メリカの租税争訟制度の実情視察報告書
(2008年7月 ワシントンDC訪問)

租税訴訟学会 横浜支部(2008年11月発行)


はしがき
 政府は、2008年4月11日、行政不服審査法(全部改正)案及び行政手続法をはじめとする関連法律の整備に関する法案を国会に提出した。2008年秋以降、国会において国税通則法の一部改正も含めて論議されることになる。
私たち租税訴訟学会横浜支部では、これら改正論議や租税争訟制度改革に資するため、2007年9月、米国の租税争訟制度の実情を視察することにし準備に入った。
 私たちは、今回の行政不服審査手続及び行政手続の見直し作業を、司法制度改革の延長線上にあるものとして捉えるべきであると考えている。すなわち、「行政事件訴訟法の見直しを含めた行政に対する司法審査の在り方に関して、『法の支配』の基本理念の下に、司法及び行政の役割を見据えた総合的多角的な検討を行う必要がある。」とした司法制度改革審議会の意見書(2001年6月、39頁)の提言からすれば、2004年6月に行われた行政事件訴訟法の改正は行政争訟改革の第1段ロケットであり、今回の行政不服審査法等の大改正は、この第2段ロケットともいうべきもので、当然に国税通則法の定める国税不服審査制度の全面的見直しや行政手続法の適用除外を定めた同法第74条の2の見直しも期待して然るべきものである(日弁連2007年11月5日付「国税に関する不利益処分の理由附記及び処分基準の公表ついての意見書」、同日付「行政不服審査法改正に伴う国税不服審査制度改革についての意見書」参照。)。
 そこで、私たちは、納税者権利憲章をもつ国の一つといわれ、Taxpayerの視点から1988年、1996年、1998年と相次いで内国歳入庁(IRS)改革法を成立させて税制及び税務争訟を大改革した国において、租税をめぐる「法の支配」がどのように行われているか、「百聞不如一見」、ワシントンDCへ飛んで、なんでも見て聞いて来ようということになったのである。当学会本部からもご賛同を頂き、本部からの参加希望者も現れた。
 ところが、準備作業に入ってから、学会支部という私たち民間団体へ米国政府機関が門戸を開かないという難問が立ちはだかった。少なくともTax CourtやAppeals Officeの視察なくしてワシントンDCへ飛ぶ価値はないのである。結果として2008年7月24日から26日にかけてTax CourtやAppeals Officeのみならず、IRS Oversight Boardまでも視察し、Tax Court判事やAppeals Officeのチーフら関係者と懇談することができ、当初希望以上の税務争訟関係機関の協力を得ることができた。関係機関の受け入れにお世話頂いた方々に御礼を申し上げたい。とくに全米納税者ユニオン副代表のPete Sepp氏のコーディネートや千葉景子参議院議員の側面からの協力なくして今回の視察は実現できなかったものと思われる。厚く御礼を申し上げたい。
 本報告書は、分担担当者が視察時のメモをもとにまとめあげたものである。不正確な部分や適切でない翻訳文が散見されるかも知れない。しかし、米国側関係者の本音を聞くため会談時にあえて録音をしないという覚悟のもと作成したものであることをご理解頂ければ幸いである。
 視察初日、Alexander元IRS長官から租税行政及び1998年IRS改革法の内と外からの経験談を聞き、「Taxpayer」の言葉のもつ歴史的な重みを理解することができた。米国租税争訟の実情を視察してみて、租税争訟関係法令は、納税者の誠実性を尊重・期待する視点に立ち税務当局の権力濫用防止や透明性確保を目的にしたものでなければならないと痛感した次第である。

                                            2008年8月
                                         租税訴訟学会横浜支部 代表幹事
                                         視察団団長 弁護士 清水規廣


視察に参加して

                                         参議院議員(税理士)水戸将史

 私の参議院議員活動の後援会として、「税理士による水戸将史後援会(山重美登士会長)」がありますが、その中に「財政金融研究会(長谷川博座長)」という勉強会があります。
本年の通常国会に、行政不服審査法改正に伴う国税通則法改正(整備法)法案が予定され、この法案に関する勉強もしてまいりました。
 しかし、会期切れにより継続審議となりましたが、今次の国税に関する不服申立制度の改正だけではなく、今後の租税争訟制度全般の改正の研究に資するため、アメリカの租税争訟の実情視察の誘いを受けたのを機に、租税訴訟学会横浜支部主催の視察に参加することになりました。
 視察は、本年7月23日から30日の期間にワシントンDCを中心として、5か所でのミーティングでしたが、「百聞は一見に如かず」の例えに違わずに実りあるものであったと思っております。
視察の詳しい内容については、本書の報告書を是非ご一読願いたいと思いますが、ここでは、視察先で受けた感想を簡単に述べて視察参加のお礼の挨拶に代えさせていただきます。

(1)エイキン・ガンプ・シュトラウス・ハウアー&フェルド法律事務所では、元内国歳入庁(IRS)長官で弁護士のドナルド・アレキサンダー氏から、行政の責任者としての経験や不服申立制度及び訴訟制度の実情について意見を聴くことができました。アレキサンダー氏の年齢とは思えない元気さでアメリカの実情を滔々と話されことに感激したものです。

(2)不服申立審査部(Appeals Office)では、1998年IRS改革法にもとづく機構改革後の納税者の不服申立手続が、日本の国税不服審判所とは異なり「和解」を中心として早期に紛争を解決するシステムや機能を持っていること、また、ユニークな徴収の不服申立の処理手続などについて、有益な勉強ができました。Appealsのチーフにも出席していただき、また視察団からの活発な質問にも丁寧に答えていただくなど、改めて海外視察の有意義性を実感したものです。

(3)租税裁判所(US Tax Court)は、日本とは異なり納税しないで訴えることができる特別の裁判所ですが、ほとんどがここで争われていることや納税してから訴える連邦地方裁判所(US District Court)との違いなど、納税者のための租税訴訟制度について学ぶことができました。裁判官会議室でのミーティングには雰囲気がありましたし、就任式等の公式行事を行う法廷も見ることができました。

(4)IRS監視委員会(IRS Oversight Board)では、IRSの機構改革後、IRSが納税者のために役立っているかどうかを監視する第三者機関として、納税者の満足度について調査するシステムなど多くの資料もいただきましたが、日本の実情とはかなりの違いがあることを知り驚きました。

(5)全米納税者ユニオン(National Taxpayers Union)の副代表ピート・セップ氏からは、アメリカの納税者の権利運動がIRS改革に果たした役割や36万会員とのコミュニケーションなど、納税者の権利運動の重要性について学ぶことができたことは極めて有意義でした。

 最後に、今回の視察を主催した租税訴訟学会横浜支部の代表で視察団長の清水規廣弁護士、同代表で副団長の稲葉恭治税理士、そして視察の段取りをした同支部の副代表で視察団の事務局長の長谷川博税理士の各位に改めて感謝するとともに、視察団すべてのメンバーにお礼を申し上げます。

                                 目   次

はしがき
 
視察に参加して

報  告  書

1.元IRS長官の租税争訟に関する見解(法律事務所)    
2.Appeals Office(不服審査部)            
3.合衆国租税裁判所(The United States Tax Court)         
4.IRS監視委員会                 
5.アメリカにおける納税者の権利保護運動の実情(全米納税者ユニオン)
                                     
参 考 資 料(文末・別添PDFファイル)
1.法律事務所
(1)IRS組織図(日本語訳)                    
2.Appeals Office(不服審査部)
(1)IRS組織図(資料1)                     
(2)Organization Chart(資料2)                 
(3)Appeals Field Operations(資料2)              
(4)Appeals Process(資料3)                   
(5)不服申立の手続(訳文)                    
(6)IRS Appeals July 25,2008(資料4)              
(7)Collection Appeals Rights(資料5)              
(8)Rising Receipts Challenge Appeals' Recent Successes with Closures and Inventory(資料6)               
(9)Questions to Appeals(資料7)
3.合衆国租税裁判所
(1)Appeals Workload, by Status and Type of Case, Fiscal Year 2005  
(2)アメリカ 2005年度不服申立の件数(日本語訳)         
4.IRS監視委員会
(1)チャールズ・O・ロソッティ著 猪野茂ほか訳「巨大政府機関の変貌」第5章より抜粋
(2)IRS監視委員会 2007年納税者の意識調査(2008年2月)    
5.アメリカにおける納税者の権利保護運動の実情
(1)第三次納税者権利憲章(Taxpayer Bill Of Rights V)       

視察先での記念写真(別添PDFファイル)

視察日程表

視察参加者

編集後記




                   元IRS長官の租税争訟に関する見解
                            ―法律事務所にて―

日 時   2008年7月24日(木)午前10時〜12時
訪問先   エイキン・ガンプ・シュトラウス・ハウアー&フェルド(Akin Gump Strauss Hauer &Feld)LLP
 チューター ドナルド・C・アレキサンダー氏 (Mr. Donald C. Alexander)

法律事務所の紹介
 エイキン・ガンプ・シュトラウス・ハウアー&フェルド法律事務所は、1945年ロバート・シュトラウスとリチャード・ガンプによって設立された。法律事務所は現在、アメリカ、ヨーロッパ及びアジアに14の事務所を持ち、1,000名以上の弁護士と法律顧問がいる(注1)。

チューターの紹介
 初めに今回の視察のコーディネーターである全米納税者ユニオン(National Taxpayer Union)副代表であるピート・セップ氏(Mr. Pete J. Sepp)からチューターのドナルド・アレキサンダー氏の紹介がなされた。
 同氏は、1942年エール大学を卒業後、ハーバード大学を卒業し、弁護士資格を取得している。弁護士業の傍ら研究活動に従事し、1973年から77年にかけては内国歳入庁(IRS)長官を経験した。この時期のIRSは、前任者に腐敗の疑いがあったり、税法全体が法的に複雑であったり、また政治家がIRSを使ってさまざまな人にいやがらせをしたりして多くの問題を抱えていた。IRS業務のリストラを行ったのがこの人である。IRSの後は、アメリカ商工会議所等の業界団体の役職につき、その後、二つの法律事務所に勤務している。同氏は、租税関係の役所だけではなく民間での実務を経験し、現在、法律事務所のパートナーとして租税実務を担当している。なお、1975年と1989年には2ヶ所で法学博士号を取得している。

団長のあいさつ
 我々は、日本の租税関係の研究を行っている団体で、租税訴訟学会と称している。日本では、官僚が行政を仕切り、司法の場でも官僚がことを仕切ってきた。日本の行政裁判では、消費者の権利や納税者の権利はおろそかにされてきた。近年、日本では消費者の権利を強くしなくてはいけないということで法律も制定されてきた。しかし、納税者の権利という点では、国家の立場から税を徴収するという形になっている。
 日本では、今年の秋に行政不服審査法の改正が計画されている。それに伴い、租税関係の不服申立て制度も合わせて変えていかなくてはならない。日本の税法では、税に関する不服申立てはハードルが高くなっている。消費者と納税者の権利という点で、アメリカは進んでいる。我々は、日本の法律改正に役立つようにアメリカの制度や実情を学びたい。

アレキサンダー弁護士のあいさつ
 まず、米国の納税者の権利運動については、セップ氏の団体が非常に大きな貢献をしている。国が納税者の払う金額について高額なことを言ってきたとき、それに対して納税者がクレームを主張する権利や納税者が不服を主張する権利について運動してきている。私は、監査と不服申立てについての35頁を使った小冊子「Tax Management」を書いた。今その改訂版を作ろうとしている。アメリカの税務行政システムは、10年前に立法化された法律(1998年IRS改革法・Restructuring and Reform Act of 1998=RRA98)により大きく変化した。この法律には、全米納税者ユニオンが建設的な役割を果たした。改革法により、納税者の権利及び弁護士の権利等の改善強化、租税行政システムの改善などが図られた。改訂版ができたらセップ氏を通じて送りたい。

視察団の質問(事前質問を含む)に回答する形でプレゼンテーションがなされた。

Q1 貴ファームの弁護士の人数はどれくらいか。また、扱っている租税争訟案件はどれくらいか。

 1,000名前後の弁護士がいる。全員のうち60名くらいは租税専門の弁護士(tax lawyer)である。ニューヨーク事務所のほか全米に30の事務所がある。
 租税訴訟に関するものは、すべて行っているが、ニューヨークのオフィスには約30名の租税専門の弁護士がいる。
個人資本取引(Private Equity Transaction)に係る投資や個人の財産に関する事案やヘッジファンドが主なものである。
 現在、不服申立部(Appeals Office)(注2)で12件、租税裁判所(Tax Court)で4件扱っている。

Q2 租税訴訟に関して選択できる裁判所(租税裁判所、連邦地方裁判所及び連邦請求裁判所)の特色について

 裁判所は、春に始まって秋に終わる。夏休みはあるが。連邦政府が係る大半の税務事件は、租税裁判所(US Tax Court)に行く。納税してから争うことになる連邦地方裁判所(US District Court)や連邦請求裁判所(US Claims Court)に行くものもある。80%またはそれ以上の税務事件は租税裁判所に行く。その理由は、租税裁判所に行く場合には税金を払わないで訴訟ができるが、他の2つの場合にはいったん納税してから払戻し(還付)の請求訴訟をすることになるからである。
 このように租税裁判所が租税訴訟のほとんどを扱うが、その前身は国税不服審査会(Board of Tax Appeals)であり、長らく納税者の立場に立ったものではないと考えられてきた。現在では中立の立場にあると思われる。
連邦地方裁判所は、各州に裁判所があるが、州によって判事が独立した考え(そこの地域での違った考え)があるから、納税者が利用するのに有利な場合があるかもしれない。
 しかし、連邦地方裁判所の判事は、租税の専門家が少なく、租税事件を嫌う傾向があり、 あまりやりたくないようである。アメリカの税法は、入り組んでいて理解がし難いものがあるが、判事は、それを上手く理解し適用できなければならない。依然、租税専門の判事があまりいない。判事は、事実に基づいたものを扱いたい傾向がある。したがって、そこの判事が過去の事件でどのような判決をしているかを調べた方が良いと思う。
 納税して争う連邦地方裁判所は、司法裁判所であり、原則として陪審員(Jury)がある。陪審員は、判事が下す判決より納税者に対して好ましい判断をしてくれないのが現実である。
 連邦請求裁判所では、納税者は最初に納税しなければならない。陪審制ではない。租税事件について過去にどのような判決をしているか、前に似たような事件で自分に好ましい判決を出しているなら同じように判決することが多い。歴史的な流れもあるが、ビジネス関係の事件が多い。昔は納税者に対して好ましい判決を下していたが、最近は政府寄りの判決が多い。これは、租税裁判所とは流れが反対になっている。その理由は、租税裁判所の判事になる人の種類が変わってきた。昔は政府の中で働いている人が判事になったが、最近は、官僚でない人が租税裁判所の判事になるケースが増えてきている。
 また、連邦地方裁判所の判事になるためには、大統領が指名し上院の承認が必要になる(注3)。それは、民主、共和の政党政治の影響を受けることになる。これは連邦請求裁判所も同じことである。
 しかし、租税裁判所は、大統領が指名し上院が承認するが、それほど政治的な影響はなく、もともとは、議会で税法について勉強してきた人やそのスタッフが判事になっている。弁護士の資格を持っている人のリボルビング(転職)というか、良い意味でのリボルバーである。

Q3 不服申立て制度(Appeals System)について

 私が30年前から扱っている事件があり、まだ問題を解決できないでいる。不服申立て制度は、労力とお金をかけないで公平(fair)な和解(Settlement)にもっていく権利を納税者に与える場となっている。不服申立て制度は、この数年で改善され良い結果が出ている。税務行政(Tax Administration)として日本でも参考になるかもしれない。
 不服申立部(Appeals Office)の係官は、IRSから独立して調査する権限を与えられ、税者の良いところを見て、納税者の主張できるところを反映して問題を解決するというような流れになっている。このシステムは有効に機能している。不服申立ての80%は、裁判所に行かないで不服申立部(Appeals Office)で解決している。
 不服申立部の今の所長(チーフ)とその前任者が新しいシステムを導入した。早期解決調停(Fast Track Mediation=FTM)や早期解決手続(Fast Track Settlement=FTS)の二つのシステムである。いくつかの国家機関が関わっているシステムでは時間がかかるが、できるものからやっていくことで早く解決するものである。数カ国に関連した問題などには最適である。2週間ほどで解決でき、昔はそのようなことはなかった。
 早期解決手続制度(FTS)は、税額の大きなケースを扱い、大企業が主で、総資産(Gross Assets)1,000万ドル(10ミリオンドル)以上の大・中企業が対象となる。納税者にとっても政府にとっても、不服申立ての期間が12カ月節約できる。また、企業も弁護士費用を節約でき、政府も税金の節約になる。訴えるほうも訴えられるほうも節約できるようなシステムとなっている。大企業の事案は、争点が絞られており、比較的解決方法が分かっているという面がある。(早期解決のための調停(FTM)は、小企業・自営業の納税者が利用できるが、調停のため解決機能が異なる。)
 IRSの組織には、2人の副長官のうち1人は、サービス・執行(Deputy Commissioner Service and Enforcement)を担当しており、その下に個人を扱う賃金・投資部門(Wage and Investment)、企業を扱う大企業・中企業部門(Large and Mid-Size Business=LMSB)と小企業・自営業部門(Small Business/Self Employed=SBSE)及び非課税・政府関連部門(Tax Exempt and Government Entities=TEGE)があり、そして査察部(criminal Investigation)がある(注4)。
 新しいシステムは、難しい事案を早く解決するものであるが、大企業だけでなく小さなものにも適用できるようにすべきである。FTSは2〜3日でも解決できる場合がある。
 事件の担当者は、4〜5週間かけてこのシステムが使えるかを専門家に相談したりしてバックグラウンドをリサーチする,その後ネゴシエーションをして2〜3日で解決できる。昔は、まず、不服申立部(Appeals Office)の係官が、納税者からの申立書を読み、部内で相談し考えをまとめ、納税者と代理人と会って協議していた。そして、書類の提出や協議などで数年かかり、結局解決しないで、裁判所へ行くということになる。これが、FTSで行われれば、数年が数週間のレベルで終わるということになった。

Q4 租税争訟のうち、どの段階から関与するか。

 納税者の希望にもよるが、納税者が裁判所に行くときになって初めて関与するというのは珍しい。企業によっては確定申告時点から関わっているので、ケースバイケースともいえる。
 また、ほとんどの場合、我々はIRSから納税者に連絡があった時点で関わる。その他は、不服申立部(Appeals Office)に行ったが解決しなかったという時点で関わり、どうしても解決できない場合には裁判所に行くことになる。

Q5 貴ファームの顧客が少額訴訟事件手続(Small Tax Case Procedure)(注5)を起こす割合は。

 少額訴訟事件は限られていて、現在ニューヨークで扱われているのは6件で、全部同じ案件である。少額訴訟事件に関し、1998年改革法の後、IRSが時間をかけ過ぎるので、早く処理するように主張したら早く解決するようになった。

Q6 租税裁判所における裁判官の手腕、能力についての感触はどうか。地方裁判所はどうか。

 租税裁判所は、ほとんど良くなっており、納税者にも政府にも公平になっている。前に一人の判事で困ったことがあった。今はこのようなことはなく首席裁判官が監督をしている。連邦地方裁判所では、政治とのつながりがあったりして難しいし、当てにならない面がある。また、連邦地裁には租税訴訟を扱うだけの知識ある人が少ないなどレベル的には税法に関して低く、判決がどちらかに偏ることがある。

Q7 租税訴訟制度は、納税者の権利と福利を十分に尊重していると思うか。何か改善するものがあるとすれば、どのようなものか。

 租税裁判所(US Tax Court)のシステムはよく機能しているが、租税裁判専担の上級裁判所があれば良いと考えている。
ニューヨークとシカゴでは結果(判決)が違う場合があり、地方によって結論が違うという事態が生じており、全米で一貫していない。連邦租税裁判所(Federal Court of Appeals)があれば良いのにと思う。
 現在の連邦最高裁判所は、租税問題を扱うことを嫌う傾向がある。税法が難しすぎるのが理由にある。憲法を扱うのが連邦最高裁判所であるという意識が強く、憲法に違反しているかどうかをやりたがり、税法は違憲問題ではないと見られがちである。例えば、銃の問題(ワシントンDCは銃を持って良いことになった)等。それ以外は、立法府で何とかしてももらえば良いという態度である。

Q8 IRSによる調査手続は厳しく威圧的であるか。あなたの意見として、調査手続の性格は時と共にどのように変わってきたか。

 答えは、おそらく、イエス(Yes)だろう。背景としては、タックス・シェルター(Tax Shelter)などがあって、ほとんど脱税のレベルまでに達しているようなものまでもあったので、それを撲滅するために行き過ぎてしまったこともある。タックス・シェルターでも合法なこともあったが、調査は厳しかった。今でも、調査手続は厳しいという意見はある。

Q9 IRS長官としてのあなたの経験は、顧客のための代理にどのように効果的に貢献してきたか。

 昔IRSでトップだったからといて、特に良かったとか悪かったとかということはない。名前がアレキサンダーのため、事務所にかかって来た電話等が初めにAの私のところへ回されてしまう(ABC順)ので、納税者が感情的なまま話してくる場合もあるが(笑い)。

Q10 税務訴訟におけるクラスアクション(注6)の有用性について

 グループで訴訟するときには、一つのテストケースを選んで事実上行っている。しかし、正式にクラスアクションと呼ばれるものはない。非公式にそう呼ばれる人が集まって訴訟するという形態である。
 ここで、セップ氏が補足し、全米納税者ユニオン(NTU)としては、租税政策を変えるということでやろうとしたが上手く行かなかった。7回やったがクラス認証が駄目だった。クラスアクションの要件としての具体的内容のあるものではなかったというのが理由である。裁判所にもって行くと、立法問題であるから議会にもって行けと言われることになる。

Q11 税務訴訟でもディスカバリー(証拠開示)(注7)は活用されているか。

 租税訴訟でもディスカバリーは適用される。しかし、IRS側が会社側の帳簿を見たいといっても、会社としてどのくらいの金額でIRSと手を打つのかを見積もったドキュメントなど会社の手の内に関するものを見たいと言っても、裁判所はこれを認めないと思う。殺人事件の例で、被告の弁護士の書類を検察側は見ることができないのと同じである。
 納税者がIRSの情報を見ることができるか。
 事実関係は見ることができるが、どちらのサイドも相手方がどのように判断したか、見積り、評価したかということは見ることができない。どちらも自分の主張事実に関する相手方手持ち証拠を持つことは認められるが、見積り、評価の部分は対立する相手に知られるべきではない。

Q12 租税争訟事件でも弁護士の報酬は完全成功報酬制が多いのか。IRSに弁護士報酬を請求できる場合があるか。

 アメリカでは、事前に成功報酬を決めることは認められない。成果的報酬は認められる。これによって申立人の弁護士に対する支払いが少なくなった。タイム・チャージ(Bill of hour)は、弁護士が急いで仕事をやらなくて良くなるので批判が出ている。したがって、タイム・チャージの場合には、急いでやらなくてはならない。
 納税者がIRSに勝った場合、弁護士費用もIRSに出してくれといえる。しかし、IRSが認める費用には限度があり、IRSが認めない費用を獲得するには困難を伴う。

Q13 弁護士から不服審理官(Appeals Officer)になる希望者は多いのか。 

 アピールズの審議官で、弁護士資格のあるのは3分の1または4分の1くらいである(注8)。


(注1)エイキン・ガンプ・シュトラウス・ハウアー&フェルド(Akin Gump Strauss Hauer &Feld)LLPについては、http://www.akingump.com/参照。
(注2)不服申立てを扱う部署(Appeals Office)は、日本の不服審判所とは異なり決定や裁決という終結形式がなく、和解(Settlement)を中心とする解決を行っていることから、ここでは「不服申立部」と訳している。
(注3)連邦地方裁判所のある州の上院議員の推薦、大統領の指名、上院の承認の後、大統領が任命する。
(注4)別紙IRS組織図参照。
(注5)少額訴訟事件手続(Small Tax Case Procedure)とは、税額不足訴訟における本税賦課税分が課税年度で50,000ドル以下の事件及び徴収訴訟におけるすべての未払税額が50,000ドル以下の事件を対象とする訴訟手続をいう。
(注6)クラスアクションとは、「共通点を持つ一定範囲の人びと−これをclassという−を代表して、一人または数名の者が、全員のために原告として訴えまたは被告として訴えられるとする訴訟形態」である(田中英夫他編「英米法辞典」(東京大学出版会、1991)。訴訟において裁判所がクラス認証(Class Certification)をするかどうかの要件として、争点になるのは、@法的または事実のレベルでの共通の争点があること(Commonality)、Aクラスにおける共通争点が他の争点に優越するものであること(Predominance)、B代表者が公正かつ適正に他のクラス構成員の利益を保護し得ること(Adequacy)であるといわれている(日弁連消費者問題対策委員会「アメリカ合衆国クラスアクション調査報告書について(上)」NBL880号36頁以下)。
(注7)ディスカバリー(証拠開示)制度とは、法廷外で、当事者が互いに事件に関する情報を開示し収集することを目的として、公判(Trial)前に行われる情報収集手続をいう(米国連邦民事訴訟規則改正26条〜37条)。
 アメリカの民事訴訟では、一般に、訴訟費用と時間の大部分がディスカバリー(証拠開示)に費やされるといわれている。特に、特許侵害訴訟では、パソコンやサーバーに保存した図面や文書などの電子データを対象にした「e‐ディスカバリー(電子証拠開示)」の重要性も急速に高まっていることが指摘されている。また、ディスカバリー(証拠開示)に要する期間が長いので、特許事件の多くは和解により解決しているといわれる(吉田大助「E-ディスカバリーに関する米国連邦民事訴訟規則の改正」国際商事法務34巻11号(2006年)等参照)。
(注8)アメリカは、公認会計士や弁護士の数が多く、不服申立部の審理担当官の大部分は公認会計士または弁護士の資格を有している。

(担当者 清水、安田、長谷川:執筆 長谷川)


                       Appeals Office(不服審査部)

日 時   2008年7月25日(金)午後2時〜4時
訪問先   1099 14th Street NW Suite 4200E Washington.DC 20005
        IRS Appeals Office
 面会者  Sarah Hall Ingram氏(Chief Appeals)
       Darren Guillot氏(Director Field Operations-East)
       Munir Ebeid氏(Executive Assistant, Chief Appeals)
       Mike Cooper氏(Director, International)

 Appeals Officeは、The Internal Revenue Service(内国歳入庁。以下、「IRS」という。合衆国の連邦政府の機構上は財務省の外局であり、日本の省庁になぞらえれば、財務省の外局である国税庁に相当する。)の部局であり、訴訟によらずして、納税者とIRSとの間の租税に関する紛争を解決する機関(不服申立機関)である。
 当視察団は、上記の日時及び場所に訪問し、Appeals Officeの担当者と面談し、Appeals制度の概要について説明を受け、質疑応答を行った。
 なお、Appeals Officeから、Appealsの制度を説明する資料として、以下の文書の提供を受けた。
・ Appealsパンフレット(一般納税者用と思われるもの)
・ Appeals Process(Appealsの手続きのチャート図)
・ Introduction to Appeals
・ IRS Appeals July 25 2008
・ Ex parte Overview
・ The Examination Process
・ IR Manual 1.2 General Management
・ Reference Net
・ Prohibition of Ex Parte
・ Revenue Procedure 2002-44
・ 統計


1 Appealsの制度と手続きの概要

 (1) Appeals Officeの組織・概要
 @) Appealsの組織上の位置づけ
   IRS(内国歳入庁)の一部門であり、租税に関する不服申立機関である。(以下、組織としてのAppeals (Appeals Office)をいう場合、「不服審査部」と称する。なお、日本国内で現在公表されている各文献においては、IRSの一部門としての機関としてのAppeals (Appeals Office)の名称の翻訳は「不服審査局」であるとか、「不服審査部」「控訴局」などと一定していない。)
   Websiteに示されたIRSの組織図は資料1のとおりである。
    
 A) Appeals 沿革・Appeals 存立の法的根拠
    1927年に、IRSは、訴訟をすることなしに租税に関する紛争を解決するための行政上の不服申立手続きを創設し、それがAppealsの前身となった。
 ※ Appealsは、その起源を連邦租税裁判所(the United States Tax Court)の前身である国税不服審査会(Board of Tax Appeals)の、前段として未解決の事案の不服申し立てを提供する特別諮問委員会(special advisory committee) を作った時の1927年8月1日に遡る(ビデオテキスト)。
 1998年には、Restructuring and Reform Act of 1998(IRS改革法。以下、「RRA98」という。)が制定されたが、同法においてAppeals Officeに関する事項を含め、IRSの再編が規定された。
  
  B) Appealsの組織
 Appeals の組織は、上記RRA98によって、それまでの地域割から機能別制に変更され、かなり分かりにくいものとなっている。
 Appealsにおける組織機構は資料2のとおり、とのことである。
即ち、長官・副長官の下、東西2つのエリアに分けられた地域部門、専門的サービス部門・戦略及び財務部門が設けられている。東西各地域部門については、東部エリアには4箇所(Manhattan, D.C, Nashville, Atlanta)、西部エリアは5箇所(Houston, San Francisco, Laguna Niguel, Los Angeles, Plantation)のエリアに分けられて担当が設置されている。  因みに、今回の視察においてAppealsに関する説明を担当したDarren Guillot氏は、東部エリアの部門長である。
 なお、各エリア内には、支部(Campus team)が設置されており、当該地域の事案を取り扱っている。
  
  C) Appealsの役割
 Appeals Officeから提供を受けた資料によれば、Appealsの役割としては、以下の点が挙げられている。
@ 納税義務ないし租税債務額に関する事案及び租税の徴収に関する事案における租税紛争を解決すること。
A 独立した紛争解決手続
B 片面的接触の禁止 ― 当該納税者に参加の機会を与えることなしに、租税に関する調整や徴収に関与している(IRSの)調査部門あるいは徴収部門と(Appeals担当官が)接触をはからないこと。

  D) Appealsの使命
 Appealsの使命としては、「訴訟によることなく、納税者及び政府の双方にとって公正で偏りのない判断基準により、(納税者における)自発的なコンプライアンスと(IRSの)誠実さと効率性に対する国民の信頼を高める方法のもと、租税に関する紛争を解決する」ことであるとされている。つまり、Appealsは、不服を申し立てた納税者とIRSとの間の租税に関する紛争を、hazard of litigation を勘案して、訴訟によることなしに、協議で解決することを主たる目的としている。
 このようなAppealsの使命を全うするため、IRSの1機関でありながら、AppealsはIRSの執行系統からは独立した立場で職務を行うものとされ、IRS改革法においてはAppealsの独立性と手続きの公正を確保するために、Appealsの担当官とIRSの職員の「片面的接触の禁止(Ex parte communication)」が規定されているとのことである。(RRA98 Section 1001(a))

 (2) どのような場合にAppealsにて事件係属することになるのか?
   Appeals Officeより提供を受けたチャート図(資料3)によれば、以下の場合において、Appealsに事件係属されることになる。
  @ IRS調査部の調査の結果、仮不足税額通知書(30日レターともいわれている。以下、「30日レター」という。)の送付を受け、納税者が直ちにAppealsへ不服審査を申立てる場合
  A 納税者が最終不足税額通知書(90日レターともいわれている。以下「90日レター」という。)を受けた後一旦不足税額を納付した後に再度IRS調査部に更正及び還付の申立を行い、それが調査部によって認容されなかったことを受けて、連邦地方裁判所又は連邦請求裁判所に還付請求訴訟を提起する前にAppealsに不服申し立てを行う場合
  B 納税者がAppealsへ不服申し立てを行わずに90日レターを受けた後、租税裁判所に訴訟提起した場合において、租税裁判所が事件をAppealsに送付する場合 
  C 納税者が90日レターを受けた後、租税裁判所に訴訟提起せず、かつIRSが徴収の手続きに入った場合において、納税者自ら減額又は分割納付の申し入れを行ってAppealsに申立を行う場合。
  D 納税者が90日レターを受けた後、租税裁判所に訴訟提起せず、IRSが徴収の手続きに入り、納税者に差押の通知またはリーエンの登録の予告を行った場合において、徴収における聴聞等の手続を求めAppealsに申立を行う場合

 (3) 一般的なAppealsの手続き
  @) 不服申立て ― 事件係属
  納税者からAppealsに不服が申し立てられると、納税者とAppeals担当官との間では協議が開始される。
  納税者による不服申立は、書面によるものとされている(なお、不足税額が25,000ドル以下の場合には小額事案用の申立がある。)。事件が当該事件を担当するAppeals担当官に割り当てられると、統括官が不服申立を行った者に担当官の名前と電話番号を知らせる書面を送付する。
 ※ 審査を担当するAppeals担当官は、税額確定前の不服を担当する不服審査官(Appeals Officer)と徴収段階の事件を担当する解決審査官(Settlement Officer)とに分けられる(ビデオテキスト)。ただし、本報告書では煩雑を避けて、両者は特に区別して称さず、まとめて「Appeals担当官」と称する。

  A) 事情聴取・協議
  IRS及び納税者に対する事情聴取や協議は、主に電話又は面談によっている。事件が係属すると、Appealsから納税者に対し、手紙もしくは電話にて連絡が入り協議のための呼び出し等が行われる。
 Appealsにおける協議は、後述の質疑応答においても回答されているとおり、必ずしも、IRSの調査部門・徴収部門担当者と納税者とが同席のもと行われることは予定されていない。但し、「片面的接触の禁止」の理念が採用されているとおり、Appeals担当官は、納税者に参加(同席)の機会を与えることなしに、IRSの調査部門・徴収部門担当者と接触をしない。なお、Appeals担当官がIRSの調査部門・徴収部門担当官と折衝する場合において納税者が同席するか否かについては、納税者の任意に任せられている。(但し、「片面的接触の禁止」にも、例外はあり、例えば、IRSのコンプライアンス部門からの事件記録(申告書や調査報告書等)の回付や、単なる行政に関する事項・政府に関する事項・手続きに関する事項については、片的接触の禁止は適用されない。)

  B)  Appeals担当官による検討
  手続きの過程において、Appeals担当官は、内国歳入法典(Internal Revenue Code 以下、「IRC」という。)、財務省規則(Treasury Regulations)、内国歳入庁規則(Revenue Rulings)、歳入庁手続通達(Revenue Procedures)及び裁判所の先例を参照しつつ検討を行う。
 手続きそのものに関しては、上記のほか、歳入庁マニュアル(Internal Revenue Manual 以下、「IRM」という。)があるが、技術的な解説要領(technical guidance memorandums)も参考にするとのことである。
   
  C) 合意成立・不成立
    @ 合意が成立する場合
     一般的な事例において、租税裁判所への訴訟係属前における(non-docketed case)調査部門取扱事案(つまり税額確定前で徴収段階でないもの)で、Appealsの手続きにおいて納税者とIRS間で合意が成立した場合、納税者は、合意書式として様式870-ADを提出して事件は解決することになる。この様式870-ADの書面を提出した場合、建前上は、納税者は当該不足税額を徴収されることに完全に同意したことになり、その後連邦地方裁判所・請求裁判所に訴訟提起し還付を求めることは出来なくなると説明されているが、法的な裏付けがあるわけではなく、実際に訴訟提起された場合、別異の取り扱いがなされる可能性がないとはいえない。
     なお、当事者の合意ないし解決内容如何によっては、「Closing Agreement(終結合意)」(IRC7121条)が行われるケースがある。終結合意とは、納税者とIRSとの間で締結される「終局的かつ決定的な合意であり様式866・906の作成・提出によって行われる。終結合意においては、一定の場合を除いて、合意された事柄は、いかなる政府職員によっても蒸し返されたり修正されてはならない他、いかなる裁判手続においても、さらには当該合意の後に実施される査定や徴収等のいかなる行政活動においても、当該合意が実質的に取り消されたり、無効なものとみなされてはならないとされる(IRC7121条(b))。終結合意の法的拘束力が非常に強いためにいったん締結してしまうと、詐欺等のような例外的な場合を除いて更正の機会がほぼなくなってしまうこと、終結合意が有効に成立するためには書式に必要な記載事項が正確かつ一義的に明確に記載されねばならないこと、さらには締結前後の二度にわたり審査担当官(reviewer)による煩雑な審査手続を経る必要があるので、積極的には使用されないようであるとの指摘もある。
    A 合意が成立しない場合
      これに対して、合意が成立しない場合、納税者としては、未だ租税裁判所等へ訴訟提起していないケース(non-docketed case)においては、不足税額を支払わないで租税裁判所に訴訟提起するか、不足税額を支払って連邦地方裁判所・連邦請求裁判所に訴訟提起し還付を求めることもできる。
       既に訴訟係属しているケース(docketed case)は、Appeals に回付されてもなお合意に至らないという場合であるので、この場合においては、訴訟手続きに戻って引続き訴訟手続を遂行することになる。
    B 徴収段階において合意が成立した場合
徴収段階においては、徴収の適正手続き(Collection Due Process)における聴聞の過程における合意(様式12257)、分割納付契約に関する合意、Offer in Compromise(適切な和訳がないため、「Offer in Compromise」と原語のまま表記する。)といった解決(様式656)手段がある。
なお、提供を受けた資料からするならば、Offer in compromiseにおいて取り扱う事案としては、以下のものがあるとのことである。(資料4 welcome to appeals)
 ・納税義務に疑念のある事案
 ・徴収可能性に疑念のある事案
 ・税務行政上効果的な徴収のために申し出がなされる事案

 (4) 和解(合意成立 Settlement)に至るまでのAppeals担当官の検討事項・検討要素
  @)Appealsの説明・提供を受けた資料によれば、Appeals係属事案について、Appeals担当官としては事案の検討に際し、以下の事項を検討するとのことである。
   @ 事実上の争点
   A 法律上の争点
   B 当該事実関係に対する法の適用
   C 専門家の利用(エコノミスト・エンジニア・テクニカルガイダンス部門のコーディネーター)
   D 法律顧問官(Chief Counsel)の助力の利用
   E 内国歳入法典(Internal Revenue Code)・財務省規則(Internal Revenue Regulation・歳入庁通達(Revenue Ruling)・歳入庁マニュアル(Internal Revenue Manual)・法律顧問官(Chief Counsel)の意見・裁判所の判決及び調査部門と納税者の紛争事案に関する分析
   F 先例(Precedents)
   G 自身の紛争が解決しない場合、納税者はその紛争をどこに持ち込むか?(租税裁判所か?連邦地方裁判所か?)
 
  A)事案解決のため、不服審査官は以下のような要素を判断材料とする。
   @ 入手可能な情報の検討と、法律事項の調査の後、仮に当該事案につき訴訟提起された場合、想定される結論を決定する。
   A 裁判所はどのような判断をするか?
   B 当該行政側の主張と納税者側の主張とでどちらか有力な見込みか?
   
   特に、徴収に関する事案以外の事案においては、訴訟になった際の危険(リスク)(Hazard of Litigation)を重視して検討を行う。訴訟になった際の危険としては、事実認定上の危険と法適用上の危険とが考慮されるようである。例えば、提出された証拠から想定される裁判所の事実認定や、裁判所における法適用において不確定要素がある場合(例えば、対立する判例法がある場合や、法律上の優位性がない場合や定まった法解釈がない場合、租税裁判所と連邦地方裁判所とで異なった判断が出されている場合などが想定される。)の予測困難性などが考慮されるのであろう。

 (5) 徴収段階に特有のAppealsの手続き
  @) 今回の視察においては手続きの具体的な内容に関して説明を受けることまではできなかったが、徴収段階においても、Appealsはかなり重要な役割を果たしている。徴収段階の事案に関してAppealsが設置している手続きとしては、以下のものがある(ビデオテキスト)。なお、IRMには詳細な手続き規定があり、かつ変更も頻繁である。
   @ Collection Due Process(徴収適正手続における聴聞 IRC6320条(b)、6330条(b))
:納税者がLien(リーエン)。納税を担保するための先取特権)の設定通知やLevy(差押)の事前予告通知を受領した場合において、納税者は同各通知後30日以内にAppealsに聴聞の手続きを要求することができるとするもの。同聴聞を経たうえでないと、裁判所に訴訟提起することはできないとされている。
   A Collection Appeals Program
     :例えば、納税者が税金の分割納付契約をIRSから拒否された場合や、分割納税の打ち切り、拒否されたリーエン解除の要求、リーエンの劣後、差押通知の欠如、財産に対する第三者異議、本人以外名義のリーエン及び却下されたリーエン撤回の要求等を求めてAppealsに申し立てを行うことができるものとされている。この手続きの申し立てがなされた場合、Appealsによってなされた決定が、最終的なものとされ、納税者は裁判所に訴訟提起することはできないことになる。
   B Offer in Compromise
 :徴収段階における取扱いについて納税者において不服ある場合において、納税者がAppealsに申し立てを行うことによって、IRSと和解の協議を行うことができるとするもの(IRC7122条)。
 C Trust Fund Penalty
 :給与等源泉税預かり金を雇用主が支払わなかった場合におけるペナルティーに対する不服申立てを取り扱うものとされている。
 といった手続が設けられている。

  A) 後述2の質疑応答(インタビューにおける)でも指摘しているとおり、Appealsからは、「徴収段階においては、Appealsの不服申立手続きを経たうえででないと訴訟提起できない。」という回答がなされている。
  この点について、IRC6320条(b)、6330条(b)の条文や、IRMやIRS等の資料(例えばPublication1660(Rev.03-2007 IRSのWebsiteに掲載。資料5)によれば、「AppealsのCollection Due Processにおける聴聞の手続きを経るべき」旨が明記されており、その意味において、徴収手続に関する訴訟については、不服申立前置が要求されているものと考えられる。
 また、Collection Appeals Programにおいては、納税者が同手続きによる解決をAppealsに申し立てた場合、Appealsの判断が最終的なものとされ、裁判所へ訴訟提起することはできないものとされるなど、調査部門取扱事案(つまり調査段階の紛争)に関する手続とはかなり様相を異にしている。

 (6) その他、Appealsの提供する紛争解決プログラム(Alternative Dispute Resolution代替的紛争解決手段)
   今回の視察では、時間の都合上説明として取り上げられることはなかったが、その他、Appealsにおいては以下の手続きが、Alternative Dispute Resolution(代替的紛争解決)として設けられている。(IRM)
   @ Fast Track Settlement(早期和解)
     調査部門と不服審査部が関わる、紛争の協働的解決を試みるためのプログラムである。もっとも本プログラムは、一定の争点事項が不服審査部へと正式に係属するのではなく、調停の訓練を受けている Appeals担当官が調停者として担当調査官と納税者との間の協議に臨席する。120日未満で解決を図ることを目指している。もとも大規模・中規模クラスの企業を対象としていたが、2007年10月26日のマニュアル(IRM)改正で、中小企業と個人自営業者を対象とするFast Track Settlementも導入された。
   A Mediation(調停)
     調停は、仲裁手続と基本的な手続は類似するものの、「調停人」がIRSと納税者との間の事実認定や法解釈に係る争点につき、合意成立を促すものに過ぎず、法的拘束力を持った裁定を下せない。なお、「調停人」はAppeals担当官等IRS職員であってもそうでなくてもよいとされている。
   B Fast Track Mediation(早期調停)
     中小企業・個人事営業者を対象とした調停であり、40日以内に解決することを目指している。
   C Early Referral(早期照会)
     調査部門取り扱い段階で、係争中の納税者が、未解決の一部の争点に関し、すぐに不服審査部の不服審査を受けることを望む場合、統括係官はそれらの争点のみを調査部署(大企業・中企業部門)から不服審査部へと転送・係属させ(残りの争点は調査部門に係属している)、そうすることにより調査部署と不服審査部が、同一納税者の紛争事件を同時並行的に処理するもの。
   D Post Appeals Mediation
     すでにAppealsに係属している事件(徴収段階のものを除く)につき、調停を行うもの。
   E Arbitration(仲裁)
     いわゆる「仲裁」である。仲裁は、不服審査協議で事実認定に関する争点が問題となっている場合に利用されるものであって、納税者とIRSとが、書面で事前合意のうえ仲裁人を選定し、判断をその仲裁人に託し、その裁定に両者とも法的に拘束されるというものである。なお、仲裁人を誰にするかについてであるが、納税者とIRSは相互の合意により、不服審査官等のIRS職員ばかりでなく、それ以外の外部からの人物をも選任しうる。
    
 (7) Appealsが処理する事件の処理件数
   資料6のとおり。
 

2 質疑応答―今回の訪問にあたっての、疑問点及び回答

 今回の視察にあたっては、事前に資料7の質問状を提出していた。同質問状に対しては口頭で回答がなされたが、必ずしも当該質問状記載事項に対応した回答ではなかったため、以下では特に当方が抱いていたAppealsの制度・手続きその他に関する疑問点とそれに対するAppealsの回答の概要を紹介する。
 
 (1) Appealsの制度について

<疑問点>
Appealsにおける不服審査手続きは、訴訟による解決でない租税に関する当局との紛争・論争の解決手段であると聞いていたが、訴訟との関係では、日本における異議申立手続き及び国税不服審判所に対する不服審査手続きと同様、不服申立前置主義の考え方が採られているのか?

<回答>
徴収段階になると、不服申立手続きをした後でないと訴訟提起できない。(cf.Collection Due Process)
それ以外の一般の租税に関する紛争、(例えば調査後納税義務の確定前に納税者への課税内容が争われているような事案)ものについては、不服申立前置ではない。

<疑問点>
事前のビデオステキストでの説明によれば、Appealsが何らかの判断を下し、当事者に一方的に告知するということは特になされておらず、あくまでも納税者との協議の場といった説明がなされていたが、Appealsの不服審査手続きにおいては、日本における国税不服審判所における「裁決」のようなものは制度上予定されていないのか?
 
<回答>
Appealsの手続きでは、和解を行う。納税者とIRS間で合意に達すると、両者にて合意書(様式870、様式870AD)にサインをする。
合意を行うかどうかに関して、Appealsの意見については、納税者は必ずしも拘束されず、従いたくなければ訴訟を行う(厳密に言うと徴収手続に服するか、訴え提起を行うかの選択をする)ことになる。
Appealsの手続きにおいて合意が成立し、両当事者によってサインされた合意書には拘束力があり、違反した場合には、納税者は合意書において認められたベネフィットを剥奪され、IRSは納税者から訴えられることになる。但し、刑事罰による強制はない。また、成立した合意は、問題となった当該年度の当該内容についてのみ当事者を拘束する。
⇒上記回答からすると、租税確定前のAppealsの手続きにおいては、日本の国税不服審判所における裁決のような制度構造にはなっていない。

 (2) Appealsの手続きについて

<疑問点>
不服審査手続きにおいては、IRSの調査部門・コンプライアンス部門とAppeals担当官の片面的接触の禁止が法令上規定されているとのことであるが、Appealsの審査手続きにおいては、いわゆる「対審構造」が採られているのであろうか?

<回答>
Appealsの担当官がIRSの担当官(Examiner)に面談聴取をするときには、納税者に同席するチャンスを与えなければならない(Ex parte rule)。但し、納税者から見た場合、同席は義務ではない。
Appealsの担当官が納税者と面談聴取するときにAppeals としては、IRSの担当官を同席させる義務はない。
⇒上記からすると、対審構造は採られていない。

<疑問点>
国税不服審判所の審査請求手続きにおいて職権調査が認められているように、AppealsにおいてもAppealsの担当官は職権で調査を行ったりすることはあるのか?

<回答>
以下のような調査はAppealsの手続きの中で行われる。
@ 納税者やその関係者(例えば納税者の取引先等)の事情聴取。(例えば、資産の価値・支払能力を示すための証拠を提出するよう要求したりする。)
A IRSの担当者に事情聴取(例えば、IRSが提出すべき書類が不足しているような場合、追加して提出するよう要求することはある。また例えば、IRC7122 Collection Due Process(以下、「CDP」)の手続中において、納税者がCompromiseを出した際に、本当に確定された税額を減額しなければならない状況があるのか、IRSに調査をせよと求めることもある。)
但し、Appeals担当官は、自ら重要と判断した事項につき確認をする趣旨で事情聴取や資料提出を要求するが、Audit(監査)はしない。(つまり、双方当事者から提出された資料は正しいという前提で手続きを遂行する。)

<疑問点>
Appeals不服審査官によって行われた調査結果は納税者に開示されるのか。(納税者が希望すれば不服審査官が収集した証拠や調査結果を閲覧またはコピーすることができるのか。
   
<回答>
納税者が提出した書類・資料はIRSに渡し、IRSから出された書類・資料は納税者にも渡し、情報の共有をはかる。

<疑問点>
Appealsの不服申し立て手続きは有料か?
   
<回答>
無料である。

<疑問点>
不服審査の手続において納税者に代理人がつく割合は何パーセント程度か?
   
<回答>
約49パーセント

<疑問点>
Appealsでの手続きの記録は保存されているのか?また公開されるのか?
 
 <回答>
Appealsでの手続きについては、公の記録としての公開はない。Appealsの手続きの経過については、Appealsの担当官がメモを作成。記録そのものはIRS内部で保管する。
⇒Appealsでの手続きは公開されていない。Appealsの記録の取り扱いについては十分な回答を得るだけの時間的余裕はなかった。保管の範囲、保管の期間、当事者(特に納税者)による閲覧の可否、訴訟事案になった場合のAppealsから裁判所への記録が提出され方等、今後明らかにしていきたい事項はある。

 (3) Appealsの不服審査官が手続きの過程で双方当事者に対して示す判断

<疑問点>
Appealsの不服審査官が納税者やIRSに示す判断内容はどのようなものを基準にしているのか?
   
<回答>
IRCその他の法律、Treasury Regulation(財務省規則)には従わなければならない。
裁判所の先例(judicial precedent)にも拘束され、最高裁判所・控訴裁判所・Tax Court・District Court・Court of Federal Claims ・Bankruptcy Courtといった順番で重視している。但し、下級審の場合、前提となる事実関係如何によっては同様の判決が出されるとは限らず、また、前提となる事実関係が同じでも、管轄地域によって差があって必ずしも先例が同一ではないので、全て拘束されるとまではいえないか、または、訴えが提起される管轄裁判所の先例を重視する。
⇒事件処理に当たっては、AppealsはHazard of litigation(訴訟になった際の危険)を常に考慮の要素としており、かつ各当事者への説得材料としている。従って、判例はかなり重視しているものと考えられる。(判例法系であるという面が大きい。)

<疑問点>
不服審査官は先例やIRSの通達( administrative guidelines of IRS) に完全に拘束されるか。不服審査官はIRSの通達と相違する解釈や見解を納税者に示す事ができるか。
<回答>
通達(例えばRevenue Rulingの解釈)は参考にはする。しかし、あくまでも一解釈に過ぎないため、必ずしもこれに従うわけではない。納税者にとって有利になるような解釈があるのであれば、counselと相談の上そのような解釈を採用する場合もある。

 (4) Appealsの不服審査官が示した見解の、訴訟おける取り扱い

<疑問点>
Appealsの不服審査手続きを経て租税訴訟が提起された場合、租税裁判所の裁判官はAppealsにおいて示された不服審査官の見解を判決を行うにあたって参考にするか?あなたの(本件我々の質疑応答に当たった担当者としての)見解では、租税裁判所の裁判官はAppealsにおいて示された不服審査官の見解によって非公式にでも影響を受けたり左右されたりすることはあると思われるか。

<回答>
租税裁判所がAppealsの見解に拘束されることは無いが、Appealsの不服審査官が訴訟において証人喚問されて、証言をさせられることはある。証人尋問においては、Appealsの手続きにおいてどのようなことが行われたかということ、主として事実を証言する。趣旨としては、裁判官のより良い理解に役立てようするためである。

 (5) Appealsにおいて遂行される手続きの適正・公正

<疑問点>
監視機関などはあるのか?
 
<回答>
IRS内部の機関としては、Joint Advisory Boardsがある。JABはIRS内における、Collection部門、Examination部門、Counsel、Appealsといった部門の担当者が集まって協議。個々の事案の是非を協議するのではなく、プロセス一般について協議を行っている。
また、IRS Oversight Board(RRA98 1101条、IRC7802条)による監視も受けている。
外部機関による監視については、米国弁護士会の調査や、財務省税務行政検査室(TIGTA)の報告、さまざまな機関が顧客満足度について毎年調査を行っているとのことである。

 (6)  不服審査官(Appeals担当官)について

<疑問点>
現状、何名の不服審査官がAppealsにいるのか?
 
<回答>
全米で約900名。1チームは、12〜13名の編成で動いている。

<疑問点>
不服審査官はどのようにしてなるのか?採用試験のようなものはあるのか?資格要件等はあるのか?
 
<回答>
採用試験はない。
必要とされる免許や資格も特にはない。
  
<疑問点>
どのような人材が審査官として採用されてきたのか?
   
<回答>
租税専門の弁護士・公認会計士、不服審査官の母校からスカウトしたりして人材を確保している。ただ、ほとんどの担当官はIRSの 徴収部門の出身の職員である。徴収部門・Revenue Officerなどに募集をかけてスカウトする。特に徴収部門出身者は、徴収実務をよく知っているので話がスムーズ。(なお、今回質疑応答にあたったDarren Guillot氏は徴収部門の出身であるとことである。)

<疑問点>
IRS内部出身の審査官について、どのようにしてAppealsでの職務遂行にあたって中立性、公正性を確保してきたのか?
  
<回答>
まず、内部の人事異動による不服審査官就任ということはない。志願者や適当と思われる人材のスカウトによっている。また、一旦不服審査官に就任した場合、再び調査部門や徴収部門に戻るということはほとんどない。
不服審査官は自身の職務に誇りをもって職務遂行しているし、外部監視機関もあるので、不公正なことは行えない(「外部の目がある」)。また、例えば徴収部門出身者でAppealsに採用された審査官も、意識を切り替えるよう、常に努力している。
但し、上記については法的な裏づけがあるわけではない。
⇒「Ex parte」以外に、具体的に不服審査官の中立性・独立性が確保する制度や規定はなく、Appeals担当官として採用された者の意識や、外部からの監視によっているようである。但し、内部の人事異動によらず、自らの意思やスカウトによって不服審査官に就任しているということは、当該審査官の中立意識を高めるために大いに貢献しているものと考えられる。また、外部からの監視や納税者の満足度に関するリサーチ機関の発達も、不服審査官の意識を高めることに大いに役に立っているものと考えられる。


3 雑感及び今後の検討課題
 
 Appealsに関しては、当初、行政庁の行う「不服申立て手続き」という観点で、日本の国税不服審判所における審査手続きに類似するものを想像していた。しかしながら、Appealsにて行われている手続きは、徴収段階におけるCollection Due Process(徴収適正手続における聴聞)やCollection Appeals Programを除けば、納税者からの「不服申立」に対して不服審査部が「裁決」のような形で一定の判定を下す、というものではなく、いわば「和解」であり、日本における租税不服申立て手続きにおけるそれとはかなり様相を異にしていた。(日本でいう、「準司法手続き」という色彩は薄く、むしろ「行政手続」の色彩が強いように思われた。但し、日本のようなお上意識や手続きに関する不明瞭や不透明感はあまり感じられず、手続内容や申立書については大量の様式(Form)が公表されているとおり、極力定型化されており、手続きに関するIRSやAppealsの見解も、頻繁に週報やWebsite等で公表されている点、風通しは良いもののように見えた。租税に関する不服申立て事案を和解により解決することの可否や是非の問題は別にして(日米における法制度の違いなど影響し議論が錯綜するため)、米国においては、租税に関する納税者の不服申立を租税に関する紛争として位置づけていること、納税者による任意の納税、効率的な徴収を実現するため、可能な限り訴訟によらず、簡易かつ迅速に不服申立手続(Appeals)において協議によって解決すべきという姿勢が明確に受け取られた点は印象深く、日本の不服申立制度との関係でも参考にすべき点があるのではないかと思われた。
 また、Appealsの基本理念として、IRS調査部門・徴収部門からの独立性・中立性・手続きの公正性というものが述べられてきているが、Appealsの手続き遂行にあたってはAppeals審査官とIRS調査部門・徴収部門担当官との「片面的接触の禁止」が法令上うたわれていること、Appeals担当官はIRS内の人事異動としてAppealsに採用されたわけではなく、Appeals担当官を退任してもIRSの他の部署に人事異動で戻るというものでもないことは、その体現として興味深かった。但し、Appeals審査官の採用基準等に関しては特に明確なものもないようで、若干不明朗感は残った。
 なお、RRA98制定前の反省からか、IRS自体、納税者の適正手続きの保障・租税手続きに対する納税者の信頼・満足度につき、今回応対にあたったAppeals担当官はかなり気にしており、「外部の目がある。」と述べるほどであった。米国では、租税に関する手続きについても、IRSの内部機関・外部団体によってリサーチが行われており、議会に報告されたり、一般に広く公表されており、それがIRS・Appeals対して良い刺激になっているようである。外部団体による手続きに関する納税者の満足度に対するリサーチなど、日本においても今後大いに検討されてよいかもしれない。
 本報告書作成にあたっては、Appeals Office訪問時作成の聞き取りメモ・Appeals Office提供の各資料・ビデオテキスト反訳の他、IRS及びAppeals Office提供のWebsite及びIRMを参照したが、誤読または理解不十分な点もあるかもしれない。その点は、筆者の拙い英語力及び理解力によるもので、ご容赦いただければ幸いである。


4 参考文献
 
 日本国内で発表されている、Appealsの制度についても言及されている文献として、筆者の知る限り、以下のものがある。(但し、いずれも2005年ごろの発表なので、最近のIRMにおける変更等は反映されていない。)
 記
 高木英行「米国連邦税確定行政における「査定(assessment))の意義」(1)  福井大学教育地域科学部紀要V(社会科学),61,2005
 高木英行「米国連邦税徴収行政におけるデュープロセス」
      早稲田法学会誌54,2004
 百瀬智浩「審判の対象物としてのIRSの調査手続―米国における納税者権利保護の実態の一端―」
      税大論叢34,199
 森浩明 「米国の租税徴収制度について―内国歳入庁IRS改革法下の徴収制度―」
      税大論叢40,2002
 税理士法人トーマツDeloitte Tax LLP編「米国税務申告ハンドブック」

(担当者 菅原、長谷川:執筆 菅原)



       合衆国租税裁判所(The United States Tax Court)
                                                        [未定稿]


第1 概説

1.一般

(1)3つのオプション

 納税者は、IRS(内国歳入庁)との租税争訟について、司法手続により解決を求める場合には、次の3つの裁判所から1つを選択することが可能である。

A 合衆国租税裁判所(United States Tax Court)
B 連邦地方裁判所(United States District Court)
C 連邦請求裁判所(United States Claims Court)

 実際には、D 破産裁判所(Bankruptcy Court)にも事物管轄権がある場合があるが、ここでは省略する。

(2)不服申立前置主義

 納税者がIRSとの課税処分に係る租税争訟について、司法手続による解決を選択して訴えを提起する場合、上記A〜Cの何れの裁判所に訴えを提起するにしても、行政庁に対する不服申立手続を前置することは要求されていない(6213条(a))。
 すなわち、図のルートで言えば、@税務調査の内容についてIRSと合意しない、A30日レターを受領してもIRSに対しては何の行為もしない、B90日レターを受領してもIRSに対しては何の行為もしない、というルートの選択をする場合には、90日レターの発信日付けから90日以内にA〜Cの何れの裁判所に対しても訴えを提起することができる。
 なお、徴収処分に係る訴訟に限り、IRS Appeals への不服申立前置が要求されている(6330条(b)(1))。

※ 図挿入

(3)租税裁判所の特色

 合衆国租税裁判所(「租税裁判所」)の最大の特色は、不足税額を納付しないで訴えを提起することができるところにある。
 このため、訴えを提起するケースの95%は租税裁判所に訴えを提起すると言われる。
 
(4)一般論として、納税者はIRSとの租税争訟に入る場合に、2つの問題についての決断に直面することになる。即ち、

@ A〜Cのどの裁判所に訴えを提起すべきかの選択、及び
A IRSの Appeals Office にまず不服申立てをするべきか否か、
の2点である。この問題は、制度の概要をすべて鳥瞰した後で最後に第6において検討する。

2.租税裁判所の歴史

(1)租税裁判所の歴史は1924年に遡り、連邦議会によって、"U.S. Board of Tax Appeals" として設立されたものであるが、これは内国歳入庁の前身である内国歳入局の内部組織であって、独立の裁判所ではなかった。この Board of Tax Appeals は1942年に、連邦議会によって合衆国裁判所(Tax Court of the United States)という名称の裁判所として独立組織とされた。現在の名称である United States Tax Court に変更されたのは1969年である。

(2)租税裁判所は、憲法1条裁判所(legislative court)であるという位置付けであり、連邦地方裁判所のような憲法3条裁判所(constitutional court)ではない。
 その帰結として、判事の選任方法や裁判官の身分保障についての憲法3条の適用がない(憲法1条は立法府、2条は行政府、3条は司法府についての規定である。)。
 租税裁判所は連邦最高裁を上告審としてその下級審の位置付けであるから、日本国憲法76条2項の意味での特別裁判所であるとか、行政裁判所であるとか記述するのは、不適当であろう。

第2 組織

1.租税裁判所設置の根拠規定

(1)租税裁判所の設立根拠規定は、合衆国法典(United States Code)タイトル26「内国歳入法典(Internal Revenue Code)」、サブタイトルF「手続及び組織(Procedure and Administration)」、チャプター76「司法手続(Judicial Proceedings)」、サブチャプターC「租税裁判所(The Tax Court)」である。

(2)サブチャプターCの冒頭の7441条に、憲法1条裁判所として United Sates Tax Court を設立する旨の宣明がある(第1文)。

(3)なお、1998年IRS改革法(Restructuring and Reform Act of 1998 (以下、「RRA98」))により、広範囲にわたる内国歳入法典の改正があり、同法典の関係各条ごとの法改正経緯の記載を仔細に見て行くと、RRA98によって改正された領域が広いことが見てとれる。
 これらは、当時におけるIRSのあり方に対する厳しい批判が元となって行われた諸改革である。
 RRA98は、いわゆる納税者権利憲章の第3次を含む。ただし、この第3次納税者権利憲章は、徴収処分関係の規定が多い。
http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=105_cong_public_laws&docid=f:publ206.105

(4)内国歳入法典の法文上は、主語・目的語・補語等には Secretary (財務長官)と記してあるのが通常であるが、実際にはIRSの Commissioner (長官)に対して委任がなされて内国歳入庁長官により執行がなされている(7803条)。
 租税裁判所の判決の引用表記においても、誰某(原告名) v. Commissioner、又は誰某(原告名)vs. C.I.R. と記される。C.I.R. は Commissioner, Internal Revenue の略である。極めて有名なケースを例に取れば、Compaq Computer Corp. v. Commissioner、Eli Lilly & Co. v. Commissioner などである。

2.租税裁判所の事物管轄

(1)租税裁判所の事物管轄は、基本的に租税争訟のみである。
 即ち、所得税、相続税、贈与税、及び特定の個別間接税、並びにこれらに係るペナルティ等である。
(米国内国歳入法典上は個人所得税と法人所得税を総称して所得税という。法人の所得を課税標準としない法人課税があるのであるから、法人税という日本の立法例の用語法よりは法人所得税という用語法の方が講学上は適当であるというべきであろう。)

(2)なお、このほかにも内国歳入法典の個別条項及び個別的な立法による租税に関する周辺的事項に関する事物管轄の授権がある(7442条)。

(3)租税争訟に関する提訴を事物管轄とするという場合、次の2類型がある。

@ 課税処分に対する訴え提起(6213条(a))と、
A 徴収処分に対する訴え提起(6320条、6330条(d)(1))
である。

 @については不服申立前置は要求されない(6213条(a))。
 Aについては不服申立前置が要求されている(6330条(b)(1))。特に (d)(1) の括弧内に規定されている次の文言を参照: and the Tax Court shall have jurisdiction with respect to such matter. また、同条(d)(1) においては appeal という用語が用いられている。6320条は6330条を準用。

(4)なお還付請求訴訟(refund litigation)は、租税裁判所の管轄ではなく、連邦地方裁判所及び連邦請求裁判所である(合衆国法典タイトル28、1346条(a)(1))(何れの裁判所も、その名称を厳密に翻訳すれば、それぞれ合衆国地方裁判所及び合衆国連邦請求裁判所であるが、慣用に従っている。)。

3.判事の任命

(1)租税裁判所判事の任命は大統領による。上院の同意を要する(7443条(b))。 従って、判事の地位は高い。

(2)租税裁判所の判事は、租税争訟のみを扱い、またそもそも税務の専門家を判事に選ぶので、連邦地方裁判所や連邦請求裁判所の判事に比して、租税法規についてより通暁しているとされる。
 この点は、Donald C. Alexander 元IRS長官も率直に指摘するところであった。

4.判事の定数

(1)判事(ジャッジ)の定数は、19名である(7443条(a))。

(2)1人のチーフ・ジャッジと18名のジャッジより成る(7441条第2文)。
 租税裁判所は、少なくとも2年ごとにチーフ・ジャッジを指名する(7444条(b))。
 現在のチーフ・ジャッジは、John O. Colvin 氏である。

5.判事の任期

(1)15年である(同条(e))。

(2)任期の終了する裁判官は、文書により、大統領に再任を希望することを述べることができる(7447条(b)(3))。
 そうすると基本的には自動的に再任されるようであるが、大統領が肯んじなかったケースもあるようである。特にブッシュ政権及びクリントン政権の時に再任問題を生じたとの記録がある。

(3)退職した判事をチーフ・ジャッジが呼び戻して(recall して)引き続き判事の職務を遂行してもらう制度がある(同条(c))。これにより判事職を引き続き行う判事をシニア・ジャッジという。

(4)また、70歳の定年制がある(同条(b)(1))。
 任期制や定年制などは、租税裁判所が憲法3条裁判所でないことの帰結の典型である。

6.特別審理裁判官(Special Trial Judge)

(1)チーフ・ジャッジにより多数の特別審理裁判官が任命され(7443条A(a))、一定の手続を嘱託される(同条(b))。
 その所管する事項のうちの主たるものは、請求額50,000ドル以下の少額訴訟(Small Tax Case)である(同条(b)(1))。

(2)recall の制度もある。

7.組織・機構

(1)チーフ・ジャッジによって、租税裁判所は1人又は複数人の判事より成る部(division)が設けられる(7444条(c))。

(2)租税裁判所のオフィスはワシントンDCに置かれる(7445条)。
 所在地は、400 Second Street, SW であり、ユニオン・ステーションとFBIのフーバー・ビルディングのちょうど中間ぐらいの地点の、余り治安の良いとは言えないところにある。
 ジョージタウン大学ロー・センター(GULC)は目と鼻の先である。他校の場合にはロー・スクールと言うが、ジョージタウン大学に限りロー・センターの呼称を用いる。財務省やIRSで実際に起草を担当する官僚が来ることで著名である。

8.セッション

(1)租税裁判所の開廷(sessions)の時と場所とは、納税者の合理的な機会保障と便宜、費用を考慮して、チーフ・ジャッジにより定められる(7446条)。

(2)開廷する際には、租税裁判所判事が当該都市に赴く。
 これは即ち、租税裁判所はあくまでワシントンDCに所在する一の裁判所である、という考え方である(上掲7446条)。

(3)従って、判事による各都市への出張は頻繁であり、かつ、その際における hearing (口頭弁論ないし期日である。)の件数はかなりの多数に上る。
 スウィフト判事によると、6週間に1回は出張があり、前回ニューヨークに出張した際には140件ほどの処理をした。

(4)租税裁判所の開廷の都市や期間は、租税裁判所のウェブサイトの Session Schedules に掲示がある。
 当該ウェブサイトに掲載されている租税裁判所の公式ガイド(Taxpayers Information)によると、都市としては60か所、少額訴訟のみを取り扱う都市を入れるとこれに加えて15か所で開廷される。

http://www.ustaxcourt.gov/index.htm

9.陪審制

(1)民事陪審裁判は憲法修正7条の保障するところであるが、租税裁判所では陪審裁判(trial by jury)はなく、裁判官裁判(trial by bench)のみである。
 連邦請求裁判所においても、陪審裁判はない。
 陪審裁判があるのは、連邦地方裁判所のみであり、一方当事者の要求により陪審裁判となる(合衆国法典タイトル28、1346条(a)(1))。

(2)スウィフト判事によれば、納税者において陪審裁判を望む場合には、連邦地方裁判所に訴えを提起することが出来るので、租税裁判所が陪審裁判を排していることは、憲法修正7条違反を構成しないと理解されている。

第3 手続概論

1.手続規則

(1)租税裁判所は、Tax Court Rules of Practice and Procedure (「租税裁判所手続規則」)を自ら制定して、これに従って訴訟の追行をする。租税裁判所のウェブサイトに掲示がある。

http://www.ustaxcourt.gov/rules/Interim_Rules.pdf

(2)租税裁判所手続規則の制定権限の根拠は7453条であり、これを受けて、租税裁判所手続規則 Rule 1 (a) Rule Making Authority の規定がある。
 同 (b) によれば、租税裁判所手続規則に定めのない点については、通常の連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure;日本の最高裁判所規則に該当する。)に従うことが適当である限りにおいて、同規則に特にウェイトを置いて、法廷ないし裁判官が適宜定める。
 なお、連邦証拠規則(Federal Rules of Evidence; 証拠法則を定めるもので、民事裁判及び刑事裁判に共通に適用がある。)の規定する事項に関しては、かかる租税裁判所手続規則の制定権限は制限されており、ワシントンDCの連邦地方裁判所における陪審裁判でない裁判において適用のある証拠規則によることとされている。従って、租税裁判所手続規則そのものもかかる証拠規則に関連する制限に合致する内容で制定されなければならない。

(3)租税裁判所手続規則には、いわゆるディスカバリー(証拠開示手続)やその内訳でもあるデポジション(証言録取)についての定めもある(10章)。ただし、スウィフト判事によれば、実際にこれらの手続が利用される例はほとんどない。

2.手続の概要

(1)詳細は煩瑣にわたるので、本人訴訟をする納税者のために租税裁判所が作成した上記ウェブサイトの Taxpayers Information に沿って、

A 訴え提起
B 審理前の手続
C 審理の手続
D 審理後の手続
の順に概説する。

(2)制度の理解のために必要なこととして、次のような一般論を基礎的な概念として捉えておく必要があるように思われる。
 事柄は、IRS Appeals における不服申立手続のあり方の根底にある考え方にも遡る。

@ IRS の不服審判部 IRS Appeals はIRSの一部局であって、日本の国税不服審判所のように、執行系統とは別の組織である体裁をとっている組織ではない。
 その存置の基本的な発想は、租税争訟(tax dispute)が司法手続(litigation)になると時間もコストも非常にかかるので(hazard of litigation)、何とかして司法手続という平均して2年はかかるハードワークのルートに乗ってしまうことを排除して、和解等で終わらせることとしたい。それがひいては、IRSにとっても、納税者にとっても利益である、という考え方である。

A そのような考え方は、実は一般の民事訴訟手続の場合に支配的な考え方に基礎を置くものである。
連邦民事訴訟規則を眺めれば一見して明らかなように、訴訟の各段階で、(特にプレトライアルの段階で)、何とか終局判決にもつれこむことなしに settlement (和解)等で決着を付けさせようとする仕組みが豊富に用意されている。
 またADR(Alternative Dispute Resolution)も多様に用意されている。調停、ミニ・トライアル、仲裁などである。
 その結果として、trial by jury にせよ、trial by bench にせよ、終局判決まで行く率は10%に至らない程度のものであると観測されている。

B 租税争訟(tax dispute)についても同様であり、とにかく司法手続に進むと消耗だから、IRS Appeals で和解しようという発想で制度設計がなされている。
 ADRも5種類ほど用意されている(7123条 Appeals Dispute Resolution。なお、内国歳入マニュアルのパート8 Appeals の 8.26 参照)。
 従って、IRS Appeals の出口には「裁決」というものはなく、和解の成立か不成立かのどちらかである。
 そもそも「裁決」というものは、課税庁か納税者のどちらかの側に不満があるから「裁決」にならざるを得ないのであって、両当事者が満足する結論が得られる場合には、それでIRS Appeals の役割が完了するし、満足する結論が得られなければ司法手続に進む。
 また、そうであるからこそ、訴え提起後でありながら、IRS Appeals に処理が送付ないし回付されるルートが開かれているところである。

C 以下は蛇足の範疇に属するかも知れないが、そうするとIRS Appeals としては、不服のある納税者が直ちに裁判所に行くのではなく、まず先にIRS Appeals に来てくれるように、強力なインセンティブを用意しなければならない。
 それが、Appeals の独立性(independence)と公平性(fairness)のスローガンである。
 その独立性と公平性の確保のためには、Appeals のオフィサーは、執行系統から採用されることはあるかも知れないけれども、執行系統へは基本的には帰らない、という方式がある程度確立しているように見受けられる(ただし、人によってそのような人事交流が多少はあるとかほとんど全くないとかの観測があり、ニュアンスは異なるかも知れない。)。
 また、一般に納税者のいないところで、執行系統とは会合しないというルール(Ex parte rule)も重要である。ただし、Appeals を当事者主義的には捉えようとしないので対審構造とまでは行かない。
 このほか、IRS Advocate という内部機構(RRA98によって導入された。7803条(c))による牽制や、IRS Oversight Board(同じくRRA98によって導入された。7802条)、財務省の Treasury Inspector General of Tax Administration、連邦議会の Joint Committee on Taxation などの外部機構による監視も充実している。

D 技術的な事柄に及ぶが、Appeals の段階では、IRSから調査段階では見出されなかった新規の争点(new issue)を持ち出すことが可能である。しかしながらIRSの内国歳入マニュアル(Internal Revenue Manual)などを検討すると、納税義務者の感情を考慮しており、新規の争点を持ち出すことは余りなされないような方向付けが認められる。

E いずれにせよ、米国の官庁のことであるから、所詮はオフィサーは、弁護士とか公認会計士が多く、かつ終身雇用制ではなく、キャリア・メイクが終わればまた本業に戻るのかも知れない。従って、米国のように Appeals に行ったら執行系統には原則的には戻らないという方式は、日本の国税行政組織の雇用慣行では通用しない、という議論も無視し難いものがあるであろう。
 しかしながら、IRS Appeals を観察していて思うのは、
第1に、独立性とは結局は人事の独立ではなかろうか、ということと、
第2に、和解ということに対する考え方の柔軟性であり、とにかくまとめられればそれで良いので、和解内容の適正性に対するチェックは厳格であるとしても、和解への努力は極めて積極的である。

3.和解について

(1)和解という手法についての米国司法の考え方は柔軟であり、合法性の原則にこだわって和解の概念を認めない日本の租税争訟とは一線が画されている。

(2)米国における租税争訟手続において不服申立前置主義が取られていないことは前述の通りであるが、不服前置をしないで訴えを提起する場合にも、なお Appeals Office において和解の余地を探るケースが一般である。

(3)訴えが提起されないで Appeals における不服審査を選択する場合、これを nondocketed case と言い、Appeals を経ないで直接に訴えを提起した後に Appeals に回付されて(refer されて)来る場合を docketed case という。
 Nondocketed case について納税者がIRSの課税処分に応じる場合は、Form 870 にサインすることによって終結する。ただし、納税者は税額を納付して還付訴訟によって争うことはできる。
 争って和解に至るときは、Form 870-AD にサインして終結するが、これについては、のちに還付訴訟によって覆すことをも放棄したものと理解さている。ただし、このような還付訴訟提起権の放棄について、制定法上の根拠はないので、必ずしも還付訴訟の提起が全くできないということではないと解されており、必ずしも明確ではない。Form 870-AD に closing agreement と同等の効果が認められるとは考えられないので、還付訴訟の提起は認められると解するべきであろう。
 Docketed case の場合、Form 870-AD によって合意に達した場合は、合意判決(stipulated decision)という判決の形式を取るので、終局性が高くなる。

(4)和解については、内国歳入法典において特段の制定法上の規定があって、その故によって終局的効力が与えられているものは、Closing Agreements 及び Compromise のみである。その終局的な効力に鑑みて、これらに至る場合におけるIRS内部での審査は、当然ながら慎重かつ厳格なものとなる。
 内国歳入法典の7121条が Closing Agreement に係る授権条項であり、7122条が Compromise に係る授権条項である。
 7122条(c)によって offers-in-compromise の規定がなされている。この定めは主として納付すべき税額の部分的減額に係る collection に関連する制度である。ただし、collection に限るものではなく、租税債務(liability)の額そのものについての compromise も含まれている。
 その終局性は、裁判手続によってもその他のいかなる手続によっても、詐欺等の例外を除けば、覆され得ないことに示されている。

4.その他の重要事項についての補足

(1)挙証責任
 挙証責任については、原告納税者側にある。
 ただし、RRA98により、事実関係に関して原告納税者が信憑性のある(credible な)証拠を法廷に顕出すると、挙証責任がIRSにシフトするという規定振りに改正された(内国歳入法典7491条(a)及び同(a)(1))。
 詳細は後述する。burden of proof の訳として挙証責任の語を当てることが正しいか否かには疑義があるところであるが、ここでは詳細は省略せざるを得ない。
 なお、事実上の挙証責任の分配が実態としてどうであるかはまた別の問題であり、租税裁判所のウェブサイトにおいては、IRSに挙証責任があるのは限定的な場合においてのみであって、原則は原告納税者に挙証責任がある、と明言している。

(2)記録
 サブチャプターC「租税裁判所」の冒頭の7441条に、憲法1条裁判所として United Sates Tax Court を設立する旨の宣明があることについては既述のとおりであるが、同じ第1文によって、租税裁判所は a court of record である旨が規定されている。
 期日(hearing)は公開であり、証言や議論も原則として速記により記録される。かかる記録の作成は外部委託に付する権限が与えられており(7458条)、実際にも外部委託がなされている。
 すべての記録は公開されるが、営業の秘密その他の秘密情報に関する例外がある(7461条)。

(3)ジョイント・リターン
 個人所得税には夫婦共同申告(joint return)の制度がある。これは夫婦合算申告とも訳されるが、要するに2分2乗課税方式である。
 この制度があることに伴う特則が設けられている(Innocent Spouse Cases 等各般に及ぶ)ので、租税実体法における夫婦共同申告制度について理解しておく必要がある。

(4)アセスメント
 内国歳入法典においてアセスメント(assessment)の概念はさまざまな局面に現れて、かつ多義的であり、その意味内容は大陸法系の思考では理解できないと言わざるを得ない。裁判において終局判決に至った後で、IRSによるアセスメントがなされて税額が確定するなどというプロセスなどは説明の仕方が難しいところである。
 米国租税法の専門家にアセスメントについての尋ねたいことがあると言えば、「アセスメントと言ってもいろいろとあるが、どのアセスメントのことか?」との質問が返って来ることからも推察されるように、局面ごとに意味内容や位置付けの異なる概念である。

(5)内国歳入マニュアル
 実務において Appeals の手続を律するものは内国歳入マニュアル(Internal Revenue Manual; IRM)である。
 IRMは膨大な量であり、また改正は頻繁であるので、常に最新版を参照する必要がある。

http://www.irs.gov/irm/index.html

(6)ADR
 米国司法の常として、ADR(Alternative Dispute Resolution)が豊富に用意されていることについて、常に留意すべきである。

第4 手続各論

A 訴えの提起

1.概説

(1)訴え提起の契機となるものは、通常、IRSからのいわゆる90日レター a notice of deficiency である(6211条ないし6213条及び6214条(a)、手続規則20条)。90日レターが来る前に納税してしまった場合には、還付請求訴訟しか提起できない。
 この90日レターに示された期日内に租税裁判所に訴えを提起して、司法手続に入る。この場合、訴訟物というべきであろうか、原告納税者において裁判所に請求するものは、a redetermination of deficiency (不足税額の再決定)である(6213条(a))。
 90日レターは、IRSの執行系統から直接発出される場合(30日レターに対して納税者からの応答がない場合)及び Office of Appeals から発出される場合(Appeals 前置を納税者が選択した場合)の2つがある。

(2)(1)の訴えは日本法で言えば課税処分に対する提訴であり、日本法上の徴収処分 collection に対する提訴が別にあることは述べた。別添件数表を参照されたい。

※ 件数表挿入

(3)徴収処分の場合における訴え提起の契機となるものは a notice of determination (決定通知書)である。determination は Appeals Officer によってなされることが前提とされている(6330条(c)(3))ので、これは不服前置主義である。
 そして、(1)の90日の期間制限に対応する徴収処分に対する訴え提起の期間制限は30日である(同条(d)(1))。
 以下では、煩雑を避けるため課税処分についてのみ記述することとし、必要に応じて徴収処分についても触れる。

(4)件数としては、租税裁判所に提起される訴えは、2005年度の受理件数としておよそ2万件弱であり、そのほとんどが課税処分関係であり、若干の徴収処分案件がある。

(5)なお既述のように、還付請求訴訟(refund litigation)は租税裁判所の管轄ではなく、連邦地方裁判所及び連邦請求裁判所である(合衆国法典タイトル28、1346条(a)(1))。
 このため、90日レターに、第1期における不足税額、第2期における過納税額、第3期における不足税額があるという内容のIRSによる determination があって、納税者がこれを争う場合、租税裁判所は第2期の過納税額の事物管轄を有しない(判例)。しかしながら、租税裁判所は、第1期又は第3期の不足税額に対する第2期の欠損の繰戻又は繰越に影響すべき争点を勘案することができる(6214条(b))。
 他方、租税裁判所が、deficiency litigation の場合において、deficiency がないどころか、overpayment があることを見いだした場合には、これは租税裁判所に事物管轄が属する(6512条(b)(1))。

(6)なお、不足税額訴訟の場合、Sケースの場合を除き、租税裁判所は、新しい争点(new issue)によって、notice of deficiency における不足税額を超えた不足税額を認定する権限(事物管轄)を有する(6214条(a))。
 この問題を「ニュー・マター」とも呼称する。
 このために少額の不足税額を争う訴えの提起であったはずの訴訟によって、巨額の追徴税額を結果として生じてしまうケースが時としてある。
 これに対して、連邦地方裁判所及び連邦請求裁判所における還付請求訴訟の場合、合衆国政府は、還付請求額と同額までは new issue によってオフセットを図ることはできるが、還付請求額を超えて new issue による不足額を請求することはできない。

2.訴え提起

(1)租税裁判所に対する訴え提起の原語は to file a petition (7451条)であり、訴状は petition、原告は petitioner である。
 連邦民事訴訟規則においては、訴状が complaint、原告が plaintiff であるのとは異なるニュアンスがある。
 被告たる当事者は、IRS Commissioner である。petitioner に対応する呼称は、一般民事訴訟の defendant ではなく、respondent である。
(租税裁判所手続規則60条「当事者」)

(2)手数料は60ドル以下であると法定されており(7451条)、実際に60ドルと定められている(租税裁判所手続規則20条(c))。

(3)訴状において、個人納税者は、自らの便宜のために、審理が行われるべき都市を選択することができる。

3.当事者

(1)本人訴訟も可能である。
 代理人は必ずしも弁護士である必要はなく、租税裁判所によって代理することが認められた者であれば、代理が可能である(7456条第2文、租税裁判所手続規則200条)。

(2)一定の条件を充たす場合、tax clinic から弁護士やロー・スクールの学生による無料の代理を提供してもらうシステムもある。RRA98の第3次納税者権利憲章の内容の一部であって、内国歳入法典7526条(Low-income Taxpayer Clinic)がそれである。

(3)財務長官は、内国歳入庁のチーフ・カウンセル(法律顧問官)及びその授権を受けた者によって代理される(7452条)。7452条の条文上はこのとおりであるが、実際にはIRS長官が respondent であると観念されていることは2.(1)で述べた。
 実際にはIRSのディストリクト・カウンセル・オフィスかリージョナル・カウンセル・オフィスのカウンセルが担当する。
 移転価格訴訟のような特別の事案、高額訴訟、重要論点のある訴訟については、特別の担当者がいて、これが担当する。

4.少額訴訟

(1)納税者は、過少税額本税額及び付加税額の合計額(deficiency の場合)又は未納付税額の全額(determination の場合)が50,000ドルを超えない場合には、手続の開始以前に、租税裁判所の同意を得て、少額訴訟手続(Small Tax Case)によることができる(7463条(a)及び同条(f)(2))。
 租税裁判所に訴えを提起することとした場合に、最初に考慮すべき事柄はこの少額訴訟手続を選択するか否かである。

(2)少額訴訟を選択した場合には、租税裁判所の判決に対する控訴は出来ない(同条(b))。
 少額訴訟に係る租税裁判所の判決は先例性も有しない(同条(c))。

(3)手続の簡易化や連邦証拠規則(Federal Rule of Evidence)の緩和の特則がある。

(4)なお、Small Tax Case の反対概念は、Regular Tax Case である。
 また、少額訴訟はSケースと通称される。

5.租税裁判所係属中における不足税額納付の不要制度

(1)租税裁判所に提訴した場合において、納税者は不足税額の支払いを要しないことが特色であることについては冒頭に述べたとおりである。
 6212条 Notice of Deficiency、6213条 Restrictions Applicable to Deficiencies; Petition to Tax Court を参照。特に6213条(a)が根拠条文である。

(2)しかしながら、利子(interest、延滞税に相当)は課される(6601条、6621条)。
 利子の発生を避けるために納税することは可能である(6213条(d))。

6.期間制限

(1)訴え提起に係る期間制限は原則として90日であることは上述のとおりであるが、始期の計算は英米法の原則に従って発信主義である(同条(a))。提出期限に間に合ったか否かの判定も原則的には発信主義である。

(2)期間制限は極めて厳格である。期間制限経過後は徴収手続が開始される(同条(c))。

7.事件番号(ドケット・ナンバー)

(1)租税裁判所より訴状受理書面が来る。当該書面に事件番号(ドケット・ナンバー)が記されている。

(2)ドケット・レコードは租税裁判所のウェブサイトで閲覧可能である。

B 審理前の手続

1.訴答手続(プリーディング)

(1)一般民事においては、訴状の提出とこれに対する答弁書(Answer)の提出をセットとして訴答手続 Pleading と称するところであるが、租税裁判所においても pleading の用語が用いられる。

(2)訴答手続によって、この時点におけるものとしての争点が明らかにされる。この時点で判決によらない終結があり得る(下記2.の(2)@参照)。

(3)棄却の答弁書は60日以内、却下の申立ては45日以内の期間制限がある。
 なお、申立ての原語は motion である。幅広く用いられる概念である。

2.プレトライアル手続

(1)一般論として、大陸法系諸国に比較する場合、英米法系の訴訟手続の特色として、トライアル(訳すとすれば「審理」であろう。)の前の段階の手続(プレトライアル手続)が重厚でかつ充実していることが指摘される。証拠収集手続や、和解への努力等としてのプレトライアル・コンファランス等が重要である。プレトライアル段階で終結に至らずにトライアルの段階に入ると、今度は短期集中型のトライアル(審理)が行われる。
 租税裁判所の手続も、一般民事と同様に、プレトライアル手続が重厚である。

(2)審理(トライアル)に至る前における終結

 租税裁判所手続規則は、次の3つをいわば判決によらない終結手続きとして定めている。いずれも当事者の申立て(motion)による。

@ 訴答によるジャッジメント(120条)
A サマリー・ジャッジメント(121条)
B 同意判決(124条)

 @は、訴答の段階で争点が明らかになったことによって終結できる場合であり、Aは、通常の民事訴訟手続きにいわゆるサマリー・ジャッジメントに同等である。Bについては、(5)に述べる。

(3)証拠収集手続として、ディスカバリー(やその内訳でもあるデポジション)が行われるべく租税裁判所手続規則10章に規定が置かれているが、一般民事に比較すれば制限的であり、租税裁判所に提訴されたケースについて、実際にこれらが行われることは稀である。

(4)租税裁判所に訴えが提起されて、受理された(docket された)後でも、Appeals Office (またはIRS法律顧問官)は、docketed case についても和解権限を有する(たとえば内国歳入マニュアル 8.4.1 Processing Docketed Cases 参照)。
 Appeals における不服審査手続については、docket の前後によって、nondocketed case と docketed case の違いがあり、それぞれに有利な点と不利な点とがある。

(5)プレトライアル・コンファランス(租税裁判所手続規則11章)により、和解等によってトライアルに至らずに解決する可能性が探られる。実際には、通常は、IRSサイドから納税者に接触するようである。
 プレトライアル・コンファランスによって、和解が成立すれば、IRSによって和解書面(settlement document)Form 870-AD が作成され、両当事者がサインをして、これに判事が同意して、租税裁判所がこれを公式記録に編入すれば、合意判決(stipulated decision)となり、事件(ケース)は終了する。
 これを別の角度から見ると、nondocketed case についての和解は、Form 870-AD によるだけで、終局性に乏しく、納付税額を納付して還付訴訟を提起することが、事実上可能である。これは、closing agreement と異なり、制定法上の制限規定がないためである。
 これに対して、docketed case についての和解は、stipulated decision という「判決」の形式を取るのであるから、判決としての既判力を持つ。
 なお、closing agreement は、制定法の明文によって final and conclusive であって、詐欺等の例外的な場合を除いて、裁判手続による変更をも排除するものであり、最も終局性が高いことについては、既述のとおりである。

(6)仮にプレトライアル段階で終結に至らなかったとしても、事実及び文書についての合意(これを stipulation of facts という。)をすることが行われる。stipulate とは agree とほぼ同義であると考えればよい。
 事実及び文書についての合意(stipulation of facts)が成立すれば、これも同様に、Form 870-AD を若干変更したものに記録されて法廷に顕出される。部分的に成立した和解事項も同様に扱われる。

3.スタンディング・プレトライアル・オーダー

(1)租税裁判所は、期日のおよそ5か月前に、スタンディング・プレトライアル・オーダーを発出する。Sケースの場合は、スタンディング・プレトライアル・ノーティスと言う。

(2)まず、これによって期日が指定される。
 租税裁判所は、連邦地方裁判所や連邦請求裁判所に比して、早期の解決が期待できると言われる。

(3)スタンディング・プレトライアル・オーダーには、トライアルに向けて準備すべき事項についての詳細な指示が記載されている。
 就中、プレトライアル・メモランダムの作成が重要である。
 プレトライアル・メモランダムは直接判事に対して送付する唯一の文書であり(その他はすべて書記官 clerk of the court 宛てである。)、これ以後はプリーディング段階での争点に替わってプレトライアル・メモランダムによって整理されたものが争点として取り扱われる。

(4)プレトライアル・メモランダムにおいては、法廷において顕出されるべき文書、尋問すべき証人等が開示される。

C 審理の手続

1.カレンダー・コール

(1)トライアル・セッションはカレンダー・コールによって開始される。
 トライアル・セッションの初日の朝に、法廷においてトライアル・クラークが、和解によって解決されていない事件名を読み上げる。
 これをカレンダー・コールと称する。

(2)両当事者は前に進んで判事に対して名前を名乗る。
 判事は若干の質問を発するなどして事件の現状を判定する。

(3)判事は、爾後におけるトライアルの期日と時間とを定め、これがアナウンスされる。

2.期日

(1)トライアルの期日に出頭しなければ敗訴となる。

(2)すべての事実及び文書が同意されている場合、租税裁判所がトライアルなしに文書審査のみによって判決に至る場合がある。

3.挙証責任

(1)挙証責任(burden of proof)についての7491条の規定は、RRA98によって導入された条文である。

(2)7491条の表題は Burden of Proof であり、同条(a)の最初の行を直訳すると「挙証責任は、納税者が信憑性のある証拠を提出する場合にはシフトする」である。
 原則は納税者に挙証責任があること、7491条はその特則を定めるものであること、という表現になっている。

(3)同条(a)(1)によると、かかる信憑性のある証拠とは、事実に係る争点である。
 そして、シフトされた挙証責任は財務長官(Secretary、実際には内国歳入庁長官)が担うことになる。

(4)同条(a)(2)は挙証責任が転換される場合の条件を定める。即ち、納税者は当該争点に関して;
 (A)内国歳入法典の定めるところに従ってすべての事項を立証する(substantiate)こと、
 (B)すべての記録を保存し、また財務長官の合理的な求めに応じて証人、情報、書類、面談、インタビューに協力すること、
 (C)(パートナーシップ、法人、信託の場合の特則、略)
である。

(5)内国歳入法典の各条において格別の定めがあるときは、挙証責任はそれに従って定められる。

(6)同条(b)は、無関係な納税者についての統計情報によって、納税者の所得を再構築(reconstruct)する場合には、財務長官に挙証責任があるとする。
 また、同条(c)は、ペナルティ、付加税、付加額については、財務長官に挙証責任があるとする。

(7)挙証責任の特則は、内国歳入法典のさまざまなところに見出される。

(8)なお、租税裁判所手続規則142条は、挙証責任は原告(petitioner)にあると明示している。ただし、制定法及び租税裁判所が別途定める場合は別である。また、いわゆるニュー・マターの場合、不足税額の増額の場合、既判力の主張、コラテラル・エストッペル(争点効)などの積極的防御(affirmative defense)の場合などについても内国歳入庁長官にあるとする。

4.審理

(1)まずトライアル・クラークが事件名を呼び上げ、両当事者がそれぞれ自分の名前を述べる。
 判事から若干の質問があり、準備的事項の処理がなされる。例えば、事実及び文書についての合意(stipulation of facts)やプレトライアル・メモランダムの記録への編入である。

(2)次に冒頭陳述(opening statement)が行われる。通常は原告納税者が先に行う。冒頭陳述は、宣誓下(under oath)で行われるものではない。
 米国における法廷における宣誓下の供述は(日本と異なり)厳格な規律に服し、かつ、偽証罪(perjury)は重罪で刑罰が重いため、宣誓下の陳述であるかどうかは致命的に重要である。
 同じ事を重複して述べることを避けるため、宣誓下で冒頭陳述を行うことを選択することが認められる。

(3)次いで原告側による証人尋問が行われる。
 多くの場合、最初の原告側証人は原告本人であるようである。証人に対しては反対尋問が行われる。
 原告側証人尋問が終了すると、IRS側の証人尋問に入る。
 この間、一貫して判事は質問をし、また求釈明をする。

(4)すべての証人尋問が終了し、すべての一件書類が証拠として採用された段階で、トライアルは終了し、記録は閉鎖される。即ち、それ以後は証拠の提出は認められないことになる。

5.トライアル中及びトライアル後の和解

(1)トライアル中又はトライアル後に、一方当事者の和解の申出又は判事による和解の勧試がなされる。和解を目指す考え方の根底にある考え方については既述のとおりである。

(2)トライアルを経ることによって事件の帰趨に対する評価が変化することもあるが故に、トライアル後の和解も可能である。

D 審理後の手続

1.トライアル終了後の手続

(1)判事は、ポストトライアル・ブリーフの提出を指示する。ブリーフとは、一方当事者による事実認定及び法律解釈論についての意見を述べる法的文書である。
 口頭による意見陳述が認められる場合もあり、メモランダムや法的権威(legal authority)による意見書の提出が認められる場合もある。

(2)判事が判決に至るべき期限についての定めはない。
 判事はトライアルの際に、口頭で、ベンチ・オピニオンを出す場合がある。
 ベンチ・オピニオンが出されなかった場合、判事はワシントンDCの租税裁判所に帰り、証言及び証拠を検討して、事件についてのオピニオンを出す。

2.オピニオン

(1)オピニオンには4種類があるとされる。

ア)ベンチ・オピニオン
 判事はトライアル・セッション中に口頭でベンチ・オピニオンを出す場合がある(租税裁判所手続規則152条参照)。レギュラー・ケース(Sケースでない通常のケース)の場合もSケースの場合もある。ベンチ・オピニオンについては、租税裁判所は記録を起こして、数週間以内に当事者に送付する。
 ベンチ・オピニオンには先例拘束性がない。
 2008年3月1日以降におけるすべてのベンチ・オピニオンは、租税裁判所のドケット・インクワイアリー・システムによって電子的に閲覧が可能となっている。

イ)サマリー・オピニオン
 これはSケースの場合のものである。先例拘束性はない。上訴ができないことについては既述のとおりである。

ウ)メモランダム・オピニオン
 チーフ・ジャッジは、レギュラー・ケースについてメモランダム・オピニオンとして出されるべきか否かを決定する。
 メモランダム・オピニオンは、新規の法律上の争点を含まない場合のものである。即ち、法律的問題はなく事実認定に係る場合である。
 メモランダム・オピニオンは法的権威(legal authority)として引用され、判決に対する上訴が可能である。
 メモランダム・オピニオンであれば、誰某(原告名)v. Commissioner, T.C. Memo. [発出年 - # ] として引用される。

エ)租税裁判所オピニオン(タックス・コート・オピニオン)
 チーフ・ジャッジは、レギュラー・ケースについて租税裁判所オピニオンとして出されるべきか否かを決定する。
 租税裁判所オピニオンは、十分に重要な法的争点ないし原則論を含むと考えられる場合に出される。
 租税裁判所オピニオンは法的権威として引用され、判決に対する上訴が可能である。
 租税裁判所オピニオンであれば、誰某(原告名)v. Commissioner, [租税裁判所レポート第何巻] T.C. [その巻の第何ページ] (発出年)として引用される。

(2)ベンチ・オピニオンを除く租税裁判所のオピニオンは、上記のカテゴリーに従って、租税裁判所のウェブサイトに、東部標準時午後3時30分以降に掲示される。2008年3月1日以降に出されたベンチ・オピニオンは、租税裁判所ドケット・インクワイアリー・システムに電子的に開示されることは既述のとおりである。

4.判決

(1)租税裁判所の手続及び判事による判決については、迅速に報告書(report)が作成されなければならない。当該報告書には、事実認定(finding of facts)とオピニオン及びメモランダム・オピニオンを記載する(7459条(a)、同(b))。

(2)上記の報告書はすべて、チーフ・ジャッジに送付される(7460条(b))。

(3)チーフ・ジャッジは、租税裁判所判事全員のいる会議においてレビューが行われるべき案件かどうかを判断し、行う必要がないものについては、そのままメモランダム・オピニオンとする。
 チーフ・ジャッジにおいて事件が重要な争点を含むと判断する場合には、租税裁判所判事全員のいる会議においてレビューが行われる。
 このレビューは、ワシントンDCの租税裁判所3階の会議室(写真参照)の楕円形のテーブルに全員が着席して、ジュニアな判事から順次意見を述べ、最終的に租税裁判所としての判決がなされる。
 一種の部内での再審議のようなものである。その結果が、租税裁判所オピニオンである。

(4)オピニオンは郵送されて原告納税者に到達するが、発送と同日に租税裁判所のウェブサイトに掲載される。

(5)オピニオンが出された後、判事の出したオピニオンとコンシステントな判決(decision)が作成され、編入される(enter される。enter は名詞形では entry)。

(6)オピニオンと判決(decision)との相違について最も丁寧に説明しているのは、内国歳入マニュアル35.9.1.1 の2である。

(7)判決の日付について、7459条(c)の規定がある。

5.税額についてのアセスメント

(1)判決後に、IRSによるアセスメントがあってはじめて税額の確定を見ることについては前述したとおりである。

(2)このアセスメントは、6203条に制定法上の根拠を有し、納税者の住所・氏名、租税債務の記録作業である。要するに技術的な租税債務確定手続きと考えればよいように思われる。その内容については、内国歳入マニュアル 35.9.2 において最も分かりやすい記述がある。

6.勝敗

(1)判決結果についての公式説明においては、原告納税者は、一部又は全部の争点において勝訴することがあるし、IRSも、一部又は全部の争点において勝訴することがあるという当たり障りのない記述しかない。

(2)実際のところでは、連邦の課税権を定める憲法修正16条の改正手続き上の瑕疵による無効、内国歳入法典の課税手続が修正5条のデュー・プロセス違反であること、不当な苦役を課するから修正13条の奴隷制に違反する等についての違憲訴訟の件数が多く、このために納税者の勝訴率の単純平均は実質よりも低い数値に見える。
 これら違憲訴訟は、IRS及び租税裁判所にとっては頭痛の種であるようである。
 他方、大中規模企業部門(Large and Mid-Size Business)所管の企業による租税裁判所の訴訟の結果を反映して、金額的には納税者勝訴の金額の方が多いように見えるとの観測がある。

7.記録

(1)「租税裁判所」の冒頭の7441条の第1文によって、租税裁判所は a court of record である旨が規定されていることは既に述べた。

(2)口頭弁論(hearing)は公開であり、証言や議論も原則として速記により記録される。かかる記録の作成は外部委託に付する権限が与えられており(7458条)、実際に外部委託されている。

(3)すべての記録は公開される。ただし、営業の秘密その他の秘密情報に関する例外がある(7461条)。

第5 上訴

1.概説

(1)上訴は、Sケースについては認められないことは既述のとおりであるが、Sケースについて、特別審理裁判官(Special Trial Judge)が判断することと併せて、違憲の疑いがあるのではないかとの問題が生じている実情にある。

(2)再度の考案(reconsideration of an opinion)の申立て(motion)という例外的な手続もある(租税裁判所手続規則161条)。
 判決に不服の原告納税者は、オピニオンに対して、30日以内に再度の考案を申し立てる。当該申立てに対する決定を下すのは、通常、判決を下した判事である。申立てが認められるのは、通常ではない状況下である場合や実質的に重要な瑕疵のある場合に限られる。

2.控訴

(1)租税裁判所の判決に対する控訴審は、合衆国控訴裁判所(U.S. Court of Appeals)が排他的管轄権を有し、合衆国連邦巡回控訴裁判所(U.S. Court for the Federal Circuit)は極めて例外的な場合を除いて管轄権を有しない(7482条(a))。
 合衆国控訴裁判所は、12の巡回区ごとに設置されているので、控訴審の管轄の定めについて規定が置かれている(同条(b))。
 なお、合衆国連邦巡回控訴裁判所は全米を管轄とする一の裁判所である。

(2)控訴に際しては、判決(decision)の作成(entry)を待たなければならず、オピニオンに対して控訴することはできない。

(3)控訴は、控訴状(notice of appeal)を租税裁判所に対して提出して行い、控訴期間は、一方当事者が先に控訴する場合は判決の作成(entry)から90日以内、その場合に他方当事者が応じて控訴する場合は120日以内である(7483条)。

(4)控訴提起の手数料は、450ドルである。

(5)租税裁判所の控訴審として、専門性が高く、かつ地域特性によらない公平な、全国を単一に管轄する租税控訴裁判所を設置すべきでないかとの議論が続けられて来たところであるが、今のところ現実化するには至っていない。

3.上告

 控訴審の判決に不服がある場合は、連邦最高裁判所に上告受理の申立て(certio rari、サーシオ・レイライ)をする。

4.費用

 原告納税者が、勝訴当事者として、手数料及び費用の賠償を受けられる場合が、限定的に定められている(次の第6の2.(3)参照)。
 IRSが自らのポジションが実質的に正当化される(substantially justified)ことを確証(establish)する場合、原告納税者は勝訴当事者とはならない、との説明がなされている。

第6 納税者の判断すべき2つの問題点

1.3つのどの裁判所に訴えを提起すべきかの選択

 以下は、ニューヨーク大学連邦税制年次研究所の記述によるところが大きい。

(1)税額の納付をしてから訴えを提起する資力がなければ、租税裁判所以外に選択肢はない。

(2)30日レターが送達されて来る前に、納付をした場合には、連邦地方裁判所又は連邦請求裁判所に訴えを提起する以外にない(6211条ないし6215条)。
 出訴期間制限は、申告期限から3年、納付の日から2年であるが、合意による変更が可能である(6511条(a))。
 納税者の提起する還付請求訴訟の場合の出訴期間制限は、公式に還付請求が認められない(disallowance)こととなった日から2年(ただし、納税者は6月間は待たなければならい。)、還付請求が認められないまま時日が経過しているケースであれば期間制限はない(6532条(a))。

(3)しかしながら、最も重要なファクターは、管轄裁判所の先例である。各コートによって先例のばらつきが大きいためである。
 租税裁判所の場合、原告納税者の控訴管轄権を有する連邦控訴裁判所の先例に従う。
 従って、裁判例の調査は極めて重要である。

(4)租税裁判所における期日の方が一般に早い。

(5)租税裁判所においては、上述の「新しい事項 new issue 」による追徴税額があり得る(6503条(a)(1)、6214条(a))。連邦地方裁判所及び連邦請求裁判所の場合は、還付請求をオフセットする額までが限度である。

(6)租税裁判所のジャッジは専門家の中から選ばれて、租税争訟しか取り扱わないので、当然に能力が高い。連邦請求裁判所は、その取り扱うケースのおよそ25%が租税争訟であるので、連邦地方裁判所よりは相対的に能力が高い。

(7)租税裁判所におけるディスカバリーは最も制約されており、かつインフォーマルなディスカバリーによるところが大きい。

(8)連邦地方裁判所及び連邦請求裁判所の場合、合衆国を代理するのは司法省の租税課の attorney である。従って、争訟を生じた地方に所在するIRSオフィサーや税務実務家との関係が希薄である。

(9)租税裁判所に訴えを提起する場合、納税者には管轄地を選択する自由度が高い。これを戦略的に利用して相手方 attorney の変更、特定のジャッジの判断を避けるなどのことが可能になる。
 連邦地方裁判所の場合、一定のルールに従って管轄裁判所が決まる。
 連邦請求裁判所の場合、一定の条件に従って連邦請求裁判所において管轄地の決定がなされる。

2.IRSの Office of Appeals にまず不服申立てをするべきか否か

 以下は、"Tax Procedure and Tax Fraud in a Nutshell"によるところが大きい。

(1)Appeals においては、新しい争点が持ち出されることがあることに注意する必要がある(租税裁判所におけるいわゆるニュー・マターについての記述も参照)。ただし、Appeals の実務においてこれがなされると、納税者との関係が悪化することは当然避けられない(内国歳入マニュアル(Internal Revenue Manual)による)ので、実際に頻繁に生じるということではない。

(2)行政手続による救済を求めない場合には、租税裁判所によって、根拠のない訴え又は時間稼ぎのための訴えとみなされる場合、6673条のペナルティが課される原因となる。

(3)行政手続による救済を求めない場合には、納税者に、政府に対する弁護士費用の請求が認められない(7430条、租税裁判所手続規則23章。特に租税裁判所規則231条(b)(5)は可能な行政救済の方途がもはやないことを要求していることに注意するべきである。)。

(4)結論として言えば、和解の可能性が実際にあること、Appeals での手続を避けたことによるペナルティの回避、結局は Appeals Office への送付があることを勘案すれば、Appeals Office とのコンファランスを求めることが望ましい。

 なお、(2)については、逆に言えば、不服前置によって時間稼ぎができるということであるし、IRS側の手持ち資料を訴え提起前にある程度掌握することができる、ということでもある。

(執筆者 志賀 櫻)
                               


               IRS監視委員会(IRS Oversight Board)

日 時  2008年7月25日 午前8時30分〜10時
訪問先  IRS監視委員会(特設会議室)
  The Metropolitan Square Building at 655 15th St.NW.Washington .DC
面会者  スタッフ・ディレクター チャールズ・ラシージャン氏(Mr. Charles Lacijan)


1 IRS監視委員会の創設目的

 IRS監視委員会は、1998年のIRS改革法(IRS Restructuring and Reform Act RRA 98)にもとづくIRS改革委員会(The National Commission on Restructuring the IRS)の主導により、IRSを改善し、その結果、公共サービスをより良くし、納税者の需要に沿うという趣旨で創設された(創設までの紆余曲折については、参考資料を参照されたい)。
 IRS監視委員会は、政府側のIRSを監視するためのものであり、IRSが適切に視点の定まった方向に進むように“経験、独立性、安定性(experience, independence, and stability)”をIRSに提供しなければならない。
 IRS監視委員会の目的は、IRSが公共サービスをより良くし、納税者の需要に沿うようにIRSを導く中で、長期的な視点と特別な専門知識を提供するものである。

2 IRS監視委員会の構成メンバー

 IRS監視委員会の構成員は、大統領によって任命された7名の委員会のメンバーと財務長官( Secretary of Treasury)とIRS長官(Commissioner of Internal Revenue)の9名である。
 7名のメンバーは、大統領が任命し、上院により5年の任期が承認され、政治的な所属に関係することなく適格性に基づいて任命される。これらのメンバーは、下記の1つ、またはそれ以上の領域、すなわち、主要な企業と税務行政の領域で実務経験と専門知識を持っていなければならない。さらに、7名のうち1人は、常勤の連邦職員かIRS職員の代表でなければならない。

(1) 大規模サービス組織のマネージメント(management of large service organizations)
(2) お客様サービス(customer service)
(3) 税務行政とコンプライアンスを含む連邦租税法(federal tax law, including tax administration and compliance)
(4) 情報工学(information technology)
(5) 組織の発展(organization development)
(6) 納税者の需要と関心事(the needs and concerns of taxpayers)
(7) 小規模企業の需要と関心事(the needs and concerns of small business)

3 IRS監視委員会の役割

 組織的には、財務省の下にIRSがあり、その中にIRS監視委員会が位置しているが、IRSの年間予算は、110億ドルであるのに対し、IRS監視委員会の予算は200万ドルでしかない。
 IRS監視委員会は、長期のガイダンスと指示を提供し、IRSのサービス向上の改善を評価する民間部門の経験と専門知識を適用する。IRS監視委員会は、IRSの戦略上役立つ計画や予算要求を見直しや承認を行い、また、IRSの行動をチェックするためにIRSの事績を評価する。
 IRS監視委員会は、IRSの上級官僚の評価と報酬を再調査し、また、IRS長官の候補者を大統領に推薦し、さらには、長官の解雇を勧めることもできる。
 IRS監視委員会は、IRSの運営、管理、遂行、指導及び内国歳入法の執行と適用の評価について監視し、また、経験、独立性、安定性をIRSに提供し、その結果、IRSが適切に、視点が定められた方向に進むようにすることができるように努める。
IRS監視委員会は、大統領に直接報告するが、IRS監視委員会は独立機関であるために連邦議会にも報告書を提出する。これが納税者へのサービスにつながっている。
 IRS監視委員会は、法人の役員会のように運営され、民間部門の組織に適合するように作られている。フルタイムのスタッフを監督するのが「スタッフディレクター」である。

4 納税者や利害関係者(stakeholders)との交流

 IRS監視委員会は、利害関係者の税務行政に対する考え方と納税者に対する影響力を理解するために広範囲にわたる多様な利害関係者に連絡をとっている。
 IRS監視委員会は、租税専門家(tax professionals)、納税者擁護団体(taxpayer advocacy groups)、州の租税部代表(representatives of state tax departments)、IRS法律顧問(advisory committees)、IRS職員、全米財務省職員組合(the National Treasury Employees Union)、税務行政(tax administration)について、関心を有する種々の団体と定期的に交流している。
 また、税務行政に関するコンプライアンスやその他の問題について、納税者の意識(taxpayers’ attitudes)に関する年次調査を行っている。

5 IRS監視委員会の傍聴

 IRS監視委員会は、定期的に会議を行い、少なくとも年に1回公開会議(public meeting)を開いている。委員会のウェブサイト(www.irsoversightboard.treas.gov)は、委員会の会議の情報を提供しており、委員会は公開会議のあとで、その議題と関係者の発言(stakeholder statements)をウェブサイトに公表している。

6 IRS監視委員会の活動

 IRS監視委員会は、IRSの電子納税申告の事績の進歩を再調査する報告と同様に、年次報告書を発行している。また、委員会は、予算のような特定の項目について、その年の間に中間報告(interim report)を出すことができる。これらすべての報告は、ウェブサイトで見ることができる。さらに、IRS監視委員会は、周期的(periodically)に議会で証言することが求め、委員会は、毎回の会議の最後にメディアにその活動を説明する記者発表文(press releases)を配布します。

(1)監視委員会の任務
@ IRSが財務省に提出したIRSの予算の見直しと承認
 予算をチェックすると財務省に提出する。それが予算管理局に提出され、検討され、大統領が議会にその承認を求める。
2008年は、議会が大統領の要求した金額より1億ドル多く承認した。
A IRSの戦略プランの見直しと承認。
 IRSの戦略プランは、3年毎にアップデートしている。
B IRSの上級官僚の評価と候補者を大統領に推薦。
C 連邦議会へ年次報告書の提出。
D IRSが納税者を適切に取扱っているか否かの監視、確認。

(2)監視委員会の運営
 1年に5回以上の定期会議を開催し、議題は議長が決める。
監視委員会は、2つの委員会から成っている。1つは、オペレーションズ(運営委員会)で、IRSの活動と法執行機能を監視するもの。もう1つは、オペレーションサポート(運営支援委員会)で、IRSの人的資本、教育訓練、情報工学、サポート機能の監視をするものである。
 IRSの人々がどういう仕事をしているかの指導書があり、これによってチェックすることができる。
 各委員会は、年に4回、会計年度の年間目標に対して正しく実行し、業績のバランスがとれているかの会議を開催する。
 バランスとは、納税者に対して、生産性(何件こなしたか、何件解決したか)だけでなく、タイミング、正確性、満足度(顧客満足度、従業員の満足度)などである。昔は、どれだけ金を集めたかで評価されていたが、それをこのように改善した。

(3)利害関係者への活動
 前述したように、監視委員会は、利害関係者の税務行政(tax administration)に対する考え方と納税者に対する影響力を理解するために広範囲にわたる多様な利害関係者に連絡をとりIRSを調査します。また、委員会は、税務行政に関するコンプライアンスとその他の問題について、納税者の意識(taxpayers’ attitudes)に関する年次調査を行っている。
 さらに、毎年、全米の納税者やその代理人あるいはIRSの職員と税に関する公開討論会を開催します。委員会のウェブサイトを見ると公開会議の内容を見ることができます。

(4)委員会の近況報告
 この30年間、IRSを変えていくことは大変難しかった。議会は単に法律を作りIRSはこれに従っていれば良いということだった。現在、上記IRS改革法(RRA98)ができてから10年になるが、IRS改革法は、IRSに近代化、変化をもたらした。
 立法府の法律作りが良くなってきており、IRSが説明責任を果たせるような法律を作ることができた。
 アメリカではIRSの人事異動が少なく、例えば、アピールズ(国税不服審査部)に在籍したらほとんど移動はない。
 監視委員会は、アピールズを常に監督するようにしている。また、バランスを重視しており、納税者に厳し過ぎて、納税者に冷たい印象を持たれていないかどうか。厳しすぎると、納税者は法律を守らなくなるので、セルフアセスメント(自主申告)を重視している。
 IRS監視委員会ができるまでは、IRSの情報収集は難しかった。現在は、財務省内の監査官から出る情報、IRS職員の内部告発、納税者が役所で受けた不当な取り扱い情報などを議会へ提出することができる。今日では、監視委員会から警告書を提出すること等で議会を動かすこともできるようになっている。
 現在、力を入れていることは、@一般の納税者がIRSをどのように思っているかなどを調査したりするためにも納税者と会見すること、A納税者、弁護士、タックス・プリペアー(申告代行業者)などと会議をもつこと、BIRSの職員とも会見すること、C公開の会議を開いて、意見、課題を聞くこと、Dタックス・プリぺアーとも定期的に会合をすることである。そして、この公開のミーティング等は、ウェブサイトに掲載することである。
 なお、最近の報告書は次のとおりである。
・IRS2009年度予算勧告(2009 IRS Budget Recommendations)
・2007年 電子ファイリング年次議会報告書(2007Electronic Filing Annual Report to Congress)
・2007年度 年次議会報告書(2007Annual Report to Congress)
・2007年度 納税者の意識調査(2007Taxpayer Attitude survey)(参考資料)

7 IRS監視委員会の納税者への支援

 IRS監視委員会は、法律上、税務調査、徴収活動、犯罪調査を含む特定のIRSの法律執行行為に係ることはできない。また、委員会は、特定の調達活動(specific procurement activities)やほとんど個人的な問題に係ることもできない。IRS監視委員会は、現存の、または提案された租税法(existing or proposed tax laws)に関し、租税政策(tax policy)を進展したり意見を述べたりすることはない。しかし、委員会は、IRSの活動と運営(IRS operations and administration)に継続して関心を持ち、IRSの仕事に関して瞳目的観察をする。これらの観察は、IRSの進歩を理解し、長期的な計画を伝え、履行するのに役立つものである。

8 IRS監視委員会の事務所

 ワシントンDCに職員が配置された事務所があり、通信先は以下の通り。
IRS Oversight Board1500 Pennsylvania Ave, NW
Washington DC 20220   E-mail: irsob@do.treas.gov

9 IRS監視委員会との質疑応答から(補足)

Q スタッフ・ディレクターについて
 監視委員会は、普通の会社の非常勤役員会のようなものです。フルタイムのスタッフを監督するのが、スタック・ディレクターです。
 IRS改革法は、IRSに近代化、変化をもたらしました。IRSが、説明責任を果たしているか?専門知識があるか?仕事をしているか?などについて、民間企業の役員会で行っているような発想でやっています。

Q 立法府の良い法律の例とは
 例えば、納税者権利憲章を拡大したことです。

Q アピールズがIRSの中にあって本当に納税者のためになっているのでしょうか?  また、人事ローテーション等の問題はありますか。
 アメリカでは、人事ローテーションはない。アピールズに入るとずっとアピールズにいます。アメリカでは、チェックとバランスを重視しています。独立した機関が、勝手なことをしていないかを監視することが重要です。委員会は、アピールズを常に監督するようにしています。

Q 日本では、不服審判所の職員は執行系統との人事交流をあるので、質問をしました。
 昔は多少交流があったが、独立性をゆがめるので禁止になりました。ここにいる人はIRSの職員ではありません。アピールズ(不服審査部)のチーフ・オフィサーのサラ女史に今日の午後に会うということですので、どのように独立性を保っているのか、聞いてみてください。
 人事ローテーションがあることは問題です。独立性がゆがめられる。監視委員会を作ることが必要でしょう。
日本の税法も複雑ですか?(はい) 法律を分かりやすく理解させることが重要です。
                                                        以上
(注)本稿は、IRS監視委員会での会議内容に、入手した資料を加えて作成したものである。

(担当者 西山、梯、平山:執筆者 平山)





        アメリカにおける納税者の権利保護運動の実情
              ―納税者権利憲章と納税者擁護官制度を中心として―

日 時   2008年7月26日(土) 10:00〜12:00
会 場   ホリデー・イン・ジョージタウン ホテル会議室
チューター ピート・J・セップ氏(全米納税者ユニオン副会長)

ピート・セップ(Mr. Pete J. Sepp)氏の紹介
 セップ氏は全米納税者ユニオン(NTU:National Taxpayers Union)のコミュニケーション担当副会長であるとともに、専任の事務局長的な存在である。同ユニオンの顔としてしばしばマスコミにも登場し、内国歳入庁改革国家委員会のスタッフとしても活躍している。また、三次にわたるアメリカの納税者権利保障法制定運動を草の根から支え、アメリカの納税者運動を代表して世界納税者連盟の中心的スタッフとして活躍している。
 本研修会は、ピート・セップ氏がこれまでの全米納税者ユニオンの活動を時系列に語るなかで、納税者の権利保護活動の経緯を解説するという方法で、ワシントンD.C.にあるホテル会議室で行われた。

1 全米納税者ユニオン(NTU:National Taxpayers Union)の紹介

 1969年にわずか10人の若者によって結成され、現在全米に36万人の個人会員を擁する全米最大の納税者団体である。会長は、ドゥアナ・パルド(Mr. Duane Parde)氏、本部事務局はワシントンと隣接するヴァージニア州にある。
 ユニオンの使命として、@低い税負担、A無駄な歳出の削減、B合理的で小さな政府の促進、を掲げている。具体的な活動としては、内国歳入庁の権利濫用に対し納税者権利保障法を制定して納税者の権利保護を行うこと、議会の財政問題や税制関連法案などへの上下両院議員の対応を逐一監視し、それを点数化して結果を公表し、一番点数の高い議員に「納税者の友賞」を授与したり、憲法を修正し連邦予算の均衡化や政府の無駄な支出の削減を求め、国防総省の外注費や役人の曖昧な必要経費支出の明確化の検証を進め、議員の給与の削減を求めている。また、会員に対しては、住宅・不動産に関する州・郡・市町村の税(注1)についてのアドバイス活動等を行っている。
 個人会費は年額15ドルとなっており、現在の会員等は、362,000人で、その他メール会員は100,000人、支援者は500,000人の規模を有する団体である。
 なお、世界納税者連盟(WTA)の創立メンバーである。

2 内国歳入庁(IRS)の税務行政と納税者の権利運動
(1)1970年代
 IRSにとって1970年代は政治的腐敗のただ中にあり、大統領でさえ敵対するメンバーから徹底的な税務調査を受けるといった嫌がらせ調査がさかんに行われる状況にあった。また、第二次大戦後のアメリカ経済はインフレに見舞われ、それにつれて名目賃金も上昇したため、何千万もの市民が新たに所得税の納税義務者として誕生し、これらの一般市民達もIRS・税務署による徴税権の濫用を経験することになるのである。
 今回別に訪問した法律事務所でチューターを務めたドナルド・C・アレキサンダー氏も1973年から77年にかけIRS長官を歴任しており、政治的腐敗の根絶に努力したそうであるが、結果は甚だ不完全なものであったようである。
(2)1980年代
 ニクソン大統領のウォーターゲート事件を契機に、市民はIRSによる政治的敵対者に対する徴税権力の濫用を知ることになるが、一般市民・納税者も時を経ずして徴税権力の恐怖を体験することになった。1980年代のIRS係官の対応は、警察官的発想とも言うべき威圧的・高圧的な態度に満ちていた。サイレンを鳴らして押掛け調査に出向くような係官がいたり、税務署の壁には「より一層、情熱をもって差し押さえを!」というスローガンが掲げられたりしていた。
 1985年にIRSが導入した新たなコンピューターシステムも、人為的ミス以前のシステム上のエラーから、9,000万件のうち1割近い900万件の納税者情報が不正確に処理されたとのことである。一例としては、納税者の社会保障番号の入力に際して、コンピューターシステムの誤認識といった、お役所の縦割り仕事の弊害があげられた。この新コンピューターシステム導入は、市民・納税者に混乱を招くことになり、これ以降税務署による職権濫用事件が爆発的に増加していった。こうしたことが、1988年「第一次納税者権利保障法」制定への道標となったのである。
 なお、セップ氏によると、1985年段階における納税者の権利への評価は、10段階中の「2」ということであった。

(3)1990年代以降
@IRSのノルマ主義の再燃
 第一次納税者権利保障法により、IRS徴収官と統括官への評価に徴税ノルマを基準とした実績評価は禁止されたが、90年代再びノルマ主義の実績評価が大きな問題となりIRS第三次納税者権利保障法への批判が再燃する原因となった。
第一次納税者権利保障法は、立法により納税者の権利が保障され、IRSの税務調査や徴収手続きの大幅見直しが求められるなど、納税者の権利保護と税務行政の適正化に大きな前進があった。しかし、これらの変化が徴収現場に浸透していたかというと必ずしもそうではなく、IRSの納税者に対する姿勢に大きな変化は見られなかった。第一次納税者権利保障法で認められた録音権を行使しようとすると調査を打ち切られたり、現場での徴収実績優先の対応も相変わらずで、納税者とのトラブルも後を絶たなかった。
A 納税者オンブズマンの見直し
 1979年以来、納税者の支援と苦情処理のため配置された納税者オンブズマンも1990年当時で全国各地に350名余りがいたが、人事権がIRSにあったため任命されるオンブズマンの多くは査察官経験者などであった。さらに、オンブズマンの納税者救済命令の発令にいたっては、93年から95年の2年間で125,000件の申請に対し83件の発令件数のみで、期待された納税者オンブズマン制度は、納税者の権利保護と救済にはほとんど機能を果たすことができなかった。
 1990年代前半の法改正により、税制が複雑化しIRSの裁量権が拡大し、中低所得者に対する一方的な調査や徴収による職権濫用や権利侵害が深刻化するなか、1995年になると第二次権利保障法案制定の動きが本格化し、1996年7月に第二次納税者権利保障法が成立した。この保障法は納税者オンブズマンを「納税者権利擁護官」に改称し、納税者救済命令の発令権限を拡大するなど一定の改正が行われたが、その改正は納税者への保護措置の暫定的な改正に止まるもので、IRSの抱える抜本的な改革を求める立法ではなかった。
B 納税者権利憲章の制定へ
 IRSの納税者に対する姿勢や構造的問題を審議し、IRS改革を実現すべく上下両院議員・IRS長官・民間有識者等18名からなる「IRS改革国家委員会」が組織され、IRSのマネジメントや税務行政全般についての詳細な調査・検討を行うこととなったのである。この委員会には、全米納税者ユニオンからディビット・キーティング氏もメンバーとして参加した。
 この委員会は、6ヶ月の議論をして報告書をまとめたが、提言の中心は、単に納税者の権利の保護だけでなく、IRS・税務署のあり方そのものの改革を求めるものだった。途中、税務署職員の労働組合の反対等を受けながらも、テレビメディアを使ってのキャンペーンも功を奏し、1998年7月に第三次納税者権利保障法を勝ち取るにいたったのである。

3 納税者権利保障法の制定について
 前述のとおり、アメリカでは三次にわたり納税者権利保障法が定められているが、それらの概要を紹介したい。
(1) 第一次納税者権利保障法
 1984年に主に3つの規定から成る「権利保障法」が規定された。主な内容は@納税者に支払能力がない場合には分割納付を認め、A以前からあった税務オンブズマンの地位が引き上げられ、IRSと納税者の調整役としての仕事ができるようになり、B税務調査が「不当に行われた場合」の「不当」の規定が明確になった等があげられる。
 しかし、翌1985年に導入されたIRSのコンピューター化に伴う確定申告書の未処理問題から生じた納税者との混乱や、IRS職員へのノルマ主義による勤務評定から生じる納税者への高圧的な徴税活動や職権濫用の多発がやり玉にあがり、メディアによるIRS批判の報道も過熱していった。こうしたIRSの納税者の権利を無視した強引で一方的であるという一連の報道を受け、1987年に上院財政委員会のIRS監督小委員会を中心に納税者権利保障法の立法に向けての動きが活発化して行く。財務官僚・IRS官僚たちの「もし税務行政の手を緩めれば、納税者は法を遵守しなくなり、税収は激減するだろう」との強い抵抗もあったが、1988年11月「第一次納税者権利保障法」は成立したのである。
 この第一次納税者権利保障法は21の規定から構成されていたが、具体的には、第一に、「納税者としてのあなたの権利(Your Rights as a taxpayer)」が発行され、IRSには、納税者が有する諸権利の説明や更正通知等への理由付記を義務づけ、納税者には、調査時の録音権や代理人の選任権、専門家との相談の権利等を認めた。第二に、徴収手続きに関して、差押着手までの猶予期間の延長や差押禁止財産の金額・範囲の拡大、分割納付協定締結の法定などが定められた。第三には、それまでほとんどお飾りに過ぎず実効性に乏しかった納税者オンブズマンに対し、納税者を救済するための、納税者救済命令の発令権限が付与されたこと等である。
 このときNTUは、数百万人の市民に対してダイレクトメールを使ってこの運動への参加を呼びかけた結果、市民からの反響は大きく、彼らは議会に対し大量の嘆願書や手紙を送った。さらにNTUは法案の具体的立法化を目指し、環境保護団体や公民権運動団体等と共闘体制をとり、この力をバックに上院議員にはたらきかけ、上院議員100名のうち60名の支持を取付けるにいたったのである。

(2) 第二次納税者権利保障法
 第一次納税者権利保障法の成立は、アメリカの権利保護と税務行政の適正化にとって大きな一歩であった。しかし、保障法で定められてIRSの納税者に対する姿勢は、必ずしも徴収現場に浸透していなかったようである。納税者が録音権を行使しようとすると調査を打ち切られたり、前述のとおり納税者オンブズマン制度がほとんど機能していない実態や、1990年代前半の税制が複雑化しIRSの裁量権が拡大したことや、中低所得者をターゲットとした調査や徴収がIRSの職権乱用や権利侵害を一層深刻化させたことから、第一次納税者権利保障法を発展的に見直す必要性が指摘された。こうして1996年7月、第二次納税者権利保障法が制定された。この改正は内国歳入法の40以上の見直しを求めるもので、具体的には納税者オンブズマンを「納税者権利擁護官」に改称しその地位と体制の独立性を強化するとともに、納税者救済命令の発令権限を拡大し、納税者権利擁護官に年2回直接議会への報告書の提出を義務づけた。また、徴収手続きに関する経済的な保護措置も強化され、損害賠償請求の上限の引き上げ、納税者が勝訴した場合の弁護士費用の増額等などの改正が行われた。しかしながら、第二次納税者権利保障法の改正は、納税者への保護措置の暫定的な改正に止まるもので、IRSの抱える抜本的な改革を求める立法ではなかったことが第三次の改正へと結びついて行く。

(3) 第三次納税者権利保障法(納税者権利憲章)
 第二次保障法により納税者権利保障法の改正議論には一応の区切りがついたものの、IRSの納税者に対する姿勢や構造的問題への不満は議会や納税者団体、専門家等に根強く残ることとなり、上下両院議員・IRS長官・民間有識者等18名からなる「IRS改革委員会」が組織された。前述のとおりNTUからも1名が委員として参加し、それまでの市民グループと連携して議会にはたらきかける活動手法から、直接に委員会の委員として改革を担う方法をとることとなった。
 1998年7月、紆余曲折を経ながらも成立した第三次納税者権利保障法には、第一に、IRSの改革を監視する強制力のある外部組織として、民間人7人を含めた9人の委員からなる「IRS監視委員会」が設けられ、第二に、納税にクレジットカードが使えるようになったこと、第三に、第二次納税者権利保障法で積み残された、夫婦共同申告制度を採用している「善意の配偶者」に対する保護が確立されたこと、等があげられよう。その他不服申立てや訴訟手続きの簡素化など、71項目に及ぶ納税者の権利保護規定が整備された。これにより、納税者権利に関する憲章は第三次「納税者権利憲章」(参考資料)となっている。

(4) 今後の課題
 これまで三次にわたり改正された納税者権利保障法であるが、納税者の権利保護については、IRS監視委員会が政府側の抵抗で2000年までそのスタートが遅れたことに象徴されるように、必ずしも政府・IRS側の協力を得られていないこと、また納税者擁護官の救済活動は年2回議会に報告されているが、議会がこの報告をたなざらしにして検討しないことなど行政・立法側での消極的対応が案じられている。また、司法での救済についても、納税者に認められた3種類の税務訴訟に関する納税者側の裁判所利用の複雑さや、差押えが迫った納税者には裁判所は対応できないこと、納税者は違法処分の執行前に裁判に訴えることができないことなどの問題点が指摘されている。さらに、第三次納税者権利保障法で設置された「納税者救済委員会」(注2)の権限が不明確で効果が上がらないことと、納税者救済委員会の提言を受け入れるか否かはIRS側の判断に委ねられた結果、その委員会の権限は無いに等しいものとなってしまったこと等、今後、改正を求める点が残されている。

5 納税者擁護官制度について
 前述のように、納税者擁護官制度は、IRSの違法活動から納税者を救済するために設置された機関であり、これは、1979年に納税者の支援と苦情処理のために設置された納税者オンブズマン制度を1996年の第二次納税者権利保障法により改称したものである。
 納税者擁護官は、IRSとのトラブルから納税者を直接救済すると同時に、その負担軽減の措置を講ずることができ、またIRSの執行方針の見直しと法改正を勧告する権限を有している。さらに、年2回議会に対し半期ごとの活動状況を直接報告する義務を負っている。
 現在、納税者擁護官のサービス組織は、地域別の体制を採用し、全米納税者擁護官のもと各州・地域ごとに納税者擁護官が管轄し、IRSの組織から完全に独立して活動している。納税者擁護官の最も重要な権限は、IRSへの納税者の救済命令の発令である。納税者擁護官がこの命令を発令すると、IRSは納税者に対する強制措置の停止や解除を行わなければならない。この納税者擁護官の救済命令の発令には、納税者について「重大な困難」の要件が必要であるため、事実上救済命令の発令は制約されていた。しかし、第三次納税者権利保障法で「重大な困難」が明確化されたことにより、2001年下半期の救済活動は、納税者よりの救済申請248,011件の68.1%にあたる168,854件に救済命令の発令を伴う措置がとられた。救済命令の発令が1998年にはわずか3件だったこと考えれば、納税者擁護官制度の効果向上が理解できる。
 なお、セップ氏に納税者擁護官制度に対する満足度をたずねたところ、現在の満足度は、10段階中の「8」ということであった。「係官もいろいろいますからね」とのコメントに「−2」の原因があるようである。

6 質疑応答
Q 全米納税者連盟の会員になると何か有利なことはあるのか?
 会員は、年間で15ドルの会費を負担しており、全米納税者連盟は毎月2回会報を発行している。その会報には税に関する情報と、納税者に必要な立法作業中の税情報等も掲載している。また、追加会費を負担してくれる会員にはタックスセービングリポート(節税ガイダンスリポート)を発行している。
 全米各地の多くの会員は、常に税の執行等に関して役所に助言・苦言を呈してその改善を求めている現状である。

Q 全米納税者連盟の会員になると個別税務相談等は受けられるのか?
 当連盟には弁護士はいないので個別の税務相談の受付はしていない。ただし窓口で弁護士の紹介はしているので、会員は個別に弁護士等に相談をしている。

Q 全米納税者連盟はアメリカでは大規模な市民団体なのか?
 アメリカには多くの市民団体があり、最大のものはNRA(全米ライフル協会)で会員数400万人、ACLU(全米自由人権協会)会員数40万人等があり、NTUは決して大規模団体とはいえない。したがって、当連盟は他の団体との協力を得ながら活動している。

Q タックスギャップの問題とは?
 タックスギャップ問題とは、税法上の税額と実際の納税額の差をいい、正直な納税者全員の全納付額から実際の納付額を控除した税額をいう。IRSによると、2001年のタックスギャップは推定3,450億ドルで、納税者による所得の過少申告が原因と公表されているが、この金額にはIRSの恣意性が入っている。なぜなら、3,450億ドルのうち1,000億ドルが未収税額とされるが、その半分は分割納税額であり、1,000億ドルが悪意無き申告漏れ、300〜400億ドルが企業とIRSの係争税額で、残りの920〜1,000億ドルが意図的な過少申告と考えられるからでる。IRSは正直な納税者は83%と主張するが、我々は90〜92%の納税者は正直に申告していると考えている。
 また、IRSは全米9カ所で隠密に係官のなりすまし調査を行った結果、全てにおいてミスが見つかったと主張しているが、その内6カ所については実は過大納付であったことも、IRSの主張に疑義を抱かせる結果となっている。


(注1)アメリカには連邦税・州税・地方自治体税があるが、州の権限が非常に強く、50の州とワシントンD.C.それに連邦政府で、52通りの税制があるともいわれている状況にあり、全国どこの市町村でも税負担がほぼ統一されている日本とは根本的に異なっている。また、アメリカは与党の方針や大統領の経済政策と税制が密接に関係しており、税制改正が頻繁に行われる特長を有している。アメリカの納税者は、常に税制の動向に注意を払い、たとえば不動産取引でも次の税制改正で不動産売買の取扱いがどう変わるかを考えながら、売り急いだり買い控えたりしているといわれる。

(注2)納税者救済委員会:T.A.P.(Taxpayer Advocacy Panels)パネルメンバーは、各州から構成される一般市民のボランティアで、任期2年で年間100〜300時間の活動が求められ、パネルメンバーは一般市民から指摘された問題をIRSに提言できると規定されている。

(担当者 稲葉、田村、徳田:執筆者 徳田)



                  参 考 資 料

                        (別添 PDFファイル)