益子良一税理士の日本税理士会連合会(日税連)会報「税理士界 2004年5月掲載論稿を紹介します。

                 納税者権利憲章法制化の提言

                              東京地方税理士会  益子良一

1.はじめに
 政府税制調査会が、平成14年6月14日「あるべき税制の構築に向けた基本方針」を答申しているが、その“はじめに”の中で、「われわれは短期的な視点というより、21世紀前半をも視野に入れた中長期の時間軸の中でわが国税制のあるべき姿を検討することとした」とし、「構造上の歪みを改める狙いから、結果として負担増の方向になる見直しの部分もかなり生じてくる」と増税になることを明言している。増税路線を国民に理解してもらうためには納税者の信頼確保が大切であり、上記答申でも、「税制全般にわたる改革に取り組んでいくに当たっては、税制及び税務行政に対する納税者の信頼を確保していくことが不可欠である」(“納税者の信頼確保に向けた基盤整備”の項)といっているが、諸外国にあるような納税者の権利を保護する法律ないしは権利憲章の法制化を求めていない。
租税収入によって国を運営する“租税国家”では納税者の協力が不可欠で、OECD加盟国では、近年、国民所得に対する税負担率が高まっていることもあって、納税者を「クライアント(お客様)」と位置づけ、その観点から納税者の権利を保護する法律ないしは権利憲章を法制化している。納税者の権利を保護する法律や権利憲章を定めている国を例示すると、アメリカやカナダ、イギリス、ドイツ及びフランス等、近隣では韓国、最近ではイタリアを掲げることができる。
わが国では、納税者の権利を保護する法律の法制化について、?日本経済団体連合会(経団連)が、「平成16年度税制改正に関する提言」(2003年9月12日)の中で、“納税者の権利の尊重”として、「租税制度に対する納税者信頼を高めるとともに、税務執行における無用なトラブルをなくすためには、税務執行における適正かつ具体的な手続規定を定め、納税者の権利を尊重する必要がある。海外諸国では、納税者の権利保護法や権利憲章を定めている国も多いが、わが国でも少なくとも、税務調査に際しては事前の通知と調査期間の明示、終了の通知を行うようにするとともに、提出書類についても明文化すべきである。また、調査により税額を変更する場合は理由を明記した更正処分によるべきである。さらに税務行政を行政手続法の対象に含めるべきである」と提言している。税制及び税務行政に対する納税者の信頼を確保していくためには、納税者を「クライアント(お客様)」と位置づけ、納税者の権利を保護する法律ないしは権利憲章を法制化していくことが不可欠である。
本稿では、納税者の権利保護のためには、具体的にどのような項目を法制化すればよいか諸外国の納税者権利保護規定等を参考(注1)に提言したい。

2.法制化すべき事項
 納税者の権利保護のために法制化すべき事項を整理すると次のようになる。
(1)税務行政運営の基本理念の法制化
 納税者の権利保護のためには、まず税務行政運営の基本理念を、“原則”あるいは“権利”として規定する必要がある。
具体的には、@税務行政の運営は公正を旨とすべしとする“公正運営の原則”、A内部通達を含め税務行政に関する必要な情報を国民に提供すべしとする“情報公開の原則”、B納税手続きにおいては誠実性の推定を旨とすべしとする“誠実性推定の原則”、C国民の権利利益の保護への配慮を行い、国民の苦情に誠実に対応する“丁重な扱いを受ける権利”、D納税者のプライバシ−を侵害した税務調査(質問検査権に基づく「税務調査」をいう)は無効とする“プライバシ−が尊重される権利”、E税務調査に際しては、“事前通知を受ける権利”が考えられる。
(2)権利憲章の配布と事前照会制度の法制化
 納税者の権利保護が一番問題となるのは、税務調査である。そこで税務調査を行うに当たり、納税者に権利を認識させるために、納税者権利憲章の作成と配布の義務付けを法制化する。すなわち、課税庁は、国民の権利利益確保のために、税務調査に当たっては、代理人を選任することができる旨を含め必要な事項を平易な文章により作成して告知し、かつ、税務調査にあたっては、納税者権利憲章を事前に納税者に提示することを義務付ける。
 また不必要な税務争訟を無くすために、納税者が税務に関する法令の解釈適用又は課税上の取扱いについて、事前に課税庁に判断を求めることができ、課税庁は照会に対して書面で回答しなければならない“一般的事前照会制度(アドバンス・ル−リング)”の法制化も必要であると考える。
(3)事前手続法制化項目
 税務調査に際しては、“事前通知義務”として、14日前までに文書により納税者に事前通知書を送付することの法制化が重要である。
事前通知書には、@被調査者の住所又は所在地及び氏名又は名称、A調査対象税目及び対象期間、B調査を必要とする理由、C調査予定日及び調査場所、D担当職員の部署及び氏名、E代理人を選任できる旨、F調査の日時又は場所の変更を申し出ることができる旨の事項の記載(注2)が考えられる。
また“特定職業人の守秘義務尊重規定”として、医師、弁護士、税理士及び公証人など特定職業人に対する守秘義務を尊重する規定の法制化、また選任された代理人がいる場合、代理人がいないところで調査を行ってはならない“代理人の尊重規定”の法制化も必要である。
調査期間について、調査を受ける納税者に過重な負担を強いることがないよう、事業規模により原則として1カ月以内とか3カ月以内と調査期間の制限を設ける“調査の期間制限規定”や、いったん調査が終了した期間については原則として再調査を禁止する“再調査禁止規定”も必要であろう。
さらに取引先に対する反面調査についても、無制限に行うのではなく、納税者本人の税務調査をしても不明な点が解消できない場合に限定すべきであり、少なくとも被調査者の調査開始前にはできないことや、反面調査を行う場合は被調査者の承諾を必要とする“反面調査の原則禁止規定”も必要である。
(4)税務調査の終了にあたって
 税務調査が終了した場合、申告是認であっても調査終了の通知を行う“調査終了通知書発行義務”、“修正申告慫慂の禁止”、更正処分にあたり白色申告者に対しても理由付記を行う“更正処分の理由付記義務”、また課税処分を行うに当たり、被調査者に処分内容をあらかじめ説明し、意見を述べる機会を与える“事前聴聞制度”、課税処分を行うに際して、不服申立ての権利及びその手続方法について教示しなければならない“不服申立て教示義務”規定等が必要であると考える。
 さらに納税者の権利を保護する上で大切なことは、税務行政に対する苦情を処理するために、イギリスのアジュリケ−タ−(Adjudicator)のような課税庁から独立した税務専門の苦情処理機関を設置することである。それと同時に、国税不服審判所を課税庁から独立させ、中立・公正な権利救済機関とすることが重要である。

3.おわりに
 東京税理士会では、毎年税務調査アンケ−トを実施し、その結果を発表しているが、調査官の態度について、“態度が良い”が33.3%と前年比9.2%減で、“悪い”が7.4%と前年比1.0%増となっている(注3)など、わが国に納税者の権利を保障する法律や納税者権利憲章、税務行政に関する事前手続規定がないため、税務行政の現場で課税庁と納税者の間で不必要なトラブルがあることを示唆している。
本稿では、納税者の権利保護のために法制化すべき項目について述べた(注4)が、法制化に向けて二つの方法がある。一つは、他のOECD加盟国のように“納税者権利保護法”あるいは“納税者権利憲章”として独立した法律を制定する方法である。今一つは、韓国が1996年12月に、国税基本法第7章の2に「納税者の権利」の章を新設し、以後毎年のように納税者の権利保護拡充の施策を行っているように、既存法を改正して実現する方法である。
わが国の国税通則法では、事後救済手続は規定されているが、事前救済手続が規定されていない。そこで、国税について基本的な事項及び共通的な事項を定めた国税通則法の目的に、“納税者・国民の権利利益の保護”を規定するとともに、“税務行政の基本理念”、“税務調査の事前手続”などを明文化することにより納税者の権利保護を実現する方法が、法制化に当たり現実的な手法であると考える。
 いずれの方法を採るにしても、“納税者の権利”の法制化を、早期に実現しなければならない時期になっているといえよう。

注1)諸外国の納税者権利憲章を調査研究した書として、湖東京至編著「世界の納税者権利憲章」中小商工業研究所2002年12月がある。
注2)2002年7月に、民主党、日本共産党及び社民党の野党3党が党議決定を経て共同提案した「税務行政における国民の権利利益の保護に資するための国税通則法の一部を改正する法律案」が参考になる。
注3)東京税理士界2003年11月1日号「税務調査アンケ−ト」より
注4)日経ビジネス2004年3月22号の特集「立ち上がれ納税者、歪んだ徴税権力に“NO”」41頁「日経ビジネス版・納税者権利憲章」参照