友人の梶原 忠吉税理士(山梨県河口湖町在住)に寄稿していただいた論文を紹介します。

成熟社会における社会構造と税

税理士 梶原忠吉

1 はじめに

 現在のわが国の財政事情は極端に悪化している。更に少子化に伴う人口減少及び高齢化の進展により、財政事情の悪化に拍車がかかり、結果として財政破綻が懸念される。

 IMF(国際通貨基金)は、過去25年間の先進国の財政再建を分析したところ、財政再建成功例は、歳出カットを軸としたケースが歳入増を中心としたケースの倍以上との分析結果を出している。

 逼迫した財政の下に、これから迎えようとしている社会がどういうものか、またそのような社会構造における税体系は、どのようなものであろうか。

 

2 財政の現状と将来予想

(1) 悪化の一途を辿る財政

 平成8年度一般会計予算では、歳出75兆1,049億円のうち16兆3,752億円(21.8%)が国債費(借金の元金返済とその利息支払)であり、そのうち利払費が11兆7千億円(15.5%)である。利払費が多額に上るのは国債残高が平成7年度末で221兆円の残高があるためである。一方歳入をみると、歳出75兆1,049億円を賄うだけの経常収入はなく、しかも租税収入は51兆3,450億円(68.4%)に過ぎず、このため国の借金である公債の発行を余儀なくされ21兆290億円(28.0%)もの借金財政となっている。平成9年度(予算案)の公債残高は254兆円となり、昭和59年度の約2倍である。しかも最近5年間の増加は特に顕著である。

 さらに、特別会計等の借入金及び地方公共団体の借入金を含めた長期債務残高は平成9年度末で521兆円にも達し、初めて名目GDP(516兆円)を超えることになる。これは夫婦子供二人の標準世帯当たり1,653万円の借金を抱えていることになる。このような借金経営にも関わらず、社会保障費、公共事業費等の一般歳出は前年度を下回ることはない。

 しかも、縦割り行政を反映してか、例えば公共事業予算の省庁別割り振りは、建設省に68.63%、農水省に20.28%、運輸省に6.86%そして厚生省に3.78%などとなっており、このシェアは過去10年以上に渡りほとんど不変である。(日本の経済100の常識:日本経済新聞社)また、この予算配分は一般予算だけでなく補正予算においても同じ割り振りで行われている。

 平成7年度において、国道の舗装は既に98.3%に達しているのに対し下水道整備率は未だ49%にすぎず、反面、農道を作りすぎたり公共事業の不要不急と緊急必要との区別がなされず予算消化のための公共事業が行われていることは否定できない。このように硬直化した縦割り行政の弊害、そして前年度予算を上回る予算獲得を最優先課題として取り組み、そして獲得した予算の年度内消化が行われてきた。

 これらから、財政赤字を発生させる機構が生成し、常態化した財政赤字予算が連年まかり通っている。累積赤字が増大している日本は確実に債務超過国の道を歩んでいる。この現状下においては、行政の一層の効率化、透明化を図ると共に規制緩和、そして思い切った歳出削減と公平で社会経済に中立でありしかも簡素な税制改革を行うことが国民及び国にとって必要である。

(2) 予想される将来

 人口の減少若しくは現状推移の時代では、人口が増加していた時代と異なり、経済も拡大成長型から飽和凝縮型への転換を迫られることになる。さらに、高齢化が進展し長期債務残高が大きくなるにつれ、金利が上昇し、世界有数の家計貯蓄率も低下しクラウディングアウトにより、さらに経済が減退することが懸念される。したがって、財政支出の削減は、将来の健全なる財政の下に、現在におかれた命題であろう。

 高齢化社会においては社会構造と共に経済構造も変貌することが考えられる。欲望・繁栄及び量的な拡大を図るため、技術革新・生産性向上が叫ばれ、これらに、人口増加が拍車をかけ、国民一丸となり寝食を惜しまずに日本経済発展のための原動力となり働くことが生き甲斐である時代・社会から質的充足・ゆとりが重んじられる成熟した社会になることが予想される。

平均余命も世界一と称されるわが国では、定年60歳では、あまりにも早すぎる。現実に、定年後は、厚生年金受給額が減額されない程度に働きたい人や、生き甲斐のために働きたいという人は多い。老人の概念をアンケートでは、65歳以上又は70歳以上を老人とする回答が多い。しかし、それらの年齢に達している人は、自分では老人とは思っていないが日本の制度が老人としていることを根拠に、それらの年齢を挙げている。

 今後は、厚生年金の受給年齢が65歳になる(昭和49年4月2日以降生まれの男性及び昭和54年4月2日以降生まれの女性)が、しかし歳出の削減は、削減効果の多い社会保障費と公共事業費が最も多いものと思われる。今後は年金給付額の削減、現在のように一律支給でなく受給者の個々の事情を考慮した支給方法への移行そして、受給開始年齢のさらなる引き上げも考えられる。

3 少子化の進展と経済社会構造の変化

 厚生省人口動態調査によると、年間の出生数が昭和25年は233万人であったが、平成7年の出生数は118万人であり、この差は115万人(約50%減)である。再生産年齢(15~49歳)の女性人口千人に対する出生率でみても、昭和25年が110.4人に対し平成7年は38.8人となっており、少子化減少が著しく進行している。合計特殊出生率は昭和50年に2.1人を割り込んで以来、減少の一途を歩んでおり平成7年は1.43人と過去最低の率となった。これらから、わが国の将来人口は、現在の約12,600万人から、2090年(H102年)には低位推計で6,158万人になると推計されている。

 高齢化社会は少子化の進行、平均寿命の伸張及び死亡率の低下が要因として考えられる。更に、少子化は、未婚率の上昇及び晩婚化とそれに伴う晩産化によってもたらされる。晩婚化の要因としては、女性の社会進出・子供の高学歴化に伴う教育費の負担増、平均余命伸張に伴う親からの庇護期間の伸張及び若者の従来の結婚に対する意識変化等が挙げられる。

平成7年の平均寿命は昭和22年と比べ男性で26.3歳、女性は28.8歳も伸びており、定年退職年齢も55歳から60歳(80.4%)まで引き上げられてきた。教育水準の上昇による若年層の就労年齢の上昇や医療水準の高度化により元気で勤労意欲・能力のある65歳以上の人口が増えてきている。今後は生産年齢(15歳~64歳)が5歳上の方向にシフトすることが予想される。

また、コンピュータ化・自働機械化更に女性の社会進出により、就業形態が変化し知識・技能を重視した人選が優先されるようになる。この結果、経験者・熟練者より新技能、新技術を持つものが優遇され、日本型の終身雇用制度及びこれに伴う年功序列制度は、その存在意義が薄れてくる。しかも能力に応じた給与が主流となり、電子情報化の進展による就労形態の変化(SOHO等)、グローバル化による低賃金者層の出現等により、異世代・同世代間、産業間及び地域間の所得格差・就労形態格差・高齢化格差は拡大していくことが予想される。

 

4 大きな政府と高福祉

 日本は福祉重視型財政を昭和48年以後採用してきた結果、社会保障費は平成8年度で14兆2,879億円(昭和35年度1,809億円)となっている。現在厚生年金の受給水準は全受給者平均で月額15万9,483円(平均賃金月額371,356円の42.9%)であり、最近の受給者では21万1,100円となっている。平成7年の男子大卒者初任給が19万4,200円であることを考えるとかなり充実している。ちなみにスウェーデンでは、65歳から基礎年金(夫婦)58,442円と付加年金63,299円が支給される。平均賃金月額218,548円の55.7%である(1993年)。

 わが国では、21世紀中は65歳以上の人口が25%以上(生産年齢15~64歳の場合)を占めるため、現在のように誰でも平等に受給できる社会保障制度では、年金・医療等の社会保障額は膨大な額に上ってくる。この費用を賄うための公債の発行はもはや不可能である。増税に頼らざるを得ない。

このため政府税制調査会は、「歳出の削減合理化と共に、歳入の中心である税収の改革も重要な課題である。現在わが国は、大きな経済力を有する人に大きな担税力を求める所得課税を中心とした「垂直的公平」を重視した税体系を構築している。

 しかし、「所得の平均水準が高く、かつ平準化が進んでいるわが国においては、経済力が同等の人々には同等に負担を求めるという「水平的公平」の意義はより大きくなっており、消費に比例的な税負担を求める消費課税は水平的公平を確保する上で有益な税制(政府税制調査会:これからの税制を考える−経済社会の構造変化に臨んで)」と、財政構造改革の中心的税制は消費課税であるとし、今後は所得課税中心の税体系から消費課税を中心とした税体系への移行が必要であることを示唆している。

高福祉高負担(大きな政府)は、自分の働いた報酬の大部分を租税及び社会保険料等として国に委託し、その配分を国に委ねる制度である。国は福祉を立案し運用資金を国民に割り当て、国民はその費用を負担する。受益と費用との対応関係が薄れているので、国民はさらなる受益とその拡充を求め、国はそれに対応していく。国会議員は国民の要望の強い福祉の充実・拡充は公約するものの、それらの削減・縮小には消極的である。そして、構造的に財政需要が拡大し、結果として国民の負担が増えていく。

 この制度を更に推し進めていくと社会主義に近づいてしまうことになる。社会主義国家の存立基盤の脆さは周知の事実である。

 国の財政規模が大きくると、財政の赤字が景気悪化につながり、民間の活力はそがれ、豊かな社会とは大きくかけ離れてしまうおそれがある。活力のある社会は、国民一人一人が国を動かす原動力となることであり、自助努力を惜しまず、活性化された経済の中で互いに切磋琢磨する社会である。分配の不平等性には経済再生の原動力として積極的に評価されるべき側面がある(平成9年2月5日日経朝刊:日本総合研究所 藤井英彦)。そして、自由主義社会は、自己管理の下に自らの所得を自由に処分することができるシステムである。

5 活力のある社会における税制

(1)地方分権と地方統合

 社会構造の変化に対し財政及び税制は、迅速に効率よく対応する必要があるが、国が税を徴収して地方に交付金、補助金等として分配する現行制度では、競争原理が働かないため効率の良い行政運営は図れない。

 それぞれの地方が、それぞれに応じた財政・税制を構築することが、効率の良い迅速な対応が期待できる。すなわち地方分権に伴う広域行政の勧めである。国の役割を地方へ委ね、同時に民営化を促進し、国は国防・外交等一定の行政分野を担い、地方間の連絡調整機能を充実する。更に、首都機能を東京から分散し、地方分散型首都機能を持つことがこれからの日本には必要であると思われる。地方分権、民営化により地方間、企業間の競争原理が働き尚一層の効率化が図られ活性化が促進される。これにより住民の居住、教育、就労の選択肢が広がっていく。

(2)見込まれる消費課税の将来

社会構造の変化に対応し活力ある社会に沿った税体系とは、どのようなものだろうか。

税の課税客体としては、収入、所得、貯蓄、財産の保有・移転、支出、消費そして人、居住環境若しくは受益度合い等が考えられる。これらは互いにそれぞれの長所短所を補完しながら税体系を構築する必要がある。また、人の一生を通じた生涯課税とするのか、次世代若しくは数世代を視野に入れた税体系とするのかも重要な要素になる。

 これからの社会におけるリリーフ的な存在として、最近の議論の中心に常に存在する消費課税は、高齢化社会にどのような影響を及ぼすであろうか。1%の税率で約2兆円の税収である。5%では10兆円である。平成8年度国家予算が約75兆円であるので消費税の税収規模は相当なものであり、更に地方消費税の税率も消費税の税率に連動している。

平成8年度の所得税収入のうち源泉分は16兆5,580億円であるが、これは消費税率約8%分に相当する。すなわち、消費税率8%アップで日本中のサラリーマンの給料から所得税を源泉徴収しなくてもよくなる。また、消費税は景気にあまり左右されないことでも知られている。平成7年の家計調査によると全世帯月平均消費支出は329,062円である。日本の世帯数約35,700の年間消費支出を算出すると約1,410兆円となり、これを課税客体とする消費税は所得税収及び法人税収を超えて税収ナンバー1になる素質と要素を兼ね備えた税目である。

(3) 消費課税が経済に及ぼす影響

 消費税は、「税体系全体として税負担の公平に資するため所得課税を軽減し、消費に広 く薄く負担を求め・・国民が公平感をもって納税し得る税体系の構築を目指して行われる」とする税制改革の一環として平成元年4月に導入された。導入時の税率は3%という他国に例をみない低税率と限界控除、簡易課税制度及び免税事業者制度等を設け、そして一部の課税事業者・免税事業者の消費税不転嫁により物価にはさほど影響が出なかった。

仮に、15%(英)、17.5%(独)の消費税率であったら、物価は上昇して消費は冷え込み外国との内外価格差はさらに広がり経済は急速に失速したものだろう。3%税率の消費税は、これから本格的に高率の消費税が導入される前の予防接種で、国民に免疫を持たせるには非常に効果のある税体系であった。しかも所得税・住民税減税、法人税・相続税の減税そして物品税廃止いうおまけまで付いており、増減税セットで減税(2兆6千億円)になることが強調されていた。しかも物価への影響は1%強であった。

 財政赤字が膨らみ、公債償還費及び利払費が増大し、高齢化・少子化が進む中で所得課税での増税は国民の合意が得られないため、政府は税痛感の少ない消費税を財政赤字等の財源に充てようとしている。社会保障費との関連では、日本経済新聞の政府税調会長の会見記事が載った。『5%よりさらに消費税率を引き上げる必要があるかとの質問に対し「公的介護保険が議論の途上なので、将来の社会保障の費用が明確でない」と加藤税調会長は回答している。このことは、「消費税率を5%以上にできないのは公的介護保険の創設が決まっていないから」であり、裏返すと「公的介護保険ができれば、消費税率は5%以上にする」。このことを自民党の山崎政調会長も発言したことを24日のTV ニュースで報じていた』

(平成8年4月28日の日経朝刊)

 今後消費税率が上昇することが容易に予想されるが、単一税率は5%迄は何とか持ち応えられるが、5%を超えると、もはや単一税率では持ち応えられなくなる。衣食住に関連するものについて、欧米並に軽減税率若しくはゼロ税率の要求が強くなり、複数税率は必須となってくる。その結果現在の帳簿方式からインボイス方式への移行は確実であり、今時改正の「帳簿及び請求書等」はその布石であろう。

 高税率で複数税率になると、益税問題がクローズアップされてくる。益税問題解消のため免税点を西欧並に1,000万円以下としたり、インボイス方式導入により簡易課税制度適用事業者の大幅縮小若しくは同制度の廃止が考えられる。さらに、消費税は申告納税方式を採っているため、その申告が適正かどうかを確認するため税務職員の大幅増員も予想される。(フランスでは1954年に付加価値税が創設された。1960年から30年間で税務職員を6,000人から30万人と50倍に増やした。:消費税はやはりいらない:八田達夫東洋経済新報社)

6 結びに代えて

 わが国は諸外国と比べ、物価が高いことで知られている。高率の消費税率を採用すると、内外価格差が更に拡大し、円安基調に拍車がかかり国内価格が上昇し景気が悪化するおそれがでてくる。また、消費課税の持つ逆進性が顕著に現れ、更に益税問題も無視できなくなってくる。これらを防止又は縮小するためには、複数税率及びインボイス方式の採用と税務職員の大幅増員が必要である。

このように消費税は、税率が高くなると内在する構造的欠陥が表面化し、消費税偏重の税体系では所得格差が増大し公平の意味が乏しくなってくる。また、その目的である社会保障にも影響を及ぼしかねない。税制は経済に対して中立でなければならず、しかも税制が経済を抑制するようなことがあってはならない。

 従って、活力ある税制は消費課税ではなく、所得の再分配機能を持ち納税の実感のある所得課税を中心とした税制度を構築することが望ましい。但し、現行所得税は総合課税に集約し、課税最低限を引き下げ、更に税率階層を少なくしブラケットの幅を広げる等の見直しが必要である。今後の機械化・情報伝達手段の高度化そして通信基盤高度化の進展等により税務行政事務の簡素化・省力化が行われ税務職員の増員もそれほど必要なく円滑な事務運営が行われると思われる。さらに消費税課税は所得課税の補完税としての位置付けが適当である

 目的税は、あるレベルまでは有効に働くが、それを超えると硬直化と既得権益化することが多いので極力避け、税制は一般会計を中心として運用することが望ましい。更に一般会計から特別会計へ繰り入れる等不透明な財政構造は避け、使途については情報公開と外部監査の充実を図り効率の良い財政運営を行う必要がある。

 国と地方の役割分担そして民営化等により財政規模を縮小し、その痛みは国民と共に政府も分かち合い来るべき未来に備えることが大切であると考えたい。