番目のアクセスありがとうございます Last Modified 28 Sept. 1998

税務に関するオンブズマン制度

-- イギリスの歳入庁アジュディケーター制度を中心として --

長谷川 博

(大谷正義先生古希記念論文集「国家と自由の法理」敬文社1996年所収論文)

 

目次

  はじめに

1 わが国の税務に関する苦情処理制度の現状と課題

2 イギリスの歳入庁アジュディケーター(苦情処理裁定者)制度について

3 わが国の税務に関するオンブズマン制度のあり方について

 

 はじめに

 

 本稿では、税務に関するオンブズマン制度について考察するが、最初に、本テーマをとりあげた経緯を述べることにする。

 筆者は、1993年10月に税理士の任意の団体である全国青年税理士連盟の税務に関するオンブズマン制度の欧州視察団のメンバーとして、イギリスの歳入庁アジュディケーター(The Revenue Adjudicator は歳入庁苦情処理裁定者と訳されるが、通常、税務オンブズマンと呼ばれる。)のエリザベス・フィルキン女史に面会し、レクチュアーを受ける機会を得た。わが国では、税務行政に関する苦情処理は、国税局の税務相談室が行うものとされているが、イギリスでは歳入庁から独立した税務オンブズマンが苦情の処理及び税務行政に対する提言を行っているということを知ることができた。(注1)

 その後、本年(1995年)10月に予定されている日本税理士会連合会の公開研究討論会で、東京地方税理士会が、「税務行政手続改革の課題--税務行政の公正・透明化に向けて--」と題する研究発表を行うことになり、その研究の一環として、「税務に関するオンブズマン制度」をとりあげることになった。(注2) そして、この「税務に関するオンブズマン制度」の研究に資するために、東京地方税理士会が中心となって、エリザベス・フィルキン女史をわが国に招聘し、本年5月に東京と大阪で講演会を行った。

 筆者は、本公開研究討論会の研究に携わることとなり、さらにはフィルキン女史の招聘のコーディネートをする機会も得たので、これを機会として、本稿では、「税務に関するオンブズマン制度」として、イギリスのアジュディケーター制度を紹介するとともに、わが国の税務行政に対する苦情処理制度のあり方を考察するものである。

 なお、税務に関するオンブズマン制度とは、納税義務に対する税務行政庁の処分に対する不服申立続(異議申立、審査請求等)とは異なり、税務行政手続に関して、不服申立手続の対象とならない税務行政庁に対する苦情申立を処理する制度をいうものであり、その苦情処理は税務行政庁から独立した行政機関が行うものである。従って、この制度は、民間人が市民オンブズマンとして税務行政や税金の使途の監視を行うものとは異なる。(注3)

 

 

 1 わが国の税務に関する苦情処理制度の現状と課題

 

 わが国の国税に関する処分に対する不服申立制度は、異議申立、審査請求制度等として、国税通則法(第81条、第87条参照)に定められているが、例えば、納税者が、税務調査に際し税務職員により高圧的で乱暴な調査を受けたり、プライバシーを無視したような調査をされた場合、これに対して苦情(不満)を申立てその救済を図る方法は、国税通則法上はもちろんその他の税法にも存しない。

 このような税務に関する苦情申立は、国税局に設けられた税務相談室に対して行うことが可能である。したがって、ここでは、税務相談室制度による苦情処理の現状について見てみるとともに、わが国の税務に関する苦情処理制度の課題について言及したい。

 (1) 国税局の税務相談室

 国税局の税務相談室による苦情相談処理の実体については、公表された詳しい資料がないので、国税局編の『国税庁30年史』、『国税庁40年史』および『第119回 国税庁統計年報告書』(平成5年度版)等により、国税局の税務相談室制度の沿革を概観するとともに、その実体を考察するものとする。

@ 沿革

 a 苦情相談所

 第二次戦後の経済の復興や国家再建のための巨額の財政需要を満たすため、国民生活が窮乏していたにもかかわらず徴税強化をせざるを得なかったことや申告納税制度という新しい制度を導入したことに伴い税務職員の納税者への態度や対応に多くの非難と苦情が寄せられた。

 それに対処するために昭和24年(1949年)8月、国税庁に苦情相談所が設置され、その後各国税局に相談所支所が設置されていった。

 昭和26年(1951年)7月より国税庁協議団が発足し、苦情相談所の事務は協議団が所掌することとなり、その結果、苦情相談所が国税庁協議団に、また苦情相談所支所が各国税局協議団に併設された。

 苦情相談所は、納税者からの苦情を処理する機関として設置されたものであったが、税法の解釈、適用、申告、申請手続等の税務相談が持ち込まれ、苦情相談が減少し税務相談が増加していった。

 b 税務相談所

 苦情相談所に持ち込まれる税務相談事案が過半数を超えるものとなったため、昭和36年(1961年)3月から苦情相談所の名称が「税務相談所」に改められた。

 c 税務相談室

 昭和45年(1970年)5月、国税不服審判所の発足に伴い協議団が廃止されたため、税務相談所の事務は各国税局総務部に設置された「税務相談室」に移管され、新たに設けられた税務相談官が相談事務を専門担当することとなった。各国税局では、主要税務署に税務相談室の分室を設置している。

 税務相談官の事務としては、大蔵省設置法を実施するための大蔵省組織規定によると、「税務相談」のほかに「税務職員の執行その他の税務一般に関する苦情の処理」が定められている。

A 税務相談室の「苦情相談処理」の実態

 a 苦情相談室に関する広報

 苦情相談に関してPRパンフレット等は現時点では国税局からは何も発行されておらず、納税者にとって税務行政に関する苦情をどこに持ち込めばよいか全く知らされていないといえる。

 b 苦情相談の処理手続

 税務相談室は、「苦情相談事務規定」により納税者からの苦情相談を受付処理しているものといわれているが、この「事務規定」は内部文書として部外秘とされており、その実態は明らかにされていない。苦情を受理した国税局では、「苦情等事案処理整理表」を作成し、「担当係長−担当補佐−関係課長等−総括補佐−課長−次長−部長−総務部長−局長」の順に査閲を重ねていくという、いかめしい方法で処理されているようである。(注4)

 c 苦情相談事案の受理件数

 苦情事案の受理件数に関しては、『国税庁30年史』では、昭和52年までを「税務相談及び苦情事案の処理状況」とする統計資料が出ており、『国税庁40年史』では、昭和53年から同62年までを「相談・苦情の受理状況」とする統計資料が出されている。

 最近の参考資料としては、国税庁企画課の『税務行政 主要統計集』(平成3年版)が紹介されているが(注5)、これによると、「税務苦情事案の受理件数」としての受理件数の合計が、昭和62年には311件、同63年では932件そして平成元年では1,129件となっている。これは、平成元年から導入された消費税に対する苦情が増加していることが伺えるが、苦情の受理件数が、項目別に所得税、法人税、資産税、間接税(消費税、その他)、徴収、そのと別れて示されているだけであり、その苦情の具体的内容は知ることが出来ない。

 (2) わが国の税務に関する苦情処理制度の課題

@ 現在の苦情処理制度の問題点

 国税局の税務相談室での税務苦情事案の受理件数が前記のように少ないことは、次のような理由が考えられる。

 一つには、苦情申立、処理に関する国税庁のPR等が全くなく、税務相談室が苦情事案を受理する機関であることを知っている納税者は少ないということである。

 二つには、たとえ税務相談室が苦情事案を取扱うことを知って苦情の申立を行っても、その処理方法として、苦情の対象とされた国税局の職員の行為に対し、国税局自身が処理・判断することは、納税者がその処理に不信感を抱く可能性があり、さらに、その処理がいかめしく、また、その処理の具体的な内容は何ら外部に公表されていないため、苦情処理手続の公正性・透明性及び第三者性に著しく欠けているということである。

 苦情処理手続は、簡易かつ迅速なもので、さらに人間性を重視し、納税者の立場に立ったものでなければ有効に機能しないものと考えられる。そして、苦情処理手続が有効に機能するためには、その手続の公正性と透明性を図り、納税者の信頼を高めるものでなければならず、そのためには、課税庁から独立した第三者的立場のオンブズマン制度が要求され、後述するイギリスの税務オンブズマン制度が参考にされなければならない。

 わが国の現状の税務に関する苦情処理のシステムでは、納税者が泣寝入りするケースが多いと考えられる。

A 裁判所による救済の弱点

 税務相談室において苦情が救済されない場合には、国家賠償法に基づく損害の賠償等を求めて裁判所に訴訟を提起してその救済を求めざる得ないこととなる。

 しかし、その救済を裁判所に求めるとしても、救済がなされるまでには多大な時間、労力および費用がかかり、また、訴えの利益の制限があり、裁判所による救済には困難性があるといわなければならない。

 例えば、税務職員が納税者の居住部分に上がって、タンスなどの引出を承諾なく開けるなどの違法な調査によって受けた損害(精神的苦痛)を国に求めることを認めた数少ない判例として、平成7年(1995年)3月27日の京都地裁判決がある(平成7年3月28日付日経新聞)。この種の裁判で国に対して賠償を認めた判例はきわめて数少ないが、このような裁判による救済は、通常の苦情の処理として納税者が簡単に採りうるものではなく、また、時間等がかかり必ずしも適切な方法であるとはいえない。なお、本件事案は現在、控訴審で継続中である。

 このような事案が簡易かつ迅速にしかも納税者の負担が少なくして解決されるためには、裁判による救済よりも、イギリスのアジュディケーター制度に見られる税務に関するオンブズマン制度による救済方法が優れていると考えられる。

 

 

 2 イギリスの歳入庁アジュディケーター(苦情処理裁定者)制度について

 

 イギリスの歳入庁アジュディケーター制度について、アジュディケーター事務所の第一回年次報告書(注6)およびフィルキン女史の東京公演(注7)等を参考に、その導入の経緯やその機能及び実態を紹介してみたい。

 (1) 歳入庁アジュディケーターとは(導入の経緯等)

 歳入庁アジュディケーターは、歳入庁の執行に関し過度の遅れや不注意による誤り、無礼な言行ないし歳入庁が行使したあらゆる裁量の下し方(例えば、税金を支払うのに追加の時間を要求した際の歳入庁の取扱い方)等について、納税者からの苦情(不満)を処理する歳入庁から独立した機関である。

 これは、納税義務に関する法律問題についての不服申立を扱う行政不服審判所(イギリスの場合は、行政不服申立委員会)とは異なる制度である。

 イギリスの不服申立委員会は、通常無給の民間人で特別の資格を必要としない委員により構成された「一般不服申立委員会」(General Commissioners)と常勤の公務員で経験を積んだバリスター(法廷弁護士)またはソリシター(事務弁護士)の特別委員から成る「特別不服申立委員会」(Special Commissioners)があり、納税者は選択でいずれの委員会に対しても不服を申立てることが出来る。

 イギリスでは、一九六七年より議会オンブズマン(The Parliamentary Commissioner For Administration は The Parliamentary Ombudsman と呼ばれる。)が税務行政の領域を含めた行政に対する苦情の処理にあたってきたが、下院議員を通じての申立であることや、手続に時間がかかる等の問題もあって、一九九一年の政府の「市民憲章」(Citizen's Charter)や同年改訂の歳入庁の「新納税者憲章」(New Taxpayer's Charter)を契機として、1993年7月から歳入庁アジュディケーター制度が導入された。(注8)

 フィルキン女史は、公開コンペティションを経て歳入庁長官から任命された民間出身の初代歳入庁アジュディケーターである。

 同女史は、1995年4月からは、関税・消費税庁(イギリスでは、歳入庁と関税・消費税庁とに分かれている)のアジュディケーターに任命され、さらに、六月からは社会保険料負担金管理局のアジュディケーターにも任命され、The Adjudicator とも呼ばれるようになっている。

 歳入庁アジュディケーターの機能は、同事務所の年次報告書によれば、歳入庁に対する苦情申立を解決するために、公平かつ迅速に利用しやすいサービスを提供し、よって、歳入庁のサービスの質の向上をはかる方法を提案することであるとされている。

 (2) 市民憲章および納税者憲章

 1991年にイギリス政府は、公共サービスの水準を改善し、サービスが国民の意向により反応するために「市民憲章」を発表した。これには<1>サービスの基準の明確化、<2>情報の公表、<3>選択と協議の機会提供、<4>礼儀正しく有用なサービス、<5>物事を正す苦情申立手続および<6>能率的かつ経済的なサービスの六つの原則が規定されている。

 そして、1993年6月には、「市民憲章苦情申立特別委員会」(Citizens Charter Complaints Task Force)が設立され、苦情申立制度の諸原則を作成した。

 この原則は、<1>容易に利用でき十分に知られていること、<2>利用者に理解されうる簡単なものであること、<3>迅速な取扱いと時間制限の確立をして進行状況を知らせること、<4>完全かつ公正な調査の保障がなされること、<5>秘密の保持を図ること、<6>実効的な対応と適切な救済の提供を為すことおよび<7>情報を提供してサービスの改善を図ることの七つの基準を示している。

 一方、歳入庁及び関税・消費税庁では、1986年に「納税者憲章」を策定したが、1991年の市民憲章に合わせて文体を簡易にし読みやすい権利憲章に改訂した。

 納税者権利憲章は、<1>税務行政の公正性、<2>納税者に対する援助、<3>効率的なサービスの提供、<4>責任の所在の明示および<5>苦情申立や不服申立等の納税者の権利が謳われている。(注9)

 アジュディケーター導入のイニシアティブとして、納税者およびその代理人の組織、報道機関、国会議員等の提言をあげることが出来るが、重要なことは、歳入庁が最もアジュディケーターを設立するにあたって推進役になったということである。

 (3) 苦情申立の方法

 納税者(イギリスでは納税者を customer(お客様)と呼ぶことが多い(注10))は、税務行政に対する苦情をアジュディケーターに申立てる前に、当該税務署のコントローラー(controller 管理官)にまずその苦情を申立て、そこで解決されない場合、六ヵ月以内にアジュディケーターに苦情を申立てるシステムになっている。

 申立は、書面、口頭(または電話)いずれでもよく、遠隔地の場合には、アジュディケーター事務所のスタッフが出向くこともある。アジュディケーター事務所の利用者アンケートによると、57%の人は電話による苦情申立を好み、28%の人は直接会って苦情申立をすることを好み、わずか15%の人しか文書による苦情申立を望まなかった。

 現在、アジュディケーターの仕事は、ほとんどが電話によって行われているということである。

 (4) 苦情申立の内容

 アジュディケーターの年次報告書によると、苦情申立の主な対象領域は、所得税、税務調査、税金の還付及び徴収に関してである。

 また、苦情申立の主要な原因としては、通知等の遅滞、誤り、歳入庁職員の態度、貧弱なアドバイス及び裁量の適用に関する問題であるが、検査官による嫌がらせや守秘義務違反等もある。

 (5) 調査権限

 アジュディケーターは、歳入庁のあらゆる書類、記録、上級の局長クラスに至るまでのすべてのスタッフに完全にアクセスすることができる。そして、苦情申立の観点からあらゆる情報を徹底的に調査するといわれている。このように、アジュディケーターは、歳入庁から独立した機能が保障されている。

 (6) 苦情処理の状況

 1993年4月から1995年3月までの2年間で、4,196件の苦情申立を受けたが、そのうち812件が調査事件(Investigation case)で、3,384件が当該税務署のコントローラー(管理官)を経ないで申立てられた事件(Assistance case)である。

 この期間に、480件の調査事件を解決し、このうち60%は部分的あるいは全面的に納税者の方に有利に解決している。

 処理の解決について、1994年度の目標は、平均6ヵ月で事件を解決することであり、そして3ヵ月のうちに事件の37%を解決しているといわれる。

 なお、宣伝活動として、この2年間にフィルキン女史は、様々な活動を行ってきたと述べている。新聞、ラジオ、テレビ番組から当事務所の仕事に関してのインタビューを受けたり、また、歳入庁は、現在では、納税者に送付している申告書やその他の書式にアジュディケーターの説明書を入れるようになったという。さらに、個人的に全国会議員に手紙を送付して当事務所への訪問を呼び掛けたりその他広範囲に及ぶ人と機関を招待してきたといわれる。

 (7) 勧告および賠償

 申立てられた事件の調査を行い、事実を把握するとともに、歳入庁と納税者にその事実の流れを送付して、それが正しいか否かのチェックを依頼する。その時点で、歳入庁と納税者の間で調停を行うことが可能となるが、この調停が成されないときは、アジュディケーターは正式な勧告を行うこととなる。

 この勧告には、歳入庁が苦情申立人に対して賠償を支払うべきであることを含めることができる。今までのところ、最高11,000ポンド(約176万円)の賠償を勧告しているといわれている。しかし、多くの事件では、納税者が求めているのは、財政的な賠償ではなく、ただ単に誤りを犯したことを認めてもらうこと、問題が解決されること、そして謝罪してもらうことであるといわれる。

 歳入庁は、1993年に、「誤りに関する手続要綱」(The Inland Revenue Code of Practice on Mistakes)を公刊し、歳入庁による「重大または連続的な誤り」により納税者がこうむった損失または出資のいかなるもの支払うと規定している。しかし、この適用に関して、明らかでないケースがあることが指摘されている。

 (8) 歳入庁アジュディケーター制度の効果

 アジュディケーターの利用者アンケート調査結果によると、利用者のほとんどの者は、アジュディケーターの提供したサービスに非常に満足しているというものである。

 また、歳入庁コントローラーとも定期的に協議したり、レポートを出したりして、苦情申立についてその改善案を提示している。一般的に、歳入庁との関係は非常に良好であり、歳入庁は前よりも創造的になったといわれている。

 歳入庁の謝罪文についても、その中ですばらしいものを見本として歳入庁に回覧することにより謝罪の質を上げることができたという。アジュディケーターの役割は、苦情申立を調査することだけでなく、誤りが起きないように歳入庁を支援することでもある。

 

 3 わが国の税務に関するオンブズマン制度のあり方について

 

 国民の税負担の増加が要請されてくると、ますます課税権の行使が強化されてくることになる。納税者の協力無しには課税権の行使はスムーズに進まなくなってくる。

 このため、各国では行政サービスの一環として、納税者の権利を確認するお客様サービスの施策が採られてきている。(注11) 民間で行われている普通のサービスと変わらないサービス感覚が行政の分野でも必要になってきている。

 税務に関する苦情処理制度においても、行政サービスのあり方が問われており、1990年に、OECD(Organization for Economic Cooperation and Development)の税務委員会が加盟22ヵ国のアンケート調査を元に作成した「納税者の権利と義務」と題するレポートにおいても、「15ヵ国において、納税者の苦情を受理する有資格者のオンブズマンが存在するがこれらのほとんどの国で、その権限は行政全般の問題に及んでいる。ベルギー、カナダ、西ドイツ、ギリシャ、イタリー、日本、スイスにおいてはオンブズマン制度は存在しないが、ベルギーでは、係争は税務委員会あるいは諮問委員会に提出され、西ドイツでは議会内の苦情処理委員会において処理されている。オンブズマン制度のある8ヵ国において、オンブズマンは審理を行ったり、納税者の苦情を処理している。米国を除き、その裁定結果は法的強制力を持たないが、当初の処分は変更させられる 。(注12)」といわれており、この分野での日本の立ち遅れが目立っている。

 わが国においては、川崎市等の地方公共団体レベルにおいてオンブズマン制度が導入されているが、国レベルのオンブズマン制度は未だ導入されていない。

 総務庁の「オンブズマン制度研究会」が、昭和61年(1981年)6月に最終報告書を発表し、その中で、「仮称:オンブズマン委員会」を提言しているが(注13)、総務庁は、昭和62年(1982年)12月に総務庁の中に行政上の措置として設置した「行政苦情救済推進会議」(1990年に総務庁長官の主催する懇談会に改組)と従来の「行政相談(委員)制度」をもって、「日本型オンブズマン(注14)」と称している。さすがにこれに対しては、外国のオンブズマンの代表からは、「日本の行政相談制度がそれなりに機能していることは評価するが、オンブズマン制度の根幹である独立性・中立性から見ると疑問がある」、「単純に話を聞いてそして小さな変化だけしか求めないとしたらむしろ不満が蔓延してしまうという逆効果がでてしまうという問題がある」という指摘(注15)がなされている。

 前記、総務庁の「オンブズマン制度研究会」の提言に対しては、「オンブズマン委員会の組織と権限は、フランスのメディアトゥールに似ている」という評価もあり(注16)、これこそいわゆる「日本型オンブズマン」のモデルともいうべきものである。

 オンブズマン制度とは、違法ないし不正な行政活動に対する国民の苦情申立に対する行政救済として、行政審判や裁判等の正式な救済手続以外の手続により、オンブズマンが独立・中立の立場で、簡易・迅速にしかも低廉の費用で国民の権利利益を保護するとともに、行政を監視し、行政の改善の提言を行う機能を有するものであるということができる。(注18) オンブズマン制度は、行政救済機能と、行政改善機能を有する特色があり、これらの機能を高めまた保障するためには、行政処分庁から一定の独立性を有するとともに高い権威を保つことが必要である。

 現在、世界の30ヵ国近くが国レベルでのオンブズマン制度を導入しているが(注19)、苦情の対象が行政一般を対象とする「一般オンブズマン制度」から苦情の対象を特定の分野に限定するいわゆる「特殊オンブズマン制度」に拡大してきている。(注20)

 一般オンブズマン制度としての議会オンブズマン制度をもつイギリスにおいては、前記歳入庁アジュディケーターを始め警察苦情委員会や医療サービスコミッショナーおよび年金オンブズマンなどの特殊オンブズマン制度が導入されている。また、一般オンブズマンをもたないカナダにおいては、プライバシーコミッショナー(プライバシー法に基づき設置)やインフォメーションコミッショナー(情報公開法に基づき設置)の特殊オンブズマンが導入されている。(注21)

 また、特殊オンブズマンの領域は、消費者保護を目的として、自主規制型の産業オンブズマン制度へと及んでいる。(注22) イギリスの保険オンブズマンや金融オンブズマン、さらには、わが国のいわゆるPL法(製造物責任法)に基づく苦情処理委員会(国民消費生活センターからの委託を受けて、苦情処理の調停を行う目的で一九九五年に全国自治体に設置)などをあげることができる。

 このように、オンブズマン制度は、行政サービスないし公共サービスの一環として各国で普及してきているが、その内容に変化が見られる。このことは、それぞれの国の政治、行政機構の相違や社会および経済状況の変化等により、オンブズマン制度の役割に対するニーズの多様化があることが理由として考えられる。

 しかし、わが国のように国レベルでのオンブズマン制度を経験していない段階では、まず、一般のオンブズマン制度の導入が必要であると考えられるが(注23)、行政の多様化、専門家に応じた特定の行政分野を対象とする特殊オンブズマン制度の導入を図ることは、現代の行政サービスのニーズに応えるものである。

 オンブズマン制度の理念は、行政手続法の目的と共通するものであり、それは、行政の公正性と透明性を図り、もって国民の権利保護に資することにより、行政に対する国民の信頼を高めるものである。

 このことは、税務行政の分野についても当然適用されるものである(行政手続法の制定に際し、国税通則法を改正して大部分の税務行政手続について行政手続法の適用を除外したが、その第一章の目的は除外されておらず、この目的に沿った国税通則法等の見直しが必要とされている。)

 前述したように、わが国において、税務に関する苦情処理を扱う部署には、国税局の税務相談室があるが、これは、苦情処理について相談事案として内部的に処理するものであり、その処理手続は公正性と透明性が図られているものということはできない。

 わが国において、税務に関するオンブズマン制度を構築するに際しては、すでに察したようにイギリスのアジュディケーター制度(注24)をモデルとした苦情処理手続制度が国税通則法において制定されなければならない。

 しかし、わが国の行政改革の取組み方を見ていると、このような税務に関するオンブズマン制度の実現には時間を要すると考えられる。そこで、税務に関するオンブズマン制度を促進するために、税理士会が主催する「税務オンブズマン」の設置の方策が検討されなければならないと考える。もちろん、税理士会が行う「税務オンブズマン」は、その調査権限に大きな制限があり、実際的には、その活動は、各国税局に対して納税者からの苦情の解決法の「斡旋」を行う方法によらざるを得ないと考えられる。

 さらに、税理士会が行う「税務オンブズマン」の中に、外部からの学者等の有識者を含めることによって、利用者からの期待が高まるように構想されなければならない。税理士会が行う「税務オンブズマン」は、税理士法第49条の10の税務行政に対する建議等に適うものということができ、税理士会の社会的役割に寄与するものといえる。

 

(1995年8月記)

 

(注1) 全国青年税理士連盟視察団報告書「イギリスおよびスウェーデンの『税務オンブズマン』」(1994四年)参照。

(注2) 東京地方税理士会が発表する「税務行政手続改革の課題--税務行政の公正・透明性化に向けて--」の骨子は、第1章「行政手続法と税務行政手続」、第2章「納税者の権利保障制度」、第3章「納税者番号制度--税務情報の保護とプライバシー」、第4章「税務に関するオンブズマン制度」、第5章「事後救済手続の課題」および第6章「税務行政手続と税理士の役割」である。なお、これについては、研究資料集が発行される。

(注3) 民間のオンブズマンとしては、大阪において、納税者、税理士、弁護士などが設立した税務行政を監視する「税金オンブズマン」や弁護士が中心となって結成されている税金の使途を監視する「市民オンブズマン」等がある。

(注4) 金子秀夫『税務行政と適正手続』(ぎょうせい 1993年)59頁参照。

(注5) 金子、前掲(注4)58頁。なお、「税務苦情事案の受理件数」は部外秘の内部統計資料とされており、筆者は最近の資料は入手できていない。

(注6) 東京地方税理士会調査研究部監訳『歳入庁アジュディケーター「年次報告書」』(1995年)参照。

(注7) 「イギリスの歳入庁アジュディケーター、エリザベス・フィルキン女史の東京公演の概要」(東京地方税理士会会報第446号、1995年6月20日)参照。

(注8) アジュディケーターと議会オンブズマンの関係は、「納税者は、歳入庁に対する苦情申立をアジュディケーターではなく、下院議員に依頼して議会オンブズマンに申立てることができる。アジュディケーターは、議会オンブズマンによって調査された、あるいは、調査されている苦情申立を検討することができない。」(前掲、全国青年税理士連盟視察団報告書13頁)。

(注9) イギリスの納税者憲章をはじめ先進諸国の権利憲章については、石村耕治『先進諸国の納税権利憲章』(中央経済社、1993年)が詳しい。

(注10) アメリカおよびカナダでは、納税者を Client(顧客)と呼び、韓国でもソンニン(お客様)と呼んでいる。

(注11) 石村、前掲(注9)参照。

(注12) 潮東京至訳『納税者の権利と義務--OECD各国における法制度の現状』(全国商工団体連合会、1991年)20頁参照。なお、納税者救済命令権(Taxpayer Assistance Orders)をもつアメリカ税務オンブズマン制度は、1988年に従来からある苦情処理官制度に加えて、内国歳入法(同法第7811条)により導入されたが、イギリスのアジュディケーターと異なり、独立性が保障されていない。

(注13) 総務庁行政監察局監修『オンブズマン制度--行政苦情救済の新たな方向--』(第一法規、1986年)38頁以下参照。

(注14)(社)全国行政相談委員連合協議会『諸外国と我が国のオンブズマン制度』(新日本法規、1994年)25頁参照。

(注15)前掲(注14)『諸外国と我が国のオンブズマン制度』131頁以下のパネルディスカッション参照。

(注16) 園部逸夫『オンブズマン法』(弘文堂、増補補正版、1992年)58頁。なお、メディアトゥールはフランスのオンブズマン制度をいう。

(注17)園部、前掲(注16)49頁では、オンブズマン制度研究会の報告に示されたオンブズマン構想について、日本型オンブズマン設置の提唱であるとされる。

(注18)園部、前掲(注16)および行政管理庁行政監察局監修『オンブズマン』(第一法規、1981年)参照。なお、川崎市市民オンブズマン条例第1条(目的)では、「市民主権の理念に基づき、市民の市政に関する苦情を簡易迅速に処理し、市政を監視し非違の是正等の措置を講ずるように勧告するとともに、制度の改善を求めるための意見を表明することにより、市民の権利利益の保護を図り、もって開かれた市政の一層の進展と市政に対する市民の信頼の確保に資することを目的として本市に川崎市市民オンブズマンを置く。」と規定されている。

(注19)園部、前掲(注16)および前掲(注14)「諸外国と我が国のオンブズマン制度」参照。

(注20) オンブズマン制度の意義、導入の背景、主要国のオンブズマン制度の概要、オンブズマン制度の有効性等については、前掲(注2)の研究資料「税務行政手続改革の課題」の第4章「税務に関するオンブズマン制度」でも考察されている。

(注21) 全国青年税理士連盟視察団報告書「アメリカ・カナダにおける納税者の権利保護制度と現状」(1991年)参照。

(注22) このような特殊オンブズマンについては、「独立性及び行政機関の政策姿勢に影響を受けることなく苦情解決に当る自由が与えられたものといえるかどうかの点で大きな疑問をはらむものである。」という指摘がある(前掲(注14)「諸外国と我が国のオンブズマン制度」110頁のジョン・ロバートソン国際オンブズマン協会会長の「世界オンブズマン制度の現状と課題」と題する基調講演参照)。

(注23) 前臨時行政改革推進審議会(第三次行革審)会長の故鈴木永二氏の1994年6月の「国際オンブズマンシンポジウム」の特別講演の中でも、我が国における「オンブズマン制度」の導入の必要性が提唱されている(なお、我が国と類似の行政相談制度をもつ韓国において、1994年4月から「国民苦衷処理委員会」制度が導入されている(前掲(注14)「諸外国と我が国のオンブズマン制度」253頁以下参照。また前掲(注20)の研究資料の中ではこの制度の視察報告がなされている))。

(注24) なお、イギリスの歳入庁アジュディケーター制度について詳しく紹介した論文等には、本文で紹介したもの以外に、イギリスの SIMON'S TAX INTELEGENCE(25 FEBRUARY, 2 JUNE 1993)、わが国では、長谷川博「イギリスの納税者憲章と税務オンブズマン」(東京地方税理士会会報第428号、1993年12月20日)、石村耕治「イギリスの歳入庁苦情処理裁定官制度」(税務弘報第42巻5号、中央経済社、1994年)、武田昌輔「苦情処理裁定制度の必要性」(税務経理第7696号、時事通信、1995年)、および高野幸大「英国の歳入庁苦情処理裁定官制度について」(税研第62号、(株)日本税務研究センター、1995年)がある。