月刊Themis(テーミス)2001年3月号(2月23日発売)の中から「納税者権利憲章の制定を急げ」というタイトルで掲載された記事内容を紹介します。
本記事のHP掲載については、月刊テーミスの承認を得ております。また、本記事の中には私への取材内容も含まれております。
なお、わが国の「納税者の権利」に関する法整備が諸外国に比べて遅れている現状について、専門の業界誌ではない月刊総合情報誌テーミスが、このテーマを的確に取り上げ、広く納税者にその情報の提供を行ったことに敬意を表するものです。

2001年3月19日  税理士 長谷川 博


納税者権利憲章の制定を急げ税務署の個人・零細企業いじめを許すな

欧米諸国では税収アップのためにも憲章を制定しているが
日本は完全に後進国のままだ


「保護制度」ない国の悲劇とは  「日本の納税者は泣いている」

 海外の税務当局の幹部は、こう口をそろえるという。日本には、納税者の権利を守る「納税者権利憲章(法典)」がないからだ。’75年以降、フランス、イギリス、アメリカなど、先進各国で憲章が制定されていく一方で、日本には納税者の権利保護をうたった規定がない。すでに還付申告の受け付けは始まり、確定申告が始まっているが、国税当局と納税者との間のトラブルは相変わらず絶えない。

 税法解釈の一方的な押し付けや、ときには売掛金さえも差し押さえるという国税職員の強硬な税の賦課と徴収。

零細な企業や自営業者は、“いじめ”とも取れるこんな対応を受けても、結局は当局の認定に従わざるを得ない。

 「国税不服審判所」が実態として機能しておらず、納税者の権利などという言葉さえ、マスコミでは見かけない。

民主党では、議員立法(国税通則法の一部を改正する法律案)を目指すというが、当面はそこを応援するしかない。

 「納税者権利憲章」とはどんなものなのか。まずそれを解説する必要がある。さらに、先進各国の導入の経緯、権利憲章の内容をみれば、日本の税務行政がいかに遅れているかが、くっきりと浮かび上がる。

 OECD(経済協力開発機構)の税務委員会は’90年4月、「納税者の権利と義務」と題するリポートを発表した。

この中でOECDは「国民の租税負担が大幅に増加するのに伴い、税収を確保するための対応策として、納税者に対するサービスの向上が図られ、G7(先進7か国蔵相中央銀行総裁会議)各国を中心に、納税者の権利を保障するための「納税者の権利憲章」や「納税者の権利宣言」が策定されてきたことを指摘している。

礼儀と尊敬の念を持って扱え

 これを受けて、東京地方税理士会は’96年11月、「納税者権利憲章」の案を作成した。これを見ると、どんな権利を保護すべきなのかが理解できる。

 1.税務に関する情報を受ける権利=租税制度や税額の計算などに関する最新の情報は、適正な納税を実現するために、是非とも必要なものだ。国税庁は、すべての通達など税務情報を公開し、しかもその内容は平易な文体で納税者に知らしめなければならない。

 2.自ら申告し、納税する権利=国税についての税額の確定手続きは、原則として申告納税方式がとられなければならない。つまり、納税者が自ら所得を計算し、納税者が国の財政に積極的に参加することで、適正な納税義務の実現が図れる。

 3.適正な税額以外を支払わない権利=憲法84条が定める「租税法律主義」は、法律の定めを超えて税をかけられない権利を含むと解釈される。適正で最小限の税額を納めるためには、国税当局が十分な資料を提供するなど必要な援助をしなければならない。

 4.公平・公正で丁重に扱われる権利=当然なことだが、納税者は公平・公正に扱われることはもちろん、調査を受けるときには、いつでも礼儀と尊敬の念を持って扱われる権利がある。

 5.適正手続きを保障される権利=納税者は調査を受ける際、事前に通知を受け、その調査の必要性や範囲を開示するなど、適正な手続きを受ける権利がある。さらに追徴されるようなときには、事前に弁明する権利を持ち、さらに文書で具体的な説明を受けることが重要だ。

 6.オンブズマンに苦情を申し立てる権利=納税者は、通知の遅れや不注意による誤り、無礼な言動などの苦情を、国税庁から独立し、中立的なオンブズマンに申し立てる権利を持つことが必要だ。税務オンブズマン制度は、諸外国にはあるが、日本にはない。

 7.独立性を有する機関に、不服申し立てができる権利=日本の国税不服審判所は、国税庁の通達解釈と異なる裁定を下すことが極めて困難だ。公正な救済機関として、不服審判所は国税庁から完全に独立しなければならない。

 8.租税立法に参加できる権利=多くの納税者が納得できる税制を作るためには、租税立法に対して納税者が参加し、十分な意見を述べる場を保障する必要がある。

 9.税金の使途を監視する権利=税金の使途については、適正でないと納税者が判断した場合に、会計検査院などに申し立てる権利がなければならない。司法上、訴訟を起こす権利も確保される必要がある。

 10.秘密保持、プライバシーの保護を受ける権利=自分の税に関する情報は、自らがコントロールする権利が必要だ。納税者としての情報には、いつでもアクセスし、訂正を求める権利を確保しなければならない。

 この納税者権利憲章は、諸外国ではどうなっているのだろうか。まず〈表1〉を見て頂きたい。先進各国は’75年以降、次々と「納税者権利憲章」などを制定している。日本だけが取り残されている実態が分かる。憲章の内容はおおむね、前述した東京地方税理士会の「案」と同様だ。さらに、主要国の税務調査の実態をみると、日本の税務調査に対する納税者の権利が、いかに守られていないかが浮き彫りになる。

〈表2〉を見れば、一目瞭然である。分かりやすいように、それぞれの権利について、守られていれば○、その権利がなければ×で記した。この調査は、東京地方税理士会が行ったものだ。

 簡単にいえば、日本は0点だ。ちなみに調査の事前通知の時期は、アメリカは1週間以上前、イギリスは28日以上前、ドイツは大企業は4週間前、中小企業は2週間前、韓国は7日前となっている。重複調査とは、同じ税目、同じ課税期間に対して、再調査は認められないというもので、刑法でいう 「一事不再理」または「二重処罰(二重危険)の禁止」に当たるものだ。比較的採用していない国は多いが、犯罪捜査であっても税務調査であっても、最も基本的な人権といえる。

人権無視の調査強行に“憤り”

 このように日本の税務行政は信じられないような「後進国」であるため、国税当局と納税者との間のトラブルは絶えない。民主主義国家とは思えない目に余る国税局、税務署の納税者いじめが横行しているのだ。最初に、個人から具体的ケースを紹介していく。

 2000年2月に京都地裁が出した「北村事件」の判決がある。

 ’92年3月30日、大阪国税局資料調査課と下京税務署員5人が、事前に何の連絡もなく、京都市で婦人・子供服の衣料品店を経営する北村正治さんの税務調査に着手。京都市の「京都店」にいた姉の日出子さんは、北村さんが不在だったため、日を改めるよう要請したが、調査官は強引に従業員から事情聴取するなど、調査を開始した。さらに、プライベートな部屋である2階に上がりこみ、売り上げメモなど経理書類を取り上げたうえ、下着が入った引き出しなども開けた。

 さらに、大津市の「唐崎店」にも調査が入り、勝手にレジやごみ箱の中を捜索し、生理用品が入ったバッグの中も検査した。調査は12月15日までの長期に及び、この間、北村さんが尾行されたり、店内で大声を出すなど、調査官による人権無視の調査が続いた。

 最終的には所得隠しがあったとして重加算税も課す内容の更正処分を受けたが、北村さんは国家賠償訴訟を起こした。京都地裁は「所得税法234条の質問検査権は、任意調査であり相手側の同意が必要。本件調査は、任意調査として許される限度を超えていた」と認定し、北村さんは全面勝訴となった。

下京税務署は結局、判決後に更正処分を取り消している。

 これは国民の側が勝訴した珍しい一例だが、本誌には憤る納税者から多くの苦情が寄せられている。

 その一つは、広島市でアルミサッシ店を経営する男性(52歳)のケースだ。

 昨年2月、何の前触れもなく、税務署の調査官5人が自宅に来て、インターホンを鳴らして「税務調査に入ります」といわれた。このとき、男性は風邪をひいて寝ていたため、「今は病気なので、調査には応じられない。せめて明日にして欲しい」というと、大声で「出直すと証拠隠滅をされる恐れがある。調査に応じないと、多額の税金を納めることにもなりかねない」とどなられ、近所のこともあり、家に入れたという。

 調査官の1人は1階の事務所に入って「経理書類を出せ」といい、別の調査官は強引に2階の居間に行き、テーブルの上の大学ノートを押収し、寝室のたんすなども開け始めた。「大事な書類がない。どこかに隠しているのだろう」と決め付けられ、子供部屋にも入られた。調査は1か月に及び、結局は単なる経理ミスに対しても重加算税が課せられたという。

 この男性は「この2年前にも調査が入ったが、別に何の指摘もなかった。

それなのに、次の調査では同じ期間の経理が問題にされ、800万円もの追徴をされた。百歩譲って課税は仕方ないにしても、人権無視もはなはだしい」と憤る。

 また、群馬県内のある青果店経営者(55歳)は、厳しい取り立てに遇ったという。一昨年は売り上げが少なく、200万円の所得税の納付が難しかった。このため納税が遅れたが、税務署は売掛金を差し押さえたという。「どこかに金を隠しているのでは、ということで、取引があるところにも反面調査が入っていたようだ。売掛金を差し押さえられ、店の信用はがた落ち。サラ金の取り立てと同じだ」とこの経営者は肩を落とす。

 都区内で税理士を開業している阿部数利氏は、自分が相談を受けた家族のケースを紹介してくれた。

 「親と子が別々に住んでいた家族が、一時期、息子夫婦のところに同居(その土地は親の名義、建物は息子の名義)していたが、その土地・建物を売って親の実家に同居することにした。このとき、土地も建物も3千万円以下だったので特別控除額(租税特別措置法通達35‐4)にあたるため、課税対象にならないと思って処理した。ところが税務署は別の通達を根拠に拡大解釈し、税金を請求してきた。自分たちに都合よく法を拡大解釈したもので、憤りを感じる」

 こうした問題は、個人だけでなく、中小企業でも起きている。

 福岡県内のある医療機器販売会社は一昨年、税務調査を受けた。従業員は8人という零細企業。だがこの年、高額医療機器が売れたため、売り上げが大幅に増え、社員を夏休みに、9泊10日の社員旅行に連れていったという。

調査では、この旅行が問題になった。

 税務署は「9泊10日という旅行は豪華過ぎる。社会通念上、社員旅行というには余りにも期間が長く、旅行費用は社員に対する給与だ」と認定し、源泉所得税をかけられたという。社長は「夏休みは毎年1週間。さらに土日を入れて、旅行を計画した。当時安かったツアーを利用したのに、なぜ豪華なのか分からない。せっかくの社員に対するごほうびも、台無しになってしまった」と話している。

 西日本の社員約40名の中小企業は経営者が病気で入院したため、外注業者に発注する工事費を仲介していた業者に前払いしていた。ところが外注業者に委託できないまま、工事費はその仲介業者の預り金となって放置されていた。経営者が退院後、この工事費は仲介業者から返却されたが、中小企業の決算期が過ぎていたため、その経営者は次期に繰り越して税金を払えばいいと思っていた。だが税務署は、工事費の返却がその中小企業の口座に振り込まれていたため、勝手に悪質な脱税と思い込んでしまうのである。

 そのあとは無茶苦茶。会社の従業員でもない社会人になっているその経営者の子どもたちの資産(銀行口座)まで調べ出した。1人は銀行に勤めていたため、税務署はその銀行に調査協力を強要していたこともわかった。これは「私行調査」といって脱税容疑者以外の人について資産を調べるのは禁じられているが、平然と行われていたのである。結局、経営者の脱税の容疑は晴れるのだが、子どもたちは人権無視のイヤな思いをさせられたのである。

 こうした国税庁の税務行政に対して、国は何をやっていたのか。実は昨年、総務庁による行政監察が35年ぶりに行われた。35年間も監察がなかったというのも驚きだが、その理由は恥ずかしいことだ。今年の4月から情報公開法が実施されるが、それに合わせて急遽、行政監察したというのが真相だからである。国民から国税庁の行政監察についての情報公開請求があった場合、「35年間、行政監察していませんでした」では済まないのである。監察の動機はともかく、監察の結果、案の定、日本の税務行政のでたらめぶりが、驚くほど明らかになったのである。

修正申告を促すのはサギ行為

 まず一つは、「自家消費」といわれるものだ。例えば、ラーメン店では、客に出すほかに、店主や家族が店のラーメンを食べることがある。この場合、自分たちが食べた分も売り上げに入れなければならない。ところが、その基準が税務署によってまちまちなのだ。

 国税庁の所得税の基本通達によると、「おおよそ売価の70%を下回らない額」とされている。調査されたあるラーメン店は、売価の70%を下回る材料代を基準にし、それに店主らが食べた数をかけて23万4千円を「自家消費」にするよう、税務署から指導されたという。

 しかし、税務署によっては、基準が売価のちょうど70%だったり、売価そのままだったりするケースがあったという。税務署により不公平がまかり通っていたのだ。こんなバカなケースがいくつも出てくる。

 また、「納税者権利憲章」で問題になった調査の通知も指摘された。国税庁の通達では、強制調査(査察)や証拠隠滅が予想されるケースだけを例外とし、基本的には調査を通知するよう求めている。しかし、どれだけ事前通知が行われているのかを調べたところ、96%もの事前通知をしている税務署があるかと思えば、半分以下という税務署もあったという。行政監察は、事前通知に加え、調査が終わったことについてもきちんと通知するよう求めた。

 自営業者が所有する車に関する経費も、税務署によって認定がまちまちだった。ある人は、仕事に半分、私用に半分、車を使っていたとして、ガソリン代の半分が経費として認められた。

ところが、別の税務署では70%、最高で90%を経費として認めており、この自営業者は損をしたことになった。こうした不公平を正すよう、行政監察は指摘している。

 また、増改築した自宅の相続に伴う相続税の計算にも、税務署によってばらつきがあった。増改築費用の減価償却分を計算する際、国税局によっては市販の出版物を使ったり、別の内部資料を使うなど、3通りも算定方法が混在していたという。このため、国税局によって、相続税の額に弁解のできない不公平が生じていたわけだ。

 修正申告をめぐる説明にも不備があった。税務調査で申告漏れが見つかった場合、強制力を持つ行政処分である「更正処分」と、自ら申告し直す「修正申告」という二つの選択肢がある。

更正処分の場合には、後から不服申し立てができるが、修正申告の場合には、自発的に申告し直す手続きであるため、不服申し立てはできない。ところが、

修正申告すれば不服申し立てができないことについて、十分な説明がなされていなかったという。これではそこらあたりの詐欺とどう違うのか。

 その修正申告の割合は84・8%にも上っている。国税当局としては、修正申告を取れば、その後のトラブルはないことから、できるだけ更正処分でなく修正申告するよう促す傾向があるが、数字はその実態を表している。ところが、そのことは説明していないのだから、納税者は不当に権利を侵害されていることになる。

申告漏れ発見での評価も原因

 こうした国税当局と納税者との間に起こるトラブルを見ていくと、一つの傾向が浮かんでくる。それは調査に入った以上は、少しでも多くの税金を取ろうという納税者を無視した調査官の姿勢だ。これは税金の徴収でもいえる。さらには、国税庁から国税局や税務署といった下部組織に対する指示が徹底していないというあいまいさも見えてくる。救済機関がないことも、トラブルを助長する原因になっている。

 なぜこういう事態が起きるのか。それは「増差第一主義」と呼ばれる現場の実態がある。「増差」とは平たくいえば、調査によって税額が増えることをさしており、申告漏れ額と置き換えてもいいだろう。

 ある調査官は語る。

 「現場の職員の評価は、なんといってもどれだけ増差を上げてくるかだ。一応表向きは、増差でなく、幅広い観点から職員を評価するというようになっているが、客観的に評価しようとすれば、やはり増差が第一だ。調査に入って『増差はありませんでした』では調査官としては失格」

 また、徴収担当の職員は「徴収職員というのは、国税の中では下に見られる。大企業を調査する調査部の職員、

『料調』と呼ばれる資料調査課の職員、それから査察部の職員というのはランクが高い。だから結局、徴収はどれだけ税金を払ってもらえるかで勝負するしかない。取り立てのような厳しい徴収が行われる背景には、そんなことがある」。

 ある国税OBの税理士は、源泉徴収制度を原因に挙げる。

 「日本のサラリーマンはほとんどが源泉徴収によって税金を払っている。これは、効率的に税を集めるという意味では非常に意義があり、国税職員が約5万7千人で済む大きな要因でもある。だが、権利意識が強い知識層を多く含む多くのサラリーマンが、税金に無関心である状況を作り出している。納税者の権利を保障しろといっても、サラリーマンは『自営業者は税金をごまかしているのだから、多少過激な調査を受けたとしても、それは仕方がない』と考えている。こうして、税務行政は、遅れたままになっているといっても過言ではないだろう」

 終戦後の’47年、GHQ(連合軍総司令部)はそれまでの「賦課課税制度」に代えて、給与所得者にも「申告納税制度」の導入を要請してきた。ところが、大蔵官僚はサラリーマンについては、

元の源泉徴収制度に戻してしまう。

 当時の事情を知る元大蔵省主税局長の塩崎潤氏(元衆議院議員)が、東京税理士会の機関紙『東京税理士界』(’98年1月1日号)でこう語っている。

 「昭和20年の敗戦で、日本人が得た最大の収穫は、一つは新憲法、もう一つは申告納税制度です。……この二つは、おそらく戦前の状態が続いていたら、

いまだに軍部支配の軍事国家、それから政府決定の税制になっていたと思うんです。それを敗戦によって新しく得たわけです」

 塩崎氏は、源泉徴収制度と一体の年末調整についても、同誌でこのように批判している。

 「私は、一定額を源泉で取っておいて、あとはたいていの人が申告して、自分の税額を認識するという仕組みに直さなきゃいかんと。いまの年末調整は行き過ぎだと思う」

 そして、給与所得者についても、次のように問題提起している。

 「とにかく、早い機会に申告納税制度を一定の給与所得額以上の人にも及ぼすようにすることが大事ですな。しかし、それを皆さん方はあまり主張されない……」

 最後は、「租税手続法」を整備せよとまでいっていた。そうすれば納税者の権利が確立するというのである。当の元大蔵官僚でさえ、現在の源泉徴収制度の問題点を認めているのである。

 また、マスコミも納税者の権利については無頓着だ。「国税担当記者は大企業や有名人の申告漏れや脱税などの記事を探すことばかりに熱心で、一般納税者の権利にはほとんど目を向けていない。記者はサラリーマンであるため、納税に関する知識も、実はあまりない」とある税理士は嘆く。

 さらに独立した救済機関がないことも問題だ。国税庁などによると、’99年度中に課税処分などに不満があるとして行った異議申し立てのうち12・0%(前年10・3%)、国税不服審判所に審査請求したうちの14・4%(同15・7%)で、何らかの形で納税者側の主張が認められた。つまり、課税処分の一部、または全部が取り消されたということだ。この数字はあまりにも低い。

 多くの不服事件は、異議申し立てを経て国税不服審判所への審査請求となるため、審判所で課税処分が覆るのは、全体の12・0%のうちの14・4%とみることができる。ほんのわずかなのだ。さらに審判所長らは国税のキャリア職員であり、独立した機関とはとてもいい難い。

保護官制度はただのガス抜き

 ところで、国税庁は2001年度予算で、「納税者保護官」(仮称)を設置することを決めた。冒頭の具体的ケースであげたように、国が行政裁判でも負ける事例が出てきたからに他ならない。保護官は、各国税局総務部の税務相談室に所属させ、@個別の課税処分に不満を持つ納税者に法令上の権利救済手続きを教示する、A納税者から寄せられた苦情などのうち、納税者の権利に影響を及ぼす、または納税者の不利益を被らせる恐れがあるものなどを処分する、B納税者からの苦情、困りごとなどで担当が不明なものに関する申し出の窓口になり、苦情処理等のワンストップ化を進める――といった責務を持つとしている。

 しかし、これでは極めて不十分だ。

税務相談室では、申告書の書き方など納税者の相談を受けていたが、その中で苦情処理を専門に行わせるのが保護官の役目ということで、調査のあり方について指導したり、調査結果を訂正するような権限はない。要するに、納税者の苦情を処理して伝えるだけの職員といえるものだ。

 納税者保護というからには、不当な調査・徴収を止めさせたり、その後の課税処分にも影響力を持たせることが不可欠だ。第一、独立した第三者でなく、国税職員が保護官である限りは、中立的な苦情処理などはできまい。国税当局の労働組合である「全国税」も、この保護官の役割の不十分さを指摘している。名称も「保護官」ではなくなる可能性もある。

 タックスという英語の語源は、自発的に市民が支払う「会費」から来ている。国税OBの税理士はこう指摘する。

 「税金は、納税者が納得して払うものでなければならない。だが、日本では、国税当局に取り立てられる『年貢』のような感覚で税金がとらえられている。これは税理士になって身にしみて感じている。税務調査でトラブルが増えれば、納税者は本来の意味での税金を払ってくれなくなる」と話す。また、別の税理士は「調査のたびに思うのは、常に税金を取る側と取られる側の攻防になっているということだ。納税者の権利が保障されていないから、国税当局と納税者の立場を比べると、国税当局の方が上、つまりお上になってしまっている」

 「納税者権利憲章」のような明文化された制度がない限り、納税者の権利は守られない。幸い、日本の国税職員は税法や通達などに厳格で、決まればそれに忠実に従う傾向を持っている。きちんとした制度ができれば、現場での「増差第一主義」は徐々に改善されていくだろうし、違法な調査も少なくなっていくはずだ。一日も早く、他の先進国並みの「納税者権利憲章」が制定されなければ、日本の税務行政は世界からも取り残され、申告納税制度は最終的に、機能しなくなるだろう。

 冒頭に紹介した東京地方税理士会の納税者権利憲章は、いま、民主党の議員立法(国税通則法の一部を改正する法律案)として、日の目をみる直前まできた。やっと第一歩が始まろうとしている。

囲み記事1

「納税者保護」確立目指して30年

 今は民主党と共に国税通則法改正の議員立法へ

長谷川 博(税理士)

いまの納税者に権利はない

 近年の租税負担の増加や、また制度の複雑化などによって、権利保護は極めて重要な政策課題となっている。だが現在の日本の税制の中に、残念ながら納税者の一般的権利の保護を目的とした法律や、あるいは納税者権利憲章といったものは、いまだ制定されていない。これは主要先進諸国の中でもっとも立ち後れた状況といえる。

 国税に関する一般法である「国税通則法」第1条(目的)の中にも納税者の権利保護については見当たらない。かつて通則法について、改正の動きがあったことはあったが、あまり大きな話題にならなかった。そんな動きがあったことすら一般の人には知られておらず、新聞もまったくといっていいほど、報道していない。

 現行法で納税者の権利としてあげることができるとすれば、税務署が下した更正処分などの課税処分に対して異議申し立てしたり、裁判をおこす権利というつまり事後救済、処分を受けた後の不服申し立ての権利である。だがこれは当たり前のことで、われわれはそこではなくて、処分する前の事前救済手続きこそが、本来の納税者の権利だと考えている。そうでなくてはならないはずである。欧米では、まず最初に納税者の権利があり、そのあとに法律、制度がついてくるのだから。

 そこで「TCフォーラム『納税者の権利憲章』をつくる会」(TCはタックスぺイヤーズ・チャーター〔納税者憲章〕の略)が中心となって国税通則法の改正を働きかけている。私もその運動にたずさわってきた一人だが、法案を提起するにあたっては、まず議員に働きかけないといけない。そのとき与党にアプローチするよりは野党にしたほうが現実的であろうと考え、全部の野党に実際に立法・立案を働きかけている。

 現在のメインは民主党で、あとは社民党と共産党。この3党には実際に決起集会などにも参加してもらっている。

 2000年6月30日には代表の北野弘久日大教授や池上惇京大名誉教授などが呼び掛け人となり、衆議院議員会館会議室において「納税者の権利を確立するための市民のつどい」が開催され、国税通則法改正の推進を訴えてきた。民主党3人、社民党1人、共産党3人および代理出席4人といった国会議員や学者、税理士、市民団体のメンバーなど計120人近い出席があった。

 またそれにさきがけTCフォーラムは、同年5月23日には民主党税制調査会に出席して、この改正問題を「国税通則法の一部改正する法律案の試案」として説明。法律改正を議員立法(参議院先議案)として提案するため、山口哲夫前参議院議員や大渕絹子参議院議員らに参議院法制局と擦り合わせのために協力してもらった。

 概要としては、基本理念としてまずは公正をかかげ、税務行政に関する国民の理解を得るために、国税当局は必要な情報提供と苦情等への誠実な対処をしなければならないものとした。また、事前通知なしの調査をなくすため、国税庁等の職員は、税額の確定の調査のための質問、検査をする場合は、その事前手続きとして、14日前までに、

その相手方に書面で通知しなければならないことなどを、盛り込んでいる。

 今後はこの改正案を、権利保護の問題に積極的に関わっている、民主党の河村たかし議員試案として法案の成立を目指していくことになっている。

ただ、民主党の党内事情もあり、劇的変化がすぐにやってくるとは考えられないが、地道な努力により、国会議員の意識もだいぶ変わってきているように見えるので、期待はしている。

 活動の中心のTCフォーラムのもともとの母体は、「不公平税制をただす会」といって、当時の旧社会党系を中心とした組織で、そこから枝分かれしたものである。ここに参加している税理士は全国青年税理士連盟という任意団体、これは全国で約3千名弱の組織だが、ここに所属しているかたがほとんどだ。国民のための税制を構築する、そして納税者の権利を守るということを趣旨にした30年近くの歴史がある団体である。いまここまでお話しした納税者の権利の問題は、実は30年も前からいわれ続けている問題である。

景気の悪化でトラブル続出

 日本のこういった権利保護が規定されない状況下で、さまざまなトラブルが発生している。税務署調査官が質問検査権を理由に、納税者の許可を得ずに、机やタンスを開けてまわったり、直接納税に関係のない書類まで書き写していくといったことが、かなり行われている。あくまで任意調査のはずだから、納税者の同意なく勝手に机を開けたりすることは憲法違反だし、プライバシーの侵害にもなる。現在税務調査の90+以上は任意調査。以前映画『マルサの女』がヒットしたが、あれはあくまで査察の話だ。質問検査権は任意調査である以上、無制限などでは決してない。

 ここ数年とくに苦情が多くなっていることの背景には、景気が悪くなり、税の徴収がきつくなったということがある。今年4月から導入される「納税者保護官」制度(仮称)は、従前の相談官から分離しただけで、課税庁から独立していない。税務署内のノルマもきつくなったと思われる。従って納税者の苦情を適切に処理するためには、米国や韓国などにみられるように「納税者憲章」がその前提に導入されなければならない。権利保護の制定が急務だ。

囲み記事2

「権利章典」制定と米国の事情

 米国「納税者擁護」での狙いは税務官の意識改革


税務調査は厳密に法で管理
 米国では、’96年に納税者を保護することを目的に、納税者擁護官制度が導入された。それ以前にも納税者オンブズマンが同じ目的であった。だが、オンブズマン制度では米国内国歳入庁(IRS=日本の国税庁にあたる)の理不尽な税務調査や税の取り立て行為から、納税者の権利を守るには権限が弱すぎた。米国の納税者権利保障について詳しい青山学院大学の中村芳昭教授は語る。

 「オンブズマンは納税者の苦情処理をするぐらいで、納税者の権利を保護する制度としては機能していなかった」

 米国で納税者擁護官が設立された背景には、’88年に制定された「納税者権利章典」がある。オンブズマン制度はこの際に発足したものだ。この章典は以後’96年、’98年と改正されている。納税者擁護官は’96年の改正でオンブズマンの権限を強化して生まれたのだ。

 その章典によれば、IRSが税務調査をするときは文書で調査日時、場所、納税者が用意するべき記録、調査後の不服申し立て、訴訟の手続きまでを記した事前通知を行うことが義務付けられた。さらに実際の税務調査中には、

税務調査官と納税者だけの密室にしない。納税者もテープレコーダーでその模様を録音できる。調査終了後に納税者の求めがあればIRSが録音したテープのコピーを渡さなければならない――などと細かに税務調査手続きの内容が定められている。

 しかし逆にいえば納税者権利章典が制定される以前は、米国の税務調査も今の日本と同じ状況であったという。

 「IRSはその権限を使って、納税者のところへ事前通告なしで突然乗り込んだり、理不尽に財産を差し押さえたりといったことが日常茶飯事で行われていました」(前述の中村教授)

“訴訟の国”米国で、なぜそれほどまで横暴な振る舞いが許されたのだろうか。それはIRSがもつ膨大な個人情報と、強大な調査権限にある。税収のために、IRSには全米国民のありとあらゆる個人情報が集められる。もし、政治家がIRSを問題にしようものなら、即座にIRSはその政治家の資産情報を洗いざらいにし、納税の不正を告発することができるのだ。そうなると政治生命にかかわるので、政治家といえども簡単に口出しはできなかった。そのような状況で、納税者権利章典が定められたのは画期的であった。

 では、なぜ制定にこぎつけることができたのだろうか。それに至る背景は「たまたま米国の経済がひどく落ち込んでいた」(中村教授)ことだという。’80年代に米国は “双子の赤字”(貿易赤字と財政赤字)を抱え、税収が大きく落ち込んだ。その状況下で税収を上げるためには、ヤクザ並のやり方では無理ではないかという考え方に変わってくる。

 ’98年の納税者権利章典の改正は、IRS改革法にあわせたものだ。その改革法では、IRSの税収に対する理念の変更がうたわれている。それまでのIRSの使命は「最小のコストで最大税収をあげる」ことであった。そこには納税者の権利などはまったく考えられておらず、納税義務の強制が主要なポイントであった。そのために理不尽な税務調査が行われていたのだ。それを改め「カスタマー(顧客)サービス」の理念を制度的に取り入れたところに大きな変更が見られる。

税金徴収への理念を改めた

 カスタマーサービスとは、納税者とIRSの間で、信頼関係を築けるつきあいに改めようというものだ。納税者に強制して税金を取り立てる“お上”の態度を改め、納税者が自主的に税金を納めるようにする環境作りを目指したのである。この改革でIRSの長官には初めて民間人が登用された。

 「オンブズマンはIRSの下の組織であるために、どうしてもIRS向きの仕事になりがちだった」(中村教授)。そのために納税者擁護官では、活動報告の提出先を変更した。それまでは年間の活動報告をIRSの長官へ提出していたが、納税者擁護官は提出先が議会に変更されたのである。

 さらに納税者擁護官は納税者の求めにより、納税者権利救済命令を発してIRSによる財産差し押さえの解除や、納税者に対するIRSの行為を一切禁止するなどの強い権限が与えられた。

 米国では’80年代に税務調査への認識が変わってから、実際に制度を変更するまで約10年の歳月が必要だった。しかし「今後税収の伸びが大きくは期待できない状況で、効率的な税務調査を行うためには、変革されたIRSの路線しかありえない」(中村教授)との危機感があり、取り組みは真摯である。

表 1

各国の納税者権利憲章制定年月

1975年

フランス

「税務調査における納税者憲章」制定

1977年

旧西ドイツ

「租税基本法」(納税者保護規定)改正

1985年

カナダ

「納税者権利宣言」採択

1986年

イギリス

「納税者憲章」制定 

1988年

アメリカ

「納税者権利章典」制定

1990年

インド

「納税者権利宣言」採択

1997年

韓国

「納税者権利憲章」制定・公布

1997年

オーストラリア

「納税者憲章」制定

1998年

スペイン

「納税者権利憲章」制定

 

表 2

主要国の租税調査の内容

 

アメリカ

イギリス

日本

ドイツ

フランス

韓国

納税者権利憲章

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調査の事前通知

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代理人選任権の教示

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重複調査の禁止

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調査終了通知

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オンブズマン制度

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