東京税財政研究センターの協力を得て、視察報告書「納税者の権利とアメリカ合衆国内国歳入庁(IRS)の改革」の一部をこのホームページに掲載することになりました。米国における最近の納税者の権利保護状況と内国歳入庁の改革の状況が報告されております。

納税者の権利と合衆国内国歳入庁(IRS)の改革〜アメリカ税務行政視察記〜

(2000年5月)
東京税財政研究センター(理事長 吉本 貢)
同センター米国税務行政視察団 事務局長 熊澤 通夫

目次

はしがき〜旅行の目的〜

パート1 IRSの改革
・効率からサービスへ理念の転換
・課税部門別から納税者対応型へ〜組織改革〜
・すすむ電子申告
・変わる人事考課

パート2 税務行政の特徴と納税者の権利保障
・強大なIRSの権限
・アメリカ合衆国納税者権利章典
・補強された納税者権利章典の内容と評価
・納税者権利保障制度と権利を守るもの


地方税のプロムナード
・納税者重視のカルチュアー
・州にあった納税者権利章典
・地方税アラカルト


むすびにかえて〜アメリカ税務行政「学」事始〜
旅行記「大きさと親近感と奥深さ」副団長 増田晃一


付 アメリカ税務行政視察団の日程表
団員名簿


はしがき

アメリカ合衆国内国税の税務行政執行部門を内国歳入庁(INTERNAL REVENUE SERVICE。以下IRS)とよびます。わが国の国税庁は占領下IRSに似せてつくられました。

アメリカ財務省の外局であるIRSは下部組織に4つの国税局、その下に支署を持つ33の税務署、申告書収受をはじめ内部事務の大部分を処理する10箇所の計算センターをもち、11万人強の職員をようする大きな組織です。

IRSが組織の大改革にのりだすと日本の新聞でつたえられたのは三年ほど前でした。このころから東京税財政研究センターのアメリカ・カナダ研究チームは、風間税理士を中心にこの問題を追いつづけました。

その結果、IRSの改革は大項目で分類しても第一、IRSの組織改革。第二、電子申告。第三、納税者の権利。第四、IRSに対する議会の責任。第五、収入の相殺制度。第六、租税の技術的修正の六項目におよび、修正された内国歳入法典の条文は約200という大規模なものであることが明らかになりました。

このため「行かなければわからないかな?」から「百聞は一見にしかず」ということになり調査団編成を決めたのが99年1月中旬、出発が同年9月1日、団員19人で成田をたち、10日間の日程でシカゴ、セントルイスへと調査の旅に向かいました。

調査目的は1998年IRS改革法〔1998年7月2日クリントン大統領署名〕を中心としたアメリカの税財政制度を調査研究することとし、具体的には以下の4点を重点項目としました。

 1.IRS改革の内容・目的・特徴
 2.納税者の権利保障制度
 3.IRSの電子情報システム計画〔電子申告〕の内容と納税者・会計事務所との関係
 4.ミズリー州の税制と税務行政

このパンフレットではその中からとくに重要な課題の紹介に内容を絞り込み、パート1ではIRS改革の内容と電子申告を、パート2ではIRSを中心とした税務行政の紹介をしながら納税者権利憲章の生い立ちと修正の経過をたどり、評価をくわえ、おわりに聞いてみて驚いた地方政府の税制、税務行政をスポット風に紹介してみました。

あわせてこの問題に興味のある人なら誰でも読めるものにして、日本の税務行政民主化に僅かでも貢献できたら望外の幸せという願いも込めてあります。

専門的な課題別報告書は別に用意しているので、興味のある方はそちらも是非ご利用下さい。

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団体で行う外国の調査研究旅行が成功するかどうかは、現地の受入体制で決まります。

今度の旅行でこのような報告が出来るのは中村芳明青山学院大学教授の特段のお力添えとマクメニスワシントン大学教授のご好意によるものでした。またピートマーウィック日本事務所、JTB虎ノ門海外旅行部のご協力がありました。

おかげで私たちを現地で受け入れていただいた組織はワシントン大学ロウスクール、セントルイス弁護士協会タックス部門、ピートマーウィックシカゴ事務所、ご協力いただいたのはIRSのセントルイスリージョナル事務所、ミズリー州政府、ミズリー州最高裁判所、セントルイス市、米国公認会計士・登録代理人岡田一郎氏等と多彩になり、団員の多くが帰国後「しばらくアメリカが頭から離れなかった」というほど強烈な印象を残した実り多い旅となりました。

ご協力いただいた方々にお礼を申し上げます。



パート1 IRSの改革

・カスタマー サービス〜理念の変更〜

IRSの使命は「最小のコストで適切な税収を徴収する」ことであり、IRS職員がこの使命を遂行する仕事を「普段に改善することで大衆に奉仕する」とありました。

これを改めて、IRSが納税者に奉仕し、ニーズにこたえることを新しい使命として、納税者を「カスタマー」すなわち信頼できてつきあいの多い顧客にみたて「カスタマー サービス」としたのです。

帰国後しばらくして「毎日、カスタマー サービスと呪文のように唱えている」という便りが、本調査団副団長を務めた藤原税理士から届いたように、サービスとは無縁のわが国税務行政とつきあっているわたしたちにとっては、とまどうばかりの言葉でした。

その内容ですが、IRS改革法の指針となった合衆国議会上・下院と民主・共和両党の大合作報告書「新しいIRSの未来像」は、IRSがどのような公的機関あるいは民間会社よりも多くの人々に接触し、連邦歳入の95%を確保している国家にとって死活にかかわる重要な組織であると位置づけ、そのあとに以下のような改革の考え方を続けました。

いま「アメリカの税制への信頼を回復するIRSの変革」が必要である。そのために「ほとんどのアメリカ市民は、税の公正な分担を引き受ける気持ちがある」という認識にたち、自発的に税法が守れる(コンプライアンス)ことを「容易にする」ため、公正で効率的で「納税者に親しみやすいものにする」ことに焦点をあてた改革を行う。

この点についてグラハム・京子(以下G.京子)米国公認会計士(ピ−トマーウィックシカゴ事務所)は「法の番人からカストマー サービスへ使命の変更はIRSのカルチュアーを変えるもの」であり、そのことで「コンプライアンスをつくりだす」と解説し、世代交代が必要なほど長期的な課題になるだろうと感想を述べていました。

では、この理念変更で実際にIRSの行政は変化したのだろうか。

その判断はわが国のように「カスタマー サービス」とはかくかくのことであるという法律上の定義があるわけではないので、関係者の主観的判断にまかせるしかありません。

G.京子さんは「若い世代は親切になったが年配者は変わらない」といい、M.ビトナー弁護士(IRSミズリー地区顧問弁護士)は「サービスが向上しましたか」というわたしたちの問いにちゅうちょなく「イエス」と答えたところ、同席していたD.ケラー弁護士(ブライアン法律事務所租税部門責任者)が、大声一番「ノー」と否定、参加者が爆笑する一幕もありました。

しかしこの問題を税務行政の「建前と本音の使い分け」という日本的尺度で判断するのは誤りのように思います。

たとえば議会はIRSに対して「カスタマー サービス」への使命変更による職員の教育・訓練を求めていますし、IRS自身が新しい使命について「公正な課税額を最低のコストで徴収することであり、提供するサービスを継続的に改善することによって国民に奉仕することであり、また、国民から最高の信頼を勝ち取るような方法で業務を実施すること」と述べています。あるいは内部にサ−ビスを高める「デザイン委員会を作り対立関係にあった当局と職員組合の代表が同じテーブルについて具体案を討議している」(ビトナー弁護士)ともいいます。

ミズリー州政府の歳入部門ではこれまで納税者の欲しているものはなにかを考えなかったので「カスタマー サービス」を充実するために納税者のニーズを聞くアンケート調査を実施し、分析した。その結果納税者は「公平な税金であれば払うが、不公平ならば1セントたりと払いたくない」ということがわかった。

「納税者が自発的に簡単に納税できるシステムをつくることが私たちの義務である」(C.フイッシャー歳入局財務担当責任者)という具合です。

さらに後から紹介する機構改革あるいは人事考課制度もこの問題と切り離すことが出来ませんから、時間をかけて観察し評価すべきこれからの研究課題ではないでしょうか。

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参考にわが国税務行政の基本方針を紹介しましょう。

「申告納税制度の下における税務行政の課題は、納税者のすべてが租税の意義を認識し、適正な納税を行うことにより、自主的に納税義務を履行するようにすることである。税務運営に当たっては、一貫して、この課題の達成を究極の目標として追及、その基盤を着実に築き上げていくことをその基本としてきた」(国税庁30年史。)もので、納税者の権利という考えがなく、納税義務の強制に力点がおかれています。

・IRSの組織改革

このような使命の変更と公正で効率的な行政機構を作るため、1999年から大きな機構改革に着手し3年後の2001年に一応の完成を見る予定です。その主な内容は、第一にトップに民間人を登用し、またIRSを監督する理事会を新設し、監察制度を強化したほか、上級公務員の給与支給額を弾力化しました。

第二にこれまでの日本と同様な地域別・部門別の組織から、納税者の所得や業態に応じた機能別組織に再編します。

第三に納税者擁護官が国家納税者擁護官といかめしくなりました。


(トップの改革)

第一のトップ人事と機構です。

まずIRS長官は大統領任命職ですが、この改革を指揮する長官に民間出身で国際金融業に携わった経験があるロゼッテイ氏をあてました。給与は副大統領と同額です。

つぎに9人で構成され、IRSの戦略計画を監査し、承認すること、税務行政の近代化、職員の教育・訓練を監督すること等の権限を持つ「IRS監督理事会」(IRS OVERSIGHT BOARD)を新設しました。任期は5年、給与は民間出身者の場合年収3万ドル(理事長は5万ドル)ですが、在任中は税務代理人になれないなどの兼業制限がつきます。また、このメンバーのうち財務長官、IRS長官、職員代表以外の6人は上院の助言と同意を得て大統領が任命するのですが、就任できる資格の条件として顧客サービス、情報技術、組織開発、大きなサービス提供組織の管理、中小企業問題のいずれか一つに専門的知識を持っていることが要求されていまます。

三つめにこれまでの監察制度が十分機能していなかった反省から、議会の助言と承認の下に大統領が任命し、財務省長官の監督下で、同長官に報告義務をおう「税務行政担当主席監察官」(以下 主席監察官)を財務省におき、1200人のIRS上席監察官職員のうち900人をここに配置替えしました。

主席監察官は監査担当次席監察官と調査担当次席監察官を任命しますが、この三人は就任前2年間、職を離れて後5年間IRSへの雇用が禁止されます。

職務は(1)税法の経済的・効率的・効果的執行の管理を促進するため、またIRSの計画と執行における不正や濫用防止のために、IRSの執行の監査・検査・評価を指揮し運営する。(2)納税者権利保障法や公務員の倫理基準に違反するような刑事上、行政上の違法行為を調査する。(3)IRSが情報公開を拒否した一定の事案についてその1%を無作為で選定し監査する。(4)IRS職員の違法行為に対する苦情を受理し記録するの四点です。

権限は強大で、主席監察官が行うどのような監査や調査であれ、それに着手し、実行し、完了すること、その過程で召喚状を発することについて、上司である財務省長官も妨げたり禁止することができません。また捜索、逮捕令状の執行等のほか、小火器の携行や令状なし逮捕の権限まで認められています。

このほかIRS長官の権限で専門的知識を有する上級公務員を例外的な高給で採用する道が開かれました。

「カルチャーを変えるためにトップをまず変えた」とG.京子さんは説明していました。


(組織の再編成)

第二の機構改革では、地域別組織から「賃金と投資」部門、「小企業と自営業」部門、「大規模企業と中規模企業」部門、「免税組織と公営企業体」の機能別4部門に再編成し、それぞれに対応した4ヶ所の統括機関をおき、その下部にこれまた機能別につくられた税務署を配置しています。ただし「大企業・.中企業」部門は産業別に仕訳されてそれら産業の中心地に事務所を置く形になっています(組織図の新旧対照は表参照。)

この機構改革について「事業単位(BUSSINESS UNIT)としての改革」(ビトナー弁護士)で、改革後、職員は(あれもこれもやらなければならなかったり、不慣れな仕事から解放されて)「事業所得関係の納税者に仕事が集中できるようになる」(同上)といいます。

また納税者側から見ても、IRSは事情を良く知っている職員が対応するので「カストマー サービス」が向上すると説明している(G.京子さん)そうです。

その内容に踏み込むとこの改革は副団長増田晃一税理士が「きわめて戦略的」と評していたように、電子情報化と経済の国際化をにらんでつくられたものであるとおもえます。

そのわけは機能別組織への再編が納税者へのサービス重視というだけでなく、正確な申告が求めやすくなり、「賃金・投資」部門があつかう約9000万人の納税者をまず電子申告の対象とします。

「大企業・中企業」部門は納税者数が約190万件ありますが、このうち資本金250万ドル以上の多国籍企業は18万社程度で、税務調査をこれら企業に集中することがIRSの方針といいます。

そのためIRSは改革法の改正で大企業が独自に開発したコンピュターソフトを調査できる権限を手に入れました。

H.チャールズワシントン大学助教授はこの法改正を、次のパートで紹介する「守秘義務」が保障された特権をもつ職業の拡大と挙証責任転換とともに重視すべき改革の一つにあげました。

そしてこのシナリオはつぎのようにつづきます。

IRSは多国籍企業にとって秘密中の秘密である原価の内容まで入手しするなど膨大な情報を蓄積しつつ、他方で事前協議制のような話し合いで税額を決める場をもうけ、有利な立場から適正な申告を求めることができる。

なお、大企業の場合に話し合いで課税額を決めることが常識のようで、そのための代理人がみとめられているとのことです(アームストロング テイスデイル弁護士事務所の解説。)


(納税者擁護官)

第三の国家納税者擁護官制度はわたしたちが旅行出発前の学習で興味をひかれた問題で、たとえばW.オーブソン国家納税者擁護官は議会あての書簡で「わたしはこれまで『政府の利益を守る』という言葉に親しんできましたが、98年IRS改革法を研究し、この文言と一致した精神を職務に適用するということは、『政府の利益を守るとは歳入を最大限に確保する』という哲学からIRSを解放する」(1999.2.10)ことになると述べたあと、地域納税者擁護官が独自の回線で電話をひいたこと、無料電話による相談をはじめたこと、税務行政の公正、公平を高める勧告をする等のためにタスクフォースをつくったこと、さらにボランティヤによる市民擁護委員会を作ってカスタマー サービスの向上を図る計画である等の具体的行動を報告していました。

しかし旅行中、G.京子さんが「評価のわかれころで(実質的には)オンブズマンと変わらないのでは?」と触れた以外にこの改革を取り上げた人が一人もいなかったし、話題にもなりませんでした。録音権のときもそうでしたが、こちらの思い込みとのすれ違いなのかもしれません。そういうわけで制度の簡単な解説にとどめます。

1988年の第一次納税者権利憲章でつくったオンムズマンを96年の第二次改正で納税者擁護官と立派な名前に改めました。

納税者擁護官はIRS長官によって任命され、職務権限は、税務執行上に起きた問題について、解決あるいは緩和のために納税者を援助すること、IRSの扱い方を判断すること、執行の変更を求めることおよび法的緩和措置を判断するほか、納税者が非常につらい仕打ちを受けているか、受けた場合には、職権またはその納税者の求めにより援助命令を出して財産差押えを解除したり、その納税者にたいするIRSの一切の行為を禁止する等のことが出来ます。

また、活動報告を上下両院の関係委員会に毎年提出することが義務づけられていました。

IRS改革法ではこれらの職務権限を引き継ぐほか、名称を国家納税者擁護官といかめしくし、任命権者を財務長官に格上げしました。また任命前2年間IRSの職員であった者の採用を禁止し、辞職後5年間はIRSの職につくことを禁じましたから、民間人起用となります。

くわえて下部組織に地方納税者擁護官をおき、IRSの執行部門とは独立した事務所とし、擁護官の判断で納税者から相談された情報をIRSに開示しなくてもよいとされました。

わが国には税務行政の執行過程で生じた問題を救済するために執行部門と利益相反する組織を内部に設けることや、民間人を起用するシステムがまったくありませんから、この制度はこれから研究を深めていく宿題になりそうです。


・すすむ電子申告

1997年に提出された電子申告の数は約2000万通でしたが、IRS改革法では2007年までに総数約1億5000万通に達するすべての申告書の80%をペーパレス化する長期目標をかかげ、そのために市場原理の利用と民間と協力する方針を決めました。

この電子申告の現状と将来展望をJ.ロウレンスIRSミズリー地区電子申告調整官からスライドを使って聞くことが出来ました。まず、その内容を紹介しましょう。

1.電子申告に利用するソフト(IRSe−file2000)はIRSが認証したものに限り、民間企業が作成し市販している。この市場に参入した企業数は約50社で、価格は低下を続けており、無料で配布している会社もある。

2.1999年に受け付けた電子申告の数は2700万件で、実施をはじめた1995年には1000件に過ぎなかったから、年々急増してきたことになる。

3.急速に増加してきた背景にはまずパソコンの普及があり、1998年全米で所有している世帯数は約4400万件、8000万人の人がインターネットに接続している。

つぎに申告が簡単で、たとえば18歳から19歳、独身、低所得者の場合、10分で申告書が完成、提出できる。

4.現在、急成長している利用者のプロフィールは30歳台〜45歳台の既婚者。高収入の人。還付金の多い人。(個人レベルで申告書の書式が3種類あるが)複雑な申告をする人である。

5.約半数の納税者が申告書の作成を弁護士、公認会計士、税理士、申告書作成業者(これら職業ををまとめてタックスプロフエッショナルと呼んでいた)にたのんでいるが、電子申告では81%の人が依頼していて電子申告に欠かせない職業である。

6.電子申告書作成のビジネスはIRSへの登録を必要とするが、無資格の人でも算入できるし、たとえばH&Rブロック社のように無資格の人が増加している。

7.申告書の本人署名はカストマーズ電子番号に変わるし、IRSからの納税者確認には別の番号を使用して二重の保障措置をとる。納税者にとって電子申告は納税を銀行引き落としにかえらるし、還付が早くなるという利便があり、IRSにとっては計算ミスが激減した効果があった。

   (筆者注。ミスの割合は手書き申告書の17%から0.5%に激減したという。)

8.これからの計画としてまず給与所得者の電子申告普及を重点とし、ついで小規模事業者へすすめていく。個人から手をつけたのは申告者数が膨大なためで、その費用効果を分析中である。

歯切れ良くまとまったこの報告をしてくれたロウレンスさんは若く、美しい女性でした。

そこで早速、日本へのお土産にしようとコンピューターーの専門家樋山実さん(文京区役所)がe−formを買いに何軒か電気店などをあるいてくれたのですが、セントルイス市内では見つかりませんでした。多分、専門店に行かないと入手できないのではということで空振りになりました。

なおこの説明にでてきたH&Rブロック社は、わが国で規制緩和の対象になるかもしれない確定申告代行業務の大手で、自社で作成した還付申告書の還付金を担保にローンをくむというユニークな商売をしていることもさきの解説で紹介されました。

同社はニュヨーク市場の上場会社で、1999年現在ユーザー数約1800万人、オフイス数はアメリカ国内に約900箇所、イギリスに約1000箇所、このほかオーストラリアにも進出するなど国際ビジネス化をすすめつつ、住宅ローン融資などのフアイナンシャル事業にも手をのばています。

シカゴで講演いただいた岡田一郎米国公認会計士・登録代理人(Enrolled Agency 注参照)は、同社が弁護士、公認会計士、登録代理人を雇用し、税務全体を処理できる動きをしていると指摘しました。日本にも上陸するのでしょうか。

セントルイス市に同社の事務所があるのを発見した中西良彦税理士と岡田俊明さん(全国税)が地図をたよりにたずねあてたところ、オフイスの中は雑然と並んだ机と椅子だけ。

同社タックス・サービス部門の常勤スタッフは3000人とも4000人ともいわれていますが、しょせん季節労働のアルバイトが低い賃金で確定申告書を作成しているという印象だったといいます。事実、同社の発表では1月から4月までの臨時スタッフは約5万4000人、家庭の主婦、学校の先生や退役軍人という人たちが多いといいます。

日本では去年6月、国税庁が電子申告の研究会を立ち上げ、アメリカよりも壮大に全税目を電子申告化したい姿勢をしめしていますが、いまのところ申告書の自書「強制」がその準備といわれているくらいで、納税者と関係方面への影響がどうでてくるのか、外部からまだ見えてきません。

(注)  登録代理人。アメリカでは無資格者でも納税申告書を作成することができるので、わが国のような独占権をもった税理士業は存在しないが、連邦政府が租税に関する訴訟事案で法定代理人になれる資格試験試験を2年に1回行っている。この試験に合格するとEnrolled Agencyの資格が与えられる。ここではこの資格がある人を直訳して登録代理人いうことにしました。)


・人事考課制度の改革

IRS改革法制定にあたってアメリカ議会は納税者、現場の職員等を招き公聴会を開きました。以下の証言はその中の一つです。

ロス上院議員が提出した『サンフランシスコ税務署調査部』名の文書で「1時間あたり1000ドルの査定を目標としている」という資料について、ウエスト・コーストの調査官は「この手のシステムが幅をきかせており、IRS職員は非公式に執行割合の目標が決められているので、納税者権利保護法に反し違法のおそれがある割り当て課税を行っている」と述べた(アメリカ上院財政委員会公聴会 開催年月日97・9・22〜9.24。)

88年に納税者権利憲章が制定されて以後、明確に否定されたはずの増差税額や徴収率などによる目標管理がまだ生き残っていて、議会がIRS改革法案作成作業前にでたクリントン大統領のIRS改革案でも「IRS職員に対する増差税額や滞納整理額という目標管理や業績評価を禁止する」と改めていわなければならないほど一般化していたのは、わたしたちの思いもよらない出来事でした。

だからIRS改革法が成立した現在、どのようになっているのかに興味がありました。

IRS顧問弁護士ビトナーさんは(割当課税のような数字を使った)業績評価はまったく行っていないと強調、IRS職員はそれをしないと年4回も宣誓していると力説しました。またIRSと利害を異にする弁護士、公認会計士、税理士など多くの人にも聞いてみたのですが、いまは行っていないと明確な答えが返ってきました。

くわえて職員が行った一定の行為について解雇を含む厳しい法的措置がとられました。ビトナーさんの言葉をかりるとコミッショナーに解雇する権利を与えたもので、IRS職員から10の「死の掟」(The “10 Deadly Sins”)と恐れられているといいます。内容は以下のとおりです。

死の掟 10ヶ条

1. 差押さえには差押さえの権限を認める文書または署名を必要とするが、それを得ることを故意に怠ること。

2. 納税者(代理人を含む。以下同じ)の事案について宣誓したにもかかわらず虚偽の文書を提出すること。

3. 憲法およびその他法令で定められた納税者及びIRS職員の権利侵害を行うこと。

4. 納税者に対し犯した過ちを隠すために文書を偽造しまたは破棄すること。

5. 納税者、IRS職員を殴打すること。

6. 納税者またはIRS職員に対して、法令、規則、通達またはIRSの方針に反し、報復や脅迫を行うこと。

7. 議会が要求する情報を隠すため守秘義務を故意に乱用すること。

8. 税務申告を故意に提出しないこと。

9. 故意に過少申告すること

10.個人の成績を上げようとして納税者を調査で脅迫すること。


数字による目標管理をしないで、また「カストマー サービス」を使命とする場合、IRS改革法では職員の仕事ぶりを質的に評価するとしているが、人事考課の基準が具体的にはどのように変わるのかもわたしたちの知りたい課題でした。

このことについて旅行中に何人かの人に聞いたのですが「納税者をフェアーに扱うことが評価に加わる」程度しかわかりませんでした。が、帰国後、樋山さんがIRSの人事評価を調査する手がかりになりそうな面白い論文を研究会で配ってくれました。

内容を大胆に要約するとIRSはこれまでも民間企業を含め最先端をいく経営管理を行ってきたが、「2000年プログラム」では自発的で正確な申告書作成を促し、かつ徴税コストを引き下げるために職員の仕事の質と適時性を原価計算で評価する手法(Activitiy−Based Costing System.略してABCM)を開発し、いくつかの税務署をモデルに試行してきたといいます。

たとえばコンプライアンスの費用効果分析では、徴収部門で内部事務と外部事務を完全に切り離して滞納者・無申告者への接触率を高める。この結果うまれる徴収額の増加を「効果」、そのために投入したコストを「費用」として原価計算し、成果を昇進、昇給等の人事管理にも利用している(桜井通晴 藤野雅史「アメリカの内国歳入庁(IRS)における行財政改革」行政&ADP 1999年4月号。)というもので、わが国の国と自治体行政合理化推進のため職員向けに書かれたものでした。

目標管理はなくなったけれども、効率化が接着剤になって「カスタマー サービス」と「コンプライアンス向上」を結合した新しい人事管理手法を開発しているようです。


パート2 税務行政の特徴と納税者権利章典

・強大なIRSの権限


(質問検査権とサモンズ)

団の誰かがわが国の現況調査を雑談で紹介したところ、IRSに勤務経験のある若手弁護士ニックさんから「クレイジイ キャッツ」の「クレイジイ」を三連発されました。

犯罪に係る調査は別として、いわゆる任意調査の場合、文書で調査日時、場所、納税者が用意すべき記録と調査後の不服申立て、訴訟の手続きまで記した事前通知(コンタクトレター)が義務づけられている国からみたら、無予告で捜査令状なしに家宅捜索までしてしまう現況調査は狂気の沙汰に思えたのでしょう。

アメリカの納税者権利憲章は、権利憲章の国際比較を研究している増田さんによると、数ある権利憲章の中でもっとも詳細で厳格な行政手続きを定めているといいます。

しかしそれは「強大なIRSの執行権限に対して、同等の力で納税者の権利を守る」(中村芳明青山学院大学教授の説明)ものとして生まれ、発展してきたものでした。そういうわけなので、少々、調査と徴収についてIRSのもつ強大な権限の一部に触れてみましょう。

内国歳入法が定める質問検査権の目的は「1.申告書の正しさの確認、2.申告義務があるにもかかわらず無申告の場合の申告書作成、3.納税義務の決定、4.租税の徴収」です。

この目的を遂行するためにIRSの調査官は、1.調査に関連しまたは調査にとって重要であるかもしれない帳簿、文書、記録その他の資料を検査する権限を持ち、2.調査に関連がありまたは調査にとって重要であるかもしれない証言を関係者に宣誓の下でおこなうことを要求する権限をもっているほか、3.納税義務者、調査対象となった企業の役員、使用人、納税義務者の事業に関する文書等を保管している者、および担当調査官が適当であると認めたすべての者にすぐあとで紹介するサモンズを発し、質問検査することができます。

広範囲におよぶ質問検査権は、挙証責任、時効の延長によってさらに強力なものとなり、とくに司法権が税務行政に関与するサモンズ制度が間接強制の効果を発揮するのです。

まず申告書が正しいものであるという挙証責任はすべて納税者がおうので、調査を経験した現地法人や自営業者から話を聞くと、立証できればO.K、できなければ弁明に耳を貸さないで否認、解釈の相違は「裁判所でやりましょう」と、なんともいえないドライさで「日本の税務調査が懐かしい」とのことでした。

またアメリカに居住する日本人向けに会計事務所が作った税務ガイドブックを見ると、調査を受けるときには資料の整備を入念に行うこと、調査されると追加資料の請求が膨大になるからそのための備えをしておくと書いてあります。

つぎに時効は、通常の申告の場合わが国よりも短く3年で成立しますが、申告した総所得金額の25%以上所得の申告漏れがあると6年に延長され、脱税の場合には時効がなく、10年前までさかのぼった調査もあったといいます。

5年前、税制懇のアメリカ旅行のとき、ニュヨークのガイドが調査を受けることになったと青菜に塩のような顔をしてのを思い出しました。

サモンズ制度は司法権が税務行政に関与するアメリカ独自の制度で、担当調査官はサモンズ(直訳すると呼出命令、「…・せよという命令」)を発して納税義務者または反面調査をする者に対し合理的な時間と場所を指定し、質問検査権がおよぶ帳簿等の提出と、宣誓の下での証言を要求できます。

サモンズによる要求を拒んだ場合、その者が居住(所在)する場所を管轄する連邦裁判所は、その者に対して出頭・証言および帳簿書類等の提出を強制し、担当調査官の申し立てで逮捕し、身柄を拘束して事案の審理を進めることができるほか、裁判所侮辱で罰金もしくは1年以下の懲役、もしくはこれを併科します。

なおサモンズに対抗してサモンズ取消し訴訟を提訴することができ、とくに反面調査(第三者サモンズ)の訴訟が多いと聞きましたし、多くの判例があるようですが、この点の研究はいまだしです。


(税務訴訟)

調査がおわり増差税額がでると担当調査官は納税者に合意書への署名を求めます。

異議ありで合意しない場合にはIRSから30日以内に不服申立てを不服審査課に申立て(アピール)できる旨を記した「30日レター」と、申立てのフオームが送られてきます。しかしこの審査は争点について訴訟となった場合IRSが勝てるかどうかを基準にして行われるといいます。

また、わが国と違って訴願前置ではありませんから、手続きをしないでおくとIRSからその納税者に対して「90日レター」を送付して90日以内に裁判所へ提訴すべきこと、租税裁判所に提訴した場合には税金を払う必要がない(連邦裁判所へ提訴した場合は納税しなければならない)けれども、敗訴すると決定した税金に利息(延滞税)を加えた額を支払わなければならない旨の通知が送られます。

納税者はこれを受けて訴訟になるのですが、州の裁判所である租税裁判所と連邦裁判所(地方裁判所とクレイムコートの二つある)のいずれか一つを選択しなければなりません。

この選択基準を聞いてみたのですが、州をまたぐ事案は連邦裁判所、州内に限定した事案は租税裁判所という説明(ジャクソン弁護士アームストロング ステイデール弁護士事務所の租税部門責任者)でした。が、事案によって選択で有利、不利がおきるので、弁護士の腕が問われる問題という非公式解説もありました。


(徴収とリーエン)

まず徴収にもサモンズがあります。

セントルイス市徴収部門副責任者R.ストレイさん(女性。責任者が病欠しているので実質上の責任者)が、「滞納している納税者は、まず来庁してもらい、分割納付などの納税方法を相談します。しかし、呼び出しても来ない滞納者にはサモンズを発行して来庁を要求し、それでも来ない場合は裁判所から出頭命令をくり返し発してもらって“恐怖感”をつくります」と説明してくれました。ヤルーという感じでした。

内国歳入法が定める滞納処分は、調査等で増差所得が生じた場合、申告税額と調査後税額の差額を不足税額として、税務署長が納税者に「不足税額通知書」を送付します。

この通知書は90日レターとよばれ、この間に納税者は裁判所に提訴することができる一方、課税庁はそれ以上の賦課処分ができず、強制徴収手続きに移行することも禁止されます。

この期間に納税もなく出訴もしなかった場合、税務署長は賦課処分を行い、賦課処分した日から60日以内に賦課決定の内容と納付通知書を納税者に送り、納税者が納付通知書を受取った日から30日以内に税を納付しないときは差押手続きにはいるのですが、ここで先取特権というべきリ−エンが登場します。

IRS内部のコンピュターミスで生じた情報の誤りのせいで滞納したためにリ−エンが設定されたヒックスさん(女性)は「新婚早々の夫の財産にまで滞納処分が行われ、離婚と破産の原因になった」(上院財政委員会での証言 97.9.22〜9.24)と証言しています。

この制度を簡単に紹介すると、納税者の財産(財産上の権利を含む)に付ける合衆国政府の担保権で滞納処分の一つです(地方政府も地方政府のリーエンを付けることができる。)

ひとたびリーエンが設定されると、効力はその時点の納税者の全財産に加えて設定後に取得した財産にもおよび、第三者にその財産を譲渡した場合にも付いたままで移転し、滞納がなくなるまで継続します。

また必要なときは競売して滞納税額に充てることも可能です。

ヒックスさんのような夫婦の場合、夫婦合算申告をすると夫婦同士で連帯納税人になりますから、リーエンの設定は二人の財産におびます。

増田さんの研究によるとリーエンは歴史のある制度で、コモンロウに源があり、アメリカのリーエンはイギリスの不動産税にならい課税対象とした土地に付したのがはじまりで、1866年にはリーエンの基礎となる法律を制定しました。その後、対象が拡大を続け、現在ほとんどの財産に及ぶようになり、滞納処分に非常に強力な効果を発揮しているといいます。



・アメリカ合衆国納税者権利章典

(どうして制定できたのか)

1994年にようやくわが国でも行政手続法が施行されたけれども、国税に関する法律に基づいて行われる処分、行政指導等をあっさり適用除外(国税通則法第74条の2)にしてしまい、塩崎元主税局長が国際基準にそぐわないと憤慨しているほどの状況です。

アメリカでは、わが国に先立つ48年前の1946年に行政手続法を制定したほか、内国歳入法でも調査の文書による事前通知(コンタクトレター)を義務づけるなど、納税者権利章典制定前すでに税務行政の手続法を整備していました。しかし徴収面の整備が遅れて職権乱用にあたるような処分が目立ち、権利章典制定のきっかけとなったロジェスキー事件〔1986年〕もその中でおきたといいます。

内容を簡単に紹介すると、IRSはペンシルヴァニアに住むS.ロジェスキーさんのボオイフレンドで同居していたTさんに対し税務調査で生じた不足税額を徴収するため彼の財産にリーエンを付し、かつ、滞納処分ができる繰上徴収の手続きをとりました。

くわえてTさんがロジェスキーさんに財産を移転しているとして彼女の農場と銀行預金にもリーエンを設定したものです。

Tさんはこの決定が誤りであるとして不服審査請求をおこない、処分取消しをかちとったのですが、このために費やした労力と弁護士、会計士への支払いで全財産を失い、ロジイェスキーさんも多額の出費を余儀なくされました。

そこでロジェスキーさんは損害賠償請求の裁判を起こし、一審では勝訴、しかし控訴審では担当職員がIRSの方針に反した行為をした事実を認めたものの、彼女がIRSの方針を信じたためにおきた損害というには証拠不充分であるとして訴えを退けました。

この判決に対してマスコミはIRSの強権ぶりに批判の矛先を向け大きく取り上げ波紋を広げました。

またレーガン政権がつくった財政赤字をうめるために割当課税をしているという内部告発もありましたし、議会の公聴会ではIRSの職権乱用の事実があばかれました。

議会はこのような世論にこたえて、IRSの「適正な執行を確保する」という要求と妥協しつつも、1988年、議員立法で納税者権利保障一括法(納税者権利章典、法律上は技術的雑歳入法の一部改正)制定にふみきったのです。

それは税務行政という特定分野に限って、納税者の権利を守るために権力行使を具体的に制限したもので、日本流にいうと一般法である行政手続法の特別法にあたります。


(納税者権利保障の活用例と「納税者としてのあなたの権利」)

調査にきたIRSの調査官が「おれはこれまで何人もの税理士・会計士を脱税共謀罪で有罪にしたことがある」とはったりをかけてきました。

立会っていた岡田一郎米国公認会計士・登録代理人はただちにその調査官の上司の氏名を聞き「納税者はIRSの担当官から丁寧に対応されると納税者権利章典に定めている。

あなたの態度は脅迫だ。あなたの上司に担当の交代を申し入れる。今日の調査は打ち切りにする」といって帰宅したところ、あとで調査官から詫びがはいり、調査もうまくいったという実体験を聞くことができました。

納税者権利章典では「納税者の権利とIRSの義務」を記した文書をIRSが接触するすべての納税者に配布することを義務づけ、IRSは「納税者であるあなたの権利」という文書を作りました。

この例はそのうちの「納税者の権利保護」にあたるところで「IRSの職員は、常に納税者であるあなたの権利について説明し、あなたの権利を保護することになっています。こうした対応をしていないと感じたときにはその問題についてその上司と話し合って下さい」と明記した個所の利用です。

IRSが書いたこの文書は、わが国と比較して、権利保障に月とすっぽん、雲泥の差を感じさせるもので、「あなたは納税者として、IRS職員から公正、専門的、迅速かつ丁重なあつかいを受ける権利があります。」と書きはじめ、つぎの項目で納税者の権利とIRS職員の義務を具体的に述べたものです。



納税者であるあなたの権利(見出しの紹介)



 ・申告書作成の情報提供と無料税務相談

 ・プライバシーと納税者の秘密厳守

 ・礼儀正しく敬意を払ったあっかいを受ける権利

 ・納税者の権利保障

 ・苦情申し立て

 ・代理人を立てる権利と録音する権利

 ・適正な税額を支払う義務

 ・IRSがおこなう問い合わせと調査への対応、訴訟の権利

 ・調査結果に対する不服申立て、裁判所での訴訟、訴訟費用の保障

 ・税金の徴収手続き(支払いの合意、損害賠償の請求、差押禁止財産等)

 ・納めすぎた税金の還付

 ・加算税の取消し

 ・問題解決のための特別相談と救済措置

 ・納税者のための相談電話番号


日本国内でも手に入りやすいものですし、この旅行の研究報告書には参考資料にいれるので、ご一読ください。
しかしすべてべたぼめというわけにはいきません。まえにも書いたようにIRSは適正な税務行政の執行確保を要求し、また議会もその立場を支持してきた経緯もあり、法文から妥協のあとをみることができます(注参照。)

注 納税者権利章典とよばれる法律改正の内容を列挙すると以下のようになります。

1. 財務長官は以下の内容を記載した文書を作成して上院の財政委員会と租税合同委員会および下院歳入委員会に送付し、また調査、徴収等で接触するすべての納税者に配布しなければならない。

(1) 納税者の権利およびIRSの義務

(2) IRSにたいし納税者がとることのできる手続き

(3) 還付請求および納税者の苦情申し立て手続き

(4) IRSが内国歳入法を執行する手続き

2. IRS職員の納税者に対する面接手続き

(1) 納税者が自分の負担で面接の記録をコピ−したいと申し出たときには認めなければならない

(2) IRSの職員が記録をとろうとするときは事前に納税者に告知しなければならない。また納税者がその記録をコピーしたいと申し出たときは納税者の費用負担を条件に記録を提供する

(3) 納税者と面接するときは、それまでの調査または徴収のプロセスと、そこでの納税者の権利を説明しなければならない。

 納税者がIRSにたいし代理権のある弁護士、公認会計士、登録税理士などと相談したい旨の意思をあらわしたときは面接を停止しなければならない

(4) サモンズが発せられていない納税者には前記(4)の代理権がある代理人と同席することを強制できない。なお代理人はIRS職員から理由のない調査等の遅延または妨害にたいし責任があることを告知されることがある

3. IRSの文書に誤った助言があり、納税者が、不充分な理解や不正確な情報によるのではなく、その文書を合理的理由から信頼して誤った申告等をした場合には罰則または加算税を軽減する

4. オンブズマンは救済を申立てた納税者がIRSの行為で重大な脅威に直面していると判断したとき、または直面しつつあると判断したとき、納税者救済命令を発することができる。

納税者救済命令は文書によるものとし、この文書に基づいて財務長官は差押解除、調査など執行の中止または一時停止をしなければならない。この命令はオンブズマン自身のほか税務署長等権限ある者とその上司だけが取消しできる。

   オンブズマンは独立しておりその職務に関する行動は妨げられない

5. IRSは徴収職員とその上司の勤務評定に執行の〔数値〕結果を用いてはならない。

徴収職員等に〔数値〕結果の割当、〔数値〕による目標設定および提案をしてはならない。

すべての税務署長はIRS長官に対して四半期ごとに上記行為をしていない旨を証明する書簡を送らなければならない

6. 財務長官が発する暫定規則はすべて提案であり3年間で失効する(注。「暫定規則」 財務省は内国歳入法が施行されると、まず執行のための規則案または暫定規則を公表し、公聴会を開いて部外の人の意見を聞き、あまり反対がなければ最終規則とする。)

暫定意見は、小規模事業者に与える影響を検討するため中小企業庁長官に回付して意見を求めなければならない

7.督促、税額不足通知書等納税者に発する通知書にはその理由のほか、督促する金額、利息の金額、不足税額、加算税額および適用される罰則を記載しなければならない

8.財務長官が適当と判断したときは文書により納税者と分割納付を取り決めることができる。この取り決めは取り決めのために結んだ文書の文言どうりの効力を有する。

ただしこの取り決めを結ぶ前、納税者の財務長官に提供した情報が不充分または不正確である場合、または取り決めの対象とした税の徴収が緊急を要すると判断した場合には取り消すことができる。

また納税者の財政状態が著しく変化したと判断したときは取り決めの変更、修正または取消しができる。その場合に財務長官は処分してから30日以内に「著しい変化があった」とみなした理由を記した文書を納税者に通知しなければならない。

財務長官は納税者が取り決めた分割納税額を納付しない場合、取り決め以外の他の租税債権を納付しない場合または財務長官の求めた最新の情報を提供しない場合には取り決めの変更、または取消しをすることができる

9.納税者サービス担当部長の職を新設し、電話サ−ビス、来署した納税者へのサービスおよび納税者教育を行うことならびに納税申告書と情報申告書の(フオーム)を企画立案する事務を所掌する。

10.納税者サービス担当部長とオンブズマンは納税者に提供したサービスの内容について、共同の年度報告書を作り下院歳出委員会と上院財政委員会に報告しなければならない、


・補強された納税者権利章典の制定経過 内容 評価


(補強の経過)

J.ロングさん(女性、ヒュウストーン税務署勤務)は上院財政委員会の公聴会で、IRSの管理者たちは徴税目標をもち統計資料で業績評価しているために職員が納税者との妥協を避けるようになる。また「管理者たちは2万ドル以下で生活している人がいるとは信じておらず、この所得以下のレベルの人は申告を誤魔化している」と考えていると暴露し、調査、徴収の対象に「所得が低く、防御できない弱みのある納税者をターゲットにする」、「多くの場合、正規の教育をうけておらず、自分の法的権利が理解できない、経済的に恵まれない人を含んでいる」(1997.9.22〜24。)と証言しました。

ところで旅行出発前の合宿研究会でつぎのような疑問がだされました。

IRS当局は、当然、割当課税、割当徴収の方針を公式にも非公然にもつくったことはないと否定し、そのことについて明文の禁止規定があり、かつ厳格な行政手続きが決められているにもかかわらず、なぜ、議会公聴会で明らかにされたような目標管理と、職権濫用が起きているのだろうか。


ロングさんの証言が改革法にどれほどの影響を与えたのかを知ることはできませんでしたが、わたしたちの疑問には答えてくれているようにおもいます。

それは納税者の権利を知らない、あるいは経済的理由から代理人を頼めない中・低所得者に対して違法で職権を濫用した調査、徴収の矛先が向けられたことは確かだからです。

文字どうり差別行政であり、アンフエアーな税務行政の執行でした。

アメリカのすごいところというか立派なのは88年の納税者権利保障一括法施行以後、どこかの国の議会とちがい、一丁上がりにしないで、追跡調査をつづけていることで、96年には納税者擁護官をつくる部分修正を行いました。

さらに今度の改革過程は風間さんの研究によるとつぎのようにまとめられます。

連邦会計検査院がIRSの電子システム化の遅れと膨大な無駄使いをを指摘したのをきっかけに、1996年、議会はIRS調査のために電子情報専門家のほか民間有識者を加えた「IRS改革に関する特別委員会」を設けました。

委員会は1年間の調査、議会の公聴会、納税者とIRS職員からの個別聞き取りを行い、委員会討論を経て大統領と議会に報告書を提出しましたが、議会はそのうちIRS職員による不正行為と職権濫用の問題を重視し、さらに公聴会を開くなどして原因を究明して委員会報告書を補強し、その根絶のために改革法(納税者権利憲章章典第三次改正)制定をおこなったといいます。改正の主な内容は、パート1で紹介した組織と電子申告を除き、以下のとおりです。


IRS改革法の主な内容(組織と電子申告を除く)

1. 一定の要件の下に挙証責任をIRSに転換できる

2. 夫婦合算課税で共同申告した場合の連帯納税義務を、配偶者が分離を主張したときは、原則として本人限りの納税義務とする

3. 弁護士のみにあたえられていた依頼人と代理人との相談内容を非公開とする特権(顧客特権)が公認会計士、登録代理人、保険数理士等政府が認める職業に拡大した

4. 調査官の裁量行為だった無申告とみなした者にたいする財産増減法や生活費からの逆算課税等の「経済実体法」は無申告である合理的な証拠がない限り用いることができない

5. IRS職員が調査または徴収等のため必要と認めた第三者と接触するときは納税者への通知を義務づける

6. 更正の時効は申告書提出後3年だが、納税者の合意を得て延長できる制度を廃止する

7. 調査または徴収の担当職員は納税者とはじめての面接するとき、少なくとも正当な代理人の選任と、納税者の同意がある場合を除いて代理人の同席なしに面接を続行しない旨の告知しなければない

8. 専門用語を用いず平易な言葉でその納税者がどのような調査の対象に選ばれたのかを説明しなければならない

9. 特別な基準で指定し記録していた反抗的納税者記録をマスターフアイルから除去し、書きこみを禁止する



(アメリカでの評価など)



これらの改革についていろいろな人に評価を聞いてみましたが、弁護士と職業会計人がすべてだったためか、異口同音にあげたのは挙証責任の転換、夫婦の連帯納税義務と守秘義務のある代理人の職業範囲拡大でした。が、評価自体は低いもので、夫婦間の連帯納税義務緩和が役にたつ程度というものでした。

まず挙証責任がIRSに転換するには、納税者が(1)内国歳入法および同規則を遵守していること、(2)内国歳入法で定める記録等を保存していること、(3)面接、証言、情報資料提出についてIRSに協力すること。この協力は海外にある証拠、情報、資料を含むこと。(4)法人は純資産700万ドル以下に限ることの4条件すべてを満たさなければならないので、結果的に挙証責任を果たすことになる。

つぎに代理人をつとめる職業全体への顧客特権拡大は、犯罪に関係するものや不法行為ついての相談が適用除外となるから、結局「脱税による調査(CriminalInvestigation)のときは弁護士の傘の下に逃げ込むので、改革後もいままでと変りがないように思う。」(ある公認会計士の話)。しかし全米で租税部門の最優秀弁護士にリストアップされ、IRS、連邦裁判所に籍を置いたことのあるR.ジャクソン弁護士だけは「判例の展開を待たなければ評価できない」と意見を留保しました。

旅をつづけるうちに団の何人かが「納税者権利保障法に定める手続き違反をして更正または決定処分し、その違法性が法廷で立証されたときの課税処分への影響」を調べてみることになりました。

結論を言うと「税額が本来負担すべき税額を超えて課税した場合には超えた額を引き下げるが、課税処分まで取り消すことはない」、またそのために納税者がこうむった損害について、日本でいう国家賠償請求訴訟が起こせるかという問いには「おこすことができない」(いずれもニックさん)といいます。ただしその根拠となる法律、損害賠償ができると定めている納税者権利章典との関係まで踏み込んで聞いていませんから、積み残した課題になっています。

またR.ジャクソンさんに「手続き違反で行政処分されたIRS職員がいたらそのケースを教えてほしい」と質問したところ、知る限りで「課税部門は皆無、徴収部門で軽い処分が数件あった」とのことで、日本より悪いというつぶやきもきこえました。

このようなわけでアメリカ合衆国納税者権利章典は法文上に例外が多いとか、運用上の問題が少なからずあるという批判をするのは、局外者にとって容易なのですが、全体的評価はどうなのか、またわが国の現状からみての評価が必要でありましょう。



・納税者権利保障制度と権利を守るもの



IRS改革法は納税者権利保障法の法文改正にとどまらないで、機構、人事等から税制度までおよぶものでした。

制定過程まで含めた内容の特徴は、日本の現状を念頭におきながらくりかえしをふくめてまとめると、つぎの2点になるように思います。

第一にこれまで見たとおりIRS改革法は、納税者権利保障の条文改正にとどめずIRSの使命変更にはじまり組識から執行過程まで税務行政の全体な変革をしようとするものすでから、納税者権利保障の体系的制度化であると評価できましょう。

たとえば納税者の権利を守るために、IRSの使命変更にはじまり、納税者権利章典で行政手続きをより厳格にする一方で、他方ではIRS職員に調査に先立ち納税者に権利を告知するだけでなく、調査対象に選定された一般的理由をやさしい言葉で説明すること、反面調査する相手を納税者に通知することを義務づけ、執行にあたって無申告者に対する推計課税の要件を制限し、夫婦間に限定してはいますがリーエンの適用緩和すること等を新たに定めました。

くわえてIRS職員が納税者権利章典やIRSの方針に反した行為を犯した場合に処分する内容を具体的に示したほか、人事考課制度の内容を変え、監察制度を強力にしています。

しかしこれで完結したとはいえないと思います。

それはこの改革が「公平で公正な税制」と「簡素な申告と納税手続き」によるコンプライアンスの向上、そのためのカスタマーサービス充実という基本理念の実現を目ざしているからで、これからも新しい課題が生まれるたびに具体的対応をしていく性格をもっているからです。

第二にうらやましいと思いつつ、とくに強調したいのは議会の役割です。

まず風通しがよくて、強力な調査権能をもっている。今度の改革にあたって議会は独自の調査委員会をつくり調査報告書を公聴会で補強して立法化しましたが、断片的にその内容を見るだけでも、たとえば中・低所得者保護に力点をおいたように、そこで明らかにされた納税者の権利侵害の事実に答える改正であることがわかります。

つぎに納税者の権利保障とIRSの義務は、法律で具体的にくわしく定めて、IRS職員の自由裁量を厳しく制限しつつ、納税者の法的地位を安定化する努力をはらっています。

最後に民間人をトップに起用し、あるいはIRSの執行を監査、監視する組織に参加させ、その部門の長に議会へ直接、報告する義務を課して、議会自身が継続的にIRSの執行を監視し、監督できるシステムを構築しました。

今度の調査でやり残してしまったのですが、議会へのこれら報告は公開のはずです。このパンフを書いているさなか、石川の中西さんから、国家納税者擁護官の議会報告書(アニュアルレポート)がインターネットに書きこまれていると教えてもらいました。

こうした議会を通した情報公開が納税者のもとに届いて、納税者の権利保障を新しい段階に高めていく大きな力になるのでしょう。



ひるがえって日本の現状をみるといささかがっくりします。

帰国後、日本租税理論学会でこの調査旅行をふまえ日本の税務行政を報告した本川国雄税理士は質問検査権にふれて「わが国に税務調査においては手続き規定が全くない。.そのために無予告現況調査の横行、調査理由の非開示、過度で恣意的な反面調査により人権侵害や財産権の侵害につながるトラブルが後をたたない現状にある」と述べ、国税庁が調査権を制約していると説明する最高裁判例(注)は「なんら制約基準とはならない」と指摘しました。

そのうえで納税者の権利保障には、アメリカにならい、権利保障制度を法律で明確に定めることが不可欠であると強調しました。

このところがわたしたち調査団の全体的な到達点でした。

注 所得税法234条1項〔質問検査権〕による執行権限は「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特設の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務署員の合理的な選択に委られていると解すべきである」(昭48.7.10最高小45(あ)2339)



地方税のプロムナード

カスタマー サービスはIRSだけでなく地方政府も取り組んでいました。

・納税者重視のカルチュアー


ミズリー州ではカスタマー サービスを[納税者重視](The Customer−Centered)とよんでいました。

セントルイス市から北西へ、トムソーヤーの冒険で有名なミシシッピ河をわたり約2時間アメリカの誇るハイウェイを飛ばし、ようやくミズリー州の州都ジェハーソンシテイに着きます。

大理石とステンドグラスをふんだんに使って1820年代に建てられた州議会を除くと、高い建造物は教会の十字架くらいで、大平原のど真ん中につくった町です。

州政府歳入局財務担当で弁護士の資格を持つキャロル フィッシャーさん(女性)が「納税者重視の方法」というレジュメを用意してわたしたちを待っていてくれました。

彼女のレクチャーと資料をまとめるとつぎのようになります。


1.納税者を重視するカルチャーの目的は、職員が納税者を尊重し、その事情を知り、たえず行政を改善することにあります。

そのためには納税者が優先的に処理したいと考えている事柄の解決に役立たなければなりません。

2.納税者重視のために策定する基本計画の骨子は以下の内容です。

(1)その達成のために必要とする業務に優先度をつける。

(2)改善のための方法を具体化し業績評価をおこなう。

(3)部内に客観的立場から業績評価する部門を設ける。

(4)業績評価の原則は仕事の質にたいする納税者の判定とする。

3.具体的業績評価基準は歳入部門と納税者の側からみてそれぞれ下記の5点になります。

歳入部門の基準。(1)生産性、(2)計画、(3)(業務)の水準、(4)コスト、(5)仕事量。

納税者からみた基準。(1)有用かつ容易、(2)適時性、(3)確実、(4)自己負担、(5)選択の多様性。

4.具体的には税目別の歳入各部門から選ばれた人達でプロジェクトチームをつくり、納税者アンケートを実施したほか(5頁参照)、事業者の3%程度を対象に売上・使用税(Sale&Use Tax)申告の負担を少なくする方法をたずね、法律改正も視野に入れてこの問題を検討しています。

また申告等の手続きをスピ−ドアップし、複雑な手続きをなくすための検討をしていて、その結果はモニターを通じ市民に報告します。

5.最後に納税者重視のカルチャーは納税者にフレンドリーな歳入局になることで、そのためにはなによりも申告等の手続きを「簡素化」しなければなりません。


「カスタマー サービスのカルチャーは納税者と徴税当局との関係をフレンドリーな関係にすること」といいきったときにはこの課題にかける使命感を感じたました。

しかしミズリー州だけでなく、IRSの話を聞いても、この課題の具体的展開はいまだしにように見えます

むしろアメリカは21世紀を展望した税制と税務行政のリストラを進めるために「コンプライアンス」・効率化・「カスタマー サービス」という哲学で大きな網をうち、IRSも地方政府の歳入部門も施行錯誤しつつ具体化を模索し、新しいカルチャーを創ろうと努力している段階にあるという印象をうけました。


州にもあった納税者権利章典

わたしたちが滞在したシカゴのあるイリノイ州にもセントルイス市のあるミズリイー州にも州の納税者権利章典(TaxPayers′Bill of Rights)がありました。

イリノイ州がインターネットに書きこんでいるものの概要は次のようになります。

1.あなたには歳入局に対して税の問題を解決するために援助を申し出る権利があります。

2.あなたには原則としてプライバシーと個人の秘密を守る権利があります。

3.あなたには州歳入局の質問あるいは課税額もしくは質問調査で発見した事柄に反論するため州歳入局に特別の時間つくるようにを求める権利があります。

4.あなたには州才入局が行った決定に対して一定期間内に不服を申し立てあるいは裁判所に提訴する権利があります。

5.あなたが税金を払いすぎている場合には返還させる権利があります。

より詳しく知りたい方は下記の住所,電話番号へ。



出発前の勉強会で中村先生からアメリカには州の納税者権利章典があり、、州の納税者権利章典の中には連邦のそれよりも早くできたものがあって、連邦の納税者権利章典制定に影響を与えたことなどを教えていただいていたのですが、こんどの旅行では「存在」だけの確認に終わってしまいました。


わが国で最近の荒々しい地方税税務行政の執行をみるにつけこの課題を深めなければならない必要性を痛感します。

・地方税アラカルト


連邦憲法が禁止しているかあるいは連邦に委ねてある事項以外の権限はそれぞれの州または人民に属する(修正憲法10条)国ですから、垣間見ただけも地方政府の税制・税務行政は多彩で、短時日の旅行からは「わかった」というより「混迷を深めた」と告白した方が正直かもしれません。

そういうわけなので見聞きしたミズリー州とセントラル市の税制、税務行政の中から印象深かったものをひろいだし、わからないことや疑問が残っていることは素直にそう書いて、トピック風に紹介したいと思います。


(自動減税装置)

ミズリー州では州税負担率が州民総生産の1%アップした場合にその増加分を州民に還元する定めになっていて、近年では1997年~1999年に実施しました。

自然増収によって大きな政府ができるのを防ぐ装置なのか、州民の同意を得ての増税ではないから還元するというのか、あるいは両方の理由からなのか確かめる時間がありませんでした。また還元の具体的方法も調べられませんでしたが、感覚的にアメリカらしさを感じました。


まず、税制で…。


(投票は神様である)


ミズリー州内には約3.500の自治体(Local Government)があり、教育費の財源に固定資産税をあてています。

固定資産税の課税対象(不動産と自動車等の一定の動産)、評価方法(売買実例)、評価額に調整率を乗じて課税標準を算出するするその調整率は州で決めますが、税率は自治体に決定権があります。

この説明を聞いたとたんに団の中から「固定資産税の税率が上がれば教育設備の水準が上がり、低くなれば下がるのではないか。」という質問がとびだしました。

答え「(住民の)投票が神様です。」


(1500種類の税率)



ニュウハンプシャー州を除いて49州には売上税がありますけれども、その州で営業する特権に課税する趣旨でつくった州と小売消費税として最初から仕組んだ州があり、このために課税対象がばらばらでそのうえ税率が違います。

ミズリー州の売上税はサービス取引が原則非課税ですが食料品は課税で、税率は4.225%と全米の中では真ん中どころです。

C.フィッシャーさんは市および郡が独自にこの税率に上積みできるので現在、州内には約1,500種類の税率があると説明し、言葉をついで「こんなにたくさん税率があると面倒なのだけれども昔からそうなのだからしかたがない」と,一本化する気持ちなどさらさらない様子でした。

課税自主権とはこんなものかと感じいったのっですが、州間になるとわけが違うようです。



(インターネット取引と売上税)



わたしたちが最初に着いたイリノイ州の売上税税率は6.5%でした。シカゴからセントルイスまで飛行機に乗る時間はおよそ1時間ですから、当然、この税率差に目をつけた取引があるのではないか。そのときの州間財政調整はどのように行うのかを聞いてみました。

答えは議論したことはあるがまとまっていないとのこと。現実には企業の取引は州間調整をする場合もあるが、個人は野放しで、ミズリー州のように隣接する他の州に比べて税率が低い場合、高い税率の州に税金を払い戻しすることはないといいます。

低税率の州の強みなのでしょうが、最近、とんでもない出来事が起きました。

ニューハンプシャー州に本拠を置く通信販売会社がインターネットで注文をとり,売上税が課税されていない商品を消費者に直接送る商売が繁盛し、他の州の税金が侵食されているというのです。

なんとかしなければならないという表情での話でしたが、帰国後に調べたところでは、全米知事会が電子商取引の課税について意見がまとまらず、この問題の討議を3年間凍結したようです。





(課税所得の修正)



州税の中心は売上税と所得を課税標準とする住民税ですが、わが国のように地方税法でがんじがらめに決めているのとちがい、ミズリー州では州が発行する公債の利子を課税所得の控除項目にしているように、州が連邦所得税の課税所得を修正できます。

この程度は別になんの不思議もなかったのですが、セントラル市で目を丸くする話になりました。した。

ミズリー州を訪れた翌日、セントルイス市庁舎で市税の話を聞きひととおり質疑が終わったあと、誰か記憶がないのですがセントルイス市側から「東京(都)の税収は豊かでしょう」とたずねられたのです。

どういうわけでそういう質問になるのかがさだかでないので聞き返すと、「東京はイベントが多いから(住民税収入が)多いのでは」といわれて、こんどはこちらから「セントルイス市が課税する居住者の定義」を逆質問。

答えは「セントルイス市に2日以上居住して賃金,報酬などの収益を得た者」で、さらに話を詰めていくと「住民税の課税所得は収入金額である」という。所得金額の修正ではないのかと問い直したのですが「ちがう」という。どこかで問題のはなしにすれ違いを起こしたのではないかと思ったのですがこのあたりで時間切れになってしまいました。ちなみにセントルイス市の住民税税率は1%です。

わたしたちのもっている税の常識がとくにこの国の地方税に通用しないのは今度の旅行で身にしみましたが、全米でも数少ない市独自で所得税を課税しているセントルイス市の例なので、きちんと調べなおす価値がありそうです。



税務行政では…・。



(租税裁判所がなかった)



ミズリー州には租税裁判所がありません。

アメリカでは訴願前置がなく、処分に異議があるときは納税者の選択で州裁判所である租税裁判所または連邦裁判所のいずれかに提訴できると教えられてきたのですがこれまた全国一律ではないようです。

T.ブラックウェルさん(リーガルカウンセルのコミッショナー)の解説ではミズリー州の場合、租税裁判所に代わりに知事が任命した弁護士資格を持つ二人のコミッショナーを長とする委員会(リーガルカウンセル)を設け、年間3000件以上の不服申立てを受け付け、処理しているといいます。

もっとも大部分は話し合いで解決するが、話し合いで解決出来なかった事案は裁判所の手続きと同様の方法で「聴聞」を行い裁決し、なお裁決に異議あるときには州最高裁判所に提訴することになるといいます。こうしてみるとリーガル カウンセル制度は日本で言う高裁に準じた訴願前置制度のように見えます。

なお、ミズリー州最高裁判所で自から法廷を案内し、州の裁判制度を説明してくれたD.ベントン最高裁判事判事はこの委員会のコミッショナーの経験者でしたし、リーガル カウンセルのスタッフと歳入局間での人事交流も行われています。



「IRSのこわもてぶり」



コミッショナー制度の説明中、雑談まじりに裁判の勝訴率が話題になり、IRSは90%以上の勝訴だが州はすべてが税金関係の訴訟ではないけれども50%程度という「嘆き節」を聞きました。

この原因を、帰途、同行してくれたIRSに籍をおいたことのある弁護士が「IRSは頭がいい。自分達のために法律をつくる」と解説していました。

このような話をふくめてIRSのこわもてぶりは並大抵ではありません。

セントルイスを去る日、中西さんと岡田さんが無料の資料を集めてくるといって市内にある税務署に出かけていきました。報告によると入署した途端にボデイチェックの歓迎を受け、来署の目的を告げると上司の許可が要ると待たせられ、許可後にようやく資料がおいてある場所にたどりつけたといいます。



(IRSと地方政府の「協力」)



このIRSと地方政府との「協力関係」が知りたいと思い,ミズリー州とセントルイス市で聞いてみました。

ミズリー州では所得課税の調査をIRSに委託して処分も同様に行っているとのこと、またセントルイス市は税務行政全体についてIRSと市との間で協力しあう契約を結び、IRSは、年1回、市が契約を履行しているかどうかについて監査しているといいます。

その契約書の内容を知りたいと思ったのですが「トップシークレットで市民にも公開していません」というわけで門前払いでした。

なお、IRSが知りえなかった情報を地方政府からIRSに通報して脱税が摘発された場合には、IRSから情報を提供した地方政府に報奨金を支払う制度があります(注。)



(注)6年前に全税懇が実施したアメリカ税務行政調査に参加された市川深(東京経済大学教授。当時)、飯塚亮介税理士が,帰国後にまとめられた労作「アメリカと日本の税務調査」(東京経大学会誌189号151頁参照)



むすびにかえて〜アメリカ税務行政「学」事始



わたしたちはIRS改革法と納税者権利章典第三次改革の調査を主な目的として、昨年9月、シカゴとセントルイスに向け旅立ち、現地で暖かいご協力を得ながら実り多い勉強をすることができました。

そのなかから「カスタマー サービス」をキイワードにつくったものがこの報告書です。

書き終わって旅の目的についての全体像をどうにかデッサンできたようです。これからからアメリカの税務行政を知りたいと考えている人にはなにがしかのお役にたつと思います。

しかしかたちを整え、色を塗るにはあまりに未完成で、これかの課題を多く残しました。主なものをひろうだけでつぎのようになります。

第一にアメリカはコモンロウの国であり、判例主義ですから、88年の納税者権利章典ができた以後の税務行政に関する判例研究が必要です。

第二にIRS研究を深めるにはIRSで行政執行の任にあたった人あるいはその任にある人と、IRSの調査や滞納処分を受けたことのある人の証言を聞くのが絶対に必要で、議会公聴会の供述など公開されている資料の読み込みと、訪米するときは事前にそのための周到な準備が必要になります。

第三に地方政府の税制と税務行政を知ることがアメリカの税制、税務行政をを理解するために不可欠ですが、とにかく多様性に富んでいて、手をつけたら底無しの砂地獄に落ちたと同様になるかもしれません。が、州の納税者権利章典制定の経緯と連邦の納税者権利章典とのかかわりは知りたいところでした。

第四に電子申告、納税者番号制、インターネット取引が税制と税務行政に与える影響について、アメリカが日本のモデルとなっていることもあり、焦眉の課題として調査研究する必要がありましょう。

そのような意味でこの報告書は当研究センターにとりアメリカ税務行政「学」事始の記です。

こうしたまとめ方をしたのでそれ自体として価値がある「アメリカに進出した日本企業の過小資本、過大借入金に対する税務調査」(岡田一郎米国公認会計士、登録代理人)と、「多国籍企業がおこなう分社化、子会社化等のリストラに対する内国歳入法とその運用および日本の税法との相違」(松原京子米国公認会計士,ピートマーウィックシカゴ事務所パートナー)の講演を割愛せざるをえませんでした。お二人の先生にお詫びし、ご紹介させていただきます。

最後にこの種の旅行は通訳の巧拙で決定づけらます。現地で通訳にあたった北面ジョーンズ和子さんと添乗員の米田由美子さんの巧みな英語に助けられました。ありがとうございました。

この報告書は吉本貢団長ほか団役員のアドバイスをうけながら熊澤通夫団事務局長が執筆した。