テーミス(THEMIS)2006年6月号で私への取材記事が掲載されました。テーミスの取材は3回目です。
 月刊総合雑誌テーミスが本年5月から施行された「新会社法」について、日本経済に及ぼす影響や中小会社の立場から問題を提起しております。このような記事には敬意を表したいと思います。
今回もテーミスの了承を得て記事を紹介します。


  米国と大企業のためか?!
     会社法は「日本経済の基盤」を脆弱化する

  
大企業は世界的企業からのM&Aにさらされ中小企業は「会計参与」制度に悲鳴

米国流の「自由」を前提に改正
「会社をコントロールする主権が経営者から株主に移るから、オーナー以外の経営者は長期視点の経営が出来なくなる。利益はより配当を多く出すことに使わなければならなくなり、従業員の給与や賞与に配る原資が少なくなる」(物流会社社長)
「ヨーロッパでは長期視点に立った経営を妨げるクレイジーな制度は採用しない。世界でも米国ぐらいで、その米国型にならったのが、5月1日から施行された日本の会社法だ」(外資系コンサルティング会社ディレクター)
「報道では株主告知がインターネットででも出来るようになるとか、取締役会の議決が取締役全員の同意があればメールやインターネットで出来るようになるなど、メリットが紹介されている。しかしそれらは些事で、会社経営の根幹、重要な点についてはデメリットばかりだ」(基礎化粧品会社社長)
「会社法施行で儲かるのは、会計士、社会保険労務士、監査法人、銀行、証券会社、損保、定款変更やM&Aのコンサルティング会社などだ。特需がすごい」(事業再生会社社長)
 5月中旬、ある会社主催の勉強会で、5月1日から強行された会社法について、こんな議論が飛び交った。
 会社法の骨子は、こうだ。
 表記を「カタカナ・文語体」から「ひらがな・口語体」にする。
 会社の形態を株式会社一本にする。
 会社設立の最低資本金規制を廃止。
 大会社(資本金5億円以上、または負債200億円以上)には、取締役や従業員の法令違反行為を防ぐための「内部統制システム」を義務づける。
 小規模会社との合併は取締役会決議で出来るなど、組織再編の要件を大幅に緩和する。
 株主配当の回数制限を撤廃。四半期ごとか毎月の配当も可能になる。
 取締役会決議が持ち回りの書面か電子メールで可能になる。
 取締役と共同で決算書などを作成する「会計参与」を新設する。
 議決権行使付き株式などを発行しやすくし、買収防衛策を拡充する。
 全体的にいうと、会社の運営がより柔軟に出来るようになり(定款自治)、取締役の自由度が拡大された。その一方で、徹底した情報開示、ディスクロージャーを求めた――といえる。
 今回の法改正は半世紀ぶりだが、1世紀ぶりともいえる。明治以来の規制を前提にしたドイツ法的旧商法から米国流の「自由」が大前提になった法体系になったからである。
 しかし、冒頭で紹介したように、株主総会を前にして個々の経営者の受け止め方は様々である。100年ぶりの法改正で、いったい何がどう変わってくるのだろうか。主なポイントに焦点を絞って検証していく。

三角合併を狙って外資が準備

〈三角合併、対価の柔軟化〉
 会社法の下で企業が一番頭を痛めているところは、「三角合併」の解禁に外ならない。三角合併とは、たとえば、ある会社(X社)の子会社(Y社)が他の会社(Z社)を吸収合併する場合、Z社の株主にその対価としてY社株ではなく、親会社のX社株を交付することだ。
 これのどこが頭痛の種かというと、X社が外国企業で、Y社がその日本法人の場合だ。Z社の株主は、欲しくもない外国企業の株を割り当てられ、Z社は外資に乗っ取られ、Z社の従業員はいきなり外資の社員となり、日本の労働慣行が通用しなくなる可能性がある。しかも現行の税制では、Z社株がX社株に変わった時点で株式売却益が発生したと見做され、Z社の株主は、実際には実現していない売却益の税金を国に払わなければならないという憂き目に遭う。
「対価の柔軟化」も頭の痛い問題といえそうだ。現在では合併の対価として存続会社の株式しか認められていないが、会社法の下では、金銭その他の財産を交付することが可能になる。すなわち、買収された会社の株主は、買収した株ではなく、現金を握らされ、株主名簿から排除される。要するに、欧米流のスクイーズ・アウト(現金による既存株主の搾り出し)が可能な過酷な社会になるのだ(現金のみを交付する企業再編のため、キャッシュアウトマージャーともいう)。
 これら三角合併と対価の柔軟化は、会社法におけるM&A(企業の吸収・合併)法制の2本柱といっていいほど大きな法改正だが、施行は会社法施行から1年後の来年5月になる。このため、今日すぐに起こるリスクではない。だが、これらの法施行を睨んで外資が虎視眈々と準備に入っている。
 外国人投資家が、日本の内需型企業の株式保有を拡大させているのだ。
 花王49.5l(3月末時点)1.0(昨年9月末からの増加幅ポイント)
 三井不動産45.1l→3.72
 東京ガス32.7l2.92
 ヤマトホールディングス31.0l0.22
 新日本石油29.8l3.62
 JFEホールディングス29.7l1.02
 住友金属工学18.2l4.32。(日本経済新聞調べ)
 5月1日付の英紙『タイムズ』は、会社法の施行で、M&Aの際に外国企業が自社株を活用できるようになり、日本企業を買収しやすい環境が整う見通しになったと報じた。
 ’80年代後半に、米国での敵対的LBO(レバレッジド・バイアウト)ブームを主導したKKRとCD&Rが、昨年、相次いで日本に事務所を開設した。
〈簡易組織再編の緩和〉
 すぐそこにある危機、という意味では、「簡易組織再編の緩和」がそれに当たる。会社法では、吸収合併、吸収分割、株式交換、営業の全譲受において、株主総会で3分の2超の同意が必要とされる特別決議が必要のない要件が、これまでの「純資産額等の5l以下」から「同20l以下」に劇的に緩和されたのだ。
 これが何を意味するかというと、たとえば、吸収される会社に交付する存続会社の株式が、存続会社の純資産額の20lを超えない場合、株主総会を経ずに取締役会決議で簡単にM&Aができるのだ。もっと平たくいうと、会社法の下では、とくに中小企業などは、何の前触れもなしに、ある日突然、大企業に吸収される可能性を秘めているのだ。
 このほか、村上ファンドによる阪神電鉄株の買収でクローズアップされたのが「取締役の解任」だ。これまでは3分の2超の賛成が株主総会で必要な特別決議だったが、これからは2分の1超の普通決議で取締役を解任できるようになる。すなわち、どのような手段であれ、他者に過半数の株式を握られたら、終わりなのだ。

米ISSが買収防止策を否定

〈種類株〉
 このほか、企業買収の憂き目に遭わないための様々な方法にも道を拓いている。その最大のものは種類株、中でも「黄金株」だ。特定の株主に拒否権を与える「拒否権付株式」のことである。黄金株の保有者は保有比率に関わらずいつでも、どんな議案に対しても拒否権を発動できるので、企業乗っ取り屋の自由度を縛るほか、そもそも株を買い占めようという意欲を減退させる効果がある。
 様々なポイズンピルの導入も有効手段だ。たとえば、敵対的買収者が一定割合の株式を取得した場合に、普通株を議決権のない種類株(無議決権株式)に強制転換する方法である。この方法ではどんなに株を買い占めても議決権ベースの出資比率は上がらず、従って、株を買い占めて株主総会を操ろうという意欲を殺ぐ。
 似たような方法では、別の種類株である「全部取得条項付き株式」を会社が予め保有しておき、万が一敵対的買収者が現れた場合、全部取得条項を発動、買収者の保有株を強制的に無議決権株式に転換する方法もある。
 とはいえ、日本では判例が皆無に等しい。あまりにも強すぎる防衛策は、あからさまな敵対的買収者以外の一般株主の利益を損ねかねないほか、そもそも会社法の下では、敵対的買収そのものを禁じてはいない。
 すでに6月下旬の新法下での初めての株主総会に向けて、具体的に動きが出てきている。
 外国人投資家に株主総会議案への対応についてアドバイスする米大手コンサルタント会社・ISS社が、5月17日、イオンやファミリーマートなどの2月期決算企業が相次いで打ち出した買収防衛策全てに、否定的な見解を示したことを明らかにしたからだ。
 ISSは「防衛策発動の是非を判断する社外取締役の独立性が欠けている」など、経営の保身につながりかねないことを理由にしている。外国人株主の動向を大きく左右するISSのこうした姿勢は、防衛策を導入した80社以上の企業が6月に開く3月期決算企業の株主総会にも少なからず影響を与えると見られる。
 買収防衛策は、おおよそ次の5通りに分けられる。
 @信託型ライツプラン(西濃運輸、ライオンなど)
 新株予約権を信託銀行に預けておき、買収者が現われた際に、株主全員に配布する(買収者は株に換えられない)
 A事前警告型・客観的廃止条件設定型(松下電器、サッポロホールディングスなど)
 買収者との交渉期間として予め設定した期間の経過後は、買収防衛策を廃止する。
 B事前警告型・独立社外チェック型(東芝、阪急ホールディングスなど)
 第三者による委員会などが買収防衛策の発動について判断する。
 C事前警告型・総会確認型(新日本製鉄など)
 買収防衛策の発動に関する判断にあたり、総会などにより株主意思を確認。
 D事前警告型・第三者割当型(TBS)
 新株予約権を友好的な第三者に渡しておき、買収者が現われた際には、それを株に転換する。
 客観的廃止条件設定型の松下電器の買収防衛策はこうだ。
「買収する側に事前計画をお聞きして株主総会で株主の皆さんに説明する。賛成ならばとくに防衛策は必要ない。反対ならばそのときは何らかの対応などをとる」(松下電器広報部)
 具体的にいうと、「大規模買い付けルール」を設定し、それに沿って情報を開示してもらうのだ。
 @大規模買付者とグループの概要
 A大規模買付行為の目的および内容
 B買付対価の算定根拠および買付資金の裏付け
 C大規模買付行為完了後に意図する当社経営方針および事業計画
 この4項目について情報が開示されない場合は、株主分割、新株予約権の発行策など、あらゆる対抗措置をとることになる。
〈内部統制システム〉
 会社法では、旧商法で委員会等設置会社にのみに課されていた内部統制システムの構築がすべての大企業に対して義務付けられるようになった。
 そもそも、内部統制システムが導入されるようになった背景には、米国でのエンロンやワールド・コムによる粉飾決算、経営破綻事件に対する反省がある。’02年に成立したサーベンス・オクスリー法で、内部統制システムの構築・運用を経営者の義務とし、その監査・監査意思表明を外部の監査人の義務として厳しい内部統制を企業に求めるようになった。日本国内でも、最近になり、カネボウやライブドアなどによる経済犯罪が多発しており、厳格なチェック体制が流れになっている。

中小企業は年240万円の負担に

 内部統制システムの設置を義務付けられた企業では何をすればよいのか。@新会社法の施行後、最初の取締役会までに、内部統制についての決議を行わなければならない。A決議内容は、来年の株主総会の事業報告で開示する、の2点に集約されよう。
 SGアセットマネジメントの白石茂治常務は、こう強調する。
「内部統制システムに関する決議をしなかったり、または決議だけをして実行できなかったりした場合は、株主代表訴訟に持ち込まれるリスクが以前より格段に高まってくる」
 一方、企業側からみると、内部統制システムの導入は新たなコスト負担だ。
「米国が内部統制システムを構築した際、1企業の負担額は2億円程度になった。今回の日本企業の場合でも同程度の費用がかかり、全体では2千500億円ほどの負担になる」(準大手証券の情報サービスセクター担当アナリスト)
 日立製作所では、子会社230社を含めて内部統制を整備するために1千200人の課長級社員を導入したという。人件費だけで約100億円、監査法人にも10億円を支払ったといわれる。それでも、まだ整備の途中だという。
 ただ、「大企業はある程度、構築しているところが多く、新たな負担増にはならないが、昨今経営が上向き始めた企業にはやや痛みを伴う公算が大きい」(同)という。
 たとえばトヨタ自動車である。
「わたしたちは、トヨタウェイなどといった行動倫理基準を作って全社員が実践してきた。それが内部統制ということだから、とくに新しく何かやるということはない」(広報室)
 専門部署による監視より、従業員の高い倫理観で企業統治をやっていこうという発想だ。
 日立でも似たようなものだ。
「とくに懸念することはない。従来やってきていることを明文化するだけで、考え方が変わるものではない」(広報部)
 帝人では、さる3月30日の取締役会で、「内部統制システム構築の基本方針に関する決議」をしている。
 決議された項目は多いが、「取締役の職務の執行に係る情報の保有及び管理に関する体制」にはこうある。
 @株主総会議事録と関連資料
 A取締役会議事録と関連資料
 B取締役が主催するその他の重要な会議の議事の経過の記録または指示事項と関連資料
 C取締役を決定者とする決定書類及び付属書類
 Dその他取締役の職務の執行に関する重要な文書
「内部統制システム」とは、取締役や役員、グループ会社の法令遵守を確保する方法などだ。企業にとって厄介なのは、内部統制について一定の水準とか特定のシステムを作ることを求めているわけでも、モデルがあるわけでもないことだ。各社が自己責任で、実情に応じた体制を築くことを決議せよといっているに過ぎない。
 そのため、大企業でも対応がバラバラとなっている。
〈会計参与〉
 会計参与制度は、主として中小会社の計算書類の適正さを確保するための制度である。会社法によって株式会社に新設された役員で、公認会計士または税理士の資格を持つ者が取締役と共同して計算書類を作成することになる。
 しかし、中小企業にとっては、負担ばかりが大きくあまりにも問題が多い制度だという。
 長谷川博事務所・横浜国際税務コンサルティング事務所の税理士、長谷川博氏は次のように問題点を指摘する。
「第一に第三者責任が大き過ぎることだ。計算書類の作成に関しては税理士に共同責任がある。たとえば、会社が左前になったり破綻したりすると、『計算書類を信用して取引した、おカネを貸した』として銀行などの債権者から責任を追及される。税理士に悪意・重過失がなければ自分たちで立証しなければならない」
 会計参与制度は、どういうところが導入するのだろうか。
「支払い能力の面からいっても、中小企業の中でも比較的大きな会社になるだろう。会計参与というポストは役員だから、従来の税務顧問とは別で、おそらく月額20万円で年額240万円ぐらいが相場となる」(長谷川氏)
 会計参与には、さらに大きな問題がある。日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所、企業基準委員会が共同で「中小企業の会計に関する指針」(’05年8月1日作成、’06年4月25日改正)を公表。さらに4月28日には「『中小企業の会計に関する指針』の改正について」というプレスリリースまで出したことだ。
 長谷川氏が語る。
「このプレスリリースは、要するに会計参与は置かなくても、『中小企業はこの指針に沿って会計の処理をして下さい』という意味なのだ。ところが、『指針』の内容は中小企業にとっては非常に厳しい。日本の中小企業の多くは、多少の粉飾をしながらも銀行などから借り入れて経営してきた。それが出来なくなると、中小企業はやっていけなくなる」

今回の改正は経営者いじめだ

 どうしてこれほど問題の多い制度が導入されてしまったのだろうか。
 ’84年5月、法務省民事局から「大小(公開・非公開)会社区分立法及び合併に関する問題点」が公表されて以来、中小企業の「計算公開とそれを担保する外部監査制度」(「会計調査人制度」という)が、税理士、公認会計士の間で議論されてきた。だが、何年たっても意見を集約するに至らず、時間ばかり過ぎた。そういう経緯もあって、会計調査人制度に代わる今回の「会計参与制度」に業界団体の幹部たちが飛びついてしまったのである。
 もう一つの要因は、大銀行の意向があるようだ。銀行が中小企業に融資する際、会計参与制度の有無を条件の一つにする。実際、5月1日付の読売新聞に「会計参与導入の企業 融資条件を優遇 三菱東京UFJ銀行」という見出しで次のような記事が掲載された。
「国内最大級の税理士・公認会計士組織『TKC全国会』(会員約9千300人)のメンバーが会計参与に就任していることなどが条件で、初年度は約500社の利用を見込んでいる」
「会計参与制度を入れてもいいのは、資本金3千万円〜5千万円以上、負債数億円規模の会社ではないか。それ以下の会社にも銀行が『会計参与を入れましょう』というのは横暴だと思う。銀行だけでなく、税理士会や行政当局も再検討すべきではないか」(長谷川氏)
 今回の会社法の改正は、してみると大企業中心で、中小企業にとってのメリットは極めて少ないといえそうだ。その大企業もまた、世界的大企業からM&Aの対象として狙われ易くなった。
 冒頭に紹介した勉強会に参加した1人は、こう叫んだ。
「経営者いじめの会社法は、(アメリカナイズされた)竹中平蔵大臣が主導したに違いない」