司法制度改革が税理士制度に及ぼす影響と対策について(意見書)
2003年(平成15年)1月31日
東京地方税理士会WTO・規制緩和対策委員会
司法制度改革対策小委員会

1.はじめに
 本会WTO・規制緩和対策委員会は、司法制度改革対策小委員会を設けて「司法制度改革が税理士制度に及ぼす影響と対策について」というテーマで検討を行い、委員会の議論を経て本意見書をとりまとめた。
 小委員会は、とくに平成14年3月19日に閣議決定された「司法制度改革推進計画」およびその後の政策を中心として検討し、これまで司法制度改革推進本部や税理士会等でも議論されていない問題点を提起し、できるだけ最新の情報・資料も提供できるように努めた。
「司法制度改革推進計画」(注1)に示された司法制度改革の内容は、大別すると、一つは、民事・刑事の司法制度についての改革であり、二つは、弁護士・検察官・裁判官制度の法曹界についての改革であり、そして三つ目は、国民参加の司法制度への改革である。
そして、現在司法制度改革推進本部は、平成16年11月30日までの設置期限の中で、10の検討会を設け、国民からパブリック・コメントや関係団体からヒアリングを求めるなど改革推進の施策を講じている。
 これら三つの司法制度改革の中には、行政訴訟制度の改革や弁護士等法曹人口の増大など、税務争訟制度や税務行政手続さらには税理士制度に関係する重要な事項が存している。
 そこで、小委員会としては、これら司法制度改革が税理士制度に及ぼす影響を検討し、その対策として、納税者の代理人としての立場から税理士会はどのような提言をなすべきかをとりまとめた。

2.行政訴訟制度の改革と裁判外の紛争解決手段(ADR)の拡充・活性化の問題と対策
 行政訴訟制度の改革として、税務争訟(不服申立ておよび訴訟)制度改革の必要性について検討し、また、裁判外の紛争解決手段として、国税不服審判所の改革と税務に関する苦情処理制度のあり方を検討した。
司法制度改革推進本部は、行政訴訟制度見直しについて、推進本部に設けられた行政訴訟検討会が2002年8月にパブリック・コメント(意見募集)を求めており(注2)、また、裁判外の紛争解決手段(ADR)の拡充・活性化については、弁護士制度改革の中で「ADRを含む訴訟手続外の法律事務に関して、隣接法律専門職等の有する専門性の活用を図ることとし、その関与のあり方を弁護士法72条の見直しの一環として、個別的に検討した上で、遅くとも平成16年3月までに、所要の措置を講ずる。」として、2002年6月に「ADRの拡充・活性化関係省庁等連絡会議」を設置し(関係構成員として国税不服審判所管理室長が入っている。)、さらに、9月30日には推進本部に設けられたADR検討会が税理士、司法書士などの専門家団体と消費者団体の9団体からヒアリングを行っている(注2)。
ここでは税務争訟制度の見直しを中心に提言する。
(1)税理士の訴訟代理権の付与について
 租税に関する事項にかかる訴訟については、改正税理士法にもとづき本年4月から、税理士が裁判所において補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述することができるようになった(税理士法2条の2)。
 しかし、被告国側は、指定代理人として税務当局の専任者(訟務官)が配置され訴訟遂行していることや裁判所によっては、税務当局から調査官が選任されて裁判官を補佐している現状の税務訴訟システムは、原告側には不利であり、当事者対等の力関係のバランスがとれていないという問題がある。
 そこで、特許事件で弁理士が訴訟代理権を有するように税理士にも一定の条件で訴訟代理権を付与する方策が検討されなければならない。なお、税理士制度をもつドイツでは税理士が財政裁判所において訴訟代理権を有していること、同じく税理士制度をもつ韓国でも、最近、税理士の訴訟代理権獲得のための法改正運動が行われていることも参考にされるべきである。

(2)税務争訟における和解の必要性について
 これまでわが国の税務訴訟においては、課税関係に関する事件の裁判上の和解の事例はほとんどない。また、国税不服審判所においても、和解による解決手続きは認められていない。
 税務争訟における和解は、納税者にとって早期に権利が救済されるという機能を有するものであり、したがって、諸外国で認められている税務争訟上和解制度を参考にその導入が検討されなければならない。

(3)執行不停止原則の見直しについて
 税務争訟において、納税者は納得できない不当と思われる課税処分を争うにもかかわらず、納税の履行が停止できないという問題がある(行政事件訴訟法25条、行政不服審査法34条)。現在は、判決までは強制執行が事実上停止されているが、諸外国に見られる一定の執行停止制度の導入が必要である。
 納税者には、争っても税金を払うなら訴訟をやりたくないとして泣き寝入りする者もあり、また、執行を受けると金融機関等の取引が困難になる等の理由から事業の継続性について不安が生まれ訴訟を躊躇する者も見られる。

(4)国税不服審判所の機構・運営改革の必要性について
 税務に関する裁判外の紛争解決手段として、国税不服審判所制度がある。
 国税不服審判所での審査請求事件に関連して、事案を原処分庁(税務署)に差し戻すことにより早期に紛争が解決できる事件もあることが指摘されている。また、諸外国に見られるように紛争の早期解決という観点から、争訟上の和解制度導入の必要性も指摘されている。
 さらに、国税不服審判所機構の改革としては、国税不服審判所の位置づけの見直しと審判官の構成のあり方が問われている。
国税不服審判所は現在、国税庁の下にある機関となっており、中立・公正な第三者機関とはなっていない。これを、地方税の不服事案もあわせて審査できる「税務審判所」として国税庁(および当該自治体)から独立した機関(国家行政組織法でいう委員会レベル)として構築する方策も検討されもよい。
 審判官の構成としては、韓国等で見られるような税理士等の民間人から登用する非常任審判官制度が検討されるべきである。
 加えるに、審判官がほとんど原処分庁と同じレベルの行政組織から任用されているという問題がある。このような機構に対して、納税者・国民からは公正な審理機関としての信頼を得ることは難しい。ドイツや米国で見られるような特別の行政裁判所(ドイツは財政裁判所、米国は租税裁判所)に機構を改革して、裁判官に税理士等の民間人を登用することも検討されてもよい。

(5)税務に関する苦情処理制度の導入について
わが国には、行政一般について国民から苦情を受け付け、これを一定の組織権限を持って処理する制度が存していない。行政相談所制度は、苦情を処理するためにはその権限が乏しく、このままでは国民の不満を冗長する(あるいは泣き寝入りする)だけであるという批判がある。
 苦情処理に対しては、行政から独立した第三者機関が苦情を受け付け、簡易迅速に処理し、苦情に理由があれば、当該行政機関に対して勧告するなどの権限をもって当たる機能がなければ有効なものとはいえない。
 苦情処理機関の所属が議会にあるイギリス、首相のもとにある韓国など形態はいろいろあるが、当該行政機関から独立し、第三者機関としてふさわしい裁定者(オンブズマン)制度の導入が検討されるべきであろう。これは、訴訟社会の弊害にも対応できる利点もある。
 税務行政に対する苦情処理について、昨年国税庁の内規により導入された「納税者支援調整官制度」は、従来の税務相談での処理を一歩前進したものといえるが、1999年に韓国が導入した「納税者保護担当官制度」と比較すると、日本の場合にはその処理権限が乏しく、その制度の有効性が疑問視されている。
 行政分野一般を対象とする苦情処理制度(一般オンブズマン)の導入から特定の行政分野に対応する苦情処理制度(特定オンブズマン)の導入まで、高度情報化時代に対応した国民の不満を処理する制度の導入は世界の趨勢でもあり、わが国でも早急な検討が望まれる。諸外国では、苦情処理制度のあり方によっては、訴訟の件数が減るという効果も認められている。

3.法曹人口の増大と専門職大学院が税理士制度に及ぼす影響と対策
(1)法曹人口の拡大と弁護士等の税理士資格自動取得について
 司法制度改革推進計画では、現行司法試験の合格者数を平成14年に1,200人程度に、平成16年に1,500人程度に増加させることとし、所要の措置を講ずるとしている。また、平成22年ころには年間3,000人程度の合格者数を目指すとしている。
 そして、弁護士制度の改革に関連して、@弁護士の執務態勢を強化するとともに、その専門性を強化するため、法律事務所の共同化・法人化、弁護士と隣接法律専門職種などによる協働化・総合事務所化(いわゆるワンストップ・サービス)等を実効的に推進するために必要な方策について検討するとしている。また、A弁護士の国際化に対応して、弁護士と外国法事務弁護士との特定共同事業の要件緩和等について必要な対応を行うとしている。さらに、B前述した隣接法律専門職種(司法書士、弁理士、税理士、行政書士、社会保険労務士、土地家屋調査士など)のADRを含む訴訟手続外の法律事務に関して、隣接法律専門職種等の有する専門性の活用を検討している。
 このような司法制度改革推進計画、とくに法曹人口の拡大策に対しては、現在60,000人を超える税理士業界にとって、弁護士の税理士資格自動取得制度の見直しが議論されなければならないだろう。
 なぜなら、弁護士は、当然税理士の事務を行うことができるとされ(弁護士法3条2項)、税理士会へ登録するか、国税庁に通知することにより税理士業務を行うことができ、2002年10月8日現在、19,587人の弁護士の内、税理士登録者および国税局管内通知弁護士の数は1,700余人となっているが、今後この数が増大して行くことが予想されるからである。
 税理士業界への自動資格取得者の参入増大ということについては、他方、公認会計士制度改革により試験合格者の拡大策を講ずることにより将来60,000人規模を目指しているという問題もあるので、わが国の税理士制度のあり方を含めて税理士会の提言が急がれる状況にある。
 たとえば、弁護士と隣接法律専門職種などによる協働化・総合事務所化(いわゆるワンストップ・サービス)等を実効的に推進するために必要な方策を講ずるということであれば、とくに弁護士・公認会計士の税理士資格自動付与制度は必要ではなく、それぞれの専門資格者の専門性を生かした方策が検討されてしかるべきであろう。
 そして、なによりも重要なことは、「国民にとってわかりやすい制度」ということが司法制度改革の目的としてかかげられ、そして、「21世紀の日本を豊かな創造性と活力に満ちたものとするためには、明日を切り拓く勇気とひたむきな努力が報われる透明で開かれた社会を築く」という趣旨に鑑みれば、税理士制度が社会に貢献してきた役割が評価されるとともに、国民にとって資格制度取得のわかりやすさ、すなわち公正性や透明性が確保されなければならないだろう。国民は、弁護士には法律一般の専門家として、また、公認会計士には監査の専門家としてその役割を遂行することを期待しており、税理士には税務に関する専門家としての役割を期待しているからである。

(2)法科大学院および専門職大学院構想について
 司法制度改革推進本部の調査結果を受けて、文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会は2002年8月5日、「法科大学院の設置基準等について」および専門職大学院の創設を求める「大学院における高度専門職業人養成について」を答申した。
 そして、11月22日に「法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律」(注4)、「司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律案」(注5)および「学校教育法の一部を改正する法律案」(注6)が成立した。
 司法試験法の改正により、司法試験の受験資格として法科大学院の修了者と司法試験予備試験合格者が認められることになったが、ここでいう法科大学院は学校教育法で規定する「専門職大学院」の一つである。
 学校教育法の改正法によれば、大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするものを専門職大学院といわれる(同法65条参照)。
 「専門職大学院」は、高度専門職業人を養成することを目的とすることを法令上明確にし、その目的のために特化した大学院の課程が創設されることになる。1999年に高度職業人養成を目的として国際金融・会計・マネジメントなど「専門大学院」が6つの大学に設置されているが、これは発展的に専門職大学院に移行されることになる。
 法科大学院(ロースクール)の構想は、その修了者(修士)の8割程度を司法試験合格者とするものである。専門職大学院は、修業年限は既存の大学院同様、修士が2年、博士が3年とされる。
専門職大学院の設置対象には、法科大学院のように国家資格等の職業資格と関連した専攻分野などが考えられており、当然、税理士養成の専門職大学院も設置対象として検討されるだろう。
 税理士法では、税理士試験一部免除の対象となる修士学位取得者を、「税法や会計学に関する研究により修士の学位を授与された者」(税理士法7条)と規定し、試験免除の要件である国税審査会の認定を受けるためには、「研究認定申請書」や「指導教授の証明書」が必要となる。
 これに対し、専門職大学院の修了要件では、「研究指導を受けること及び論文、研究成果の審査への合格を必須とはせず、一定期間以上の在学と各専攻分野ごとに必要となる単位数の修得のみを必須とする」としており、税理士法の要件を満たすことができない。
 専門職大学院を規定する学校教育法の改正により、税理士養成大学院設置がなされる場合、税理士養成大学院修了者が税理士試験免除の恩恵を受けるためには、税理士法改正も必要になってくる。
 さらに、法科大学院修了者が税理士養成の専門職大学院の修了者と同じく評価される場合も想定した検討がなされなければならないだろう。
 加えるに、公認会計士養成専門職大学院も想定した検討もなされなければならない。
 このように、専門職大学院構想が採用された今日、弁護士や公認会計士の養成大学院による税理士資格取得者の増加が予想される。その意味でも、税理士資格自動付与制度の見直しや税理士試験制度の見直しを含めた税理士制度の基本的改革がなされなければならない。

(参考資料)
(注1)司法制度改革推進計画
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/keikaku/020319keikaku.html
(注2)行政訴訟制度の見直しについてのご意見募集について(結果)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/gyouseisosyou/siryou/boshukekka.html
(注3)ADR検討会(第7回)議事録
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/adr/dai7/7gijiroku.html
(注4)法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/hourei/021129renkei.html
(注5)司法試験法及び裁判所法の一部を改正する法律
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/hourei/021129sikenhoukaisei.html
(注6)学校教育法の一部を改正する法律
http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/index.htm