいたします。


<真の自由職業への前進  目次>

(一) まえがき

(1) 取り巻く環境の質的転換

(2) 真の自由職業の特色

(二) わが国の自由職業制度

(1) 弁護士制度

(2) 医師制度

(3) 公認会計士制度

(三) 自由職業としての税理士制度

(1) 税理士の使命感

(2) 深い学術、知識と技術による業務

@ 税理士の資格取得について

A 業務の独占性について

B 業務水準の確保、向上の問題について

(3) 職業倫理

(4) 自主独立性の問題

(5) 税理士の非営利性

(四) むすび

(一) まえがき

  私は昭和48年4月1日に東京地方税理士会の会長に就任して以来、三選禁止の規定があったために途中1期休みはしましたが、今回で通算5期目の会長職を担当することとなる次第で、その職責の重要性を再認識しているところであります。特に5選ということについては自らを戒めて、今迄以上に駑馬に鞭打って参るとともに新人の積りで会務に取り組んでゆかねばならないものと覚悟を新たにしているところであります。

私はここ数年来、東京地方税理士会の会務執行の基本方針のなかで、「税理士制度を真の自由職業として確立してゆかねばならない」という理想を掲げ、自由職業の本質、特色について折りにふれて、役員、会員の皆様方に説明をしてきたところであります。

真の自由職業への前進という考え方を主張致しましたのは、どうも私がはじめてであるようでありますが、このような理想を敢えて掲げた契機は次のとおりであります。

それは先般の税理士法改正に携わっている過程において、種々の議論のなかにあって、税理士制度を自由職業として理解して認識して、そのようなものとして制度を改善、確立してゆこうという考え方が業界に欠落しているのではないかということが窺われたのであります。私自身は税理士法改正の基底には「真の自由職業への前進」の理想があると考えていたのでありますが、業界において相当長いご経歴のある大先輩の方々さえも、この考え方についての認識なり関心のないことに愕然とさせられたのであります。

私は昭和47年秋から48年の春にかけて日本税理士会の制度部長として、税理士法改正基本要綱の作成に参画して、特にその「基本的考え方」の起草を担当させて戴きました。この「基本的考え方」は自由主義の基調の上にたって税理士制度の理想を述べているものであるあることは、よくお読み下さればご理解戴けると思いますので再読賜れば幸甚と存ずるところであります。そしてそのなかで「また、税理士制度を医師、弁護士等の制度に比較する時、その歴史が浅いためか、業務、資格等についての純粋、独立性ともいうべき点で、後進的性格を残している。このような現状を打破して、税理士制度の本質及びその機能が社会的に高く評価され、真の自由職業として他の職業に侵犯されない固有の職業分野を確立し、この制度の社会的地位が向上することを強く期待して作業が進められたことを銘記すべきである。」と明確に記述して、税理士法改正運動の基本が税理士制度を真の自由職業として確立することであることを主張しております。

私は東京地方税理士会の5期目の会長に就任するにあたって、初心にかえることを誓う意味から、もう一度自由職業への前進の理想について語る責務があると考えるので、ややくわしく説明をしてみたいと思います。それにつけても現在、私ども税理士業界を取り巻く環境は極めて厳しいものがありますので、まずその状況を指摘してみたいと思います。

(1) 取り巻く環境の質的変換

  私どもが、種々の施策を実施して会務の重責を果たして行くためには、税理士業界がおかれている環境をよく認識し見極めてかかることが必要であることは当然であります。私は現在、日本税理士会連合会会長の職も兼務しており、業界のおかれている環境については大局的に考察して参りました結果、質的に転換していると把握し認識せざるを得ない程のきびしいものがあり、昨年秋以降、次のことを指摘してきております。

その第一は、ご高承のとおり、わが国の経済基調が完全に変化して低成長が固定化したことであります。既に神武景気や昭和元禄は夢物語りで、その再現は全く考えられないところであり、特に税理士の関与先である中小企業への影響は極めてきびしく深刻なものがあります。

第二はコンピュータの急激な発達であり、そのゆくえは俄かに端倪(たんげい)できないものがあり、社会、経済事象への影響はまさに革命的とさえ表現できるのではないかと思われます。コンピュータは将来、家庭にまで普及し人間の生活に入りこんでくるといわれております。当然に企業にも極めて簡易で低廉なコンピュータが活用されることは必至であり、会計処理は勿論のこと、税務事務の様相が一変する可能性が予測されるところであります。このように変化した時における税理士の業務ならびに制度のあり方についての対応は極めて重要な問題であります。

第三は行政改革、財政再建の施策が進められているなかで、申告納税水準、税務行政執行上の不公平の問題が浮上してきて、税理士制度の重要性が再認識され、その機能、役割りが改めて注目されている点であります。

そのほか税理士制度本来の問題としては、先般の税理士法改正で進展をみたものも数多く認められるところでありますが、なお不充分な点を残していることが、税理士制度をとりまく環境の基本的なベースとしてあることも忘れてはならないところであります。

また上記の如ききびしい情勢のほかに、既に登録税理士は相当数に達しており、都会地では独立開業が困難となってきており勤務税理士が急増しているとともに、税理士の資格を取得している潜在税理士の数も多く、ここ数年来の間これらの方の開業の影響もないとは言えず、職域の確保、拡充とあわせて重要な問題を提起しております。

そしてこのような情勢に新しく会社法改正の新動向が加わってきております。即ち法務省の法制審議会商法部会では昨年秋以来、会社法改正の最も根源的な問題といわれる「大小会社の区分」についての検討を開始しております。立法の方向としては、原則として株式の公開、非公開即ち閉鎖性の有無に着目して大小会社の区分をして最低資本金も定めてゆくこととし、株式会社のみでなく有限会社を含んだ物的会社を対象とするとされております。なお閉鎖会社についても簡易な外部監査を導入することとし、税理士にも行わせることの可否について検討すべきであるとされています。

今回の会社法改正は200万社に及ぶ中小の物的会社ならびに税理士の職域、制度に極めて深い関係と影響のある重要問題であります。

以上のとおり税理士業界をとりまく環境は質的に大きく転換し、特に今回の会社法改正問題は考え方によっては、税理士制度発足以来の最大の転機に直面するものであり、一歩誤れば税理士制度の崩壊にもつながりかねないし、また対応よろしきを得れば業界の将来に輝かしい展望が開けるともいえるところであります。

私どもは、このようななかで視野を広くして教条的、短絡的な思考を排して、過去にとらわれないで発想も新しくしながら、業界の百年の大計を考えて長期的展望のもとに対処してゆかなければならないと肝に銘じております。

(2)真の自由職業の特色

  ここで厳しい環境をふまえながら、本題である「真の自由職業への前進の理想」についてやや詳細に述べることといたしたいと存じます。

現在、単純に自由職業といった場合には一般的に相当広い意味にとられ、多種多様な職業が包含されているようでありますが、そのなかに伝統的な自由職業と称せられるべき分野のあることも否定することのできないところであります。そして職業に貴賎はないといわれておりますが、いわゆる伝統的な自由職業 ―医師、弁護士に代表される― は誇り高い職業とされております。

伝統的な自由職業 ―欧米ではプロフェッショナルと称せられる― の特色については色々といわれていて定説はないようでありますが、アメリカの或る「社会学事典」ではプロフェッショナルを分類する主要なカテゴリーとして@知的技術の存在A特殊な訓練或いは教育の必要性B社会の為のサービスを目的とすること、そしてC素人にはその職業を遂行することが不可能であること、があげられているとのことであります。

私は伝統的自由職業の特色について特に次の5点を指摘してきております。その第一は使命感 ―欧米では召命観といわれております― を有していることであります。医師は、「人命救助」を、弁護士は「人権擁護」をその使命としております。第二の特色は深い学術、知識と高度な技術によって社会に奉仕することであり、常に専門家としての学識と業務水準が維持されていることであります。そしてその資格取得については相当の高さが要請されております。第三の特色はその職業に従事する者の紀律が維持されていることであります。そしてこのことは業務水準の維持と同様に同業者の団体による主体的な自治規定によっていることであり、その紀律は職業倫理が中心となるものとされております。その第四は独立性の問題であり、専門家として自己の良心に従って行動し、権力、金力に屈することなく、これらから独立であることであります。そしてその第五は利潤を追求する株式会社等の一般企業と異なり、営利のみを求めないということであります。

以上伝統的自由職業の特色として5点をあげて述べましたが、次にわが国の自由職業について若干考察してみたいと思います。

(二) わが国の自由職業制度

(1) 弁護士制度

 わが国の弁護士制度は既に、100年以上の歴史を有しております。そしてその資格取得については、相当に高いレベルの試験制度と国家機関による修習制度によっております。また懲戒等の紀律問題については、弁護士業界の完全な自治に委ねられております。なお法定における業務の独占性はほぼ完全であるとともに、業務手続は刑事、民事の訴訟法によってささえられ、司法制度のなかで判事、検事とともに三位一体の地位を確保していることはご承知のとおりであります。

(2) 医師制度

医師は中世からの長い歴史がありますが、特に近代医学の発達にともなって、医師の資格取得については官公私立大学等による医業に関する専門知識、技術の相当長期の教育と臨床技術の習得のためのインターン制度によってささえられております。なお公共的な研究施設、公立病院等における医療に関する研究、知識、技術の水準は、極めて高いものがあり、国民生活に相当の貢献をしつつあり、医は算術の風潮があるとはいえ、医師は専門分野を確立して、プロフェッショナルとしてのゆるぎない地位を誇っております。

(3) 公認会計士制度

公認会計士は戦後アメリカの制度を移入したもので、欧米の職業会計人制度を模倣し引き継いだものでありますが、日本の実状にあわない点もあり、多くの問題点を抱えているものと思われます。しかしこの制度の出発に際して、優秀な会計学者であられた一ツ橋大学の故岩田厳先生が、心血を注がれて、監査基準の制定とあわせて職業会計人による外部監査制度の基礎を整備されており、その学究的検討に負うところは極めて大きいものがあります。そして公認会計士による法定監査は証券取引法、商法を根拠法規とし、業務手続は会計原則、監査基準、財務諸表規則、商法規則にささえられて、独占性と専門性が維持されております。なお資格取得については、学術、知識をためす二次試験と一定の実務補習後の三次試験を課することとなっております。

以上で、わが国の弁護士、医師、公認会計士について、その自由職業性について概観したところでありますが、次にわが税理士制度について伝統的な自由職業の問題について検証的な検討をしてみたいと思います。

(三)自由職業としての税理士制度

先般の税理士法改正に際してその使命(税理士法第1条)の冒頭に「税務に関する専門家として」の字句が入ったことは極めて注目されるべきことであり、私どもはこの意義を深く考察し、制度の本質を示すものとして認識し、血とし肉としてゆかねばならないと考えられます。税理士制度は昭和17年に税務代理士として出発し、戦後昭和26年に税理士として脱皮して今日に及んでいるのでありますが、今回昭和55年の改正で「税務に関する専門家」の字句が入ることにより、はじめて専門家であることが鮮明に表現されたのであります。

税理士制度は弁護士、医師等に比較するとその歴史が浅いだけではなく、「伝統的自由職業」「プロフェッショナル」の立場で、その制度のあり方について深く検討されたかという点になると、残念ながら否定的な答をせざるを得ないところであります。しかし税理士も不充分とはいえ自由職業の特色を有しておりその分野に属しているものであることを項目的に述べて参りたいと思います。

(1) 税理士の使命観

  まず、第一の使命観の問題についてであります。税理士法はその第1条に「使命」について規定し、「租税に関する法令に定められた納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。」と結んでおります。ご承知のとおりわが国の憲法においては、第30条に納税の義務を第84条に租税法律主義の原則を規定しております。租税がなければ国家、社会、国民生活の健全な発展とその確保ができない訳で、国民が納税の義務を負うことは当然のことといわねばなりません。しかし国家が租税を課するには法律によらなければならないし、法律の定め以上に税を課することのできないことも当然とされなければなりません。このように納税義務と租税法律主義はうらはらの関係にあるといえると思われます。「国民の納税の義務が国民たる本分に基づく当然のしかも崇高な義務となった過程は、租税法律主義ないし不承諾課税禁止の原則の成立の楯の半面となっている。」とされており憲法の泰斗故宮澤俊義先生は「歴史的にみれば、国民が納税の義務を負うことは、国民は知りすぎるほど知っているのである。国民にとって重要なことは、納税義務を負うことではなくて租税が公正に課せられることである。そしてこのことこそまさしく憲法第84条の定めるところにほかならない。」と租税法律主義について説かれておられます。

近代憲法成立の過程において財政問題は重要な地位を占めております。イギリスでは租税承諾権をめぐっての国王と対立する議会の権限の発展する長い歴史があり、大憲章(マグナカルタ)、権利請願、権利章典の3つに税金の定めがあります。フランス大革命はネッケルという人の財政報告がその導火線であったし、その後1789年の人権宣言につらなっております。また18世紀におけるアメリカ合衆国の独立が、財政問題に関連してであったことと、植民地人民の参加しない本国会議の租税賦課決議に対する抗議と反抗をあらわした「代表なければ課税なし」がスローガンであったことは周知の事実であります。そして現在では租税法律主義の原則は、すべての近代民主主義国において憲法にとり入れられております。

税理士法第1条の締めくくりは、租税法律主義と納税義務の実現を表現したもので極めて重要な意義があり、憲法と深いかかわりあいのある職業として私どもは高い誇りを持つべきものと考えられます。

旧税理士法では第1条に「納税に関する道義を高めるように努力しなければならない。」との文言がありましたが昭和55年の改正で削除されております。そして納税道義の高揚は税理士が当然にしなければならないが、それは適正な納税義務の実現のなかに含まれているのでこれを削ることにより新法と旧法の間には法文の趣旨は変わるものでないと説明されております。しかし租税の憲法的意味を深く考えてみると、租税の本質は法律事項であって、単なる道義の問題とは思われないのであり、この意味でこの改正は大きな意義があったと考えられます。

私ども税理士の使命が憲法と深いかかわりあいのある「納税義務」と「租税法律主義」の実現ということであり、国家、社会、国民生活にとって極めて重要なもので、医師、弁護士に比肩する崇高な使命を負っているわけで、使命観の点からみた場合、税理士はまさに伝統的な自由職業の分野に属していると確言できるものであります。

ただこのような点について個々の税理士各位のご理解を賜っているかどうかは危惧されるところであるとともに、今までに税理士の使命観について積極的な啓蒙活動を行ってきたかという点についても反省せざるを得ないところであります。今後このような点に配慮した施策を意欲的に展開する必要を痛感しているところであります。

(2) 深い学術・知識と技術による業務

  次に伝統的自由職業の特色の第二である深い学術・知識と高度な技術により社会的な機能を果たす問題であります。

税理士の業務については、税理士法の第二条に規定されており、その第一項に税務代理、税務書類の作成、租税相談をあげており、これらの業務を業として行うことは有償、無償を問わず、税理士でない者は行うことは原則としてできないとされており、その扱う税目は特殊のものを除いて租税全般に及ぶものとされていることはご高承のとおりであります。そしてその二項において、税理士の業務に付随して税理士の名称を用いて、財務諸表の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務を行うことができるとされております。

租税制度は近代社会経済の高度な発展に伴って、それに対応する為に極めて複雑多岐に及ぶこととなり、税法は法律、施行令、規則、通達をあわせると非常に膨大なものとなってきております。勿論税務は一般国民とのかかわりあいが深く、反履する大量の事案も扱うために、国民に近づき易いように配慮もされていますが、進展する経済、社会情勢に応じて改正も頻繁であるとともに特別措置も多く、そのうえに専門的で技術的、計算的な要素が含まれており難解なものとなっております。これらの税務事務を適正に処理する為には税法に関する基礎理論はもとより各種の個々の税法に精通する必要があります。また課税標準の算出の前提として企業の財務書類の作成或は監査業務を処理する為に会計原則、商法計算規則についての知識が必要とされます。税理士はこのように税務と会計に関する深い知識と計算、処理技術を体得していなければその使命を果たすことはできないのであり、この意味においても税理士は自由職業としての機能を果たすべきものと考えられます。

そこで次にこれに関連する項目として資格取得、業務の独占性、業務水準の確保の三つの点について述べてみたいと思います。

@ 税理士の資格取得について

  税理士の資格取得は原則として試験によるものとされており、試験科目は税法、会計学をあわせて5科目であり、合格は各科目毎の留保制であることはご承知のとおりであります。そして税務官公署に長年勤務された者については一定の条件に従って定められた研修を了することにより科目免除がなされているとともに、大学院の修了者についても一定の科目が免除されております。なお実務修習制度ないしは実務検定試験は設けられておりません。なお弁護士、公認会計士は税理士となる資格を有するものとされております。私どもとしては従来から資格取得制度の高度化を希求してきたところでありますが仲々実現しないで今日に至っております。専門職業の資格取得の制度としては、とりあえず、少なくとも登録前の実務補習、研修を制度化する必要があるのではないかと考えられるところであります。

A 業務の独占性について

  税理士の業務のうち、会計業務は付随業務として独占性は与えられていませんが、税務代理、税務書類の作成、税務相談は原則として税理士でなければ業としては有償、無償いかんにかかわらずできないということは先に延べたとおりであります。

しかし現実問題としては、一部の税務関連団体によって組織的に、また銀行、大会社及びその系列会社或は一部の「士業資格者」によって、税理士法違反まがいの行為が行われており、実質的に税理士の業務が侵害されているうらみがあり、この対策に苦慮しているところであります。税務事務は一般国民とのかかわりあいが深く、そのうちには大量的に反覆される簡易な事案も多い、特に一般の所得税の確定申告書等については誰にでも作成し易くなっていることから、この傾向が顕著でありますが、複雑で難しく専門的な判断を要する事案も含まれており、プロフェッショナルの特色として素人にはその職業を遂行することが不可能とされていることを考えた場合、税理士の業務が実質的にその独占性を侵犯されていることは残念なことといわねばなりません。

弁護士が法定における業務を殆んど完全に独占し、手続について刑事訴訟法、民事訴訟法によって裏付けられて、専門性が確保されていることに思いをいたすならば、税理士の税務行政における地位の確保のために、一日も早く税理士を活用しての税務行政手続を整備する必要性を痛感せざるを得ません。税務が単なる道義問題ではなく法律事項であることを、税務当局は勿論国民一般も深く認識し、税務行政の場において非合法的なものは勿論のこと、非合理なもの、なれあい的なもの等が排除され、科学的、合理的なものとなり、事実認定、税法の解釈、適用に際しては税理士の専門的知識が活用され、税務行政手続のなかで、素人の介入できない真の意味の専門的業務を税理士が独占できる制度とする必要があると考えます。このような意味において、調査前の意見聴取、意見開示、調査の事前通知、更正前の意見聴取、意見開示等について、「租税法律主義にもとづき、納税義務を適正に実現する」立場で、専門家として要請される実質的な業務の独占性を確保するために積極的な検討を始めるべきものと思われます。

なお会計業務は、税理士業務に付随して税理士の称号を用いて行うことができるとされておりますが、独占とはされていません。わが国では会計監査についての業としての独占性を公認会計士に与えておりますが、財務諸表の作成等の会計業務は一般的な自由業務として扱われております。しかし欧米においては監査と財務諸表の作成等の会計業務との区分は明確でなく、職業会計人の職業分野には監査と財務諸表作成等の会計業務が含まれるとされております。

財務諸表の作成には当然に監査が付随するものと認められ、税理士を「税務と会計」の専門家として考える時に会計監査の分野を度外視することはできないと思われます。今回法制審議会において閉鎖会社についての立法と関連して、税理士の商法監査への活用の可否についても討議されている模様でありますが、税理士の職業分野の独占性の拡大、あるいは監査と会計の本質的な検討問題を含めて重大な関心をはらわなければなりません。しかし私どもには「租税法律主義にもとづく適正な納税義務の実現」という制度本来の使命もあるところから慎重に対処して参るべきは当然のことと思われます。

B 業務水準の確保、向上について

税理士は税務に関する専門家として、その提供する業務の質は高度なものであるべきことが要請されております。この為に資格取得制度について相当の配慮がなされてはおりますが、他の自由職業と比較してみますと充分でない点があることについては上述したとおりであり、この改善は今後の問題であります。また税理士の研修については、相当の努力が払われてきているとともに、先般の税理士法改正により会則記載事項となったことに伴ってその施策が強化されつつありますが、尚一層力を注ぐ必要を痛感しております。

また、現在、財政再建の施策が進められていることと関連して、税理士制度の重要性が増しつつあり、税理士業務の質的な充実を図ることが急務であると考えられております。この問題については昨昭和57年11月1日付をもって当会の指導部、学研部、制度部、網紀部に対し「税理士業務の質的充実をはじめ、会員の資質向上を図るための具体策について」なる諮問をして、具体的には税理士業務の法的性格、義務と責任、契約のあり方、申告書の作成・審査、財務諸表の作成・審査等を含めて検討したうえで、提供する業務の質的水準の確保向上の方途の策定方をお願いしたところであります。なお従来税理士会の研修としては、税務及び会計等の一般的な専門知識の提供に限られてきていましたが、今後税理士業務の質的水準を確保する為に具体的で実践的な業務マニュアルなりノウハウについて積極的な指導をする必要性を含めて問題を提起しているところであります。

そして既に各部において真剣な討議がなされて、有益で具体的な提案がなされておりますが、制度部の答申が「自治、自律は専門的職業の基本的権利である。それ故にまた、専門職業の社会的統制の責任も生ずる。従って専門職業は、その仕事に対する社会の干渉を避けるため、一連の標準を設定し公表し、強制しなければならない。」との欧米のプロフェッショナルである「ステファン・イ・ログ」氏の言で結んでいることは象徴的であります。

また学研部では数々の貴重な研究成果のほか、申告書、財務諸表の作成及び審査についての提言をしているし、指導部では申告書、財務諸表の誤謬防止の為の各種マニュアルの作成を提案しております。私どもは早急に関係各部の合同会議を開催して、業務水準の確保、向上の為の施策の具体化を図りたいと考えております。税理士制度を自由職業として前進させる為には、業界全体としても一般的な研修と同時に、業務水準の確保、向上の為の具体的な対策が必要であると思われます。

(3) 職業倫理

伝統的な自由職業の特色の第三は職業倫理の問題であります。自由職業団体の紀律規定については、職業会計人制度のルーツであるイギリスのチャータード・アカウンタント協会の自律規定があります。同協会は純然たる民間の自治的団体でありますが、資格付与、入金、退会等すべてについて自治的統制を行っております。欧米の職業会計人の団体はすべてこの先例にならって、自主的な紀律規定をもっております。欧米においては弁護士も同じであり、わが国の弁護士制度も、その規制については、草創期には判事又は検事の監督の下にあったが、やがて検事正の監督となり、司法大臣の監督に移され、遂に戦後に官庁側からの監督が全廃され、いわゆる完全自治の形態がとられるようになっております。

わが国の税理士制度ではその責任と義務は税理士法に定められており、懲戒権については先般の税理士法改正で、国税庁長官から大蔵大臣に移され一歩前進をみたところであります。そして税理士会では自主的な紀律規定をもって職業倫理、品位の保持に努めておりますが、最終的な監督権限が官庁に属しているために、自治統制の機能は薄められております。

従来税理士業界としては、税理士業務の性格ならびに自由職業の本質から自主権の確立について税理士法の改正を要望してきたところでありますが、先般は上述の改正にとどまったところであります。この問題については社会が複雑、巨大化するに伴っての行政の負うべき責任或いは私ども業界の自治能力の向上との関連もありますが、税理士を真の自由職業として前進させるべく格段の努力がなされなければならないと思われます。このためには税理士会における職業倫理、品位向上の施策を一層強化するとともに税理士各位の自覚もお願いしてゆかねばならないと考えております。

(4) 自主独立性の問題

自由職業の第四の特色は自主独立性の問題であります。先般の税理士法改正でその第一条に税理士は「独立した公正な立場で」の字句が加えられたことはご高承のとおりであり、極めて意義深いものがあります。

税理士は、自由職業専門家として自己の良心、良識、職業的判断に従って行動し、権力や金力等に屈することなく、これらから独立である必要があります。この自由職業の「独立性」はカントのいう「自由」の概念からでているものといわれておりますが、ドイツにおいてこの「独立性」は、1868年にグナイストという人が、その不朽の名著といわれる「司法改善の基本としての自由弁護士制度」で提唱してから自由職業の伝統とされてきているところであります。

税理士は税務に関して委任或いは準委任を受けて代理、代行の法律的機能を果たすこととなり、その限りにおいては委任の本旨に従って、専門家として相当の注意義務をもって業務を遂行することになりますが、基本的には「自律の自由」を基調とした「独立した公正な立場」に立っていることを忘れてはならないものと思われます。

(5) 税理士の非営利性

自由職業の特色の最後として第五に、利潤のみを追求する職業でないことをあげなければなりません。伝統的な自由職業は株式会社に代表される営利企業等でないことを肝に銘ずべきであります。ドイツ弁護士法はその第二条に「弁護士は自由職である。その活動は営業ではない。」と明瞭に規定しております。

現在、医は算術の世相といわれておりますが、なお医は仁術の言葉どおりの伝統が生きていることも否定することはできません。また手弁当で人権擁護の為に働く弁護士のいることも忘れることはできません。先般の税理士法改正により「委嘱者の経済的理由により、無償又は著しく低い報酬」で税理士業務を行うことについて定められたことは、小規模事業者に対する税務援助の措置のみでなく、営利のみを追求しない税理士制度の自由職業としての特色を定めたものと理解すべきでありましょう。

しかし、営利を目的としないといっても、欧米においても自由職業階級は相当に高い生活水準が維持されるべきであるとされております。深い学術、知識、高度な技術に支えられた提供業務に対応して相応な報酬が支払われ、比較的多額な所得が与えられるべきであると考えられます。

 (四)むすび

以上伝統的な自由職業の特色を5点あげながら税理士制度について検討したところでありますが、最後に自由職業の一般的特色を指摘したいと思います。それはリンカーンが弁護士として活躍した時代から、自由職業は地域社会に密着した活動をして高く評価されていたことをあげる必要があると思われます。現在税理士は中小企業の顧問として、税務のみでなく会計、経営、金融或いは家庭生活に及ぶまで広く相談に応じるとともに、地域社会における各種活動にも参加して遂次各方面へ進出しており、このことは自由職業への前進の為に喜ばしいことと思われます。

私は税理士制度の後進性を打破して真の自由職業への前進を主張しておりますが、アメリカにおいては自由職業はなお一般的に高い地位と栄誉を誇ってはいるとはいえ、そのあり方に大きな変化が起こっていることにも注目されなければならないでしょう。それはアメリカの社会、経済組織の高度化に伴って、自由職業がその本質を失って組織に組み込まれつつあるということであります。多くの公認会計士が巨大会計法人に組み込まれ、弁護士も官庁、会社に採用され、また組織化されているといわれており、個人医師の形態も変化しつつあるといわれております。

このようにアメリカにおいては自由職業の形態と本質に変化の現象があらわれてきているといわれておりますが、わが国の税理士制度は中小企業及び地域社会に密着した基盤を有しており、自由職業として前進する前途はなお洋々たるものがあると確信しているものであります。

                                                         

 以上私は税理士業界の直面するきびしい情勢についてご報告するとともに、自由職業の特色と税理士制度との関連について若干の説明をしたところであります。税理士制度の改善、整備については、本格的に検討、論述すべき事項が多々あるわけでありますが、ここでは自由職業との関連についてのみふれさせて載いた次第でありますのでご理解賜りたいと思います。

本稿は多忙な会務に追われ、まさに兵馬倥偬の間に筆をとったものであり、充分な推敲もできないままのもので恐縮に存じております。また意見にわたる部分については、私が、業界の責任者である立場もあり、抽象的な表現とならざるを得なかったこともご諒恕賜りたいと存じます。

しかし私は税理士業界の発展と税理士の社会的・経済的地位の向上を祈念して、真剣に本稿と取り組んだ次第でありますので、微意をおくみとり戴き税理士制度の自由職業への前進についてご理解賜れば幸甚と存ずるところであります。

最後までお読み下されまして誠に有り難く、厚く感謝申し上げます。