GATSの税理士業務に及ぼす影響

長谷川 博

はじめに

さる2月10日、東京地方税理士会商法対策委員会主催で「サービス貿易一般協定(GATS)が日本の自由職業に及ぼす影響」−公認会計士と税理士を中心として−と題し、東海大学法学部高瀬 保教授を講師として研修会がありましたので、報告します。

この研修会は、植松日税連国際委員会委員長(本会副会長)から日税連で同講師による同じテーマの研修会がなされたことを聞き及んだので、植松副会長に頼んで本会制度部、調査研究部、業務対策部及び商法対策委員会のメンバーを対象に行われたものです。

その背景には、制度部の「21世紀の税理士制度研究小委員会」(委員長長谷川)の研究内容がWTOのGATS問題に関係しているという理由があったからです。

高瀬教授は、WTOの前身であるガット(GATT)に29年間勤務後、教授になられた方で、東京外語大出で元大蔵省関税局に8年勤務していた経歴をもっています。

以下、講演内容に加え、高瀬教授の「ガット29年の現場から」(中公新書)やその他の資料からテーマに関して解説し、意見を述べてみます。

 

1.WTOについて

ガット(GATT)ウルグアイ・ラウンドの後半にガットを発展的に解消させて世界貿易機関(WTO)を設立する協定が結ばれ、19951月WTOが発足した。

WTOは、世界貿易の自由化と貿易ルール作り、金融・財政政策との整合性を図り、投資、環境、労働基準、一方的貿易制裁、地域主義、競争政策、金融・通貨政策、会社法、国内法の域外適用、開発の10テーマが討議される。

WTOの機能は、多角的な貿易交渉を主催し、貿易上の国際ルールを作成しその遵守を図り、協定上の紛争を解決するとともに、市場経済を機能させるために必要な規制緩和を推進するものである。WTOの協定は、国際貿易に市場経済原理を及ぼすために、貿易障壁の軽減及び無差別原則の適用という二つの考え方に基づいて組み立てられている。

協定により多国間交渉で合意された約束は、加盟国を拘束し国内法に優先して適用されるようになる。

19971月時点で加盟国(及び地域)は130で、中国、台湾、ロシアなど28カ国(地域)が加盟申請中である。


2.GATS

WTO協定には次のような協定が付属している。

・GATT−従来からの「関税と貿易に関する一般協定」は物品の貿易に関するものである。

・GATS−新しく導入された「サービス貿易一般協定」。

・TRIPS−「貿易関連知的所有権協定」

・その他TRIM−「貿易関連投資措置協定」など

このうち、GATSは協定付属書1Bとして位置し、その基本精神は、自由、無差別、互恵、多角主義であり、自由貿易すなわちサービス貿易における市場アクセスの障壁の撤廃(16条)、国内規制(6条)、最恵国待遇(2条)、内国民待遇(17条)などを定めている。

最恵国待遇とは、関税や輸出入規制を外国に適用するにあたり、いずれかの国に与えた最も良い待遇をすべてのWTOメンバーに与えて、国によって差別しないということである。

内国民待遇とは、内国税(酒税、一般消費税などの間接税)と国内規則を適用するにあたって、自国と同じ待遇を外国に与え、内外無差別に取扱うことである。

従って、内国産業を保護するために内国税を使って外国品を差別することができないとして、例えば、1996年、他の酒より異常に低い焼酎に対する酒税に対し国内産品優遇であるという裁定が下されている。

国内規制条項は、資格要件、免許要件が不必要な障壁とならないことを確保するための多角的規律の作成や資格の相互承認などを規定している。

GATSはサービス貿易についての詳細な定義を置いてはいないが、4つのモードを明示し、これらのいずれかのモードによるサービス提供をサービス貿易と定めている。

@サービスの越境―国際運送サービス、国際通信サービス、コンピュータ・ソフトの貿易など。

A消費者の越境―外国人に対する観光・流通サービス、外国の航空機等の修理サ―ビスなど。

B拠点設置―外国の金融機関の支店を通じた金融サービス、外国の販売子会社を通じた流通サービスなど。

C供給者の越境―外国人弁護士による法務サービス、外国人アーチストによる興行サービスなど。

GATSの規定は、すべてのサービスに直ちに適用されるわけではなく、約束表と呼ばれる国別、職業別、上記モード別の詳細な取り決めにより、各国が交渉を留保できるようになっている。


3.GATSにおける国内規制の取り扱い

国内規制には、政府による規制及び民間が政府の委託を受けて行うサービス規制を含んでいる。

量的規制としては、国別約束表に4つのモード別に内容を記載し、国別の自由化交渉の対象にしている。

質的規制としては、必要な規制を多く含み、サービスの種類別

discipline/rule作成の対象にしている。

質的規制のdiscipline作成に適用される3原則は、次のものである。

a.客観的なかつ透明性を有する基準(例えば、サービスを提供する能力)に基づくこと。

b.サービスの質を確保するために必要である以上に大きな負担とならないこと。

c.免許の手続については、それ自体がサービスの提供に対する制限とならないこと。

これらは、アメリカ型のルールであり、それが必ずしも妥当性をもつものとはいえないといわれている。

CompentenceAbility(適性及び能力)の基準として、受験資格、採点、客観性、公開性を要求している。資格の質的規制措置については、「合理的、客観的かつ公平な態様で実施」されていれば足り、質的規制措置があるということだけではGATS違反とはならない。この点、わが国の税理士試験制度等の見直しが迫られるものといえよう。


4.GATSの市場アクセス(参入)に係る制限

加盟国は、市場アクセスに係る約束を行った分野において、自国の約束表において別段の定めをしない限り、小地域を単位とするか自国の全領域を単位とするかを問わず、サービス提供者の数の制限などの措置を維持しまたはとってはならないとされる。これは、量的規制に係るものである。

例えば、会計士、税理士、弁護士等試験合格者の数の制限が規制される。

日本は、WTOの加盟国として、GATS第二部に定めるサービス分野についての一般的義務を負っているが、第三部の特定の約束としての市場アクセス(16条)や内国民待遇(17条)に関する義務には、量的規制の制限が課されることになる。

一般的義務として、例えば、税理士法の改正がGATSの運用に関連し又は影響を及ぼす場合には、速やかにそれを公表することが義務づけられている(3条1の透明性に関する規定)。

 

5.会計サービスについての交渉経緯と成果

@ビッグ4の監査法人Arthur AndersonCompanyを中心とするIFAC(国際会計士連盟)のロビー活動があって、ウルグアイ・ラウンド最後のマラケシ閣僚会議(9412月)において自由職業サービス作業部会が設立され、会計分野において優先的に多角的規律を作成した。

A会計士資格の相互承認(7条)のガイドラインをGATS理事会が採択(975月)。

英語国とEUが推進したが、カナダは互恵主義を問題にした。

B資格要件、資格の審査に係る手続、技術上の基準および免許要件に関連する措置が、サービス貿易に対する不必要な障壁とならないことを確保するための多角的規律の作成し、草案を練り上げている。今春の閣僚会議前に合意が見られるかどうかの状況である。

日本は、監査法人の名称、公益性・独立性・所有を問題にしている。

C会計国際基準の作成について3つの関係国際機関―IFCAIASC(国際会計士基準委員会),IOSCO(証券監督者国際機構)−と協力し、倫理規定を含めたcore standard(共通基準)を今春の合意を目指している。

税務会計への影響についても注意が必要である。


6.GATSでの約束表

4つのモードを基準に約束表が構成されている。

・分野(プロフェショナルサービス)

(b)日本の法律により「公認会計士」としての資格を有する会計士が提供する会計、監査及び簿記のサービス(862

(c)日本の法律により「税理士」としての資格を有する税理士が提供する税務サービス(863

・市場アクセスに係る制限(b)

@サービスは、自然人又は監査法人が提供しなければならない。

 監査法人については、業務上の拠点が必要である。

Aサービスは、自然人又は監査法人が提供しなければならない。

 監査法人については、業務上の拠点が必要である。

Bサービスは、自然人又は監査法人が提供しなければならない。

C各分野に共通の約束における記載を除くほか、約束しない。

(c)上記(b)の監査法人の文言がないだけで、その他は同じである。

・内国民待遇に係る制限(b)

@制限しない。

A制限しない。

B各分野に共通の約束における記載を除くほか、約束しない。

C各分野に共通の約束における記載を除くほか、約束しない。

(c)上記(b)と同じである。

7.会計サービスと税務サービスの相違(むすびにかえて)

会計士業務はプロフェッショナルサービスの中で最も国際化が進んでいた職種であり、OECD(経済開発協力機構)のプロフェッショナルサービス自由化の討議でも、公認会計士協会から人員が派遣されて議論に参加している。

OECDは相互承認制度の推進を計画しており、規制を撤廃すれば価格が低くなり、新しいサービスが現れ、消費者のニーズに対応したサービスが向上するとしている。

プロフェッショナルサービス自由化の討議において、圧倒的に強いのは会計士に関しても、弁護士に関しても、数が多いアメリカやイギリスであり、また、国際的には英語が圧倒的に有利になっている。

現在まで、税理士の税務サービスについては、アメリカには日本におけるような、税務に関する業務を独占的に行う職業専門家は存在しないことや顧客との言葉の壁があり、外国から自然人の参入(ないし資格相互乗り入れ)がそれほど活性化するとは考えられていない。

しかし、ビッグ4などと提携する日本の監査法人は、積極的に税務サービスに進出しており、また、アメリカの監査法人は自由化イコール商業化を前提にしており、資本参加という形での進出は避けられないといえよう。

税理士業務の公共性という観点、資格の難易性という観点などは、あまり議論されなくなってくると、規制緩和の側面から専門職業サービスの職業間の垣根が徐々になくなっていくことも想定される。

会計・監査の国際性と異なり税法は各国の事情に大きく左右されているから、国際化やサービスの自由化は困難であるとして対岸の火事を見ていることができなくなる時期が早い時機に到来すると考えられる。

日本の会計士や弁護士は税理士業務ができるという法律は、税理士に少なからず影響を与えると思われる。

自民党の行政改革推進本部が規制緩和に関し、経団連等の提案を受けて、「総合的法律経済事務所」の創設や法人化法案を提案していることは、アメリカンスタンダードが大きく日本にも押し寄せている証左であるといえよう。

アメリカの膨大な弁護士数が訴訟社会の病理現象を生み出しており、弁護士、会計士業務の売上高が自動車メーカーの売上高を上回っているという現象が健全な経済社会といえるか否か議論しながら、検討されるべきであろう。

最後に、WTOやOECDの国際会議は国を代表して行政から派遣されるだけでなく、当事者であるプロフェッションの参加が望まれる。

 

19982

東京地方税理士会 長谷川