テーミス(THEMIS)2004年3月号で私への取材記事が掲載されました。テーミスの取材は2回目です。
 月刊総合雑誌テーミスが「納税者」の立場から日本の税務行政や税務訴訟のシステムの問題を採り上げて問題提起する姿勢には敬意を表します。テーミスの了承を得て記事を紹介します。(テーミス2004年3月号から)

徴収ノルマ強化の一方で納税者の反乱が国税庁を襲い始めた
ストックオプション益などを巡って訴訟が続くが国側も手綱を緩めない


「最後まで闘い決着を付ける」
 「世界一大人しい」とされてきた日本の納税者。だが、ここ最近、国税当局に対して異議を唱える動きが活発になっている。実際、ストックオプション(自社株購入権)をめぐる訴訟を始め、大手出版社や銀行などが国税当局に挑み、勝訴した例も増えている。
 一方、国税庁は税収増額のため、申告漏れや所得隠しに強い姿勢を示している。長期にわたる不況の影響による税収の落ち込みを受け、現場署員に対しては徴収「ノルマ」を強化しているのだ。こうした現場の税務署員の動きが、至るところで国民と衝突するようになり、「納税者の反乱」は激しさを増すばかりだ。
 「どうしても(税務署の給与所得の扱いに)納得がいかなかった。国税に目を付けられるのは嫌だが、それでも裁判沙汰にせざるを得なかった。最後まで闘い、決着を付けるしかない」
 マイクロソフト日本法人の40代の中堅社員は、こう固い決意を語った。
 訴訟は、ストックオプションで得た利益が「給与所得」か「一時所得」かを争ったものだ。給与所得は文字通りサラリーマンの給料。一時所得は、競馬や懸賞などで当たった際などの一時的な所得で、簡単にいえば「幸運」に恵まれた所得のことである。税率は給与所得が一時所得の2倍になるため、納税者にとっては切実な問題だ。
 ストックオプションとは、自社株を一定の期間内に決められた価格で取得できる権利のことである。企業の業績が向上して株価が上がった時に売却すれば、高額の利益が得られるという仕組みだ。社員に「やる気を出させる」ことにもつながる。いまでは、国内上場企業の30%を占める約1千社が導入している。だが、国内には’98年まで、ストックオプションの扱いについて、国税当局からは法令どころか「通達」さえなかった。
 そのため、税務署ごとに対応が分かれ、ストックオプション売却益を「一時所得」と指導した税務署もあった。
ところが、その後税率の高い「給与所得」と統一される。国税当局は過去に遡って課税したため、納得できない納税者から提訴が相次いだ。現在、既に100件近くに及んでいる。「法的根拠さえしっかりしていれば、税金はちゃんと払うつもりだ」と前出の社員は語る。
 この裁判で、東京地裁は納税者側のマイクロソフト社員に軍配を上げた。
「労働と給付との間に合理的な対価関係がなければ、給与所得にはならない」と判断したのだ。さらに「原告の勤務先は米国本社ではないので、労働と株価の関係は間接的で希薄。ストックオプションによる利益は、本社株価の推移や、権利をいつ行使するかの投資判断という、労働の質とは関係ない要素がある」との見解を示し、「一時所得」と結論付けた。
 原告側代理人の弁護士によると、ストックオプションに関する「水面下の原告」は数百人に及んでおり、まだまだ反乱は続きそうだ。
 だが今年1月、東京、横浜両地裁は別の裁判で、「ストックオプションは、日本企業でいうボーナスのようなもので、給与所得にあたる」と、それまでとは逆の判断を示した。「ストックオプションは、働きぶりが自分の利益に反映するように工夫されており、その利益は労務の対価にあたる」というのだ。
 こういった状況もあり、「訴訟を起こすかどうか、出方をうかがっている人も多い」(前述の弁護士)のだという。

旧興銀も処分「不服」で訴訟へ
 このように、裁判所による判断は揺れている。東京地裁の民事第3部所属の判事は、あるストックオプション所得の帰属を巡る裁判で、「法律上の手当てもしないまま課税を行うことは、
法律上の解釈の限界を超える」と国税当局に苦言を呈していた。
 反乱は、大銀行でも起きている。
 旧日本興業銀行(みずほコーポレート銀行)が、旧住宅金融専門会社(住専)向けの不良債権を放棄して損金に計上した経理処理を認めず、東京国税局が1千470億円余を追徴課税(更正処分)したことをめぐる訴訟だ。’99年、東京地裁は旧興銀の訴えを認めた。
 今年1月に、東京高裁は旧興銀逆転敗訴の判決を出したものの「大手銀行が訴訟を起こしたことは、内部でも大きな衝撃だった」と国税幹部は語っており、反乱の波紋の大きさを物語る。
 納税者側からの不服申し立て、訴訟が増えたのには幾つかの要因がある。
 都内に事務所を構える税理士が語る。
 「まずは税に関する知識が高まったことと、さらにストックオプションのケースなど、訴訟で戦えるだけのお金を持った高額納税者が増えていることだ。高いカネを払い、優秀で強力な弁護士を雇わなければ、国側には絶対に対抗できないからだ。それができる納税者は、税務署の一方的なやり方に、苦情や不満を我慢しなくなった」

藤山雅行裁判長なら国側敗訴
 それだけではない。納税者が国税当局に「反旗」を翻す動きには、もう一つの側面がある。それは、東京地裁で原告・納税者側勝訴の判決が相次いだことだ。これが不服のある納税者の背中を押している。
 実は東京地裁における国税側敗訴の判決のほとんどは、藤山雅行という裁判長によるものだ。ストックオプション、旺文社、旧興銀……。藤山裁判長がその事件を担当することが決まっただけで、2審の準備を始めなければならないほど、ことごとく国税側が敗訴している。「国破れて藤山あり」と、今ではすっかり有名になってしまった。
 ある弁護士はこう語る。
 「国税相手の訴訟は、90%上の確率で訴えた原告側が敗訴するというのが常識だった。ところが、藤山さんの登場で、納税者側は我慢せずに国税に相対するという感じになっている。2審で敗訴してしまうのは残念だが、それでも歓迎すべきことだろう」
 全国的に見ても、一審の国側敗訴は着実に増えている。国税庁のまとめによれば、’02年度に判決の出された租税訴訟は232件あった。そのうち国側敗訴(一部敗訴を含む)は27件あり、敗訴率は11・6%。東京地裁に限って見れば、30件中、12件が敗訴(同)で、敗訴率は実に40%となったのである(これがいわゆる「藤山裁判」の影響)。
 また、裁判の前段階である国税不服審判所(後述)に持ち込まれる、審査請求の数も増えている。’02年度は全国で3千4件あり、これは前年より118件の増加だ。内訳としては、申告所得税についてが1千47件と最も多く、次が消費税等の875件であった。とくに消費税関係はここ数年、増加の一途を辿っている。’95年は415件だから、10年足らずで倍増したことになる。
 「納税者の反乱」を呼び込んだ背景には、国税庁の「大方向転換」があった。
 ’04年度予算の財務省原案を見れば分かるとおり、歳入82兆1千109億円のうち、税収は41兆7千470億円と約半分にとどまる。この傾向は近年続いており、国税当局は「営業の強化、つまり課税の強化が求められている状況」(国税幹部)だ。

「3K対応」で大幅な機構改革
 最近、税務現場では「3K対応」といった言葉が使われている。これは国際化、広域化、高度情報化のことだ。
経済の国際化に伴い、海外取引や売り上げを税法の違う自社現地法人に計上して、税額を減らすといった例が増えている。また、大企業だけでなく個人商店までパソコンの導入が進んでいる。データの改竄や隠しファイルの作成などによる脱税手口も増えつつあるという。税の取り逃がしのないよう、3K状況に素早く対応しなければならないというのだ。この「3K」に対応するため、国税庁では’01年に課税総括課を新設するなど、10年ぶりの大幅な機構改革を行った。
 ただ現場で根幹となるのは「基本に忠実に課税する」ことだ。これは「増差」にこだわることで、増差とは税務調査の結果、追徴課税する額である。
要するに「税金を取れるだけ取れ」ということになる。それは、どんなに些細なところからでもかまわない。
 あるスナック経営者が証言する。
 確定申告について税務署に赴いた際、対応した調査官に「スナックでは自分で作ったおつまみを食べることがありますか」と聞かれた。何の警戒感もなく「そりゃ、もったいないから残れば食べますよ」と答えたという。実は、ここにある策略が隠されている。
残ったものを捨てれば、その分は経費として差し引けるが、食べた場合には「自家消費」といって、何割かが経費として認められなくなる。結局、半分が経費として認められず、税金は40万円ほど高くなった。
 たかが40万円。それでも、繁華街のスナックが40万円ずつ税務署にカンパすれば、総額で数千万円に膨らむという。ある国税幹部は「こういった小さな積み重ねが大事」と語る。
 大規模なものでいえば「スキーマー」対策がある。スキーマーとは、各国の税法の抜け穴を見つけて、課税逃れのスキームを作る人たちのことで、節税額は100億円規模になることもある。これを打ち破れば、巨額の税収が得られるわけだ。
 こういった対策に沿って摘発した最大の例が、テレビ朝日株の取引に絡み、旺文社(オウブンシャホールディングに商号変更)に対して行った約107億円の追徴課税だ。旺文社は、資産を簿価で移転して、課税を回避できる法人税法の特例を利用したのだ。テレビ朝日株などを現物出資して、オランダに100%出資子会社「アトランティック」を設立した。この会社が新株を発行して、オランダの別の関連会社に著しく有利な価格で割り当てることで、約250億円の節税を行った。
 旺文社側はこの処分を不服として提訴。東京地裁は旺文社勝訴の判決をいい渡した。結局2審では覆ったものの、通常は課税処分に従う大手出版社の反乱は、国税当局にとっては「意外なものだった」(国税幹部)という。
 大企業では「トヨタ自動車」に加えて、自動車部品メーカー最大手の「デンソー」、総合商社「豊田通商」と、名古屋国税局が相次いで税務調査し、約90億円の申告漏れを指摘した。「好況業種を狙う」という大方針に基づくもので、日本企業で初めて1兆円の純利益が見込まれるトヨタ自動車が狙われた形だ。トヨタ側は異議申し立ての準備は進めていないとされるが、国税当局にとっては気になるところだ。
 だが、こうした厳しいノルマ強化の方針は、現場に混乱を招く結果につながっている。都内神田税務署では’03年12月、こんな不正事件も起こった。
 税務署では、12月末と年度末である3月末の数字が長官・局長表彰選考の重要な判断材料となる。署長はここで「いい数字」を出すため、税金滞納残高の圧縮と、新規滞納の発生額抑制を声高に唱え、徴収部門にハッパをかける。その重圧に耐えられなくなった担当官が、滞納金を少なく見せるよう、意図的に督促状を出さなかったのだ。
 滞納金はコンピュータのデータ上、督促状の発付からその金額がカウントされる。督促状を出さなければ、一時的に滞納額を少なく見せることができる。こうして12月末の数字を「作った」のだ。督促状を出さなかった分は、大口を中心に35件、徴収額にして約5億5千万円ほどあったという。
 また、ある地方税務署には、生活の苦しい納税者からわずか2千円足らずを徴収するため、長年支払い続けてきた生命保険の解約を迫った担当官までいた。これはさすがに、見かねた他の署員が止めさせたという。

国側に有利な裁判システムが
 ところで、「納税者の反乱」が増えたとはいっても、納税者は依然として不利な状況におかれていることには変わりはない。なぜなら、一審での納税者側の勝訴が、控訴審で覆されるケースが多いからである。藤山裁判長のケースはあくまで例外だ。日本の租税裁判における納税者側の勝訴率は低い。
なぜこのような事態になるのだろうか。
 「納税者の権利憲章」制定を訴える、税理士の長谷川博氏はこう語る。
 「そもそも裁判所には、『課税庁がなしたことを、否定するのはまずい』という発想がある。というのも、裁判官には税務についての知識がない。司法試験の選択科目に税法が入っていないからだ。研修でも本格的にやっているかというと疑問だ。その結果、課税庁のほうに耳を傾け、結果的にはそのいいなりに近い状態になってしまう」
 裁判システム自体にも問題がある。
 税務署の処分に不服があるときは、まずは税務署長に異議申し立てをする。そこで聞き入れられない場合は、国税不服審判所に審査を請求することができる。ところがこの不服審判所は、そのほとんどが国税当局の職員によって構成されている。とても公平な判断がなされているとは思えない。
 ここで納得がいかない場合、初めて裁判に訴えることができる。だが、裁判官が税法を知らないため、租税事件を担当する裁判官のもとに、補佐を目的に「裁判調査官」が国税庁から派遣されている。いわば国側は「税法関係を専門とする、日本一強い弁護士事務所」を使っているわけだ。これでは、そこらの弁護士では歯が立たない。
 「民間から税理士などが国税不服審判官に就けるようにすればいいのだが、
現在の制度では、税理士を辞めなければならない。これでは成り手がなかなか出てこない。非常勤の『パート審判官』を認め、審判所をきちんと独立させる必要がある」(長谷川氏)
 ある国税OBの税理士は、「これまでは確定申告や税務調査にかかわる相談ばかりだったが、最近は、訴訟も視野に入れ、弁護士を紹介してほしいという要望は多い」と話す。
 「納税者の反乱」は、これからが本番だ。国税当局は、それが自らの「取り易いところから取る」という姿勢にあるという現実を、いま一度、直視しなければならない。